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東からの刺客

「……負けた」

 ぽつりと呟くように現実を櫻真が口にする。そんな櫻真の視界に今にも泣き出しそうな桜鬼がやってきた。

 その後ろに血相を変えた浅葱や蓮条の姿もある。

「櫻真、今の様子はどうじゃ? 頭は痛むかえ?」

「ううん。もう痛みはあらへんよ」

 泣きそうになっている桜鬼に笑みを浮かべる。

「見たところ、目の大きさも同じやし、痙攣してる所も無さそうやけど……とりあえず、部屋まで運ぶから待っとき」

「えっ、ええよ。運ばんでも。術で強化もしとったし、頭痛とかもないから」

 桜鬼にゆっくりと体を起こして貰いつつ、浅葱を見る。すると浅葱が渋い顔で櫻真を見てきた。

「ホンマは軽く見ん方がええんやけどなぁ……」

「櫻真、ここまで言わはってるし、ここは運ばれとった方がええんちゃう?」

 過保護全開の浅葱を見て、少し呆れた様子の蓮条。

 そんな蓮条に櫻真が微苦笑を浮かべて「遠慮しとくわ」とだけ返した。

(気持ちは嬉しいけど……)

 痛みがあったのは木刀で叩かれた一瞬だ。今は意識も視界もはっきりしているし、体に異常を感じる点もない。

「父さん、心配してくれておおきに。でもホンマに大丈夫やから。そんなに心配せんで」

 櫻真が浅葱にそう言うと、渋々とした様子で浅葱が肩を竦めさせてきた。

 そんな櫻真たちの元へ、ゆっくりと紫陽が近づいてきた。

「体は大丈夫そう?」

 櫻真の容態を訊ねてきた紫陽に、桜鬼、浅葱、蓮条が一気に眉を寄せている。そんな三人の顔を見て、紫陽が困ったように苦笑を浮かべてきた。

「そんな顔しなくても、危害を加えたりしませんよ。勝負は引き分けという形で付いたんですから」

「ほう。そう言うなら、何用で声を掛けてきたのじゃ?」

 目を細めて紫陽を警戒する桜鬼がそう訊ねる。

「用って程でもないですよ。ただ純粋に大きな怪我をしてないか心配になっただけで。きっと、櫻真君と勝負をしていた彼も気になっているでしょうし……」

 そう言って紫陽が、離れた所にいる佳の方を一瞥してから話を続けてきた。

「でも、自分が怪我させてしまったかもしれない相手に、すぐ話し掛けに行くのは未だ難しいと思いまして」

 紫陽の言葉を聞きながら、櫻真は少し複雑な気持ちになっていた。勝負の時に抱いていた怒りが尾を引いている訳ではない。けれど、今の佳に対して櫻真から声を掛ける気持ちになれないのも事実だ。

「それやったら……俺の方は大丈夫ってこと、伝えといて下さい」

 自分と佳の間に生じている確かな摩擦に、櫻真は表情を顰めさせる。

「……うん、分かった。ちゃんと伝えておくよ。あとそれから……勝負は引き分けだから、鬼絵巻の争奪戦には堂々と参加させてもらうよ」

 紫陽は櫻真たちにそう言い捨てると、足早に去って行ってしまった。

「何が堂々とじゃ? 端から参加する気であろうに」

「ホンマやな。ああいう白々しい奴って、ホンマにいけ好かないわ」

 憤慨する桜鬼と浅葱が紫陽に向かって舌を出している。

「ええちゃう? 不意打ちで邪魔されるよりはマシやし……」

 怒る二人を蓮条が宥め、櫻真へと口を開いてきた。

「でも、注意はしといた方がええな? 俺の気の所為かもしれへんけど、アイツ、笑っとるようで、全然笑っとる感じがしいへんかった」

 蓮条の言葉に櫻真も頷く。

「俺もそう思う。むしろ、あの人が一番俺らに対して敵対心を燃やしとる様な感じがするわ」

 さっきまで勝負していた佳や、前回の時に戦った隆盛とも紫陽は違う。

 何故、違うと感じるのかまでは分からないが、彼には他の人たちとは違う何かがある様な気がしてしまうのだ。

 すると自分たちの話を聞いていた浅葱が「んーー」と唸り声を上げ、

「もしかすると奴は……東から送られてきたんかな?」

 と首を傾げてきた。

「東って?」

 浅葱の言葉に蓮条が疑問符を浮かべる。

「東京の方の分家の奴ら。瑠璃嬢だって、その一角としてこっちに来てはるやろ? まぁ、瑠璃嬢が正面から送り出した武者だとしたら、奴は裏から来る刺客って奴やな」

「そしたら、何で瑠璃嬢はあの男の子と知らへんの? もし同じ所からやってきたなら、瑠璃嬢が知ってそうやん」

「いや、そうとも限らへんよ? 奥の手っていうもんは、知らん奴の方が多い。それは身内であってもな」

 浅葱の言葉を蓮条と共に櫻真は黙りこくる。

(やっぱり、ピンと来うへんな……)

 内心で櫻真は溜息を吐く。

 浅葱は䰠宮の中で起きている、東と西の派閥争いを指しているのだろう。

 しかし、櫻真の中でそれが上手く飲み込めない。自分の家が裕福である自覚はあるが、まさか派閥争いが起きるほど、とは露にも思っていなかったからだ。

「なぁ、父さん。いつから、こういう争い見たいなものが起きとったん?」

 今まで身内揉めの話などしてこなかった浅葱に、櫻真が意を決して訊ねる。

 すると、浅葱が少し考える様に片手で後ろ首を押さえながら頭を回してきた。

「いつから……うーーん、僕からすると䰠宮が分裂してから『ずっと』としか言えへんなぁ。もちろん、キャンキャン煩くなってきたのは、ここ最近やけど」

「そっか、そうなんや……。俺、ホンマに何も知らへんかった」

「俺も……」

 櫻真と蓮条が静かに肩を落とす。

 するとそんな二人に浅葱が「アホやなぁ」と呟いて苦笑してきた。

「二人が知らへんのは当然やろ? 僕ら大人が何も話てへんのやから。むしろ、話を聞いてすぐに頷かれる方が怖いわ」

 そう言って笑ってきた浅葱に、櫻真と蓮条で顔を見合わせる。

 するとそんな自分たちの頭を浅葱が撫でてきた。

「難しく考えたらアカンで? 正直、僕が言うのもアレやけど……当主の座なんて向うに持ってかれてもええんやから。当主になると諸々管理するのが多くて大変なんよ」

 きっとこの言葉は浅葱なりに自分たちの肩を軽くしようとしているのだろう。

 そんな父親からの心遣いに櫻真たちも苦笑を零す。

そして櫻真は苦笑しながら、この際、自分の気持ちを父に伝えておこうと思った。

「父さん、ありがとう。少しだけ肩の力が抜けたわ」

「そやろ、そやろ。可愛い息子の心のケアも父親である僕の務めやからな」

 ニッコリと満足気に微笑む浅葱。

 そんな浅葱に頭を撫でられたままの櫻真が、

「でも父さん、やっぱり今頭撫でるのやめてくれへん? その、痛いんよ。触られると……」

 素直な気持ちを口にする。

 すると浅葱が少し沈黙してから、スッと手を引っ込めてきた。手を引っ込めた浅葱は「やってしもうた」的な顔で視線を逸らしている。

「櫻真、頭が痛いとはどこら辺が痛むのじゃ?」

 痛みを訴えた櫻真の言葉に桜鬼が櫻真の頭に視線を向けてきた。

「ここら辺かな?」

 触られて痛んだ箇所を櫻真が指差す。

「……うむ。コブになっているようじゃのう」

「コブならタオルで冷やせば、すぐに引くやろ。ほな、気を取直して部屋に戻ろうか?」

 桜鬼の言葉を聞いた浅葱がそう言って、そそくさ部屋へと入って行く。

「父さん地味に逃げたな。逃げへんでもええのに……」

「アレだけ心配してた矢先に、普通に頭を触ってたから妙に居た堪れなくなったんちゃう?」

「うむ。そうかもしれぬのう」

 蓮条や桜鬼とそんな話をしながら、櫻真も部屋の中へと戻った。


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