♯2 受験の失敗は人生のオワリ?
前回の龍は某狩りゲーに出てくるラオシャンロンのさらに超巨大バージョンみたいなものです。
今で言えば進撃の巨人のような街に、ゾラマグダラオスが突入するイメージですね。
2067年 3月 23日(木)17:02
「ああああぁぁぁぁぁ!!
くっそ!」
時刻は午後の五時をまわったところ。
三月になってだんだんと日は伸びており、ようやくこの時間帯でも真っ暗ではなくなってきた。
夕日は燃え盛る火の玉のように赤く揺らぎ、水彩画で描いたような夕焼けを、青白いキャンパスに映し出している。
点けっぱなしのテレビからは、
『選べる加護は200種類以上!!
使えるスキルは1000種類以上!!
自分だけの組み合わせを見つけて、目指せオンリーナンバーワン!!
何もかもが自由な世界で、誰にも咎められることなく、人生を謳歌してみたくはありませんか?』
という、何百回も僕を苦しめたCMが心をもてあそぶように流れている。
戦士四人が一丸となって巨大な竜を倒すシーンは、何度見てもかっこいい。
「何が自由だよ。所詮決められた枠組みの中でしか味わえない自由なんだろ」と、思ってもいないことを口にしたのはいつだっけか。
あの頃はつらすぎて、卑屈になっていた。
本音を言えば、とにかくこのゲームがやりたかったのにである。
優しい夕焼けの光が窓から差し込む中。
「もう一生、受験勉強なんてこりごりだあああぁぁぁぁ!!」
椅子から転げ落ちて、狭い部屋の中心で大の字に寝転んだ。
2年間ほど頑張ってきた結果がこれか、と思う。
悲しい、ではない。
つのる感情は怒りだ。
自分に対しての不甲斐なさは、一週間前にひどく味わった。
何度も反芻した。
死にたい、とも思った。
だが死ぬ勇気なんてあるわけがなかった。
今感じる怒りは他者に対してだ。
こうなったのは自分のせいじゃないと、さもそれが当たり前のように他人のせいを探す。
紛れもない自分のせいと分かっていて、他責にしようとしている。
床に散らかっている参考書はその一つ一つが僕を責め立てるようで、あるだけで心が侵された。
だから臭い物にふたをするように、ベッドの下に無理矢理押し込んで封印し、部屋をきれいにした。
2階にある奥の一室が僕の部屋だ。
家は一軒家で、海に近い町。
だけど家から海が見えるわけじゃない。
そんなに大きくもなく、小さくもない。
ごく普通のありふれた一般家庭であり、自分もまたごく普通のありふれた一般的な高校生であった。
志望校に落ちたことも、こう言うと普通に感じられる。
受け入れる人数を越えて入学希望者がいるなら、受かった人がいて受からなかった人がいるのも当たり前だ。
それが受験戦争っていうものだから。
だから、もういい。
しょうがないことだったんだ、もう今更どうしようもないんだ、と自分に言い聞かせる。
どうせ浪人なんて出来る精神状態ではないし。
―――――ピンポーン♪
「っ!! っときた!!」
何度も自己暗示のように諦めようとしては後悔し、諦めては憤慨の無限ループを、自問自答して繰り返している中。
ちょうど諦めのフェイズに入ったとき、待ちに待ったそれは到着した。
自分でも驚くほどに、口から出た言葉は本心を素直に表していた。
勢いよくドアを跳ね開け、廊下に飛び出る。
階段を一段飛ばしで駆け下りて、こじんまりとした玄関から勢いよく外に出る。
ドアノブは引きちぎられるほど強くひねられ、音を立てる。
「お届け物でーすぅ……」
配達員のお兄さんが笑顔を引きつらせながら呟いた。
~〜〜〜
ようやく最新の技術をこの身で体感できることに、武者震いが止まらない。
最新、といっても半年前だが、それはゲームソフトがインストールされた状態で家に届いた。
アンリミテッド社の目玉ゲーム、「Different・World・Summons」だ。
2年ほど前、ちょうど受験勉強が本格化するという時期に、これが発売されるという発表を聞いたときの驚きと悔しさは、言葉で表しきれない。
人類の歴史に残るような変遷の時に立ち会うことが出来ないのだから、誰だって嘆くと思う。
実をいうと、一度親に内緒でこっそり注文しようとした。
だが購入するためには、VRゲームをしても大丈夫かという証明書を、一度病院で診察をうけて発行してもらう必要があったってのが現実だ。
ついに先日、受験が終わったことで、晴れて堂々と注文することができたのだ!
バリバリと激しい音をたて、玄関で段ボール箱のふたを最速で開ける。
梱包材がもどかしい。
取り出したVRゲーム機は思っていたよりも大きく、まるでバイクに乗るときのフルフェイスヘルメットみたいだ。
昔流行ったVRゲームの創作物にそっくりなのは、意識して作られたのか。
真っ白でツルツルの表面の端に、金色で「Unlimited corporation」と刻印されている。
その他には、至ってシンプルに「電源プラグにコードを差し、しっかり被って横になって安静にしてください」という説明書ともいえない紙切れが、一枚入っているだけだ。
証明書もろもろはすでに提出している。
いくら素晴らしい技術でも欠陥が無いとは限らないし、仕方がない。
だが発売から半年間、VRが直接的な原因で起こった事故は全くないので、心配する必要はない。
事故といえば大抵は、ゲームのやり過ぎによる過労や、栄養不足、睡眠不足である。
早速急ぎ足で階段を駆け上って自室に戻り、コードを差してベッドに横たわる。
「さあ、はじめるか」
しっかりとヘルメットを深くかぶり、準備完了だ。
キュイーン―――という起動音が耳元で囁くように鳴り始め、ゲーム開始の準備をしている。
しばらくすると起動音が鳴りやみ、自分の心臓の鼓動が良く聞こえた。
買ったらどのようにプレイするか、とか、どんなゲームなんだろう、と受験勉強中もよく頭をよぎっていたな。
だがそのたびに、今は勉強に集中、と心を入れ替えた。
その辛さもまた苦い思い出だ。
一生忘れることのない辛さだと思っていたが、これが届いてすぐに忘れてしまっていた。
だから受験勉強に集中するためにも、このゲームについての攻略情報なんてものは一切調べていない。
もし一度でも調べていたら、まるで麻薬のように衝動が抑えられず、勉強に手がつかなかったであろう。
我ながら意志の強さに称賛を送りたい。
これから辛いことがあっても、この受験の辛さを思い出せばなんだってこなせそうなほどに、つらかった。
そもそも今更いくら情報を収集して効率化しようと、半年がたった今からトッププレイヤーに追いつくには、あり得ないくらいの努力と時間が必要だ。
追いつこうとしている間にも、彼らは僕に負けないくらい必死でレベル上げと素材集めに勤しんでいるのだから。
そんなことを目指してもきっと楽しめない。
だから決めたんだ。
新しい世界をうんと探検してやろうって。
だれも見たことのない、景色を見に行こう。
だれも食べたことのない、食べ物を食べよう。
だれも聴いたことのない、音楽を聴こう。
だれも感じたことのない、ファンタジーをこの身で味わおう。
半年やそこらで、広大な異世界は探索されきっている訳がないのだから。
そして、他人とはあえて違う行動を取ろう。
どんなスキルを誰でも選ぶことが出来るゲームだからこそ、大抵は強いスキルで固めるだろう。
だからあえて人とは違うことをして、自分の個性を出そうじゃないか。
この世界での自分の戦いは終わった。
ついに僕の新しい冒険が始まるんだ。
「―――でもやっぱり追いつけるなら、最前線に行ったり、有名プレイヤーになりたいなあ……」
かっこいい決意を語ったつもりだったが、口からは本音が漏れてしまう。
その言葉に答えるように、ヘルメットから無機質な音声が流れる。
『準備が完了いたしました。「ログイン」とおっしゃってください。これから声紋認識でログインすることができるようになりm』
「ログ、イン!!」
………
……
…
~~~~
2067年 3月 23日(木) 20:57
VRゲーム機、もといヘルメットをセットしてから4時間が経過しようとしていた。
ヘルメットを取り外して布団から起き上がった僕は、開口一番に叫んだ。
「はやく、ゲームをやらせろおおおぉぉぉ!!」
拳を枕に突き立てる。
ボフッという効果音が鳴るが、怒りはそれで霧散するわけがなく……。
考えても見てほしい、いつログインできるかソワソワする時間を。
あれから3分ほど経って出てきた文字は『体のスキャンや脳の反応を調べるので、あと四時間ほどじっとしておいてください。寝てもらっても構いません。途中で外す場合は初めからになりますのでご注意ください』だ。
VR空間にすらいけないし、かといって興奮しすぎて眠れず……。
四時間たって、やっとログインできる! とうんざりしながらも喜んでいたら! なんと!
完全没入に抵抗や異常がないか確かめる為、さらに八時間、つまり買ってから計半日はログインできないらしい。
はあ。てっきりすぐ始められると思っていたのに。
そういえば一週間前から聡に連絡を取ろうとしているが、全く音沙汰がない。
遠藤 聡は僕の幼稚園から高校までの幼馴染だ。
ゲーマーな姉の影響でいち早くVRゲームを手に入れたらしいが、僕は受験がこれからさらに忙しくなることもあって、聡とは疎遠になっていた。
というか最近は彼が学校にあまり来なかったので、自然と話す機会がなくなっていた。
「さあ、暇になったぞ……。
全く調べてなかったし、やっぱり基礎的な知識だけでも事前に情報収集しとくか」
布団から出て、机の上に置いてあったノートパソコンを起動する。
―――カタッ。
検索しようと、頭文字の「D」のキーを押しただけで予測変換のトップに出ていた。
検索結果のトップにあった攻略wiki……ではなく、ネタバレがないような記事を選ぶ。
今まで攻略情報を意図的にではないが縛ってきたのだし、ここまできたら事前に攻略の情報はなしで挑んでみようと思う。
いつもは攻略を把握してからゲームをプレイしている。
が、今回はせっかく知らないでここまで来たのだし。
いつもはそんな無謀なプレイをやらないからこそ、今回はやるチャンスだと思って。
なんでも自由な世界と謳っているからこそ、他人の固定観念に捕らわれずにプレイすることで自分だけの攻略法が見つけられるかもしれないし。
それも先に言った人と違う行動の一つだ。
どのみち初陣のプレイヤーたちは皆、攻略情報なしでこのゲームに挑んできたんだ。
この程度の縛りなら、ゲームを楽しくしてくれるだけのはずだ。
~~~~
調べた結果は以下の通りだ。
『ネタバレなし! DWSの事情』という記事だからか、本当に触りの部分しか載っていなかった。
まず、このゲームは『思考解析プログラム』というものを採用しているのが一番のウリらしい。
思考解析プログラムとは名前の通り、思考を読み取るプログラムだ。
これのおかげでアバターを動かすのはもちろん、攻撃対象を指定したりするのが圧倒的に楽になっているとか。
その他にもスキルの発動条件や様々な基準が、これで計られている。
また、リアルさを求めてか、DWSの世界の敵は軒並みHPが高い。
この世界をできるだけ長い間楽しんでほしい、という願いが込められているからであるとも、書いてあった。
それに、世界の広さに比例して探索できる場所も山のように存在し、イベントもゲリラ的なものと定期的に行われているものがあるらしいので、一年や二年で飽きるボリュームでは到底ない。
そして一番気になったのは、運営はこの世界で起きることは、極力全てを容認するという宣言だ。
これは公式で明言されている。
何もかもが勇者の自由、というのもこのゲームのウリだとか。
そのせいで一時期ガバガバ運営なんて呼ばれたこともあったらしいが、それは従来のゲームの常識が通用しないほどリアルなVRゲームだから仕方がない。
発想の転換の仕方によれば、敵を一方的に殴るハメ技だってできるだろう。
当然、ゲーム内の詐欺が横行するかもしれない。
それらの行為の取り締まりは途方もないだろう。
しかもプレイヤー人口は一億人を超えて、今もなお増え続けているのだ。
いくらその世界を操る神だとしても、それら全てを律するのは難しいだろう。
全てが全てを正すことはできないであろうから、ガバガバ運営と呼ばれたのが一時期のみだけであった、ということを逆に称賛した方が良い気がする。
―――――ピロピロピロリピロリロ~ン♪
ここまで情報を確認したところで、机の上のスマホが小刻みに震える。
着信音が自分以外誰もいない部屋に鳴り響く。
いままでの集中がプッツリと途切れた。
『すまん! スマホ見てなかった!
朝起きてから寝るまでずっとVRの中だから!』
電話から聞こえた声は、やはり聡の声だった。
ゲーム三昧かあ、うらやましいな。
僕も早くプレイしたい。
「久しぶり、聡。
もう何か月かぶりだね。
できれば会って話がしたいんだけど……。
てか、なんでそんなにゲームに潜ってるんだよ?」
『いやさ、今ちょうどイベントのラストでさ!!
街にレイドボスが攻め込んで来てて、あと少しで終わっちまいそうなんだよ!』
もう少し落ち着けって。
聡は興奮していて声が大きい。
シーンとした部屋に声が響き、寂しさを助長させる。
というか、なんのことを言っているんだ?
イベントがやっていたことなんてさっぱり知らない。
「……イベント? なにそれおいしいの?」
『……え!! お前知らなかったんか!?
今始めるんだから、てっきりこのイベントに間に合わせたいのかと思ってたわ!
……ちょっと待てよ。
ちゃんと攻略情報は確認してからこっちにくるんだよな?』
語尾のエクスクラメーションマークが耳をつんざく。
でも、友人の元気の良さにあてられるのも久々だ。
寂しい心には突き刺さるものがあった。
「いや、今回はそういうのは一切なしにしてみるかな!
先入観に捕らわれたくないしね。
なんたって全部自由、なんだよ?」
『なにカッコつけたこと言ってんだよ、でも元気そうでよかったぜ。
まあ確かに、それも面白いかもな。
俺も初めはそうだったし。
……でも、この自由度はゲームじゃありえんよ。
土地を買って夢のマイホームを建てたり、リアル農牧ゲームみたいなこともできたり、激うま料理が簡単に作れたり、イメージしたままの武器を作れたり、自分でアイテムを生み出せたり、馬車で世界をゆっくりと旅したり、うまくいけば魔物と仲良くなれたり……。
とにかく、やばいぞ」
ああ、聞かなければよかった。
余計に思いが募って、心臓が張り裂けそうだ。
はやくゲームを始めたい。
目の前にあるのに始められない、この生き地獄よ……。
「いいないいないいなあ!!
はやくやりたいわっ!!
今は、ログイン前の準備中とかでできないんだよ!!」
『あー、そういやそんなのもあったな。
俺もその時間は、待ち遠しくて発狂寸前だったぜ。
じゃあ、イベントについて教えるか?
それともこの情報も縛ってくか?』
まあ、イベント情報くらいは教えてもらってもいいだろう。
もしかしたら間に合わないかもしれないし。
ギリギリで何をするかわからないよりかは、少しでもなにかできた方が得だしな。
「んー、じゃあ、ぜひとも教えてくれ!!」
『おうおう、そんなせかすなって!
えーと、あれは一週間くらい前だったかな?
突然ワールドメッセージで通知が来て、緊急イベントが開始されたんだよ。
その緊急イベントとは……』
「イベントとは!?」
『ずばり! レイドボスからの王国防衛レイド式緊急イベントだ!』
緊急イベントというものの仕組みは知らないが、レイドは大勢のプレイヤーが協力して、一体の超強いボスをリンチするやつだよな。
自分が受験が始まる前にやっていたアプリゲームにも、そんなイベントがあった。
「まさか、王国の防衛って、俺らが一番初めに降り立つ国を?」
『そうだよ! そのボスはでっかい龍なんだけど!
ほんで正確には、王国の中心、一番高いところにある王宮の防衛だ。
一週間前から龍は着々と中心の王宮に向かってて、今はその終盤ってわけさ。
そいつは一匹で勇者の城を落としに来てるんだよ!』
「は!? 一匹で城を落とす!?
しかも一週間! たしかプレイヤーって、今は一億人以上いるんだよな?」
あまりの驚きで、思わず自分も聡のような大声をあげてしまった。
それはあまりにも強すぎじゃないか?
一億人が戦って一週間かかっても倒せないとか……。
運営がイベントの敵の調整を間違っているとしか思えない。
アプリのソシャゲだったら、大抵は出番といった出番もなく報酬の美味しさで瞬殺されるのがレイドボスなのに。
――――というかちょっと待ってくれ。
城がなくなったら明日から僕が始められなくなるんじゃないのか?
これはマズイぞ……。
『まあゲーム登録者数が一億人ってだけで参加してるかは別だがな。
でもそんなにいてもまだ倒されてない。
その証拠に、最終目的地の城まであと少しのとこまで攻め込まれている。
一応、どういう形で来るか分からんけど、運営からの救済策はあるって公式で発表されてたから、まあ大丈夫だろ。
城が壊されてこれからログインできなくなる、なんてことはないって公式が明言してるから、安心しろ!』
よかった。さすがに買ってからプレイできないのは、なしだよな。
そうなったら受験勉強を恨むだけではすまないぞ。
だが、これで一つ謎が解けた。
「そうか……。
聡はゲーム生活を極めてるんだな。
それで大学が推薦で決まった夏休みから卒業式まで、全然学校に来なくなったのか」
『そうそう! ゲームをやるってことは、真はやっと終わったんだな。
受験勉強、本当におつかれさま!』
悪気はないんだろうが、その言葉は今の僕にとって悪でしかない。
今はただただ早くゲームがやりたい。
「ほんと、おつかれたよ」
『おう!
そいじゃ、おれはもう寝るから!
明日がイベント最終日だから、寝坊は出来んのでね!』
僕の返答にもろくに返さず、寝る宣言とは。
時計を見ると、まだ9時過ぎだった。
どんだけのめり込んでんだよ。
9時に寝るなんて、今どき小学生でもしないぞ。
「おう、おやすみなー。
イベント、頑張れよ」
『あ、そうだ!
明日ログインしたら、フレンド登録のメッセージを送ってくれ。
「ソウ」ってカタカナで検索すれば出てくると思うから、忘れないでくれよ!
おやすみー!』
叩きつけるように、ガチャンと勢いよく電話を切られた。
相変わらずいつでも自分のペースで元気な奴だ。
いつもは元気を自分にも分けてもらえる気がして楽しいが、この精神状態はではきつい。
はやくゲームがやりたい。
でも、ログインできない。
……仕方ない、僕も寝るとするか。
それとできるならイベントにも参加したいなあ。
はやる気持ちをなんとか抑え、部屋の明かりを消した。