デザート大食い対決
二回戦目をすることになったのは、葵のクジによって決まった蓮条と彩香の二名だ。
「レンレンが女子との密着で慌てふためく様を見るのは……父さん的には妙に複雑やなぁ」
浅葱がマットの上に立ち、やや強張った顔をする蓮条を見て溜息を吐く。
「父さん……何言うてはるん?」
櫻真が眉を顰めて浅葱を見る。すると浅葱が肩を竦めてきた。
「いやな、親である僕の身としては、櫻真も蓮条も小さい頃のイメージで止まってるんよ。だから心境的に複雑で、複雑で……」
「いや、そんなしょんぼりしながら言われても、成長は止められへんよ?」
答えに困る櫻真たちを他所に、二回戦目も進んでいく。
時には瑠璃嬢たちの時と同様に際どい姿勢になりながら、何とか持ち堪える二人。
けれどそんな二人よりも、人一倍ハラハラとさせていたのは儚だ。
「ああ〜〜。何でよりにもよって蓮条が選ばれてしもうたんやろ〜? 最悪や〜〜」
蓮条と彩香の勝負を見守る儚は、すでに涙目だ。
恋する乙女からすると、やはりこのゲームは平穏ではいられないのだろう。
(むしろ、姉さんたちが考えるゲームで平穏に居られる奴なんてありよるかな?)
ふと考えてみたけれど、すぐに頭の中で「ないな」という答えに行き着く。
二回戦目は、彩香の左手が先程の瑠璃嬢のように滑り、肘を着いたため……蓮条の勝利で終わった。
結果、二回戦目は一勝一敗の引き分けとなり、陰陽院チームとの差は埋められずに済んでいる。
「ふふふ。あなた達ツイスターゲーム……俗称「エッチ箱」をよくぞ戦い抜いたわね。私の本音を言ってしまえば、少し物足りないけれど。我儘は言っていられないわ」
そんな事を言っている葵へ、ツイスターゲームに参加した瑠璃嬢と蓮条から殺意の視線が注がれる。
「コラ。そんな視線で葵を見るな。私はただ進行役として責務を全うしているだけなんだから」
「責務を全う? ただ楽しんどっただけやろ? 人が苦労してるのを眺めて」
「てか、前々から思ってたんだけど、何で姉さんは頭がピンクなわけ?」
殺気の籠もった目を眇め、瑠璃嬢が葵に訊ねる。
すると葵が「よくぞ訊いてくれました」的な顔で笑い声を零してきた。
「良い質問よ。瑠璃ちゃん。葵を知る上で欠かす事のできない質問だわ。私がそれを好きな理由。そんなの人間が巻き起こす感情ドラマが好きだからに決まってるじゃないの」
ドドンという効果音が付きそうな勢いで、葵がそう答えてきた。
しかしその答えを聞いた櫻真たちからすれば、はてな、と疑問が浮かぶ。
「感情ドラマが好きなのは分かったけど、それがどうしてピンクな思考になるの?」
「それはね、ピンク事情が起こった方が感情の起伏が激しいのよ。さっきの儚の様にね」
さっき取り乱していた儚に、葵がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている。
そして自分の話を続けてきた。別に誰も先を求めてないのに。
「私はね、向こうにいる修道女にも言ってやったの。私が求めているものは、人を惑わす感情という物よ、とね。だからこそ、私は人間が持つ色情、ウェルカム。勿論。自分が持つプライド故に、自分の首を締めてしまっている滑稽な人間も大歓迎」
両手を大仰に広げて、葵が満足そうな顔をしている。
そんな葵を見て、櫻真たちは正直絶句していた。
「つまり、君は人が持つ感情に欲情してるわけね……」
桔梗が呆れた様子で葵の言葉を簡潔に纏めてきた。
「ええ、そうよ。人の面白さって滑稽な所にあると思わない? むしろ、善意的な言動も行動も、葵的には退屈過ぎてナンセンスなのよ」
わざとらしく欠伸をする仕草をした葵に、櫻真たちは眉を顰めさせた。
人によって趣味思考は様々あるが……ここまで人の善意に対して否定的な人はそういないだろう。
(やっぱり、姉さんは変わってるんやろうな)
「貴様が如何なる思考を持っていても何も言うまい。だが……その趣味に瑠璃嬢を付き合わせるのはやめろ」
葵に苦言を呈してきたのは、魘紫に吹き飛ばされ帰還した魑衛だ。
「あらあら、随分遅いお帰りね。どこまで吹き飛ばされたのかしら?」
「貴様に答える義理はない」
「姉さんじゃないけど、あたしも気になる。どこまで吹き飛ばされたわけ?」
「そうだな。この先にある大きな橋を過ぎた辺りまでか」
「えっ、それって琵琶湖大橋とか言わへんよね? ここから結構な距離あるけど……」
魑衛の言葉に儚が白目を向く。そんな儚に魑衛が肩を竦めて、
「詳しいことは知らん。だが車の行き交いが激しかったのは確かだ」
とあっさりと答えてきた。
(それ、絶対に琵琶湖大橋やん……)
櫻真と同じく誰もがそんな事を考えていると……
「三本目の勝負、こちらで決めた物で良いかな?」
次の勝負を決めた様子の紫陽が櫻真たちの元へやってきた。
桔梗は自分の目の前にある代物を見て、眉間に深い皺を作っていた。
「勝たはるつもりで来てるのは分かるけど……これは少し卑怯とちゃう?」
「えっ? そうですか? 桔梗さんもこういう物が凄くお好きと聞いたので、フェアな戦いになると思ったのですが?」
引き攣る桔梗を他所に、ニコニコと笑う紫陽。
そんな二人の前に置かれていたのは、皿の上に置かれた求肥でアイスを包んだ定番アイスだ。
二人の足元には大量のクーラーボックスが置かれており、その中にも同様の物が入っていた。
そう、櫻真たちの元に現れた紫陽が持ち掛けて勝負内容は、「デザート大食い勝負」だ。
ルールも至ってシンプルで、30分間で幾つアイスが食べられるかを競う。
三本目の勝負内容を聞いた瞬間、真っ先に目を輝かせたのは百合亜と藤だった。
「今度は絶対、百合亜たちが参加する。見てるだけじゃつまんないっ!」
「僕、アイスだったら一杯食べられる」
やる気の漲る声で子供達は参加表明を出してくるが、それを容認することはできない。
大食いなんて、普通にやるものじゃない。子供たちにやらせるなんて以ての外だ。
仮にこの勝負に従鬼である魘紫を投入できたら、「うん、いいよ」と二言返事で了承していただろう。
しかし、今の戦いは飽くまで術者同士の戦い。従鬼の使用が許容されるはずがないのだ。
(このタイミングで、求肥のアイスを持ってきよるなんて……)
悪意としか思えない。
勿論、桔梗はこの中で一番甘味が好きだと自負している。それこそ、プラリネなどのチョコレートならば、鼻血が出るまで食べ続けられる自信がある。
けれど……それはプラリネというチョコの小ささの賜物であって、別に大食いというわけではない。
それに先ほど、私情で食べた餅で苦しい思いをしたばかりだ。恐怖の記憶がまだまだ色濃い。
「ええやん、桔梗。大好きな甘いものが仰山食べられはるんやから。君が受ければ」
コイツは自分の胃袋を何だと思っているんだろう? そう思ってしまう程の浅葱の軽い言葉。
だったら、お前がしてみろ、とど突きたくなる言葉だ。
しかし、浅葱は鬼絵巻の戦いに関わっていない部外者で、この勝負に参加することは出来ない。そんな浅葱の立場を桔梗は、心底恨めしく思う。
(何で、こういう時に限ってあの眼鏡は居ないんやろ?)
ここに居ないもう一人の主である菖蒲に対して、桔梗は溜息を吐いた。
「失敗。さっきのクソ勝負をやるんだったら……こっちの勝負をすれば良かった」
舌打ちをする瑠璃嬢の言葉に、桔梗や凄く遣る瀬無い気持ちになる。
正直、さっきの勝負も下らなすぎてやりたくない。
けれど今の自分の心境を考えれば、さっきの勝負の方が幾分楽だったのかもしれない。
そんな後悔が桔梗の頭を掠めていく。
(……ホンマに、やりたくない)
しかしこのままでは、大食い勝負を甘く見ている百合亜たちが参加する事になる。
そのため、桔梗は苦渋の決断をした。
「……わかりました。僕がその勝負を受けます」




