♯3 冒険のハジマリの前に
初期設定、長いですよね。
そんなあなたには、ぜひとも6話まで飛ばして頂きたいです。
2067年 3月 24日(金) 11:03
―――――バサッ!!
布団を思い切りめくったことでほこりが舞う。
「っやばい!! もうこんな時間だ!!」
ガッツリ寝坊してしまった。
枕もとの目覚まし時計に顔を近づけて覗き込むと、時刻は既に11時を過ぎていた。
昨晩は案の定眠れなく、レイドイベントについて少し調べていた。
唯一分かったことは、緊急イベントが始まったのがちょうど一週間前の昼12:00ぴったりだったらしいということだけ。
しかしその情報のおかげで、きっと今日の昼の12:00に終わるということは予想がついた。
今からでも初期設定を急げばなんとか間に合うかもしれない。
布団から起き上がらず、そのまま一見VRゲーム機には見えないヘルメットを深く被る。
昨日と同じ起動音を焦った心で聞く。
ワクワクと焦りが止まらない。
2つの感情が入り混じって心臓が張り裂けそうだ。
『準備が完了しました。スキャン完了しました。ログイン可能です。
「ログイン」とおっしゃってくだs』
「ログインッ!!」
昨日は味わえなかった独特の浮遊感に包まれながら、二度寝をするかのように意識が刈り取られた。
~~~~
ゆっくりと瞼を開けるとそこは真っ白な部屋だった。
四方を白い壁で囲まれており、一辺が10メートルくらい。
本当の肉体が今も部屋の中で横たわっているんだな、と考えると不思議な気分になった。
よく見ると白い空間に1人の人がいた。
自分の前から3歩ほど進んだ先。
白いベールのようなもので包まれていて、顔もベールで見えない。
身長は自分の目線と同じくらいだから160cmほどか。
『はじめまして、ようこそ。
いきなりで混乱しているでしょう。
ですが、まだあなたが召喚された後の場所ではありません。
ここはあなたの元居た世界と、あなたから見て異世界、DWSの世界とを繋ぐ廊下。
ゲームのロード画面、といった扱いでしょうか』
白い人は語りかけてきた。頭の中に。
テレパシーのようなものか。
透き通っていてきれいな女の人の声だ。
『お褒めいただきありがとうございます。
そうです、私はあなたの思考と会話を行っています。
これはあなたがゲームの異世界で過ごすのに一番重要な「思考解析プログラム」のおかげです。
なので、口に出さずとも大丈夫ですよ』
ほう、これはすごい。
まさか相手の思っていることまで当てられるとは。
だが考えていることを読まれるなんて恥ずかしいな……。
『……Different・World・Summonsのゲームデータの読み込みが完了しました。
それではまずここで、あなたが転移後の世界で存在するための、分身体を作成していただきましょう。
少しお時間がかかるのですが、大丈夫ですか?
大体30分、多い人ですと丸一日篭もられた方も居ました。
途中退室はこの部屋の扉、丁度あなたの背後のドアから出るとできます。
出るとあなたの世界で目を覚ましますよ』
振り向くと自分の真後ろには、この真っ白な部屋には似つかわしくないシックな黒い木製の扉があった。
扉を出るとログアウトって、メルヘンチックだな。
質問にはもちろんイエスで。
できるだけ手短に終わらせたいな。
『それでは、あなたのアバターの作成に移ります。
一から作るのと、スキャンしたあなたの容姿を元に作る方法がありますが、手短かに終わらせるにはスキャンからの方がいいですよ』
お、ありがたい。
さすがは思考解析プログラムだ。
時間が押しているので、ここは手っ取り早くスキャンした容姿を元に、で。
『かしこまりました、それではここに表示します』
そう言われると、自分の体から自分の体が出てきた。
自分が目の前に歩き始めたのに、その歩き始めた自分を後ろで止まって見ているのだ。
前後に自分が分裂していった、と言ったら分かりやすいか。
いちいち演出が凝っている。
『この容姿を元にいじりましょう。
注意点として、身長や体格はあまりいじらないほうがいいです。
感覚にズレが生じ、普通に過ごすことすら困難になるからです。
現実世界にも悪影響を与えてしまいますし』
―――な、なんだって……!!
身長が、そのまんま……だと……?
その言葉に、僕は激しく動揺した。
雷に撃たれたかのような衝撃が僕を襲う。
仮想の世界だけでも、身長は高くしたかったのに……。
コンプレックスを解消してくれる、自由な世界じゃないのか!!
白い人に笑われている気がするが、気にしない。
『では、作製をどうぞ。ふふっ』
ショックなこともあったが気を取り直して。
さっそく自分の分身に触れて、いろんなパーツをいじくりまわす。
これまた思考解析プログラムのおかげか、自分の思ったようにパーツを変えられる。
ただ、人間離れした容姿にはできないようだ。
「そうだな、目を一重のつり目気味にして、髪型を変えて……。
いや、二重で真ん丸にするのも、かわいくなってNPC受けが良さそうだな……。
NPCの好感度が高いとリアルなVRゲームでは得するってありそうだし。
あ、でも体格もそのままなら、背が小さくても意味がないな。
父に似たがっしりした肩幅が恨めしい……。
んー、悩むぞ。
やっぱり理想のアバターを作るときだけでも攻略が見たいが……。
いや、そんなの関係ない!
自分のやりたいようにやるだけだ!
あと、目の色もどうしようか……」
こうして独り言をぶつぶつと言いながら作業する僕は、白い人に見られていることを忘れて没頭しきっていた。
~~~~
色々試して時間が経ってしまったが、ようやく完成した。
髪は深い紫色で、少し長めのストレート。
目に前髪がかかるくらいで、後ろ髪もかなり長めだ。
目はキリッとした奥二重、まつげはそこまで多くない。
オッドアイに憧れたのだが、さすがに赤と緑とかだと中二臭すぎるので、よく見ないと気付かない程度に右目を藍色、左目を紫色にしてみた。
鼻筋は元々通っているためあまりいじらなかった。
口も正直いじる必要はない。
ここらへんにはコンプレックスは感じていないから。
顔を少し縮めて小顔にし、エラ骨を削ってシャープな輪郭にした。
肌の色はあまり奇抜な色には変えずに、現実より少し白い程度にした。
だが現実で既に肌は白いほうなので、少し白くしすぎたかもしれない。
体のシルエットは現実とほぼ同じなので、肩幅が少し広めのどちらかといえばガッシリとした低身長系男子だ。
太っているわけではない。
肩幅だけは音楽をやっていくうえで得することが多いので、正直ありがたい。
身長も盛ることが出来れば、尚ありがたかった。
全体的にキリッとした印象の青年になった。
若さたっぷりで、今年で19歳になるとは思えない。
ほぼ身長のせいではあるが。
『これでよろしいですか?
あちらの世界に召喚された後は整形、散髪をしてくれる店でのみ変更が可能です』
そうだ、このゲームにはアバター改造にも課金要素がない。
据え置き型、ということもあり今は初期投資のゲーム機代だけだ。
アンリミテッド社はボロ儲けして、お金をむしり取りたい気持ちがないだけなのかもしれないが。
アバターの方は、客観的に見てもよくできていたので大丈夫だ。
変更もゲーム内通貨で行えるらしいので、そのうちいくらでもできるくらい貯まるだろう。
目の前のいじり倒したアバターが、再び自分のもとに吸い寄せられ、合成された。
これで今から僕はこのアバターとして、このゲームを始めるわけだ。
『まだまだ設定事項はありますよ?』
え、なんだって?
これでもう出発じゃないの?
『それでは次に、加護の設定に移りたいと思います。
加護とはスキルを覚えるための地盤、スキルツリーです。
加護を鍛えることで加護に応じて決まっているスキルを覚え、さらにそのスキルを鍛えていくことであなたは強くなれます。
ここで選べる加護は全て、召喚された後の礼拝堂の祭壇で変更できます。
加護は決めた後にも変え放題で、スキルもレベルや経験値がリセットされることはありません。
いろいろと試すことができますから、今はログインして初めにチュートリアルを受けるための加護を5つ選んでください』
そうだった、そうだった。
このゲームは、スキルの多さも目玉だったじゃないか。
それを決めなくてどうする!
……目玉やウリが多過ぎるのは気にしない、気にしない。
自分にあったスキル構成を見つけられる点は、確かにいいな。
採取クエストと討伐クエスト用で加護を変えられたりするのは便利だ。
スキルをここで選び間違えて、アバターの作り直しをするということもない。
『まず、メニュー、と言ってください。
小さい声でもきちんと反応します』
おお! それっぽくなってきた!
「メニュー!」
―――シュイイィィィン。
言われたそばから、すかさず叫ぶと、眼前に奥が透ける半透明のディスプレイウィンドウが現れた。
近未来風の宙を浮くディスプレイだ。
◇――◇――◇――◇
2067/03/24(金)
AM 11:25
●ステータス
●ストレージ
●ログ
●フレンド
●インターネットブラウザ
●設定
●ログアウト
◇――◇――◇――◇
「おお、これがメニュー画面か!」
自分が動くと、それにつられて空中を自分と同じ速度で動く。
ジャンプしてもメニュー画面はぶれることなくついてくる。
これなら戦闘中でも確認することができるな。
『この画面は普段他人には見えません。
あなたのアバターの網膜に映っていますので。
設定より、視覚化、という項目をオンにしていただくと他の勇者様にも見えるようになります。
インターネットブラウザは、この世界でWEBページを閲覧することができます。
フレンドは、仲がいいプレイヤー同士でメールや通話が出来る機能です。
ログアウトを押すと、ゲームから脱出し終了します。
後はこれからのチュートリアルで教わります。
どれもこのメニューを開いている状態なら、項目をタップするか音声で実行できますよ』
便利な世の中になったものだ。
いや、世界、といった方がいいか。
『次に、ステータスと発声するか、タップしてください』
「ステータス!」
そう言うと、元あったディスプレイに上から重ねて、ステータス画面のディスプレイが出てきた。
◇――◇――◇――◇
名前:nothing
所属:緑
種族:人間
称号:nothing
GR:nothing
貢献度:0
所持エナジー:0
HP:100%■■■■■■■■■■
MP:100%■■■■■■■■■■
SP:100%■■■■■■■■■■
装備:
【nothing】
【nothing】
【nothing】
【nothing】
【nothing】
装飾品:nothing
ステータス補正
STR:0
VIT:0
INT:0
MIN:0
DEX:0
保有加護:
【nothing】
【nothing】
【nothing】
【nothing】
【nothing】
状態変化:nothing
◇――◇――◇――◇
「っおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
まさに異世界召喚をされた勇者のようなステータス画面。
ここにスキルが載っていくのを想像するだけでワクワクする!!
想像していたステータスの出方で、興奮が止まらない。
あれ? でもキャラにレベルとか、職業とかはないのかな?
ステータスも全て0だし。
RPGだしそういう機能があると思っていたが。
『そうですね、基本的に強さを決めるのは、スキルのレベル、装備の強さ、です。
キャラクター自体のレベル=スキルのレベルですね。
スキルの覚え方に関しては先ほど言った通りです。
装備には能力値の補正がついています。
職業、というのはないですが、称号というものはありまして、それを名乗ることはできます。
まあ、どの称号も効果はないので、ただの自己申告か自慢ですが。
パーティーを組みたいときに自分の加護構成を明かさなくていいので、意外と重宝するらしいですよ』
ほお、つまりスキル制のゲームということでいいんだな。
でも装備はかなり大事っと。
うまく装備を揃えればSTR極振り装備一式とかで殴ったり、VIT極振りで耐えまくるタンクもできるんだろうな。
それはそれで夢が広がる。
加護もそうだが、ステ振りもいくらでも装備を変更することでやり直しが効くのは、素直にありがたい。
パーティーメンバーに合わせて昨日は回復役をしたから、今日は攻撃役にとかできるのも楽しそうだ。
キャラの作り直しにも悩まされない、まさに自由を謳うゲームだ。
『表示されましたら加護の括弧の中の、nothing、という部分をタップしてください』
―――トンッ。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!!
ウキウキしながら【nothing】をゆっくりタップすると、瞬間に莫大な数の文字が目の中を覆いつくした。
彼女を見ていた視界が、すべて文字に覆いつくされていく。
字の濁流が目を渦巻く。
まるで水族館で見たことのあるイワシのトルネードの中心にいるようだ。
空中に浮かぶタブが一つでは収まりきらず、一面に文字が埋まったと思えば、その横にまた新しいタブが出現して文字を埋めていく。
右も左も前も後もすべてが文字になり、ようやく表示が終わって静まったころには文字しか見えなくなった。
『ちなみに検索機能もあるので、よければ活用してくださいね』
よかった。
こんなんいちいち見ていたら一日じゃあすまない。
こうして、初期設定第二ステージに突入するのだった。
……いつになったらチュートリアルが始まるんだ、このゲーム。
〜DWS豆知識〜
世界は、遥かなる時を超えて産まれた。
世界が作り出されたのは2000年代初期。
ちょうどVRモノと呼ばれる創作物が流行った時代より、電脳世界は創生されていた。
まだ名前がアンリミテッド社ではなかった頃、作り出した世界だという。
アンリミテッド社となった後、ゲームとして人々を愉しませるために、この世界を生まれ変わらせた。
目的は―――。