15話 初公式イベント開始、だが……。 ~イベント一日目~
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~前回のあらすじ~
▶王女にイベントの詳しい説明を聞いた。
▶アイテム整理をした。
▶アイテムを購入してイベント準備完了。
▶一日目の目標は「採集でいろいろ集める!!」
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2067年 3月 25日(土) 18:01
{現実世界:自室}
準備が完了した僕は、昼ごはんのために一度ログアウトし、そのまま仮眠をとった。
昨日からの脳の酷使もあり、かなり疲れがたまっていた。
夜の睡眠では全く足りない。
……ソウは一日中VRに籠りっぱなし、というのがあり得ない。
「う~ん、よく寝たなぁ。
って、もうこんな時間かぁ」
起きるとすでに夜の6時。
今日は両親は毎週のスポーツに出かけるため、家には弟と婆ちゃんと猫が残っている。
作っておいてもらった夕食を腹いっぱいまで食べ、弟にDWSの感想を語り、猫を撫でまわしていると、あっという間にイベント開始30分前。
これから半日分の経験を、一時間でやってくるのか。
初めてのイベントに胸が高鳴る……!!
『準備が完了しました。スキャン完了しました。ログイン可能です。
「ログイン」とおっ』
「ログインッ!!」
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{夢幻の島:北の海岸}
イベント一日目 残り時間 11時間:59分:59秒
視界が真っ暗の中、スタッフロールのようにイベントの説明がズラーッと流れていく。
どれも午前中に言われたことと同じようなことだ。
それが続いたあと少しの時間の空白があり、多少の酩酊感を味わった後にこの南国の島にたどり着いていた。
波が浜に打ち上げられる、いわゆる海の音で目が覚めた。
―――すべての原初、「夢幻の島」。
降り立った場所は、現実の海のように漂流物で汚れてることなく、絵に描いたような砂浜だ。
日光を反射して白く輝く砂浜は宝石のようで、目に入る光がまぶしい。
見渡す限りの海も、何も遮るものがなく、一直線に水平線が広がっている。
背後はジャングルのようで、島の中心に向けて密林が広がり、様々な動物が生息しているのが気配で分かる。
どの大樹も自分の何倍も高く、南国の無人島、という雰囲気が心を落ち着かせる。
空は雲一つないほどに真っ青で、都会の喧騒なんて忘れてしまうほどに優雅だ。
……まあ、僕の家は田舎なので毎日こんな青空の元に住んでいるが。
雨が降っていないことから、ここがDWS世界とは切り離されている、というのは本当のようだ。
太陽が傾いていることから、おそらくはこのイベント限定エリアでは今、午前中なのだろう。
終わりは半日後だから、夜になるころかな?
僕がボーっと状況を把握しながら景色を楽しんでいると。
「「「[STR上昇付与]っ!!」」」
「「「[力の紋章]っ!!」」」
すぐ近くの周りのプレイヤー集団、20人ほどが、自分自身にバフをかけ、一目散に森の中に走っていった。
いや、走っていくという表現じゃあ生温い。
言葉通り、森に飛び込んでいった。
実は足にブースターがついていると言われても信じるくらいの初速で、ドンッと発射したのだ。
むしろ何かしらの仕掛けが足に無いとおかしい。
音速、とまではいかないが、あまりにも早すぎて砂浜がその衝撃でえぐれ、僕に大量の砂を振りかけた。
「えぇ……ここってどこかの星の戦闘民族が集まる場所ですか……」
その他にもちらほらといたプレイヤー計30人ほどは、それぞれ威勢よく島の中心に走り去っていった。
「クソ! テンプレ団に先を越された!
俺たちも急ぐぞ!」
「おぉぉぉ!! 久しぶりの公式イベントだぁぁぁぁ!!」
「目指せ我らのクランランキング入賞!!」
「「「おうっ!!」」」
「前回緊急イベントで入賞できなかった雪辱、ここで晴らしたるっ!!」
「今度こそソウちゃんに追いつけるようにがんばるわ~♥」
どこかで聞いたことのある特徴的な声が聞こえた気がしたが、それは気にしない。
スタートダッシュに乗り遅れて、砂まみれになり一人ぽつんと取り残された僕は、つられて焦らずゆっくりと森の中に入っていくのだった。
~~~~
{夢幻の島:北森林}
森の中はまさにジャングル、生き物や植物の宝庫だ。
さすがは世界の原初、といったところで、シダ植物が多い気がする。
気分は恐竜時代だ。
いくつものツタが背の高い木から垂れ下がり、ターザンが飛んできてもおかしくない。
中には30メートルを超すような巨大樹まである。
隙間なく雑草は生え、ひざ元まで常に覆ってきている。
ここをズボンなしで歩いたら、そうとうこそばゆいだろう。
「[識別]……[識別]……[識別]……。
お、これがタマゴか!?」
森に入ってすぐの木の根元。
[識別]を使い続けていたおかげで、樹の裏、雑草の下に隠されていたそれに気づくことが出来た。
ダチョウのタマゴ、といったら伝わるだろうか。
かなりの大きさでストレージに入れなければ持ち運べない大きさだ。
色は紫色で、ボーダーの縞模様がついている。
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【魔獣のタマゴ】
◇分類:イベントアイテム
◇所有者:マーティー
◇所持制限︰none
~詳細~
「クラス:魔獣」の魔物が産まれるタマゴ。
ヒント1…色によって生まれる種族、強さが変わるよ!
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割れないようご丁寧に藁がしかれ、その上に緑色のタマゴが一つ置いてあった。
多分あの全速力を出した人たちは見逃したのであろう。
「ラッキー! 幸先いい!
この調子で、採取メインでタマゴを取っていこう!」
ホクホク顔でそのタマゴをつかみ、ストレージにしまう。
次のタマゴを探そうと立ち上がり、後ろを振り向いたそのときだった。
『ギャっ……』
そこには、自分の背よりも頭一つ分だけ低い、身長130cmほどの小人が立っていた。
思わず目が合ってしまう。
相手も驚いたようで、お互い時間が止まったように見つめ合ってしまった。
小人、と言ったが、万人が想像する小人のようなメルヘンチックなもんじゃない。
目つきは野犬のように鋭く、鼻は大きく魔女のように尖った鉤鼻。
耳も大きく先っぽがとんがっていて、口はその耳まで裂けるほど大きい。
にやりと笑ったその口からは、茶色く濁った鋭い歯がこちらを狙っていた。
体格はひょろひょろのがりがりで、あばら骨が浮き出ている。
濁った緑色、苔むしたような汚い皮膚だ。
身にまとっているのは動物の皮でできたベスト一枚のみ。
骨ばった手には木の棒に鋭い赤い石をロープのようなツタでくくりつけた、金槌のようなお手頃特製ハンマーを握っている。
―――――ゴブリン。
「[識別]……!!
やっぱ名前ぐらいしか分からないか……」
◇――◇――◇――◇
【ラース・ゴブリン】
Lv.―[識別]で判定不可―
ランク:魔獣
名前:―[識別]で判定不可―
所属:赤
種族:―[識別]で判定不可―
種族スキル:―[識別]で判定不可―
所持スキル:―[識別]で判定不可―
◇――◇――◇――◇
だが、彼はRPG定番の雑魚モンスターではなかった。
『ギエェェェェェ!!』
ゴブリンは大きく叫び声をあげると―――視界から消えた。
「……っ!!
どこだ……!!」
見渡しても見当たらない。
いなくなった……と安堵した、次の瞬間。
『ギャアァァァァァ!!』
「上かっ……!!」
僕が見たものは、空中から斧の刃をこちらに向けて空から降ってくる、恐ろしい鬼の姿であった。
―――あ、死んだ。
直感的にそう悟ると、体から一気に力が抜けた。
もうどうしようもなくなったとき、人はどうやら諦めを選択するようだ。
純粋に殺意を向けられるのなんて、人生初である。
その殺意、というものは、いままで社会で感じてきた悪意なんてものの、比じゃなかった。
いくら剣道をやっていても、本物の殺意なんて感じることがなかった。
ソウのまっすぐ目を狙ってくるような面打ちでも、ここまでの恐怖を感じたことはなかったな。
攻撃はもろに喰らい、脳天がかち割れる……と思ったところで、ゴブリンは僕の頭から離れ、一度距離をとった。
「死んで……ない?」
視界には、『―身代わり人形が発動しました―』の文字が。
そうか、それで九死に一生を得たわけだ。
痛みに代わる痺れすら感じていない。
「よーし、今度は僕の番……!!」
腰にさしてあった剣を抜き、背中に背負っていた盾を外し、ゴブリンに向けて構える。
腰を落として、しっかりと地に足着け、どんな状況にも対応できるように姿勢を整える。
「さあ、正々堂々と勝負だ!!
[パワースラッシュ]―――!!」
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{夢幻の島:北の海岸}
イベント一日目 残り時間 11時間:25分:17秒
―――あなた方が行った行動によるランキングもございます。順位が高いほど大幅なポイントボーナスがございますので、思うがままに自由に行動してください。具体的には魔物の討伐数、タマゴや採集アイテムの数やレア度などです―――
「午前中の王女の説明との相違点はやっぱりこれくらい、か」
南国の島の海岸に打ち上げられた僕は、視界に表示されたワールドメッセージを見てつぶやく。
イベント開始直後、このメッセージが表示されたが、事前説明と違うのはこれくらいだった。
本来は自分の集めたポイントで報酬が交換できる、という予測が当たっていたことを素直に喜んでいるはずなのだが。
「この難易度がデフォルトだとすると……。
はぁーあ。
……それにしても、世の中って厳しいなあ」
この感想を漏らしたとき、僕はすでにこの島で、たった30分間の間に10回目の死を迎えていた。
僕は何度も同じように、木の洞でタマゴを探して見つけては、あの「ラースゴブリン」にやられ、草の中を搔き分けて見つけては、ラスゴブにやられ……。
最初のラスゴブ戦?
もちろん死んださ。
僕がね。
あの後「現世戻りの秘薬」まで消費しちゃって、開始早々60,000エナジーが吹っ飛んでいった。
僕の人生初、VRゲーム史上初の戦闘は大敗に終わった。
「っていうか、死ぬのにも慣れてきたな……」
混じりっ気のない殺意を向けられるのを、人生で初めて経験した。
最初の3回まではただただ恐ろしかったが、四回目以降からはもう慣れた。
この世界のこの体、アバターは、僕が操作しているコントローラーなんだ、と思うと自然と恐怖が抜けて、またゲームを楽しめるようになっていた。
自分を第三者視点で見れるようになった、というと分かりやすいかもしれない。
今までこの世界に自己投影しすぎていたからな。
懲りずにまた島の中心に向けて歩き始める。
まだ時間はあるし、タマゴをとりあえず一つは手に入れて、あの安全地帯の砂浜まで持ち帰っときたい。
「はあーあ。
そこらへんに運よく何個もタマゴがまとまって落ちてないかなぁ。
[鑑定]、[鑑定]、[鑑定]!!」
タマゴが二つ以上落ちていれば、一つをランダムドロップしてしまっても残るのに。
そうそう、[識別]を使いまくっていたおかげで、【鑑定の加護】の加護レベルが上がって新しいスキル[鑑定]を覚えた。
おそらく他のプレイヤーはさらに奥地に行っているようで、周りには一人もいない。
独り言を呟きながら、加護レベルが上がって覚えた新スキル、[鑑定]を連呼していると。
この森林の中に、樹が直径10メートルほど生えていない、開けた空間にやってきていた。
今回は敵と一度も遭遇していなく、初めてこの奥地までやってこれた。
そのちょうど中心。
藁がどっさりと積み重なった上に、それはあった。
「え、まさか、言ったことが現実になった……!?
ちょい待て待て待て!!
[鑑定]……うん、やっぱそうだ!!
マジか、マジかよ……うおぉぉぉ!!
言霊思想サイコー!!
やっぱ僕、なにか持ってるわ!!」
何度も死んだあとの、これだ。
これを喜ばなくて、何を喜ぶ!!
正直、いつの間にかレイドボスを倒したことになっているよりも、努力を認められた気がして嬉しい。
早速ダッシュで近づいて、タマゴの取り放題の開始だ!!




