21話 歌唱無双
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~前回のあらすじ~
▶実は四つ買っていた「白兎の懐中時計」を使い、最大火力を更新。
▶五時間歌うことで、準備万端。
▶一方そのころ、森ではゴブリンが群れで暴れていた。
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「お~♪ ようやく見つけた~♪」
魔物の数は一気に減少しているようで、島の中央に向かってもなかなか遭遇しなかった。
タマゴも取りつくされていて、あちらからも来てくれなかったのだ。
先ほど必死な形相の騎士とすれ違ったが、その人が何を言っているかは、スキルの集中モードによって聞こえなかった。
もしかしたら「そっちに行ってはだめだ!!」とかいうテンプレセリフを僕に吐いていたのかもしれない。
そこにいたのは、ゴブリンの群れ。
ぱっと見だけで一個中隊はいるんじゃないか。
『ギャアギャアッ!!』
『ギャアァァァ!!』
『ギャッギャギャアァァ!!』
「そうか、一か所に固まっていたのか~♪
だから見つからなかったわけね~♪
……ってこりゃ無理だわ!!」
『『『ギャアァァァ!!』』』
僕を見つけるや否や、まずは十匹のゴブリンが一斉にジャンプして飛び込んでくる。
どれもが剣や槍を振りかぶり、僕の息の根を一発で止めようとしてくる。
ゴブリンの間の詰め方はそれしかないのか。
『ギシャアァァァ!!』
一匹、二匹、三匹と僕の上にハンバーガーのように重なってくるゴブリンたち。
いくらVITがあれど、ダメージをガンガン喰らった。
「うぉ、やばいやばい!!」
とっさのことで驚いたが、どうやら待ってくれる気もなさそうだ。
のしかかってくる全てを……押し返す!!
「ふんっ!!」
僕の上に山のように重なって覆いかぶさったゴブリンは、そのまま投げ出されて四方八方に飛ばされていった。
紙屑のようにポーンと投げ出される姿はコメディのようであった。
あるものは空の彼方へ。
あるものは木に体を撃ちつけ。
あるものは木の枝に刺さって落ちてこず。
あるものは味方に向けて飛んでいき、味方の剣にあやめられた。
『……ギャ?』
「……え?」
まだ僕を包囲している生き残りは、そろいもそろって面食らっている。
だが一番面食らったのは僕だ。
「いくらなんでもこんなことってある……?」
本人ですら驚いてるんだもの、呆けて当然だよゴブリン君たち。
昨日僕を散々痛めつけてくれたゴブリンがどれかは分からない。
だが、今なら。
「これはこれで、無双ゲームのようで……楽しいかもしれない」
自分の中で、何かが目覚めた気がした。
驚いた拍子に止まってしまったため、心臓をもう一つ食べなおして、再び無限歌唱を始める。
声は誰にも聞こえなくていい。
ただ自分にだけ聞こえるような、ppで。
「一気に倒せる方法を~♪ ……そうだ!
……ふんッ!!」
足元に落ちていたゴブリンの瀕死体を拾い上げ、遠心力をつけて、思いっきり群れめがけて投げる。
『……ギャッ! ……ギャ! ……ギャアァァァ!!』
来るな、来るな、来るなあぁぁぁ、かな?
音速で投げられたそれは、当たっては新たなゴブリンを引き連れて飛んでいき、どんどんと重なって固まったいく。
10を超えるほどまとまったところで、最後は木の枝に串刺しになった。
焼き鳥のように、10匹の腹を貫通して枝が突き抜けている。
あそこで火を焚けば、ゴブリンバーベキューになるな~なんて、吞気な考えが頭をよぎる。
あまりにもクレイジーな発想の自分に、自分で驚きだ。
なお、想像ではグロテスクな光景だと思うかもしれないが、出てくるのは血ではなくポリゴン片だし、HPが全損すればすぐに、ゴブリンたちは光の粒子になって消えていく。
さすがに血が出てきたりするほどリアルだったら、僕も殺せない。
「うわぁ、すまない~♪
だけど昨日も散々お世話になったから、これでおあいこ……だよな?」
僕はにやりと笑い、立て続けに二体目、三体目と放り投げ、ありえない速度で投げられた瀕死体は、質量の凶器となって群れを襲う。
仲間に抱きつくように両手を広げて飛んでいき、最後には何匹も絡めとって大樹に叩きつける。
いくつかのゴブリンボールが出来上がり、まとめて光になって消えるのが気持ちいい。
剣を持ったゴブリンに当たったときは、その剣が一緒に刺さるため、きれいな団子ができあがる。
ゴブリン団子は、一匹がそこから抜けようともがくと、そのせいでより深く他のゴブリンの傷ぐ口がえぐられ、HPを0にして次々と光に変わっていった。
『ギャアァァァ……!!』
―――ゴブリンたちは気づいた。
自分たちは狩る側、ではない。
狩られる側になったのだ、と。
だがもう、時すでに遅し。
「すまない、すまないが、昨日のこと。
まったく恨んでいないわけではないんだよ?
むしろ―――かなり恨んでる」
逃げるゴブリンも一匹たりとも見逃さない。
盾を前面に構えて、地面を思いっきり蹴りだす。
テンプレ騎士団がスタートダッシュでやっていた、あのロケットダッシュだ。
『……プギャッ』
音速で盾を構えて飛び出せば、盾のおかげでぶつかってもダメージを受けない。
何匹ものゴブリンを轢いて、そのたびに頭や腕、足が失われると同時にHPが全損し、光と化していく。
勢いを一切ゆるめることはなく、目標のゴブリンに一気に間合いを詰め、正面からぶつかる。
おそらくこの体の大きい2メートルはありそうなコイツが、群れの長、ゴブリンキングであろう。
鑑定をかけていないが、頭に付けた王冠の装備で分かる。
そういえば歌唱の発動中に他のスキル名と言うと、スキルは発動するのだろうか……?
戦闘には全く関係ないが、新しいアイデアが頭に思い浮かぶ。
それほど余裕だ。
昨日とは打って変わって。
『ギシャアァァァ!!
ギャアゥギャアァァァ!!』
盾に張り付けられて浮遊している間も、ゴブリンキングは離れようと必死に抵抗する。
だが、物理法則にはファンタジーのモンスターも敵わない。
……いや、そもそもこの僕の体にこれほどの筋力がある地点で、物理法則は既に崩壊しているのだが。
「ん? 離れろって?
……ごめん、それはできない」
瞬間、樹に激突し、ゴブリンキングは盾と樹の間でつぶれてひしゃげ、光の粒子となる。
大樹はそこを起点にミシミシっと爆音を立てて折れ、倒れた先にいたゴブリンも下敷きとなって散る。
盾は全くの無傷だ。
もちろん、僕もである。
『……ギャギャァ』
「やっぱこの盾、すっげぇんだな……。
……おいしょっと!!」
今倒れた、全長20メートルはありそうな樹木を、落ちている枝を持ちあげるように軽々と振り上げる。
こんなに巨大なものでも、このSTRにかかれば、ただの「木の棒」でしかない。
『『『……ンギャッ』』』
振りかぶって縦に振り下ろせば、見る限り3匹のゴブリンが光になった。
『『『『……ギャアァァァ!!』』』』
振りかぶって横に薙ぎ払えば、他の大樹と共に10を超えるゴブリンが、一斉に光となった。
辺りは更地となり、災害の後が生々しく残るのみ。
島に渦巻いていた生き物の気配は、直径40メートルの円の中、局地的に一切なくなった。
このSTRにおいて、重さという概念をほぼ感じない。
体が羽毛でできているように軽い。
空を飛べるはず、というのはこのことを言うのだろう。
この盾が唯一僕を地面に置いておいてくれる、いわば船の碇のようなものだ。
『……ギャッ……ギャッ……ギャッ』
「あ! タマゴ!!」
災害を抜けて、大量のタマゴを手に抱えて森林に走っていくゴブリンが見えた。
そんなにタマゴを抱えて、どこに行くのか。
逃げるゴブリンに向かって、大木を槍投げのように投げる。
空気を切り裂く轟音と共に、大木はまっすぐゴブリンに吸い付くように向かって行く。
『……ギャエェェェ!!』
必死に走るも、なんなく大木に追いつかれて、その命を散らした。
ゴブリン一匹にはオーバーキルだったようで、あたりの地形と共に一直線の茶色い地面がむき出しとなった。
もうそれ以外はなにも残っていない。
だが、ピコン♪ という音と共に、タマゴ獲得のメッセージが流れた。
「タマゴを持っているのを倒したときもらえるのか。
……でも、もう少し、スマートにいこう。
さすがにやりすぎた」
歌唱がチートすぎるとばれると、弱体化を食らってしまう。
実際に[土兵創造]は弱体されたらしいし。
こんだけやればもう手遅れかもしれないが。
そこからは倒すよりも、見つけるのに苦労した。
なにせゴブリンは緑色、樹林に擬態してなかなか見つけづらい。
この機会を逃せば、多分もう会えないだろう。
『ギャッ―――!!』
走って、潰す。
『ギョ―――!!』
投げて、潰す。
『ギ―――』
殴って、潰す。
サーチアンドデストロイで、潰す、潰す、潰す。
『―――ギョ』
腹を殴れば貫通し、何の手ごたえも感じず、まさに暖簾に腕押し。
触るだけで崩れていくとは、まさにこのこと。
瞬間的にHPバーはなくなって、光となって消えていく。
「まだ生き残りがいたか」
『ギョギョギョッ!!』
一気に近づいて、上から盾でスタンプっ!
とくに抵抗感を感じず、梱包材のプチプチシートを潰すようにぷちっとした感触と共に消えていった。
すべてを殲滅するのに、わずか10分もかからなかった。
盾は一切汚れておらず、ソフィアさんの笑顔が日光を反射してまぶしく映る。
当然僕もSPの消費コストが0でずっと維持してきたため、SPの減りは自分の行動だけだ。
しかもSTR任せのため、たいしてSPが減るような疲れる行動はとっていない。
「やばい、なんだよこの力!!
これがあれば、ソウに追いつくことも簡単じゃん!」
言葉通りの無双であった。
今なら倒せない者がいないと感じる、万能感。
僕は、無敵だ。
これ、修正されないといいなあ……。
「HP回復だけはこまめにしておかないと、な。
うわ、いつの間にかこんなに減ってる。危なかった。
でも、少し……というかかなり、やりすぎた」
辺りは森林の中にぽつんと、十円ハゲが出来上がっている。
周りがジャングルの高い木ということもあって余計目立つ。
自分の性格も、心なしか無双ゲームをやるときのように変わっていた。
ゲームで熱くなると口が悪くなると、またソウにいじられてしまう。
「まあいいか。
下方修正されたら、そのときはそのとき!
それまで楽しんでおこう!
よし、次はあの岩のところにいくか!」
そうして、災害は過ぎ去っていった。
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クラン【テンプレ騎士団】の斥候はなんとか生き残り、一部始終を離れた樹の影で見ていた。
「おいおい、なんだよあの初心者服。
桁違いじゃねぇか……」
驚くべき点は3点。
一つ目、スキルを多用した戦闘ではなかったこと。
それなのに、ゴブリン軍をあっさりと殲滅したのだ。
二つ目は、初心者服。
装飾品でも、もっとましな服を着るだろう。
あれだけの強者ならなおさらだ。
三つめは、なにかを常にボソボソと呟いていたこと。
これが一番恐ろしすぎる。
「もしや、またマッドサイエンティストが新たな怪物プレイヤーを作ったのか?
ありえない、ありえなさすぎる。
でもあの反応は確かに、オークと勘違いしたやつだ」
【察知の加護】のスキル[強者察知]は、自分より現時点のステータスが高い者の位置を正確に感じ取ることができる優れもの。
魔物、勇者関係なく発動してしまうため、今回のように敵と味方を勘違いしてしまうことも多々ある。
だが、普段の比ではない警鐘だった。
敵で言ったら、それこそエリアボスのような、魔王クラスに匹敵する能力値だ。
こんなの、プレイヤーでは一度も会ったことがない。
おそらくはあのギルガメッシュよりも……。
「そういうことなら、スキルを使わなかった理由もわかる。
……いや、スキルを使ってあんなバケモノになったのか?」
ここで彼はすでに正解にたどり着いていた。
だが、一つ大きな勘違いをする。
「実際に現名装備の変身スキルで、一時的なステータス爆上げは存在する……それなら説明がつくな。
対策も存在するが、このイベント中は難しいな。
戦いになったらどうなることやら」
空を向いてつぶやいた。
あの謎の初心者服が大樹で蹴散らして舞った土ぼこりが、まだ空気中に霧散していた。
高い木々の葉の隙間から覗く島の空はまだ青く、すがすがしい。
「……今まで秘匿されていた、新たなゴッズダンジョンの攻略者、か。
今月だけでもう5件目になる。
俺らもまた探さなくちゃな、ゴッズダンジョン」




