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分け与える西瓜

 あれだけのアイスの量を食べれば、胃の部分が大きく膨れてもおかしくはない。しかし、立ち歩く紫陽の腹が膨れている様には見えない。

 まさかあれだけの量を食べても、まだ腹八分目にも満たないわけじゃないだろう。

「桔梗さん、その……お疲れ様です」

 席に座ったまま首を傾げていた桔梗の元に櫻真たちがやってきた。

「うん、ありが……うっ」

 櫻真の言葉にお礼を言おうとした瞬間、百合亜と藤が両脇から抱きついてきた。紫陽と違い、お腹を押されたら、アイスが口から飛び出しそうな桔梗からすると……嬉しくも辛い抱擁だ。

「どないしたん? 男の癖に産気づく様な声を出しはって?」

「どうしたもこうしたも……浅葱さん、貴方どうしてさっきの勝負を動画に撮って張ったんですか? かなり悪趣味ですよ?」

 桔梗が浅葱を睥睨して見る。

「そんな顔で見いへんでよ。赤ん坊を抱っこしとるんやから。それに……動画を撮ってたのも桔梗の勇姿を菖蒲とかにも見せようかなぁと思うてな」

 浅葱の腕には、落ち着いた様子で抱かれる輝夜の姿があった。

 勝負の間、ずっと浅葱が見ていた為か、随分と安心した様子だ。

「僕に怒られるのが分かりはって……わざと連れて来はりましたね?」

 そんな桔梗の言葉に、浅葱がニヤリとした笑みを浮かべてきた。

(やっぱり、確信犯か……)

 輝夜が普通の赤ん坊ではないにしろ、見た目はどこからどう見ても赤ん坊だ。

 そのため、さっきの葵や夜鷹にしたように浅葱を吹き飛ばす訳にはいかない。浅葱もそれが分かっていて、輝夜を抱っこしているのだろう。

「ホンマに貴方は、どこぞの狸さんと同じで狡猾ですね?」

「えーー、狸ってもしかしてあおりんの事? 確かに私は狸の様に可愛いけれど」

 ニコニコ顔で葵が遅れてやってきた。

「狸は狸でも化け狸やから。変な勘違いせんでね」

「化け狸なんて失礼ね。プンプン」

「ウザいから、やめて」

「ウザいだなんて、まぁ酷い。正々堂々と真っ向から勝負した桔梗ちゃんを、アイスのゲロを吐きそうになった桔梗ちゃんを、リスの様に顔を膨らませた桔梗ちゃんを、讃えようとしただけなのにっ!」

「君、ホンマに人を怒らせるの得意やね」

 顳顬(こめかみ)に青筋を立てながら、桔梗が声聞力を上げ始める。

「もうそんな怒りなさんな。私は、桔梗ちゃんの疑問にお答えしに来たんだから」

「僕の疑問?」

「ええ、そうよ。さっきの事で凄く気になってること、なぁーい?」

 目を細めさせてきた葵の言葉に、桔梗も目を細める。

 そして、ピンと来た。

「もしかして……彼、紫陽とかいうたっけ? さっきの勝負で何か小細工しよったん?」

「大正解。そうなの、そうなのよ。あの男、桔梗ちゃんが一生懸命にアイスを頬張っている横で、奴はアイスを食べずに勝ったのよ!」

「……それは、どういう事?」

 予想していなかった葵の言葉に、桔梗がさらに表情を険しくさせる。

「まさか、食べたフリして何処かに隠し持ってはるって事?」

 自分と同じように訝しげな表情を浮かべる蓮条に、葵が首を横に降ってきた。

「残念、不正解。彼は隠したんじゃないわ。とある所にアイスを放り込んでいたのよ。そこが何処だか分かる?」

(とある所ーー……)

 ヒント混じりの葵の言葉で桔梗の脳裏にある可能性が浮かび上がる。

「やられた……偉い与太郎さんがおったもんや」

 椅子の背もたれに背中を預け、空を仰ぎ見る。相手にしてやられた悔しさ、それを見破れなかった悔しさの二つが桔梗の中で渦巻く。

「うふふ。桔梗ちゃんは分かったようね」

「ちょっと二人で勝手に納得しないでくれない? つまり、どういう事なわけ?」

 まだ相手の小細工に気づいていない瑠璃嬢が不快そうな顔で訊ねてきた。櫻真たちも口に出していないだけで、似たり寄ったりの表情だ。

 そんな瑠璃嬢たちに桔梗が溜息混じりに答えた。

「敵さんは、口の中に極小の点門を開いて……事前に作ってあった結界の中にアイスを放り入れとったんよ」

 桔梗の言葉にぽかんとする櫻真たち。どうやら腑に落ちたらしい。

「それって、ズルやんっ! 何で姉さんはそれを指摘せんかったん?」

 ネタばらしを聞いた儚が怒った顔で葵に訊ねる。

 すると、葵が小さく肩を竦めてきた。

「指摘しろと言われても、この勝負で声聞力を使うなって言うルールは元々ないはずよ? 現に一本勝負目でも桔梗ちゃんも使ってるわけだし」

「うっ、それは……そやった……」

 葵の言葉を聞いて、儚が声音を萎ませる。

「儚、気にせんでええよ。気づかなかった僕にも非はあるから。それに向こうにそれを言うて、勝負を仕切り直した所で、僕に余力があらへん。つまりこの勝負は完全に僕らの詰みってこと」

 桔梗が苦笑を返すが、儚の顔はまだ浮かない様子だ。

「大丈夫。まだ僕らが負けたわけでもないし。僕はこう見えて負けず嫌いやから。向こうさんにやられっぱなしにはしとかんよ」

「桔梗……。うん、分かった。じゃあ、次。次の勝負はウチが頑張る! このまま向こうに勢いつけられても困るしな」

「うん、頑張って」

 胸の前で両拳を作りながら、次の勝負へと意気込む儚に、桔梗が微笑みを返す。

 そしてそんな儚につられる様に、櫻真や百合亜たちも陰陽院たちとの勝負に勝てる様に意気込んでいる。

(僕の頑張りも、無駄にはならへんかったみたいやな……)

 そんな事を思いながら、桔梗が静かに微笑んでいると、そこへ儚の母親がやってきた。

 その手には大きな西瓜が乗ったお盆を持っている。

「わぁあ! 西瓜だ!!」

 思わぬ西瓜の登場に百合亜が目を輝かせる。

「冷やしといた西瓜。みんな分切り分けたから食べてね〜〜」

 儚の母親の言う通り、西瓜は十五個切り分けてある。

「そういえば、昨日お母さん……皆んなが来るからって仰山、西瓜を買っとったな」

呟く儚の言葉と自分の前に置かれる西瓜を見て、桔梗は思わず無言になる。

 目の前に置かれた西瓜は、表面が結露しているが確かによく冷えている。この暑い中で食べたらさぞ美味しいだろう。

 けれど、アイスを大量に食べた後の自分に、この西瓜を食べるキャパはない。

 そのため、桔梗は小さく溜息を吐いて……そっと自分の分の西瓜を百合亜と藤に分け与えた。

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