表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/347

お灸を添えて

 審判である夜鷹の言葉で儚たちは、両手を上げて相手を突き落とす構えを取る。

 本来の相撲の構えなんて知らない儚たちの姿は、バランス崩しゲームの様相だ。

(思いの外、この女も慎重なんやな……)

 すぐに仕掛けてくると思っていた穂乃果が動かない事に、そんな感想を抱く。

 きっと敵である穂乃果も下手に攻撃を仕掛けて、無様に転倒しないように注意しているのだろう。

(けど、こうやって相手が慎重になってる時こそ、最大のチャンスやっ!)

 勝機をそこに見て、儚が微かに前に出てそれと同時に穂乃果の体を後ろへと押す。

「うわっ、ちょっとっ!」

 軽く押しただけでも、水上&ローション塗りのマットの上はかなり滑る。そのため、穂乃果の体も一気に体制を崩して、中央からマットの端へと追いやられる。

 慌てて足を動かしても、それが逆効果で穂乃果が慌てふためきながら、マットから落ちないように、倒れないように必死になっている。

 儚自身もそんなマットの上で動く穂乃果の余波を受けて、体制を整えなければいけないが……宿敵になりつつある相手の慌てる姿は、妙に心がくすぐられる。

「人が慌ててる時に笑ってるんじゃないわよっ! 性格悪い女ね? そんなんだから出る所も出ないんじゃない?」

 何とか持ち堪えた穂乃果が笑う穂乃果をキッと睨む。

「なっ! アンタに性格悪いって言われたないわっ! 自分だって逆の立場やったら笑うわ。しかも物凄く意地悪そうな顔でっ! むしろ出る所って……どこ見て言うたん?」

「穂乃果は良いの。けど、穂乃果を笑う事はだーーめ!」

 自己中心的な言葉を吐きながら、穂乃果が勢いよく儚の肩を押し返してきた。

 そしてその押し返すのと同時に、シニカルな笑みで……

「何処って、胸と尻に決まってるでしょ? 可哀想……この歳で成長しないって事は、もう将来的に成長は見込めないもんねぇ?」

 などと、体型について嫌味を飛ばしてきた。

(なん、やて……?)

 儚だって自分の体型を気にする年頃だ。出る所は出たいし、引っ込みたい所は引っ込ませたい。

 そして引っ込ませる事は出来ていても、出す事に関して言えば……物足りなさを感じている。

 どんなに胸の成長に良いと言われている食べ物を食し、ストレッチをし、寄せブラを使った。

 新しい下着を購入する時、淡い期待を込めて、ショップ店員にサイズを測って貰うのだ。

 けれど、サイズの変化は乏しく……むしろ縮んでいる事さえあって……儚はフィッティングルームの中でいつも一喜一憂しているのだ。

 同じ女ならば、体型問題が如何にデリケート且つ精神的死活問題なのか重々に知っているはずだ。

(この女はウチの地雷をバタバタと踏んできおって……)

 しかも、胸が小ぶりの儚に見せつける様に穂乃果が胸を張って見せてきた。

「……ウチの地雷を踏んだアンタは絶対に許さへんっ!」

 その言葉と共に儚が倒れそうになる体を、マットが凹む気持ちで足に力を入れて踏ん張り……そのままマットを蹴った。ローションの雫を巻き上げて穂乃果に体当たりを決める。

「きゃあっ」

 儚に体当たりを決められた穂乃果が悲鳴を上げ、そのままマットの上から水面に落とされる。

 高く上がる水飛沫を見ながら、体ごとアタックした儚もマットの上に膝をつく。

 けれど、これは先に穂乃果が水に落ちているため無効だ。

 ぶはっと息を吸いながら、水面に現れる穂乃果。

「胸を誇ってるのはええけど、それはつまりウチより脂肪があるって事やから。あっ、でもそっちの方が、浮遊力があってええなぁ?」

 皮肉には皮肉を。

 そんな気持ちで儚が水から顔を出し、こちらを睨む穂乃果を見下ろす。

「はぁ? 穂乃果に無駄な脂肪があるわけないでしょ? 変な言いがかりをつけないでくれる? この貧乳女っ!」

 ざばっとマットの上に戻って来た穂乃果が儚を睨み返してきた。穂乃果の目には、先ほどよりも強い戦意が溢れんばかりに放出されている。

 しかしそれは儚も同じ事だ。

 女同士の醜い争いを繰り広げる儚たちを他所に浜辺からは、好き勝手な野次が飛んで来ていた。

「白ビキニの子頑張れーー!」「花柄のビキニの子もいいぞ」「ガンバーー」「どっちも可愛い」などのやいのやいのという声が聞こえてくる。

 きっと酒を飲んだ若者が夏の余興という事で、勝手に盛り上がっているのだろう。

(もう、こっちはただの遊びでやっとるわけやないのに……)

 勝手に盛り上がる野次たちに儚が内心で辟易としているとーー

「勝負に活気がついて良かったな、儚」

「魁っ! 来てくれたん?」

「おうっ! 儚が頑張ってるんだ。俺が近くで応援してやらねぇーとな。他の奴も浜辺で応援してるし、この調子で頑張れよ」

 ニカッと笑う魁の笑みに心強さを儚が噛みしめる。

 野次馬がいる方とは別の場所にいた蓮条や櫻真たちの方を見る。その周りには、水着を着た複数の女子が気恥ずかしそうに顔を赤らめ、ヒソヒソ話をしている。

 けれど、そこは桜鬼や鬼兎火といった女性従鬼もいてか、声を掛けられ、囲まれている様子はない。

 蓮条が浜辺にいる女豹たちの標的にならなかった事に安堵はしたが、目の前にいる穂乃果が女虎にでもなったかの様な威圧で、儚を睨んできていた。

 怒気を通り越して、殺気にも近い視線に儚が思わずたじろぐ。

「何で、ウチがアンタにそんな睨まれないといけんの?」

 水上に落としたといっても、水上相撲という性質上致し方ない事だ。

「許さない……。何で穂乃果を差し置いて、貴女みたいな色気のない女がちやほやされてるわけ? おかしいっ、おかしいっ、おかしすぎっ!」

 自分が水上に落とされた事よりも、儚にカッコいい男の声援が儚にだけある事にご立腹しているらしい。

 しかし、そんな事で腹を立てられてても、儚にはどうする事も出来ない。

「そんなアホらしい理由でいきなり怒られても……ウチ、困るわっ!」

「アホらしい? 貴女って本当に女である喜びを知らないのね? 良い? 良い女っていういのは、男の子に甘やかされるのが当然の理なの。つまり逆を言えば、それをされない女は悪い女ってこと……」

 穂乃果が持論を吐きながら、口元をわなわなと動かし顔を青くさせている。

「この穂乃果が、貴女みたいな貧弱体型女に負けるなんて、絶対にないっ。夜鷹、早く二回戦目を始めてっ!」

 目をカッと見開き、穂乃果が夜鷹に戦いの開始を促す。

「ええ、そうですね。時間は惜しいものです。では、二回戦目を始めてください」

 こっちの戦意を削ぐような、おっとりとした声音の夜鷹が二回戦目の開始を告げる。

 すると勢いよく穂乃果が儚へと掴み掛かってきた。

 儚も穂乃果からのタックルを受けないように、穂乃果の両手を自分の両手でがっしりと掴む。

 まるでレスリングの取っ組み合いのような姿勢で、儚が穂乃果と押し押されの、攻防を始めた。

「早く落ちてよ? 貧乳」

「うっさいわ、ボケ。ウチもこの勝負勝ちに来てんねん。大きくも小さくもない中途半端な胸女に負けるわけないやろ」

「はぁ? 中途半端ってなに? 一番重要のあるサイズなんですけど? やっぱり大きすぎても邪魔だし、小さ過ぎるのなんて論外なんだから」

「自分で自分の胸を評価しすぎやっ! 正直、評価なんて自分でするもんやなくて、人様にして貰うものやろっ!」

「そうだけど? 穂乃果はちゃーんと私を好きな男の子たちから聞いてまーす。つまりは正当な評価なの! 分かった? ペチャパイ」

「アンタの信者に聞いたら、良い評価が返ってきはるに決まっとるやん! アンタ、アホちゃうの? 何が正当やっ! そもそも審査員自体が不正当やん!」

「なんですってぇえ〜〜! 自分を評価してくれる男の子がいないからって、僻まないでよね?」

「僻むわけないやろ! ウチはそんな薄い評価なんていらんもん」

 一歩も譲らない口頭攻防を続けながら、儚と穂乃果の押し合いが続いている。

 しかしやや優勢なのは、重心を前に傾けている穂乃果の方だ。

(このまま後ろに押され続けられたら、ヤバイかもしれん)

 そう判断した儚が一か八かで、掴んでいた穂乃果の手をパッと離し、体を横に移動させる。

 すると、一気に儚を押し倒そうとしていた穂乃果がバランスを崩した。

「よしっ! 作戦大成功〜〜!」

 倒れる穂乃果を見て、儚がガッツポーズを決める。

 けれど、その瞬間……。

「好い気に……喜んでんじゃないわよっ!」

 敗者である穂乃果からの逆襲が儚へと降り掛かった。倒れる寸前に、穂乃果が術式で風を起こし、その風が儚の上水着を空高くへと飛ばしてきた。

「ひっ」

 急いで儚が自分の胸を両腕で隠す。浜辺からは見知らぬ男性陣の「おお〜〜」という黄色の声が聞こえてきた。

 しかも災難な事に、倒れた穂乃果の振動でマットが大きく揺れ、露出した胸を隠す方に必死な儚はバランスを保てず、そのまま水上へと落下してしまったのだ。

 浜辺で見守る櫻真たちや隆盛たちも、思わず口をあんぐりとさせている。

「儚っ!」

 水上に落ちた儚の元に魁が急いで泳ぎ駆け寄ってきた。

 すぐに駆け寄ってくれた魁に支えられ、何とか胸を隠しながら水面から顔を出す儚。そんな儚にマットの上でローション塗れになった穂乃果が、ふんっと鼻を鳴らしてきた。

「術式使わへんルールやろ? 姉さん、この女ルール違反やっ! 即退場!」

「別にルール違反でも良いもん。穂乃果に悔しい思いをさせたのが悪いんだから。それに、下を剥がれるより、上を剥がれた方がマシでしょ? それは穂乃果からの慈悲だと思ってよね」

 肩に掛かった髪を手で後ろに払いながら、穂乃果が水面に浮かぶ儚を見てきた。

 上か下かのどちらがマシかと訊かれれば、迷いに迷った挙句……上と答えるかもしれない。だが、それはどちらかを選ばなければならない、究極の時の場合だ。

 結論から言ってしまえば、どちらも取られたくないに決まっている。

「魁、向こうに浮いてるウチの水着……取って来てくれはる?」

葵たちが用意したフラミンゴ浮き輪に片方の手で掴みながら、魁に訊ねる。

「おう。任せとけ」

 魁には申し訳ないが、自分の流された水着を取って来て貰い……儚はマットの上で、自分の顔に付いたローションに顔を曇らせる穂乃果を見た。

 そして次に葵へと向く。

「姉さん、一つ訊いてもええ?」

「はいはい、宜しくてよ。どうかしたのかしら?」

「水上相撲は三本勝負やったやん? そんで今ウチが三本中二本勝ったんやから、この勝負はウチの勝ちでええよね?」

「ええ。そうなるわね。でもどうして?」

 ニコニコと穏やかな笑みを浮かべるに葵に、儚が戻って来た魁から水着を受け取りながら答える。

「ウチにこんな恥ずかしい思いをさせたんやから……きっちり落し前をつけてもらわんと!」

 水着を装着し、気持ちにゆとりが出来た儚が術式を唱え始める。

 もう穂乃果との水上相撲は決着が付いた。なら儚が今この瞬間にどんな術式を使おうが、何の問題もないはずだ。

「自分勝手な女には、お灸を添えたるわ! 水行の法の下、清流よ御柱となり、此の者の業を払え。急急如律令!」

 儚による術式が発動した瞬間。琵琶湖の水が滑らかに動き出し……穂乃果が乗ったマットを持ち上げる様に大きな水柱が天へと立つ。

 水柱に持ち上げられたマットは高さ10メートルまで上がり、

「えっ、ちょっと最悪! 貧乳女、何してくれてんのよっ! 早く降ろしなさ……いやぁああ!」

 儚に文句を言っていた穂乃果がマットと共に、水柱の消滅と共に湖の上へと落下していく。

 自分が高い所から落下する恐怖で、穂乃果は声すら出せていない。

「……しゃーないなぁ」

 あの状態だと穂乃果は術式すらも詠唱出来ず、マットと共に水面に落ちてしまう。それはあまりにも危険のため、儚が水行を使い落下するマットの水柱で捉える。

 そして捉えたままの状態で、元の高さまで戻した。

「アンタも少しはこれで懲りたやろ?」

 マットの上でペタンと座り込む穂乃果に、儚が声を掛ける。

 すると涙目のままの穂乃果が儚をキッと睨みながら、四つん這いの姿勢で近寄って来た。

 そして……

「ばか、ばか、ばかばかばか……! 穂乃果にあんな怖い思いさせて、本当に、本当に、恐かったんだから。もう絶対に、許さないし、ただじゃ置かないんだからっ!」

 と両手で儚の事を叩いてきた。

 しかし、恐怖の余韻で力が入ってない手で叩かれても、まるで痛くない。しかも泣いている相手に対してだと、さっきの様な怒りも湧いてこない。

(これって、所謂……勝者の余裕って奴なんかなぁ?)

 そんな事を儚が思いながら静かに勝利の喜びに浸っていると、そこに葵と夜鷹が近づいてきた。

「さぁさぁ勝負は着きましたので、皆様の元へ戻りましょう」

「勝者である儚ちゃんは、ピンクのフラミンゴ、敗者である鳴海穂乃果は青のフラミンゴを付けて下さいな」

 付けて下さいな、と言いつつ葵が儚へピンクのフラミンゴを被せてきた。嫌がる穂乃果にも問答無用に青のフラミンゴを被せている。

「行きと同じくジェットスキーで戻ればええやん。なんで帰りはフラミンゴで帰らなあかんの?」

 儚がシュールな顔つきのフラミンゴを見ながら、葵に不満を漏らす。

「文句言わないの。それに安心して。その浮き輪を牽引するのは、行きの時と同じく私たちのジェットスキーよ」

「えっ……?」

 片目を瞑ってきた葵に儚が目を点にさせる。

(浮き輪を牽引? ジェットスキーで?)

「姉さん、勿論スピードは緩めやろ?」

 嫌な予感を感じつつ、一番重要な所を儚が葵へと訊ねる。するとジェットスキーに跨った葵が……

「儚ちゃん、ちゃんと守護の術式を自分に掛けとくんだぁぞ」

 と完全にアウトな返事を返してきた。

「ホンマに止めて。ホンマに……」

 顔を青くさせて慌てる儚を無視して、葵が勢いよくアクセルを回し始めーー

 琵琶湖の浜辺に儚と、そして同じく夜鷹のジェットスキーに牽引される穂乃果の悲鳴が轟いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポイントを頂けると、とても嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ