♯6 主人公には、成るべくして成れ
〜ここまでのあらすじ〜
▶紅真(18)は大学受験が終わり、ついにDWSを手に入れる。
▶初期設定をし、チュートリアルを始める。
お爺さん達と王女に見送られ、礼拝堂の隅の、勝手口のような小さな扉から出ると、目の前が光に包まれて何も見えなくなる。
『NOW LOADING』という文字が、視界の右下で回り始める。
それと同時に、トピックの文字が目の前一杯に出てきた。
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ようこそ、Different・World・Summonsの世界へ。
ここから先は、他の勇者の方々が存在する、オンラインの空間になります。
NPCの方々にも人工知能としての人権があるため、暴力、暴言などはやめましょう。
皆さんでマナーを守って、よりよい世界の平和を作っていきましょう!
(ゲームで許可されている範囲を超えて問題を起こした場合、現実世界のあなたが逮捕されてしまうケースもあります。配慮を持って十分に注意しましょう)
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ニュースにもなっていたので、この警告文については知っている。
発売されてから二ヶ月ほど経った頃、この手の問題が起き、自主回収一歩手前にまでなったほどの事件が発生したのだ。
テレビで詳細は説明されていないので知らないが、こうやって表示されるのもそのせいであろう。
出た先は、公園のような庭だった。
四方は王宮の豪華な建物で囲われているので、中庭か。
端は木や草花が植えられており、小川が流れている。
中心には噴水があり、その周りも花畑で囲まれている。
そのさらに周りは砂地で、多分訓練をそこで繰り返すうちに芝生だった庭が剥げてしまったのだろう。
学校のグランドのようであった。
砂地の上では、3人ほどの他のプレイヤーが何かを叫んでスキルを撃っていた。
どのプレイヤーの隣にも、銀の鎧を着た王国兵のような人がついている。
スキルのチュートリアルの教官か。
そして、とにかくうるさい。
卒業した高校の校舎ほどの高さがある王宮に囲まれていて、外の様子が全く分からない。
が、ズシンズシンといった足音、それにつれてわずかに揺れる地面、何かが壊れ落ちる崩落音、どれもがただ事ではないことを感じさせた。
きっと、くだんのレイドボスが暴れているのだろう。
王宮のすぐ近くまで迫ってきていると、聡が言っていたし。
多分もう自分が間に合うことはないだろうから、ゆっくりチュートリアルを受けることにしよう。
僕がその訓練場とおぼしき砂地に近づくと、どこからともなく、教官のような鎧で全身を固めた人が新たに現れた。
今回の僕の専属教官、といったところか。
『やあやあ、新しい勇者君。
この度は、世界を救いに来てくれてありがとう。
私は引退した身だが、ここにやってくる勇者の手ほどきをしている、「ザヴォルグ」というものだ。
よろしく頼むぞ』
ガッシリとした手で、握手を求めてきた。
僕の手の二倍はありそうな大きさだった。
籠手で覆われているが、剣を振るうことで固くなった、岩のような皮膚がそこにあるのを感じた。
「よ、よろしくお願いします……」
思わず一瞬、強張ってしまった。
NPC……なんだよな?
手を差し出されたので、言われるがまま握手をしたが、よく考えれば、教えてくれる人と言えばNPCだ。
突然話しかけられたので身構えてしまったが、そんな必要はなかった。
ザヴォルグと言ったその男は、とにかくでかかった。
2メートルあるんじゃないか?
……うらやましい。
筋骨隆々なのが銀色に輝く鎧越しに伝わってくる。
これほど騎士の鎧が似合う人もなかなかいないだろう。
顔の彫は深く、しわと傷が刻まれた顔からはいかにも玄人という雰囲気がにじみ出る。
白人の老兵、といったらよいだろうか。
白髪と白いひげがここまで似合うとは。
背中には、背丈と同じくらいの大剣を背負っている。
あんなものを人間が振るうことが出来るのだろうか。
『さあ、早速だがどのスキルから試すかね?』
「えーと……それじゃあ、[クイックムーヴ]からお願いします」
そういうと、ザヴォルグさんは腕を組みながら大きくうなずく。
その姿はファンタジーのザ・教官といったところで、自然たっぷりの華やかな中庭には、少し場違いではあった。
『よろしい、【盾術の加護】の初期スキル[クイックムーヴ]だな。
ステータスのスキルをタップすると、その詳細が分かるぞ』
「メニュー、ステータス」
すでにステータス画面には加護とスキルが埋め込まれていた。
言われた通りに[クイックムーヴ]タップをすると、ディスプレイウィンドウがステータスの上に、重ねて出てきた。
◇――◇――◇――◇
●[クイックムーヴ]Lv.1
経験値:0/500
分類:アクティブスキル
【武器種:盾】装備時のみ使用可能。
対象を守るために即時移動をする。
◇――◇――◇――◇
『まあ実際に使ってみるのが一番早い。
さあ、この盾をお前さんにプレゼントする。
ステータスから盾を装備するんだ』
そういわれて受け取ったのは、直径が一メートルほどもある円形の盾だ。
木製で、骨組みだけは金属でできている。
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【初心者の盾】
分類:武器
武器種:盾
所有者:マーティー
STR:0 VIT:1 INT:0 MIN:0 DEX:0
所持スキル:[耐久値∞]
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ステータスの補正値も低く、これを使い続けることは多分ないだろう。
所有者は自分に変わっていた。
『装備アイテムは、装備しなければステータスの上昇が効かないぞ。
ステータス画面から装備の空いているところをタップして、そこに登録するんだ』
言われた通りにすると、初心者の盾が候補に挙がっていたので、迷わず選択する。
手に持っていた盾が体に馴染んだ気がした。
『よし、装備は完了したな。
装備品の詳しい説明は、王国内のその手の職人に直接聞くといい。
俺よりもよっぽど詳しいはずだ』
ピコンと電子音が頭に響き、【チュートリアル:鍛冶屋に行こう】が視界の右端に映る。
それじゃあ気を取り直して、とザヴォルグさんは言いながら、中庭の砂地の上に、畑によくあるような案山子をざっくりと立てた。
『私がはじめ、といったらすかさずこの藁人形にむけてスキル名を叫ぶんだ。
いいか、何があっても盾を手から絶対に離すんじゃあないぞ』
神妙な顔つきで、嚙みしめるように伝えられた。
優雅に案山子に向かって歩き始めるザヴォルグさん。
ついていこうとしたが『君はそこからスキルを撃つんだ』と止められた。
「え、僕はここから撃つんですか?」
『ああ、でないとこのスキルの練習にはならないからな。
このスキルは「対象まで盾を構えたまま、人の限界を超えた移動ができる」というスキルだ。
今から俺は愛剣を、この案山子に向けて振り下ろす。
それを、その位置から移動して守るんだ』
いやいや、さすがに無理があるだろう……。
でも言われたならやるしかない、か。
物は試しだし、これはゲームだ。
盾はなにがあっても握って、速攻で移動して守るイメージをする、か。
訓練長と藁人形との距離はかなり近い。
訓練長が一歩踏み込めばすぐに到達できる距離だ。
対して、僕は藁人形から10メートルくらいも離れたところに突っ立っている。
訓練長が剣を構え、僕も盾をぐっと握り構える。
『それではぁ! 訓練、はじめ!』
「―――――[クイックムーヴ]っ!!」
『―――――[パワースラッシュ]!!』
言われた通りになんとなくイメージをしてそう叫んだ瞬間、盾がぐっと引っ張られてもっていかれた。
手を離さないようしっかり握っていても、不意なことで握る力が弱まってしまう。
それでもなんとか離れてしまいそうなのをこらえた。
盾が自分を引っ張っていき、藁人形の手前まで地面を滑るように一瞬で来た。
自分がその間をいつの間にか移動した事実が信じられない。
そこで止まらず、盾と僕は藁人形を通り越し、訓練長と藁人形の間に立つ。
でかい。
足元で見ると訓練長ってこんなでかいのか。
「――――ー!!」
その直後、上方からの衝撃が襲った。
のんきに状況を把握しようとしている場合ではなかったのを思い知らされる。
ぐっと足に、肩に、手に力をこめて歯を食いしばるが、あまりに重い一撃に盾を離してしまう。
一瞬の出来事で何が何だかわからなかった。
が、命に別条はない。
遅れて気づく。
そうか、今僕は訓練長が藁人形に対して攻撃をしたのを、盾で受け止めていたのか。
目の前の巨体を見上げると、彼は驚いた顔で立ち尽くしていた。
僕が盾を拾おうとしたところでようやく我に返ったようにしゃべりはじめる。
『ほう、これは見事!
普通は1度目なんて盾に引きずられて不発なんだが。
他とは違って、なかなか見どころがある勇者だな!
お前さん、気に入ったぞ!
ガッハッハッハッハッ!!』
褒められてようやく、自分に実感が湧いてきた。
そうか、僕はこんなことができたのか……。
―――――すごい、すごすぎる!!
これがスキルかっ!!
確かに、こんな動きは普通の人にできるわけがない。
現にあの一瞬で距離を詰めていて、案山子の一命はとりとめられていた。
スキルの恩恵は凄まじいな。
これが初めてのスキル発動だったから慣れていないせいだと思うが、今の僕はまだスキルに振り回されていた。
もう少しうまくイメージできる気がする。要練習だ。
少しの虚脱感を感じ、ステータスを確認するとSPのゲージが10%減って、残りが90%となっている。
その様子を察したようで、ザヴォルグさんは説明を加えてくれた。
『SPとはスタミナポイントの略で、MPとはマジックポイントの略だ。
SPは立ち止まっていたら、自然に回復する。
MPは魔法を扱う、強力なスキルを使うときに減るもんだ。
礼拝堂に行くか、特定のスキルやアイテムを使わないと回復できないから、こっちを消費するスキルはあまり連発しない方がいいな』
ほう、やはりMPは貴重だったか。
だが今の自分では、SPゲージの方が特に重要そうだ。
ザヴォルグ先生、ご教授ありがとうございます。
『次にどのスキルを試してみるんだ?
お前さんの才能ならどんなスキルも一発で行けそうだけどな』
たった一度成功しただけでこの期待とは。
どれだけ珍しいことなのだろうか。
過信している気がするが……。
この後、【鑑定の加護】の初期スキルである[識別]と、【光魔術の加護】の[光球]についてのチュートリアルを受けた。どちらもアクションスキルだから、音声認識で発動した。
前者は、物の名前と所属、分類など大雑把なことのみ分かるようだ。
レベルが上がって上位のスキルになれば、もう少し情報が得られるらしい。
コストはまさかの0。
やはり鑑定チートはこの世界でも健在なのかもしれない。
後者は、攻撃判定がないバスケットボールほどの光の球を、自分の周りにフワフワと浮かせるスキルだった。
てっきり攻撃系のスキルだと思ったが、違ったようだ。
一度出すのには10%のMPが必要で、維持費などはかからなく、出す時のみコストがいるようだった。
その球に攻撃を当てることで、強烈な光を発して消えた。
周りの勇者さんたち三人も驚いて、一斉にこちらを振り向いてきたことには申し訳なく思っております。
『さあ、次はどんなスキルの練習をするんだ?』
「[ストレングスソング]の訓練がしたいですっ!」
ようやく、待ちに待った、歌唱のスキルを試す時が来た。
【挑発の加護】は敵がいないし、案山子にやっても無駄だろうから、実質最後のスキルとなる。
最後の最後に持ってきたのは、一番このスキルを重点的にやりたいからだ。
もちろん僕はおいしい物は最後にとっておく派。
このチュートリアルの機会を使って、徹底的に調べてみよう。
『よろしい、【歌唱の加護】の初期スキルだな。
まずはスキル名をタップしてONにし、発動可能状態にするんだ。
こうしておけば、発動したい意思で、任意でいつでもスキルを発動することができる。
これは、スキル名を言う必要がない、トグルスキルの場合にやる必要があるぞ』
先ほどと同じように腕を組みながら教えてくれるザヴォルグさん。
だが先ほどよりも明らかに機嫌がいい。
僕に才能があると言っていたし、教えるのが楽しいのかもしれない。
訓練中の会話で元兵だと言っていたし、自分の後輩が出来るのは嬉しいのだろうか。
NPCにも人生があるのを感じさせる。
◇――◇――◇――◇
●[ストレングスソング]Lv.1
経験値:0/500
分類:トグルスキル
発動者の歌声を聞いた者に勇気を与え、STRを上昇させる。
◇――◇――◇――◇
トグルスキルの[ストレングスソング]を優しくタップすると、周りの音がミュートになったように遮断され、自分の声が良く聞こえるようになった。
静かになって改めて、この中庭まで響いていた衝撃音が、どれほどうるさかったのかがわかる。
今まではその音に慣れ切っていたが、いきなりその音が聞こえなくなると、こんなにも違うものなのかと驚きだ。
人間の慣れとは恐ろしい物である。
それでは、早速試していこうか。
「すうううぅぅぅぅ……。
んッ! ……ゴホッ! ゴホッ!」
『っおい! だ、大丈夫かっ!?』
息を大きく吸い込んで、思いっ切り歌おうとしたところで、あることを思いつき、とっさに歌うのを堪える。
そのせいで思わずむせてしまう。
だが、歌唱のスキルは発動していないようだ。
声さえ出さなければ、歌う前にキャンセルしても大丈夫、ということか。
怪我の功名、いい発見ができた。
驚いたザヴォルグさんは、僕の背中をさすってくれた。
優しくて強いお爺さんって、最強じゃないですか。
思いついたのは、【挑発の加護】[拡声]のスキルも併用するということだ。
元は敵を挑発するためのものだが、声を出す時に発動するのは歌唱と同じだ。
発動するかはわからない。
第一、敵がこの辺りにはいないし。
でも、ものは試し。
どのみちチュートリアルなのだから。
こういうことを思いつくと、小学生のころプレイしていた、ゲームのコンボや、TCGのコンボを考えていたときのことを思い出す。
あのときは必死になって探していたなあ……。
自分でとっておきのコンボを見つけたときの喜びは、そりゃあもう。
言葉では表しきれない楽しさだった。
◇――◇――◇――◇
●[拡声]Lv.1
経験値:0/500
分類:パッシブスキル
発動者の声量を増幅させ、その声を聞いた者が注目するようになる。
◇――◇――◇――◇
歌わない状態が10秒ほど続いたことで、またも騒音が戻る。
自動的にスキルはオフになったようだ。
それでは、早速思いついたことを検証しよう。
OFFになった[ストレングスソング]と、[拡声]も同時にタップしてONにし、発動可能状態にする。
再び集中できる静かなモードに入る。
足を肩幅に開き、体勢を整える。
息を限界まで吐き切った後、これでもかというほど目一杯吸い込む。
周りの酸素がなくなるんじゃないか、とまで吸った後、喉を大きく広げる。
今から歌うのは、この世界に来ることができた喜びを伝える歌だ。
この感動はあり得ないほど自分を支配している。
こんなに物事に対して熱中したのはいつぶりだろうか。
それほどまでに、自分のこのゲームへの気持ちは熱い。
この気持ちを誰かに伝えたい。
大声で伝えたい。
だから、歌にのせて伝える。
出来るだけ多くの人に。
出来るだけ伝わるように。
この感動の気持ちを。
この感謝の気持ちを。
聞いてくれる、すべての人々へ。
テンポはラルゴで、50年代に流行った有名なバラード調の曲にのせて。
出だしは、自分でも驚くほど柔らかな声だった。
「La~LaLa~La♪
LaLaLa~LaLa~La♪
LaLaLa~♪……」
~DWS豆知識~
【ステータスについて】
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