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トリガーを引く男

 冷んやりと冷たい水の中は、凄く気持ちが良い。海水のように塩分を含まないため、肌触りは滑らかだ。

 そんな水の感触に、少しだけ気が緩みそうになる。

 しかし、そんな様子の櫻真の横腹を蓮条が肘で小突いてきた。

「櫻真、気を緩めたら駄目やで? 俺らのバナナボートを引くのは、得体の知れない奴なんやから」

「緩んでなんかおらんよ。蓮条に言われんでも、ちゃんと頑張るわ」

「ホンマに? そう言うて櫻真はすぐ油断するやろ?」

「せんよ。蓮条は心配しすぎや」

 片眉を下げて、櫻真が蓮条に反論する。

 少し前に蓮条は浅葱から聞いて、自分が櫻真の双子の兄だと知ったのだ。その所為もあってか、蓮条はやたらと櫻真を気に掛けてくるのだ。

(ホンマに蓮条は小言が多いんやから……)

 兄弟としての意識を持ってくれるのは、とても嬉しい。蓮条は今もまだ宇治に住んでいるが、後々は一緒に住めたらとも思う。

 けれどこんな風に口煩く言われるのは正直、勘弁して欲しいとも思う。

(でも、兄弟なんてこんなもんかもな)

 そう思いながら、櫻真が蓮条にバレないように苦笑を零す。

「微笑ましい兄弟仲は大変、喜ばしいですが……お二人とも気を引き締めて下さいまし。これから、貴方方が今後の修行に付いてこれるかを見る試練を行うのですから」

「えっ? 試練? えっ、でもこれって勝負やろ?」

 試練と勝負では、意味合いが大きく違う。

 それに今後の修行とは一体何を言っているのだろう?

 ジェットスキーに跨りながら、キリっと表情を引き締めさせる夜鷹に櫻真たちが疑問符を浮かべさせる。

「櫻真君たち、あんまり深く考えない方がええよ。きっと碌でもない思考しか持ち合わせてへんから」

 自分たちの疑問の言葉に反応したのは、呆れた表情の桔梗だ。

「桔梗さん、分かりはるんですか?」

「うーーん、どうなんやろうね? 分かりたくない」

 笑顔で微妙な答えを返され、櫻真たちが困惑する。するとそんな櫻真たちに瑠璃嬢が声を掛けてきた。

「とりあえず、乗れば? 座席指定みたいだけど」

 見れば、儚と瑠璃嬢の間には一人分の隙間がある。

「はい、順番は櫻真様、儚様、蓮条様、瑠璃嬢様、桔梗様という順番でお座り下さいませ」

 夜鷹にそう言われ、櫻真たちは言われた通りの所でバナナボートに跨る。

佳たちが乗るバナナボートを一瞥すると、あちらも隆盛、彩香、佳、穂乃果、紫陽という順番で並んでいた。

 完全に夜鷹と葵の意図が全開の並び順だろう。

「皆様、素直で大変よろしいですね。それでは始めましょう。鬼絵巻を賭けた戦であり、皆様の耐久力を見定める試練を」

 夜鷹がそう言って、景気良くジェットスキーのエンジンを掛ける。

 すると、浜辺で百合亜と藤と共に観戦者になっている浅葱が眠る輝夜を片手で抱えながら、

「ほな、行くで? 鬼絵巻を掛けた6本勝負、1本目……勝負開始っ!」

 葵に持たされた旗を下へ降った。

 すると、二隻のバナナボートが一斉に水の上を滑り始める。

 緩やかな速度だったのは、本当に始めだけだった。後は大きな波飛沫を上げて、バナナボートが大きくバランスを崩し始める。

 櫻真たちは必死に太腿に力を入れて、体を低くし、荒れ狂うバナナボートから振り落とされないように精一杯踏ん張る。

 けれど身を低くした所為で、波飛沫が顔に容赦なく当たり、気管に入った水で勢いよく、むせ返える。

 それに加え、ジェットスキーを操縦する夜鷹が、

「ああ〜〜、皆様。踏ん張って、踏ん張るのです。腰を浮かせてはいけませんっ。バナナボートから身体を離してはいけないのです。皆様とボートは、今まさに陽陰の関係。離れてはいけない、いけないのです〜〜!」

 妙に上擦る声と共に、夜鷹がジェットスキーを跳ねさせる。そのジェットスキーの動きに一拍遅れて、櫻真たちが乗るバナナボートが宙に浮く。

 体を襲う浮遊感と、こっちの気力を削ぐような夜鷹の言葉攻め。

 夜鷹の言葉など、ただの世迷い言だと聞き流せば良い。そう思うのに……

(何やろ? この聞いてはいけない物を聞いてしもうたような感覚は……)

「皆様、先ほどのは始めの始めです。まだ極意の絶頂に達するまでは、道のりはまだまだ長いのです。前戯の途中で脱落しませんよう、重々にご注意くださいませ〜〜〜〜」

 気分が下がる五人への夜鷹の言葉は続いている。

(どうしてやろう?)

 夜鷹の言葉を聞きながら、櫻真は眉を潜めさせる。

 バナナボートを曳航しているジェットスキーの速度は、舞い上がる波飛沫や、跳ねるバナナボートを考えるとかなり出ているはずだ。

 つまり、それだけジェットスキーのエンジンが回っているという事。音も凄い。

 普通に考えれば、夜鷹の言葉など櫻真たちに届くはずがないのだ。

 それにも関わらず、夜鷹の声が鮮明に聞こえてくる。

(何かしらの術式を使うてはるんかな……?)

 頭の中に浮かんだ問題に櫻真が答えを記入していると、再びバナナボートが、夜鷹の哄笑と共に大きく浮いた。

 先ほどよりも、バナナボートが高く浮かび上がる。

「えっ、えっ、ホンマに、G掛かる、G掛かる、ホンマに嫌や〜〜」

 真後ろにいる儚の涙混じりの悲鳴が櫻真の耳に届く。

 胃が上に持ち上がる不快感。けれどその不快感を隅に追いやってくる程の恐怖感。

(もう、ホンマに勘弁して欲しいーーーー!)

 櫻真も心中であらん限り叫ぶ。男子の意地で声を上げなかった自分を讃えたいくらいだ。

 ーー決して、恐怖で声が引きつったわけじゃない。

 浮いたバナナボートが水面に着地した瞬間、衝撃が櫻真たちの体に伝わってくる。

 下から突き上げるような衝撃が骨を伝わり、地味に痛い。

 しかしそんな痛みと共に、櫻真の背中には柔らかい感触が当たった。すぐにそれは咄嗟に自分の肩に捕まってきた儚の物だという事が分かる。

 桜鬼の物よりも弾力性はないが、確かに自分にはない柔らかさがあった。

 不意打ちでやってきたその感触と、バナナボートに乗る前に聞いた葵の言葉を思い出し……櫻真は顔を一気に赤らめさせる。

(こんな状況で、疾しい事を考えてる場合ちゃうっ!)

 バナナボートが揺れるのと同じくらい、櫻真の気持ちが狼狽する。だが、そんな櫻真を追撃するように興奮する夜鷹が、

「感じます……。感じますよぉ。後ろからビリビリと皆様のリビドーが。ああ、なんて素晴らしい事でしょう。まさか、こんなバナナボートでこの周波を感受できるとは思いませんでした。薩婆訶(そわか)薩婆訶(そわか)……」

 などと、櫻真の心中を暴露するような事を言ってくる。

 櫻真に聞こえているのだから、必然的に後ろに乗っている儚にも聞こえているはずだ。

 本音を晒せば……その口、黙れ。と言いたい。

 けれど、そんな事をこの状況で言えるはずもないし、狂熱染みた夜鷹に届くとも思わない。

 幸い、後ろにいる儚に自分の表情は見られていない。そのため、櫻真は心の動揺を無視する事にする。

(そうや。動揺したのも不意打ちだったからで……それ以上の気持ちはあらへんし……)

 自分自身にそう言い聞かし、櫻真が顔面に飛んできた水飛沫を避けるように、顔を横に逸らす。

 すると逸らした先には、桜鬼たちが待機する浜辺があった。

 そして、そこにいる桜鬼の方から怒気のような物が放たれている……ような気がする。

(いや、いや、いや。ない、ない、ない。俺の勘違いやな……。うん、きっと、多分)

 内心でそう否定しながら、櫻真は顔を正面へと戻す。

 戻した所で夜鷹と目が合った。

「いけません。見たくない物から目を逸らしては……ここは、寛大な身心で受け止めるのです」

 夜鷹の言葉に櫻真は白目を剥きたくなった。

 彼女がこう言ってくると言うことは、さっき見たものは目の錯覚ではないという事だ。

(アカン。ホンマに気力が付きそう……)

 集中力の糸が切れた所為か、今まで心の隅に追いやれていた不快感が一気に櫻真へと押し寄せて来る。

 船にも乗っていないのに、船酔いした感じだ。

「……凄い、気持ち悪い」

「櫻真っ! 顔を下げたら駄目やっ! 下げたら吐くでっ!」

 首が下に下がった櫻真を蓮条が叱咤する。

 その間にもバナナボートはバシャバシャと縦に、横に揺れる。

 だんだん櫻真の目がグルグルと回り始めてきた。自分を励ます蓮条の声も妙に遠い気がする。

「ちょっと、櫻真。もう少し耐えれば終わりなんだから、ここで脱落とかしないでよね? もうあたしの後ろの奴、倒れる寸前なんだからっ!」

 脱力しそうな櫻真を後部に座る瑠璃嬢が怒鳴り声で、叱責してきた。

 瑠璃嬢の後ろに座っているのは、顔を青くさせ瑠璃嬢の背中に頭を預ける桔梗だ。

「何とかあたしに摑まらせて、落ちないようにしてるけど……コイツ、調子に乗ってさっき餅を一人で食べてたから、餅が、餅が、とか言ってゲボりそうんだよね。あたしはそんな恐怖と戦ってるんだから、ここでリタイアとかマジでやめて!」

 マジギレモードの瑠璃嬢にそう言われ、櫻真は崩れ始めた気力を何とか持たせる。

(ヤバい。後ろに悪鬼がおるっ!)

 喉元まで上がってきた胃液を無理に押し込め、櫻真は顔を上げた。

 ここでバナナボートから落ちれば瑠璃嬢からの総攻撃は否めないだろう。きっとその時は、魑衛と一丸となって襲ってくるはずだ。

 自分の強い味方である桜鬼もさっきの様子だと……十分に力を発揮してくれるかどうか怪しい所だ。

 自分の保身を考えて、ここは踏ん張り所だろう。

「ふふふ。皆様、凄く良い耐久心をお持ちですね。私、本当に脱帽です。ですが、残りの5分。もっと激烈、苛烈、で皆様に苦難を与えますので……どうか、どうか耐え忍んで下さいね。それが出来た暁には……記念撮影をさせて下さいね」

 夜鷹が満面の笑みでふざけた事を言ってきた。

(なっ、何が記念撮影やっ!)

 内心で呆れ混じりの憤りを櫻真が湧き立たせる。

 けれど、そんな櫻真以上に憤りを感じていたのは、最後尾で瀕死寸前の桔梗だった。

「…………死ね」

 短く消えそうな声。

 けれどそれにも関わらず櫻真の耳に桔梗の殺気が届いた。夜鷹が使用した術を桔梗も使用したのかもしれない。

(桔梗さんの殺気が凄いっ!)

 呪怨とも思える程の桔梗の殺気に、櫻真も思わず居住まいを正す。

「まぁ! こんな状況でこの様な鬼気(きき)。凄い生命力を持ち合わせた方なんですねっ! それでは、もっと、もっと、もっと、私のテンションを上げて参りましょうっ!」

 桔梗の殺意で更に気持ちを高揚させた夜鷹に、櫻真たちの顔が一気に引き攣る。

 桔梗を除く誰もが「なんて、余計な一言(トリガー)を……」と桔梗を恨めしく思った。

 しかし、それは大きな間違いだった。

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