♯8 はじまりの街とギルド登録 ~城下街にて~
あまりの幻想的な風景に息をのんだ―――。
嘘のように青い空のもと、周りを見渡すと、そこはまさに別世界であった。
王宮と、城下町と、水路と、魔法と、蒸気と、歯車の巨壁。
中世風ファンタジーとスチームパンクと水の都の融合。
―――この街を、人々は「はじまりの街」と呼んだ。
まず目に飛び込んできたのは、カンカンに照らす太陽の光。
柔らかで、まぶしくはなく、直接見ても大丈夫な仮想の太陽。
現実世界の大きさと変わらず、お昼時のためかちょうど自分の頭上にて、この世界に来たことを歓迎するように照らしてくれた。
日光は実際に暖かい。
こんなにリアルなのだから、アバター製作時に肌を白くしたのに、日焼けしてしまうかもしれない。
現実の季節は春だからなのか、それほど暑くは感じない。
吹き抜けていく風がサッと肌を撫でて、自分の奇抜に染まった髪の間を通り抜けていく。
これも季節の補正なのか冷たい風ではなく、暖かで心地の良い風だ。
普段外に出ないインドアな僕だが、この世界の外なら何時間でも日向ぼっこしたい。
それほどまでに現実よりも心地が良い。
「いい、天気だ」
VRゲーム空間内でこんなことを言うなんて、思ってもいなかった。
眼下にはおとぎ話のシンデレラに出てくるような、長さ、高さ共に100メートルはありそうな巨大な真っ白の階段が広がる。
その先に、見た限り一番にぎわっている大通りがある。
通りの上で行きかう人々は様々で、獣の耳や尻尾、翼のついた人、異常に背の小さい人や、逆に3メートルはありそうな大男、甲冑を身にまとう戦士達、そして現実では見られないような生き物……とにかく言葉では言い表しきれないほどの混沌がそこにあった。
城下町の建物の壁はレンガで、屋根もカラフル。
碁盤の目のようにぴっちりと一定の隙間を保って建築されているので気分がいい。
煙突が生えていて、そこからは家ごとに違う色の、赤、緑、青、白、黒色など七色の煙がうっすらと天に昇っている。
煙は数メートルもすれば空気中に霧散して、街をほのかに色付け、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「綺麗だ……。まさにファンタジーって感じの、スチームパンクだね」
スチームパンク、といったのはこの彩とりどりの煙と、視界の端に見える歯車で組まれた巨大な壁があったからだ。
巨人から国を守るように囲む、巨大な防護壁。
壁の表面には大小様々な歯車がびっしりと貼り付けられ、噛み合い、常に回り続けていた。
街の中には水路がいくつも張り巡らされており、まるで水の都ベネツィアのよう。
本物のベネツィアと違うのは、真っ青な空の色が反射して、青くきれいなところだ。本物は、水が濁っていると、聞いたことがある。
その水路の上には、小舟だったり、巨大トカゲに乗っている人だったり、水の上を歩く仙人みたいな人だったり……。
水路は比較的人がいないため、観察がしやすい。
通路は、そりゃあもうごった返している。
「やっほーいっ!!」
思わず、階段を駆け下りた。
勢いあまって転びそうになるのをなんとかこらえ、全速力で地面にたどり着いた。
まずどの通りも人でいっぱいだ。
先ほども見た、王宮からこの国の端の壁につながっている大通りは、まだ通れる方だった。
道幅が広いおかげか。
馬車が横に6台は並んで走行できそうなくらい広い。
しかし馬が歩く速度でも、人を轢きかねない程度に混雑している。
問題なのは、大通りを歩いているとちらりと見える、枝分かれした路地の方だ。
プレイヤーなのかはわからないが、道の端にカーペットをひいて、その上でお店を広げている人が左右にびっしりと。
そのせいで二車線道路ほどの道幅が、半分の一車線道路ほどの道幅になっているのだ。
道行く人たちの中には、先ほど上からのぞいたように、様々な人種がいる。
肌の色も様々だ。
大通りを歩くと、「安いよ安いよ~今日は半額だよ~リンゴが安いよ~」「この鎧、今ならなんと、8000エナジー!! 超お買い得!」「薬草、超格安だよ! 品質が悪いから調合スキルレベル上げにおすすめ! 早いもん勝ちだ!」など、活気に満ちた声が飛び交っている。
誰もが笑顔で、自分の店の商品を必死に売り込んでいた。
道の端には出店を広げているものが多く、そのどれもが武器や防具、装飾品、骨董品のようなものなどを取り扱っていた。
ここで戦闘のための準備を整えていけ、というわけか。
きちんと建物を構えた店も多く、大通りに面しているのは武器屋さんだったり、服屋さんだったり、薬屋さんだったり、肉屋さんだったり、道具屋さんだったり……。
衣食が多い印象だが、これまた見たことない物ばかりで飽きない。
肉屋の前には、店の中に入りそうにない、巨大なドラゴンの頭が縛って運び込まれていた。
あんなでっかい頭、どこで手に入れたのだろうか。
人だかりができていてあまり見えなかったが、あの頭をどうするのだ。
「あ、当然肉屋さんだから解体するのか」
他にも、火を噴く人や、噴水の噴き出す水の上で踊る人、アクロバティックな技で壁と壁の間を駆け抜けたりする大道芸人の集団などもおり、そのどれもがプレイヤーであった。
スキルの恩恵はこういう使い方もできるのか。
彼らの足元の缶には、おひねりのチップや果物がいっぱい詰まっている。
「……エナジーってチップ化できたりするのか?」
意識すれば聞こえるケルト音楽のBGMは、ピエロ姿の鼓笛隊が鳴らしていた。
音の鳴る方へ行けば、噴水の周りで路上ライブをしていた。
五人ほどの少人数編成だが、ケルト音楽に珍しいボーカルもいた。
『夜明けの勇者は~語り継がれない~♪
兵士もろとも~玉砕道中~♪
真昼に隠れて~歴史は闇に葬られる~♪
真昼の勇者は~英雄になる~♪
されどそれは~何のため~♪
世界の終わりを~模索する~♪
さあ黄昏の勇者達よ~お主らは何を成す~♪ 何を成す~♪』
あの歌はもしかして。
「あの、すいません。
その歌ですが、夜明けの勇者が【歌唱王】で、真昼の勇者がジョン・ドゥと呼ばれるキャラクター。
そして黄昏の勇者が僕たちプレイヤー。
これであってますか?」
感情があまりないボーカロイドのような機械音声のピエロに興味を持って近づいたが、演奏が止まったのは質問の間だけで、再び歌い始めた。
「あ、すいません」
『真昼の〜♪』
周りのプレイヤーからの視線が痛く感じ、その場をそそくさと後にした。
~~~~
歩くことゲーム内時間で約30分。
遠い! 遠すぎる!
王国の面積が広すぎて、門の近くに行くまでですら時間がかかった。
しかし現実を超える幻想的な風景から、どこまで歩いて行っても飽きない。
途中渡った橋は特に感動した。
水路が大きく、街が水路に沿って作られているのだと実感した。
小さい滝のようなスポットも何個か見つけた。
ときたま見つける排水溝は、冒険心をくすぐられる。
どこにでも行けると言っていたし、排水溝の下にはダンジョンがあるのかも。
なんて考えていたので、思い返せば案外すぐだったのかも。
そこは、これまた周りよりも二回りは大きい建物だった。
ここまでがヨーロッパ風のおしゃれな雰囲気だったが、この建物はいかにもRPGといった風貌をしている。
屋根は初心者を表す、緑色。
ここだけレンガ造りではなく、石造りだ。
まるで巨大な要塞のよう。
入り口の真上、二階から吊り下げられている看板には、でっかく「ビギナーズギルド」と、黒いペンキで書き殴ってある。
入り口は、西部劇の酒場でよく出てくるようなドア、ウェスタンドアだ。
ここからでも中のガヤガヤとした空気が伝わってくる。
思わず見惚れてしまったが、入り口で止まっていても仕方がない。
早速中に入ろう。
僕はドアの片方を前に押し、ずんずんと建物の中に入っていった。
~~~
建物の中は石をくりぬいて作った洞窟のようであった。見た目と違う気がするのは、ゲームだからツッコまない。
石のおかげか、プレイヤーの熱気に圧倒されるといったことはなく、むしろひんやりとした空気が体を包んだ。
薄暗く、ところどころに立てかけたロウソクの光が暖かく部屋を照らす。
内装は外から見たイメージよりもごちゃごちゃとしていた。
左手に見えるのは、酒場だ。
隅には酒樽が積み上げられており、すぐにそこが酒場だとわかった。
50卓ほどの丸机があり、そこに1つの机に対して4つずつ木の椅子が備えられている。
部屋の端にある厨房もここからのぞけるようで、肉の焼けるいい匂いがギルド中に立ち込めている。
壁には冒険者の絵や、謎の動物の骨、ハルバードのような巨大な武器など、様々なものが飾ってある。
天井からは何かの骨が、博物館の化石展示のように吊り下げられている。
座っている人たちはそれぞれ剣を腰に差していたり、弓を担ぎながら飲んでいる。
右手に見えるのは、クエストカウンターだろう。
カウンターには似た顔のお姉さんが10人、ズラッとならんでいる。
皆きれいで、そこだけ花が咲いたような空間だ。
まずはギルドの登録からか。
カウンターに行けばやってもらえるだろう。
今は空いているようにみえるが、現実世界でもお昼を過ぎたころだし、これから人が増えていく前にやらなくては。
「すいません、冒険者登録をしたいのですが……」
そう言うと、カウンターの一番右端にいた、頭を下げて書類を書いていたお姉さんが顔を上げる。
外国人のように鼻筋が通ったきれいな顔立ち。
ショートのブロンドヘアの上にちょこんと乗せたベレー帽が、ギルドの制服とおそろいの色でよく似あっている。
ここのカウンターの人たちは全員、緑を基調とした制服だ。
彼女はかけていた眼鏡をくいっとあげて、笑顔を浮かべた。
『はい! わかりました、冒険者登録ですね。
それでは、こちらの水晶に手をかざしてください』
手に持った羽根ペンをインク入れに差しておき、カウンターの下からボーリング球ほどの大きさの水晶を取り出して、僕の前にドンッと置いた。
あの、水晶なんですし、もうちょっと丁寧に扱った方が……。
水を差す言葉を胸の内にしまい込んで、手をかざす。
かざして10秒ほどたつと、透明な水晶が虹色に輝き始めた。
手を光が覆っていく。
さらに10秒ほどたつと輝きがやみ、水晶の上部からカードがニュル~っと出てきた。
ところてんみたいだ。
『無事発行ができたようですね。
このカードは、クエストを受けるときや街を通行する際に必要な身分証明書となります。
ストレージに入れて大切に保管してください。
ストレージの使い方はご存知ですか?』
「はい、知ってます!」
『それではそのカードを大事にしまっておいてください。
再発行には1,000エナジーがかかりますから』
そう言われても、イマイチ物価がよく分からないから、それが高いのかどうか……。
初期資金で100,000エナジーが貰えているし。
「その、1,000エナジーってそれほどの価値があるんですかね?
具体的にどれくらいの物が買えますよ、とかこれくらいのクエスト報酬分ですよ、とか」
『他の勇者様のお話によりますと、物価はあなた方の世界とそう変わらないらしいですよ。
クエストも一番簡単なものであれば1時間弱でこなせ、一回の報酬は1,000エナジーほどです。
ですが、危険なクエスト、魔物討伐になってくると、その十倍以上のエナジーは支払われたりします。
その分アイテムをたくさん使いますし、水晶などの需要が高いアイテムほど高い値段がしますので、身入りが少ないときもあるらしいのですが』
僕の質問にギルドのお姉さんは嫌な顔一つせずに、笑顔で答えてくれた。
接客のプロ意識を感じさせられるな。
なぜ冒険者の勇者に対してそこまで丁寧に接してくれるのだろうか。
というか、初期に白い人から十万円分しか持たされていなかったのか。
いきなり知らない世界に放り込まれるのに、たまったもんじゃないな。
せめて一年間はなにもしなくても暮らせるようなお金を……いや、これはゲームだ。
プレイヤーが、お金があるからと何もしなければ、本末転倒じゃないか。
そう思えば、十万円も適正ではあるのかもしれない。
「教えていただいて、ありがとうございます」
『いえいえ、それが私の仕事ですので。
実はこの仕事もかなり割のいい仕事なんですよ?
ふふっ』
頭を下げると、受付嬢はそういって笑顔をこぼした。
王女といい、この受付嬢といい、なぜこうもかわいい仕草をとるのだろうか。
このネイティブのAIの制作者、Good job。
『それでは最後に、ギルドのシステムについてご説明します。
ギルドとは国の自衛目的で建てられたシステムと、その建物のことを指します。
この国に住む人々を魔物の危険から守り安心を与えるために、この国の四方に一つづつ設立されました。
登録された勇者の方々は皆、ギルドに集められたクエストを日々こなしています。
普通の人間には到底できないような依頼でも、勇者の方々は達成することができますので。
クエストを達成しますと、報酬のエナジーと共に、貢献度が付与されます。
この貢献度が貯まることで、GRも上昇し、より難しいクエストを受けることが出来るようになります。
どちらもステータスに表示されていますので、いつでも確認できますよ』
僕たちの目的は、基本はクエストをこなしてより難しいクエストを受け、GRを上げていく、ということか。
その先に魔物殲滅という大きな目的があるんだな。
魔物殲滅……見失わなければいいが。
『勇者の方々がまとまって5人以上で行くのは、「リミットオブカルテット」で禁止されております。
いわゆるパーティー制度ですね。
一部例外時もありますが、基本はパーティーごとの干渉もあまりできません。
知らない人に回復魔法をかける「辻ヒール」などはできないので、ご了承ください。
なお、攻撃しようとした意志がある攻撃は通りますので』
「なんでこんな制約があるんですか?」
ふと思いついた質問を何気なくすると、受付嬢さんは明らかに困った顔をして、表情を曇らせた。
『いや、それは、その……。
……パーティー制度で、連携してもらうためですよ!
その方がより成功率も上がりますしね!』
なぜ4人までなのかが聞きたかったのだが……さらに追及するのはやめておいた。
なぜだか、彼女の手が震えている。
笑顔には焦りが混じって、無理矢理維持して作っていることが伺えた。
まずいことを聞いてしまったのか。
ネイティブの人の常識がイマイチ分からない。
「そうですか、教えていただいてありがとうございます」
僕がこの話を切り上げると、受付嬢さんはホッとしたように一息ついた。
『これで説明も全て終了です。
残った説明は、各種店舗――鍛冶屋や道具屋に初めて行ったときに少しあるくらいです。
このままクエストを受けていきますか?』
僕は受付嬢の言葉に首を横に振って、一度クエストカウンターから離れた。
~~~~
ギルドの入り口近くの柱に寄りかかり、ほっと一息つく。
これにてチュートリアルはいったん終了か。
意外に長かったなあ。
すべてはあの謎のレベルアップと称号の付与のせいであるが。
「結局、あれはなんだったのだろうか……」
不思議に思いながらもギルドカードをしまおうと、「メニュー、ストレージ」と唱えてストレージ画面を片手間に開いた。
予期せずして、その光景は襲ってきた。
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【ストレージ内所持アイテム】
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×99
・龍王の鉄皮×86
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×99
・龍王の繊毛×24
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×99
・龍王の豪牙×92
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
・龍王の鋭爪×99
………
……
…
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思わず、四度見した。
二度目はちらりと見直し、もういちど目線を逸らしてから三度目を見て、さらにストレージをそっ閉じしてから開きなおして四度目。
深呼吸をついて、冷静に頭を冷やす。
周りに悟られないよう、努めて冷静に、一言つぶやいた。
「バグったな」