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年末ネタです〜本編とは関わりありません〜

年末ネタ

 櫻真は、小さく溜息を吐いていた。櫻真がいるのは、祇園にある一つの和カフェだ。人気の観光雑誌にも取り上げられている所為か、店の中は若い女性や、観光客で溢れ返っている。

 その店の一角にある四人席で、櫻真は桜鬼と共に葵と向かい合って座っていた。

「櫻ちゃんったら、どうしてそんな時化た顔をしてるの? もうすぐ年明けよ、年明け。そんな暗い顔をしてたら、素敵な姫初めが出来ないわよ?」

 おしぼりで手を吹きながら、涼しげな表情を浮かべる葵の足を櫻真が思い切り踏み付ける。

 けれど、そんな櫻真の動きは葵に読まれており、

「甘いわ。櫻ちゃん。葵姐さんの足を踏もうだなんて」

 と言いながら、足を横にズラし躱されてしまった。

 こんな人気の多い所で、品性に欠ける言葉を口にしてきた葵を成敗できないのは、悔しい。

(でも、ここで深追いしたら姐さんの思う壺や)

 櫻真は悔しさを噛み殺し、気持ちを落ち着かせた。

そもそも、葵は何故、自分たちを待ち伏せしていたのだろう?

 真っ先に頭に浮かんだのは、葵がお金に苦心し、食事代を櫻真にせびりに来たという事だ。

 けれどその可能性は、

「葵め、妾の櫻真を待ち伏せし、無償で食事を取ろうという腹積もりではなかろうな?」

「ノー、ノー、ワタシ、そんなガメツイコト、シマセーン。シャザイヲ要求シマース」

 桜鬼の質問に、今どき居ない片言の外人を真似た葵が否定してきた。

 しかし、それはそれで問題だ。

 葵が姿を現す時は、大抵碌でもない事が起こる凶兆なのだ。

「鬼絵巻、関連ではないやろ?」

 最も警戒すべき事案は、鬼絵巻が関わっている事だ。正直、鬼絵巻が関わると、一夜漬けになることも多く、精神的にも体力的にも厳しいのだ。

 しかも、年明けに舞う舞台の稽古もある。出来れば、体力を使いたくはない。

 けれど、そんな櫻真の心境を嘲笑うかのような笑みを葵が浮かべてきた。

 櫻真の背中に、季節外れの冷や汗が流れる。

「もう、そんな期待しないでよ。残念ながら鬼絵巻関連ではないから。けどね、別件の話はあるわ」

「帰ります。ほな。桜鬼、行こうか」

 櫻真が桜鬼に声を掛け、席を立つ。

 しかし、そんな櫻真の行く手を阻むように、葵が店員を呼び寄せて

「すみませーん。お汁粉三つ。苺餅入りの奴をお願いしまーす」

 と三人分の注文をしてしまった。

 しかも、桜鬼を釣る用に苺餅入りのお汁粉だ。案の定、苺という単語を聞いた桜鬼の目がキラキラと光り出す。

「櫻真、このまま葵を放置するのも得策ではない。話だけでも聞いてはどうかえ?」

 苺餅のお汁粉を食べたい桜鬼が、櫻真の服の裾を引っ張る。

(桜鬼は苺に目がないからな〜〜)

 それに、桜鬼の言っていることも一理ある。ここで葵の話を聞かなければ、後々問題が起きた時に後悔しそうだ。

 櫻真は諦めて、席に座り直した。

「それで、姉さんの言う別件って何?」

「垢なめよ」

「えっ?」

「だから、垢なめが出てしまったのよ。だから櫻ちゃん達には垢なめを退治して頂きたいの」

 にっこりと微笑んだ葵の言葉に、櫻真と桜鬼の目が点になる。

「垢なめって、妖怪の?」

「ええ、そうよ。妖怪の。櫻ちゃん一人で厳しいなら、他の人を呼んでも構わないから。今から来るお汁粉は、その前金よ」

「前金って、そんな……」

 戸惑いの声を上げる櫻真を他所に、葵が垢なめの出た経緯を説明し始める。

 話をする葵の目には「逃がさないぞ」の意気込みがあった。

(ああ、どうして姉さんに捕まってしもうたんやろ?)

 櫻真は頭を抱えて、自分の不運さを呪うしかない。しかし、そんな櫻真を他所に、店員さんが白い湯気を上げる、美味しそうなお汁粉を運んできてしまった。



「櫻真、完全に狙われとったな」

 葵との事を櫻真は、稽古場で蓮条や桔梗、菖蒲へと話していた。三人の傍らには従鬼達の姿もある。

「垢なめか……また、古い妖怪を持ってきよったな? むしろ、垢なめなんて、普通は出てこんやろ」

 訝しげな表情でそう言ったのは、菖蒲だ。

「そうやね。妖怪言うても邪鬼が特殊に変化した物やし。変化したとしても、その形を維持できるのは極一部やからね。ホンマに葵は何処で見たんやろ?」

 垢なめは、古くから知られる妖怪だ。その分、邪鬼の中でも位は高い。

 垢なめは、名前の通り垢を舐める妖怪だ。荒れた屋敷や風呂屋に現れるとされ、垢のついた桶や風呂場を舐めて消えるという。

 垢は穢れや煩悩といも言われており、人々は垢なめを来させない為にも風呂を綺麗にしたり、穢れなどを溜めないように心掛けていたらしい。

 この説を聞けば、煩悩だらけの葵の元に垢なめが出ても可笑しくはないが、垢なめは邪鬼だ。声聞力を使える葵に祓えないはずがない。

(むしろ、垢なめの方が姉さんから逃げ出しそうやな……)

 櫻真がそんな事を考えていると、

「それで櫻真、葵は何処で垢なめを見た言わはってたん?」

 蓮条が目を細めながら、尋ねてきた。

「ああ。住所を教えて貰ったんやけど……鞍馬の方やったわ。地図アプリで場所を見たら、風呂屋っぽかったな」

 櫻真がそう答えながら、端末で調べた風呂屋の写真を見せる。

 モニターに映っているのは、古き良き風呂屋然で、垢なめが出そうには見えない。

「つまり、葵は生意気にもここに通ってると……」

「そうやな。葵にしてはええセンスやわ。けど、これは何かあるな」

 桔梗に続いて口を開いた菖蒲が、考えるように手で顎を撫でる。

「どういう事ですか?」

 蓮条が菖蒲へと尋ね返す。すると菖蒲が怪訝そうに眉を寄せて口を開いてきた。

「これは僕の直感的なものや。けど可能性は凄く高いと見てる。僕の考えはこうや……」

 菖蒲が自分の考えを櫻真たちへ話す。菖蒲の考えを聞いた櫻真たちは思わず嘆息を吐いていた。

 ああ、なるほど。そういう事か。と。

 しかし、その線が濃いとなると櫻真たちが葵を無視する事は出来なくなった。

(新年前に最悪やな……)


 12月31日、大晦日の午後。

 櫻真は話に加わっていたメンバーに、瑠璃嬢、儚を加えて鞍馬にある風呂屋へと来ていた。

 風呂屋の前には、関係者と見られる女将さんと葵が立っている。

「悪いですね。面倒をかけてしもうて……無事に、お祓いが終わりましたら、気持ちばかりですが、料理とお風呂を用意しますので」

 葵の横に立つ、五〇代半ばの女将さんが頭を下げてきた。女将さんらしく、その所作は綺麗で、歳よりも若々しい印象がある。

 女将さんは、櫻真たちを見回して「ホンマにお綺麗な顔をしてはって、驚きました」と言いながら、満更でもない顔を浮かべていた。

 この鞍馬にはる風呂屋は日帰り温泉だけでなく、宿泊地としても利用できるらしい。

「二ヶ月くらい前から、不気味な音が風呂場から聞こえましてね。幸い、お客様の方で聞かれた方は䰠宮さんだけなんやけど、これが何時迄も続くと私どもとしても、困ってしまって」

「おほほ。女将さんご安心を。この人たちは見かけに寄らず、場数は踏んでいますから。必ずしも、何処からか紛れ込んだ悪霊を祓ってくれますわ」

 申し訳なさそうな顔をする女将さんに対して、葵が軽々しく答える。

(姉さん、ホンマに調子のええこと言うとるわ……)

 今の葵のように調子よく安請け合いする者ほど、自分では何もやらない者が多い。

「あら、皆さん。そんなに目を細めてどうしたの? 女将さんが困ってるんだから、そんな顔をしたら駄目でしょ? メッ」

 櫻真たちの怒りボルテージが静かに上がる。

「後で葵の奴を、血祭りにしないとね……」

「主、その時はこの椿鬼、力添えを致します」

「桜鬼も椿鬼を援護してくれる? むしろ、主力でやっても構わへんから」

「うむ、畏まったぞ。櫻真からの命。必ずや、完遂させる所存じゃ」

 桜鬼からの頼もしい言葉を聞き、櫻真が満足げに頷いた。

 女将さんの案内で、櫻真たちが館内へと入る。館内は広々としたロビーがあり、その奥には小規模ながらよく手入れのされた日本庭園が広がっていた。

 玄関土間で靴を脱ぎ、下足係の男の人に靴を預ける。

 赤い絨毯の敷かれたロビーを歩きながら、櫻真たちの視線を館内全土を見回すように動かしていた。

「仰山、おるな」

 館内の至る所に、霊や邪鬼の姿がちらほらと見える。向こうも櫻真たちに気づいてはいるものの、桜鬼たちを恐れ、近づいてくる事はしない。

 その土地に古くからある建物には、自然とこういう類も集まりやすい。けれど、居るといっても悪質なものがいる事は中々ない。

 しかしここに居るのは、やや悪質なものが混じっている。

「櫻真、良ければ妾が斬って回るぞ?」

「ホンマに? なら頼むな」

「なら、私も手伝うわよ?」

 桜鬼にそう申し入れたのは鬼兎火だ。そのまま桜鬼と鬼兎火が宙を払うように、手刀を繰り出す。桜鬼と鬼兎火の手刀が悪霊たちを断ち切っていく。

「でもやっぱり、風呂場に近づけば近くほど、霊たちの量も多くなっとるね」

 辺りを見回しながら、桔梗が呟く。それに反応したのは、ここに来る前に買った一口饅頭を食べる瑠璃嬢だ。

「発生源って感じだろうからね。てか、あたしたちは、風呂場に案内されて、普通にお祓いをすれば良いわけ?」

「あっ、それはウチも思ったわ。だって、姉さんがウチらの事も連れて来い、言うたんやろ?」

 儚が桔梗の横からひょっこり顔を出し、櫻真の方へと小首を傾げてきた。

 そんな儚に櫻真が頷く。

「そうや。何をやらせようとしてるかは分からへんけど……人が多いことに越したことないから言うて」

「ちょっと、待って。あたし、凄く嫌な予感がするんだけど?」

 瑠璃嬢が櫻真の言葉を聞きながら、表情を曇らせる。

「安心してくれ、瑠璃嬢。何があっても君は私が守るからな」

「あんたね、あたしの予想が正しければ……アンタとは離れるから」

「おほほ。瑠璃ちゃんったら察しが良いわね。そうよ、これから貴方たちにやって貰う事は、男女で別れてやって貰う。そうレッツ、新年に向けてのお風呂掃除! これで垢なめを出さないようにしましょう!」

 葵が勢いよく左手を上げて、勝手に全員の士気を上げようとしている。

「ホンマに䰠宮さんが、何とかしてくれる言うてくれた時は、助かりましたわ。私どもではどうにも出来なさそうで……お祓いの為とはいえ、お風呂掃除までして貰うなんて、申し訳ない」

(お祓いに風呂掃除は関係ないやろっ!)

 櫻真以外の全員がそう思ったに違いない。そして、まんまと櫻真たちを変な事に巻き込もうとしている葵は、肩を揺らして笑っている。

(人を面倒な事に巻き込みよって……)

 葵に静かなる殺意を感じながら、櫻真たちはそれを表に出すことを我慢した。

 ここで怒りを発露してはいけない。きっと垢なめはこの風呂屋に出現しているのだから。このまま放置して、ここの評判を落とす訳にもいかない。

 静かに溜息を吐きながら、櫻真は広大な風呂場へと案内された。


「お風呂場、広いな……」

「風呂自慢だけあるな……」

 デッキブラシを手に、櫻真は蓮条と共に風呂場の広さに驚いていた。内風呂には六つの風呂があり、外には10を超える大小の風呂が点在している。

 この広いお風呂を全て掃除するとなると、確かに人手は入りそうだ。

 とはいえ、ここには、櫻真、蓮条、菖蒲、桔梗、魁、魑衛の六人がいる。手分けすれば、何とかなるだろう。

 しかし、櫻真たちもただ掃除をするだけではない。

 ここに垢なめを出現させるための媒介を見つけ出さなければならないだろう。

「怪しい気配はするけど、何処にあるんやろうな?」

 蓮条と共にデッキブラシで床を磨きながら、櫻真が首を傾げさせる。

「そうやな……でも、中々出てこないとちゃう?」

「確かに。ホンマに傍迷惑過ぎて、嫌になるわ……」

 櫻真が辟易とした溜息を吐く。するとそこへ、厚手のコートを着込んだ葵が姿を現した。葵は外風呂に置いてある、椅子に座り一人だけ寛いでいる。

「こぉら。そこの双子。忙しく口を動かす前に手を動かせ、手を」

「何で姉さんがここにおんねん! てか、自分の方こそ女湯を掃除しいや!」

「おほほ。姉さんはお前らの監督よ。ああ、女湯や男湯を行ったり着たりするの、大変だわ」

「「嘘つけっ! サボんな、アホっ!」」

 櫻真と蓮条がハモって、葵に激怒する。しかし双子からの怒りを買っても、葵は何処吹く風の表情だ。

(あの人を小馬鹿にするような顔、ホンマに腹立つ〜〜)

「櫻真くん、蓮条くん、腹立ててもしゃーないよ。着物の袂からショートケーキを出すような人なんやから」

 虫捕り網を持ち、お湯に浮かぶ葉を取り除く桔梗が、そんな事を言ってきた。

「えっ、着物の袂からショートケーキって……どういう事ですか?」

「その言葉の通り。この前、クリスマスの時に僕の所に現れた葵がそれをやってきたんよ。甘いものが好きな僕でも、かなりドン引きしたね。本人も僕の顔にマズイと思ったのか、すぐに仕舞ってはったけど」

「いやいや、可笑しいやん! 着物の袂にケーキってヤバイやろ! 不清潔過ぎるわ!」

「そうや! むしろ、そんな事しよるから、垢なめが現れんねんっ!」

 櫻真と蓮条が至極妥当なツッコミを入れる。いや、葵の着物の袂が恐ろしい。桔梗の口振り的に、ケーキがそのまま袂から出てきたのだろう。

 ケーキはグチャグチャに崩れているだろうし、何より袂の中が生クリームだらけになっているはずだ。

 櫻真たちが葵にドン引き顔をすると、葵は誤魔化すように中空に向かって口笛を吹いている。

「姉さんの着物の袂は、四次元ポケットなのよ〜〜」

「急いで自分のフォロー入れるなっ!」

「何を言ってるの。葵姉さんだって、主張しないといけない事はあるの! わかっ……ブゥッ」

 蓮条のツッコミに反論していた葵の顔に、菖蒲が手に持っていたホースで水を掛ける。

 師走の時期に、水を掛けられた葵が寒さで椅子から飛び上がっている。

 櫻真たちからすれば、実にスカッとする状況だ。

「いつまでも椅子に座ってへんで、働け」

 寒い、寒い、風呂、風呂と言いながら、床を這い蹲る葵に菖蒲が蔑みの視線を投げている。

 まぁ、当然の報いだ。

「おい、眼鏡! テメェ、真冬に真水とか正気の沙汰じゃねぇーぞ! 謝れっ! 謝れよっ!」

「何言うとるん? 僕は君の身の内にある穢れを排除してるだけや。君自体が垢舐めみたいなもんやし」

「何だとーー! こんな可憐な葵を垢なめと一緒にしてんじゃねぇーー」

「えっ、菖蒲ちゃんの言うとること、間違いやないと思うよ? 何せ君は袂からケーキを出すびっくり人間やし。あっ、人間かも怪しいか。垢なめやし」

 菖蒲に文句を言う葵に、桔梗からの追撃が入る。そんな桔梗の追撃を受けながら、葵は着実にお風呂へと進んでいた。

 そんな葵の前に、魑衛と魁が立ち塞がる。

「おい、鬼ども! いきなり姉さんの前に立って、何してんだ? そこを退け! 姉さんの体が凍えるだろうが! クソがっ!」

「ふっ。其方の願いは聞けないな。何せ、瑠璃嬢から言われているのだ。しっかり、報いを受けさせてやれ、と」

「同じくだ。それに昔から身の内の穢れを落とすには……真水に限るだろ?」

 魑衛と魁が口元にニヤリと笑みを浮かべる。するとそんな二人の姿を見た葵が、地面に顔を伏せ、泣き寝入りを始めた。

「うっ、うっ、姉さんが何をしたと言うの? いつもお世話になっているお風呂屋さんに、恩を返そうとしただけなのに。年の終わりに良いことをしようとしただけなのに……」

 そう言いながら、大人気なく大声で泣き始める葵。

 しかし、そんな見っともない葵に菖蒲からの私的制裁が加えられた。這い蹲る葵の背中に向けて、水が掛けられる。

「何が恩返しや、アホ。こんなマッチポンプしといて、どの口が言うとんねん!」

「マッチポンプだと? 姉さんがそんな愚かな事をするわけないでしょう! 何処にそんな証拠があるのっ! うぅ、冷てぇ、寒い」

 カチカチと歯を鳴らしながら、葵が往生際悪く反論を返してくる。

 しかし、そんな葵の口を封じるよう手を櫻真は掴んでいた。

 菖蒲たちが葵の気を引いている間に、櫻真は蓮条と共に、垢なめを呼び出す為の媒介を探し出していたのだ。

 媒介は垢なめを模様した木の人形だ。それは外風呂に置いてある五右衛門風呂の底にあった。

 きっと女湯の方にも、似たような人形が置いてあるのだろう。

 櫻真は桜鬼に霊的交換を繋げ、その媒介を探すように伝えてある。

 人形の背中には、五芒星が刻まれており……そこから黒々とした葵の声聞力が感じ取れた。この館内にいた邪鬼や霊は、この葵の声聞力に惹きつけられていたのだ。

 この可能性を菖蒲から説明されたとき、櫻真たちは辟易とした。宿泊もしている風呂屋さんで、奇妙な存在が現れるとなれば、多大な風評被害が出るだろう。

 それが分かって、櫻真たちも見て見ぬ振りは出来ない。身内に入れたくはないとはいえ、葵は自分たちと同じ䰠宮を名乗っているだから。

「姉さん、もうネタは上がっとるで?」

「ホンマにやり方が狡いねん。どうせ、ここの人たちに恩を売って、タダ風呂でも堪能しようっていう魂胆やろ?」

 目を眇めた蓮条が呆れた息を吐き出す。その間に、櫻真が人形の中に含有されていた葵の声聞力を浄化する。

 ネタをバラされた葵は、地面に両手を付き「くそぉお」と叫んでいる。

 何とも憐れな姿だ。

 しかし、そんな葵の姿を桔梗が笑いながら撮影している。

「ええ姿やねぇ。年末に来てええ図が撮れたわ。あと、君の思惑は僕が潰しといたからね。今日、素敵な料理とお風呂を堪能できれば、これ以上の恩返しは要らないですからって」

 守備周到な桔梗がそう言うと、今までジタバタとしていた葵がショックを受けた様に、その動きを止めてきた。

 どうやら己の野望が打ち砕かれて、固まったらしい。

(自業自得やな)

 櫻真たちは地面に倒れたままの葵を放置し、約束通り風呂掃除を終えた。



  櫻真たちは用意してもらった豪勢な料理を堪能した後、再び風呂場へと来ていた。

「まっ、年末言うたら大掃除やからな。これはこれで良かったかもな」

 お祓いという名目で、綺麗にした風呂の温泉に浸かりながら櫻真が「ふぅー」と息を吐く。

 元来、大掃除には身を綺麗にする意味合いもあるのだ。そのため、櫻真自身も何処か一年の汚れを落とした様な気持ちになる。

 お湯に浸かりながら、ホッと櫻真が一息ついていると……櫻真が入っている風呂のお湯に波紋が広がった。誰かがお風呂に入ってきたらしい。

(誰やろ?)

 疑問に思い、櫻真が波紋の広がった方へと視線を向ける。

 すると、そこには体にタオルを巻いている桜鬼の姿があった。

「えっ、えっ、何で桜鬼っ!」

 いきなり入ってきた桜鬼の姿に、櫻真が慌てふためく。しかし、そんな櫻真の動揺に反応するよりも早く、桜鬼が勢いよく櫻真へと飛びついてきた。

「櫻真っ! やはり特別な時にお風呂を入るのならば、櫻真と一緒に入りたいと思ってのう!」

「いや、でも! 流石に……」

「そんなに恥かしからずとも良い。妾の全ては櫻真のものじゃからのう」

 そんな際どい事を言いながら、櫻真の顔に頬擦りをしてくる桜鬼。桜鬼は櫻真と一緒にお風呂に入れる事に浮かれている様子だ。

 この様子だと男の子の諸事情など、桜鬼の頭から抜け落ちているだろう。

(ああ、せっかく風呂掃除をして身を清めたと思ったのに……)

 櫻真は、年明けても残ってしまいそうな煩悩に終始、頭を抱えたくなった。

煩悩を打ち消す除夜の金が櫻真の耳に届いたのは、もう少し後になってからだった。

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