17話 心臓喰らう者
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~前回のあらすじ~
▶「ヘル=ラース・オーク」にボコボコにされる。
▶「Odd・Mad・Head」の部下との密会を盗み聞くが……。
▶一日目の目標は「採集でいろいろ集める!!」
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「……っ!! なんだ!!」
「「「「……!!」」」」
五人がいたところに爆弾のようななにかが投下された。
僕が転んだのも、その者の影響であった。
『グオォォウ……。
……グオォォォォォォォォォッ!!!』
その咆哮は周りに響き、全てを畏怖させた。
鼓膜が振動して、痛みの代わりに鈍い痺れを伝える。
……あいつだ。
僕をリスポーン地点まで追ってきた、あの巨大オーク。
僕にトラウマを植え付け、圧倒的な力を見せつけてきた、この北の魔王。
『グォウ?』
だが、あの兵隊集団は違った。
二人の科学者を助け、無傷でその場に立っている。
「おっしゃあっ!!
レアモンスターがあっちからやってきてくれたぜっ!!」
「超ラッキーじゃねえか!!
早くやっちまおうぜ!」
「心臓の説明、あとで聞くからよぉ!!
今はコイツを仕留めさせてもらうぜぇ!!」
科学者を安全に避難させた後、三人は一か所に集まり、銃をあの巨大オークに向ける。
当然その間にもオークは迫ってくるが、科学者を背負っていない一人の果敢な動きによって、攻撃をひょいひょいとかわし、一撃も喰らわずにその場で足止めに成功していた。
ソウの身のこなしよりも軽く、人間離れしているその体操のような動きから、おそらくスキルを使っていると思うが……そうだとしても、一度も喰らわないのは相当の手練れだと思う。
三人が膝をつくと、三つの銃が構えられ、それぞれが決まり文句を唱え始める。
銃口に光が貯まり、やがて一つの巨大な光の塊となる。
「われらDWS三銃士っ!!」
「一人は三人のために!!」
「三人は一人のためにぃ!!」
「「「三位一体、[集中熱光線]!!」」」
瞬間、鉛色の銃から出てくるとは思えないレーザービームが、銃剣から飛び出してきた。
三つの銃剣から吹き出す熱光線は三本が一本になり、直径は1メートルに達するような超極太エネルギー砲となる。
発射速度は光速。
当然オークは避けられるはずもなく、その筋肉がたっぷり詰まった腹に風穴を開けた。
古代ギリシャの数学者アルキメデスはかつて、自分の故郷がローマ艦隊に攻められた際、大きな鏡を何枚も城壁に張り付けることで、太陽光を反射させて見事その艦隊のうちの一つを炎上させた。
そのアルキメデスの逸話、天才の発明した伝説的古代兵器ともされる「アルキメデスの熱光線」をモチーフにした現名装備。
その三つ分が集まった威力は、もはや語るまでもない。
現時点で、光属性攻撃最大火力のレーザービーム砲。
その光線は全てを焼き尽くし、当たった者はもちろんのこと、かすった者、周りにいた者も全てを焼き尽くす。
―――――海岸から天の彼方までが、一筋の光で繋がれた。
当然、その熱量は僕にも及ぶわけで。
「うわ、あっつ!!」
僕の間近で撃たれたこともあり、そりゃあ熱いのなんの!!
倒れていた科学者二人も驚いている。
どうやら攻撃を放っている三人は耐熱装備のようで、こんなに熱いのに表情一つ変えない。
むしろ三人とも強敵に大ダメージを与えたことで笑顔だ。
「よっしゃっ! もろに当たったぜっ!!」
「これで一気にランキング上位に近づくぜ!!
これならマッドの作戦もいらないかもな!!」
「まぁ、俺らにかかれば当然だよなぁ!」
三人とも自信満々に銃口から熱光線を放ち続ける。
対するオークは腹を貫通させながらも、まだしぶとく生きているようだ。
ただひたすらに、その攻撃に対して耐えている。
意識をなんとか保たせ、顔を苦痛に歪ませながらも、だ。
「おいおいっ、なかなか死なねえなっ。
MPはギリギリ持つかどうかっ……」
「さすがはレアモンスターだ!
通常のフィールドボスより遥かに強い、ランクは魔王を越えて幻魔に行くか?
なんでこんなところにいるか知らねえが、こりゃ相当ポイントが期待できるぜ!
なあお前ら!」
……すいません、それは僕が森の奥から引っ張り出してきたせいです。
普段はこんな海岸近い所なんて来ないはずです。
「あぁ、そうだなぁ。
よぉし、最後の一押しぃ、派手にぶちかましてや―――」
何の前触れもなく、三人目の、いつも語尾をねっとり伸ばす男の言葉が、途中で途絶えた。
一瞬の出来事であり、傍から見ている僕でも、彼がしゃべっていなければ気が付かなかっただろう。
「ぶちかますかっ、ぶちかまさねえかっ、はっきりしろっ!
言うなら最後まで言えよっ!」
「そうそう……ってあれ?
あいつどこいった?」
レーザービームを放っていた三人のうち、一人が忽然とすがたを消していた。
そのせいでレーザービームの威力は格段に下がり、通常のレーザービームほどの威力となる。
三人集まってこそ、のこの技は、一人が欠けただけで極端に威力が低くなるのだ。
―――オークはまた、動き始めた。
腹に風穴を開けてもなお、目の前の存在を倒す殺意はそのままだ。
ゆっくりと……だが確実に。
一歩一歩を踏みしめるように、残り二人となった兵隊に近づく。
「待て待て待てっ!
なんでこんな大事な時に抜けてるんだよっ!
あとHPわずかじゃんかよっ!!
ログアウトしたのかっ!?」
「いや、いくらなんでも、あいつに限ってそんなことはないだろ―――」
瞬間、二人目が消えた。
その様子を、最後の一人と僕はしっかりと捉えていた。
「……まさかっ、あの岩が攻撃してきているっ……のかっ?」
その光景は、僕も目を疑った。
相手はオークだけではなかったのだ。
岩から生えてきた謎の触手のようなものが、一瞬にして彼を飲み込んだのだ。
注意して見ていなければ気が付かない速度で。
その触手は岩の下から生え、飲み込んだ後はすぐに戻っていった。
時間差で彼の死亡時の光が、触手が戻っていった辺りから吹き出して、空に帰っていっている。
「マッドの部下どもっ!!
こんなの、聞いてねえぞっ!!」
だがそう問われた彼らも、必死に首を振って否定する。
その本気の首の振り方から、本当にそんなことがあるなんて知らなかったように見える。
生き残りの兵士は、残り一本となったレーザービームで必死にオークに攻撃するも、すでにそれは有効打とはなっていなかった。
細すぎるレーザービームではオークの行動を阻害することが出来ず、オークは手に持っていたこん棒を振り上げて、その巨体をぶるんぶるんと揺らしながら、一直線に兵士の元へ向かって走ってきた。
『[グオォゥゴゥ]、グオォォォォウゥゥ!!』
振り上げたこん棒は赤く光り、スキルが発動されたことが分かる。
敵の魔物もスキルを使うのか、さすがは難易度が高い北エリアだ。
あの人もやられたな。
「……くそっ!!
この岩にこんなスキルがあったのかっ!!
オークの対処ができなっ……えっ?」
だが、ここで予想に反した出来事が起きた。
オークの攻撃は兵士に当たらなかった。
あろうことか、オークも同じように一瞬のうちにして消えた、のだ。
僕は見た。
―――あの岩の触手が、オークを丸ごと飲み込んだところを。
「……おいおいっ、これは一体全体どういうことなんだっ?」
だがその答えを知っている者はいなく。
それが彼の遺言になった。
答えの代わりに、また岩から伸びてきた触手が、彼を飲み込んでいった。
残されたのは、岩陰に隠れた僕と科学者二人。
しばらくして、科学者たちはたった今起きた出来事を思い返しながら立ち上がった。
「……どうやら、やはりあの神魔のスキルは、一定範囲内でスキルを行使したものを見境なく飲み込む、というスキルでしたね。 マスターの言う通りでした」
「さすがはマスター、お見事です!!」
落ち着いた科学者二人は、お互いの安否を確認しながら、しきりにマスターと呼ばれる人物を褒め称えている。
祈るようなポーズで胸に手を当て、マスターと連呼している姿は、ただただ気持ちが悪い。
見ていて狂気と恐怖を感じる。
「No.38さん、あなたの使用した、自分より強い者を見つけるその探知スキルでの検証結果。
攻撃系のスキルでなければあの触手に飲み込まれない、ということすら当たるなんて、さすがはマスターです」
「はい、本当に。
それでは『玄武』の実験結果も取れましたし、マスターに報告しましょう。
この程度の魔物なら、目標討伐日は予定通り最終日でよさそうですね」
「でもやはり『心臓』は彼らに使ってもらうのがよかったですね。
発動コストがMP継続使用の彼らこそ、この心臓の効果にふさわしい。
もうそろそろ復活する頃ですから、ついでに拾っていきますか」
最後にそう言い残すと、二人はマスターと呼ばれるものの元へ、転移系の何かを使用して帰っていった。
運営の神崎さんが来たときのような空間割りではなく、一瞬でのテレポートだ。
ようやく一人になった僕は、岩陰から出て現場に近づく。
「一瞬の出来事だったけど……結局この岩が全てを終わらせたのか?」
スキルを使うのは恐ろしかったが、今デスペナルティがない状態なら恐れることはないだろうと思い、[鑑定]を何度かけたのだが。
全てが完全に弾かれて、何一つ情報が分からない。
唯一わかるのは、まだミリ単位でしか削られていない上の緑の長いゲージ一本。
おそらくはこの岩の、体力。
「試しに僕も攻撃スキルを使う気には……慣れないなぁ……」
岩に近づいてよく見ると、この岩にはあまり海藻がこびりついてはいない。
周りの岩とも色が違う。
正六角形の模様が刻まれ、まるで亀の甲羅のようである。
触ってみても何も反応は無く、とても生きているようには見えなかった。
だが確かに先ほど、この岩の下から生えてきた触手によって、三人の兵隊と巨大オークが飲み込まれたのである。
それに、気になることはまだある。
「あの科学者二人が言っていた、心臓っていうのも気になるな……」
DWSのバランスを壊すアイテムって、なんだそれ。
そんなすごいものが、プレイヤー全体に知らされていないのか?
どうも兵隊は知らなかったようだし。
「心臓っていえば……」
前回の緊急イベントの副産物報酬。
僕が大量に手に入れたレアアイテム、龍神シリーズ。
あの中にひとつだけ、獲得数が極端に少ないアイテムの種類があったはずだ。
ストレージには『龍神の心臓×10』の文字がある。
「……このアイテムも、心臓だ。
やっぱり装備を作る素材や換金用だけじゃない使い道があったんだ……!!」
早速それを具現化させる。
手のひらの上に出現したのは、いまだに鼓動を続け、ビクビクと動く龍神の心臓。
サイズはちょうど手のひらに収まるサイズである。
「これを食べる……のか?
……いやいやいや、あり得ないだろっ!!」
だって今も動き続けているのだ。
常識的に考えて、これを食うなんてあり得ない。
なにか他の調理方法や食べ方があるはずだ。
「いや、生で食べるのがいいのかもしれない……」
普通、ありえないって思うよ。
僕だって常識人だから。
「でも、食えなくは……ないよな」
深く考えるんじゃない。
ここはゲームだ。
現実ではない。
たしかに現実の世界で虫とか食えと言われたら抵抗する。
だがここは仮想世界だ。
この体だって本当の自分のものではない。
実際に自分の胃の中に虫が残り、血となり肉となるのを考えると気持ちが悪いが、ここでは自分のものにはならないのだ。
言うなれば他人の体。
味わう、という行為に対しての気持ち悪さはあっても、それを食す、ということには抵抗は感じない。
それこそ、ああ、自分が操作しているアバターが食べているなあ、と俯瞰している気分になればいい。
現実の世界でも、海にいるタコだって、初めて食べた人はよく食したものだと思う。
海外では今も食べられないが、その結果は誰かが試したからだ。
今ならいくら試したってデスペナルティがないのだから問題ない。
「一個だけ、一個だけいってみるか」
……ゴク。
唾を飲み込む音が大きく聞こえる。
「いただき……ます……!!」
僕はその心臓を口に放り込んだ。
ちょうど口いっぱいに入る一口サイズであった。
「モグモグ……うん、味はいたって普通の生レバーだ。
……モグモグ……特にこれと言った大きな変化はない、か……。
……ゴクン。
さて、なにか変わったことはあるかな?」
心臓を食べると、自分も龍になれる、とか?
心臓を食べると、一定時間不死になれる、とか?
あとは残機が1増える、とか?
ワクワクしながらステータスを確認してみると。
「次のスキルの使用コスト、全無償化……って、これだけ?」
状態変化には、『次使用スキルノーコスト化:1』の文字が一つのみ。
それ以外にステータスに何の変化があるわけでもなく、途端に超人的能力が得られたわけでもなかった。
「本当にこれが科学者二人の言っていたことなのか?」
コストに関してのことも言っているが、これだけが強いのだろうか。
特別な強みは感じられない。
「結局、逆転の一手にはならないか。
スキルノーコストになるのも、手持ちの心臓ふくめて10回しかないし。
……いや、大事に取っておくよりも、どのようになるのか一度は試しておかなくてはな」
ぶっつけ本番っていうのは、僕は嫌いだ。
いくら準備していてもいきなりで成功するかは分からないし。
そうせざるを得ない状況になれば話は別だが、今は魔物もいない。
「ここで攻撃スキルを使ったら飲み込まれるし……。
ストレングスソングで歌でも歌っておくか」
海に向かって歌えば、気分も晴れるはずだ。
大きく息を吸って、一思いに大きな声で歌い始めた。
「Hum~♪ Hum~Hum~♪」
息継ぎをしようと思ったところでふと気づく。
あれ? なんだか息が苦しくない。
「Hum~Hum~♪ Hum~Hum~♪」
これってまさか、永遠に歌える……?
~~~~
{夢幻の島:北の果て}
イベント一日目 残り時間 7時間:40分:58秒
「やばい、これ最強かもしれない~♪」
ステータスには、『「ストレングスソング」STR ×1.1』の文字がズラー……っと溢れて、数えきることができない。
しかも、歌いはじめてから1時間以上、一度も息継ぎをしていないのだ。
歌っている最中に苦しくならず、永遠と歌い続けることができている。
「コスト無効って、まさかこんな効果があったのか~♪」
継続使用がなんたらといっていた科学者たち。
つまり言いたかったのは、この継続使用系のトグルスキルを永遠と使えるからこそ、バランスが壊れるといいたかったのだ。
「これで殴れば、あの巨大岩も倒せるかも~♪
よし、殴りに行こう♪」
―――このとき僕は気づいていなかった。
今まで歩きもせずに歌い続けたせいで、いつの間にか筋力のみが異常に上昇しているのに体が慣れていないことを。
体はひ弱なままなのに、筋力のみが先行して、自壊してしまう存在になっていたことを。
「よっと……うぉ!?」
足を一歩踏み出した瞬間。
スタートダッシュを決めたあの集団のように。
いや、その速さと比にはならないほどに。
ただの歩く一歩だけで。
岩に激突して、死んだ。
HPが満タンから一気に全損、自滅であった。




