10話 ソウと初クエスト ~はじまりの草原にて~
読み飛ばした方のために。これだけです。
◇――◇――◇――◇
~前回のあらすじ~
▶運営の 神崎さん があらわれた!!
▶神崎さんから 銀の呼び鈴 をもらった!!
▶神崎さんからボスを倒した説明を受けた!!
◇――◇――◇――◇
運営の神崎さんがいなくなると、再び世界に彩りが戻った。
止まっていた人が動き出し、何事もなかったかのように全てが今まで通り始まりだす。
「ほんとにトンでも技術だな。
科学のちからってスゲー……」
時が止まっていたという事実に驚きの声を上げていると、ピコンッ♪ というメッセージが届いた音がして、視界の端に文面が映る。
◇――◇――◇――◇
アイン・シュタイン さんからフレンド申請が届いております。
◇――◇――◇――◇
そうだ、聡に自分からフレンド申請を送るべきだったことを、すっかりと忘れていた。
時間は既に……いや、体感二倍になっているせいか、まだ現実で1時間そこらしかたっていない。
改めて感じる超技術に驚きしかない。
というか、この人は全く知らない人だ。
いきなりメッセージが来たが、誰なのだろうか。
辺りを見回したが、それらしい人は見当たらない。
◇――◇――◇――◇
アイン・シュタイン さんを承認しますか?
YES
▶ NO
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NOの空中をポチっと。
ピコンッ♪ という音と共に、申請が拒否されたメッセージが表示される。
そりゃいきなり知らない人から来たんだもの、不用意にYESを押すのも怖いし。
改めてフレンド欄から検索画面に移行し、ソウ、と検索して。
◇――◇――◇――◇
ソウ さんにフレンド申請を送りました。
◇――◇――◇――◇
さとる……もといソウに申請を送るった瞬間、すぐに電話がかかってきた。
後で知ったが、これがフレンドコールというもので、パーティーで戦っている間はこれが自動でオンになり、仲間との連携をとりやすくなるらしい。
『まことー!!
この世界にようこそだっ!!
とりあえずまずは合流しよう!
ギルド登録は済ませたか?』
電話に出ると、さとるは全てを一息で、一気に話してきた。
頭に声がガンガン入ってきたが、不思議とうるさくは感じなかった。
この声も周りに漏れないから、傍から見ればただ虚空にしゃべっている変人に映る。
「おう、今もう済ませたよ」
『よし!! それじゃあ今からギルドに向かうぜ!!
たしか初心者用の南が、ビギナーズギルドだったよな?』
「ああ、そうだ。
さとるは今どこにいるんだ?」
質問をした瞬間、ブツリとフレンドコールが切れた。
あれ? 切られた?
「お前のとなりだ」
「っうわあああぁぁぁぁ!!」
いきなり耳元で声がして、思わず吹き飛んで腰を抜かしてしまう。
その衝撃で今日二回目の、地面と頭を合わせることとなった。
「おいおい、そんなに驚かなくてもいいだろ……くっはははっ!!
まこ……とじゃなかった、マーティー!!」
さとる……もといこの世界ではソウ、が目に涙を浮かべて、腹を抱えて笑っていた。
声が完全にさとるだったので分かったが、彼がこの世界での聡か。
プレイヤーネームは……大丈夫だ、フレンド登録したものと同じである。
「いや、普通驚くだろ!!
なにおっそろしいことしてんだよ!!
死ぬかと思ったわ!!」
「すまんすまん……。くっ……はっはっは!!」
「おい、笑い過ぎだって」
僕が真顔でやめてくれというと、ようやく笑うのをこらえてくれた。
だがこらえきれないようで、肩が震えている。
「おお、悪かったって。そう怒んな。
改めて、ようこそ、DWSの世界に。
ゲームの中の名前はソウだ。
くれぐれもリアルの名前呼びはやめてくれよ?」
ソウのアバターは、全身が甲冑。
身長は僕より10cmくらい高く、目は黒で、兜の端からのぞく前髪も黒色だ。
彼の格好を一言で言うなら、ザ・ジャパニーズサムライだった。
まるで戦国時代の武将のような格好だ。
兜や籠手などもしっかりとしている。
足元はきちんと足袋を履く徹底ぶりだ。
たしかに、カッコいい。
カッコいいんだが……この西洋風スチームパンクの世界観に全くと言っていいほど合っていない。
まるで江戸からヨーロッパに転移してしまった哀れな武将だ。
外国人がやっていたらいいのだが、彼は思いっきり日本人の顔だし、コスプレという感じがあまりしないからこそ、余計にタイムスリップをしてきて帰れなくなった孤独な武将に見えて仕方がない。
「よし、細かいことは移動中に話す!!
まずはクエストを受けよう!!
俺が手伝ってやる!」
「え、いいって。
僕は一人でのんびりとやっていくから」
「んじゃあ、最初の一回目だけでも一緒にいってやる!!
ほらほら、遠慮すんなって!」
~~~~
ソウの言われるがままにギルドの受付嬢の元へ再度訪れると、またも全く嫌味を感じさせない営業スマイルで、ニコニコとクエストを紹介してくれた。
『ただいまご用意している、マーティーさんに受けていただけるクエストはこちらがオススメですかね……』
そういってカウンターから取り出した、一つの羊皮紙。
かなり茶色く黄ばんでいて、象形文字のような字が並んでいる。
目を向けると、書いてある文字が分からないはずなのに、自然と頭の中で変換されて読むことが出来た。
これも翻訳システムの影響なのだろうか。
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~スライム・ロード~
▶依頼主
・城下町行商人組合
▶メイン目的
・スライム×10 の討伐
▶報酬
・3000エナジー
▶補足
この城下町と森を繋ぐ街道沿いにてスライムが発生。
あまり積極的に襲ってこず、害はないものの集まると危険。
定期的な間引きを所望する。
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「これでよろしくお願いします」
『かしこまりました、それではギルドカードをお貸しください』
僕とソウは二人とも、ストレージからギルドカードを取り出して受付嬢さんに渡した。
「はい、お預かりしま……す!?
天馬級のソウさんがなぜここに!?
何かまたやらかしてきたんですか!」
今まで淡々と業務をこなしていた受付嬢さんが、いきなり声を荒げてカウンターから身を乗り出し、ソウに問い詰める。
対してソウの方は、素知らぬふりだ。
だが知らん顔をしていても、周りがその声に気付き、ざわ……ざわ……とし始める。
その声は、実はクエストカウンターに行く前からしていたのだが、確信を持ったように大きくなった。
「おい、あれってやっぱソウだったんじゃねえか……?」
「受付嬢も言ってたし、間違いねえよな……?」
「あのクランの番犬の?」
「俺サインもらってこようかな……」
そのざわつきはクエストカウンターだけに収まらず、酒場まで伝染していった。
「あのソウが来てるってか!?」
「番犬がここに来るなんて!!」
「俺、【侍之國】に入りたいっス!!」
「ソウちゅわ~ん、私、一度でいいからずっと会ってみたかったわ~♥」
ざわつきはたった一分足らずで野次馬の壁を作り出し、カウンターの周りに人だかりができていた。
いつのまにか完全に囲まれたっ!?。
「かなりざわついてきちまったな……。
加護入れ替えの説明クエスト前にしておきたかったが……。
ま、いいか。
クエストが終わってからでもできるし」
ソウがつぶやくと、受付嬢さんは正気を取り戻したようで、取り乱してすいません、と言った後、冷静に今まで通り話始めた。
『すいません、私が大声で言ってしまったばっかりに。
これでクエスト受注は完了しました。
カードをお返しします。
それでは、お気をつけて。
勇者に祝福があらんことを』
矢継ぎ早に受付嬢がそうつげ、カードを手渡されると、ソウはいきなり僕の手を引っ張って、出口の方を向き、なにかをつぶやいた。
「……[超加速世界]!!」
瞬間、目まぐるしく景色は変わり、いつの間にかギルドの外へ僕とソウは出ていたのだった。
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目の前には、あの人通りの激しい大通りが広がっている。
「ソウ! 今のもスキルなのか!?」
景色が落ち着いて、驚きを隠せずに僕が問うと、ソウはドヤ顔で答えた。
「おう、そうだぜ!
これも俺の最強装備の一つ、【韋駄天の神足袋】についた装備スキルの力だ!」
足をこちらに向けて、自慢げに語るソウ。
足袋は輝きを帯びており、だんだんとその光が失われていく途中であった。
ただのコスプレ装備の足袋だと思っていたが、まさかそんなスキルまでついていたとは。
スキルの効果としては、僕の[クイックムーヴ]と同じようなものだろうか?
だが速さが段違いだった。
空間が過ぎ去っていくのすら断片的にしか見えず、まさに"瞬間移動"であった。
「まあ、そこのところもクエストが終わったら、加護の入れ替えと一緒に話してやる!
なにせこのゲームは、設定が多くて、覚えるのが大変だからな。
wiki見てるだけで、数日は潰せるぜ?」
わお、そんなに大変なことだったのか……。
それなら他人のプレイとは違うことをする、というあいまいな目的のために事前情報を捨てたのは、悪手だったかもしれないな。
きちんと事前に調べておけばよかった。
「大丈夫だ、今からでも間に合うよう、俺から必要そうなのをピックアップして教えてやる!
だからすぐ俺らと一緒に、冒険しようぜ!」
「僕はのんびりとやっていきたいんだが……いや、でも」
どのみち追いつくのは無理だ、と思っていたからこその、のんびりと過ごす予定だったのだ。
だが今は、一つのスキルがカンストしている。
しかもそのプレイヤー数も少ない、ユニークプレイヤーの一人だ。
もしかしたら今からでも、このスキルでソウたち初期組になんとか追いつけるかもしれない。
それだったら上を目指さないで、何を目指すのか。
「うん、ありがとう、ソウ!
なんとか一緒に冒険できるレベルまで追いつくよう頑張るぜ!」
「よし、そうと決まればすぐにクエストを終わらせようぜ!
あの門がフィールドへの入り口だ」
ギルドを出てすぐ目の前には、あの巨大な歯車で組まれた造りの壁がある。
高さ20メートルはあるんじゃないだろうか?
まるで城下町がダムの中みたいに感じる。
ギルドの前の道はあの混雑していた大通りであり、壁の門に向けてまっすぐ道が伸びている。
壁の門ですらも、高さが5メートルほどある。
まるで砦の門だ。
城の上からでも見られた銀の鎧を着た衛兵らしき人が二人、門の両脇に立っている。
すでにお昼時を過ぎたこともあり、門から出ていく人が多い。
行きかう人々はまるで雨の日の排水溝のようで、門からあふれるほど隙間なく、埋まっている。
「門をくぐると、ついに初のフィールドってわけか」
「緊張するか?」
「うん、かなり」
出口は跳ね橋になっており、国の周りが水を入れた堀で覆われている。
城下町がヴェネチアのような水の都になっていた理由はこれか。
王国の中央が一番標高が高いようなので、街の水路を流れて自然とこの堀に行き着き、壁だけでなく水堀によっても敵の侵入を拒んでいるのか。
ソウいわく、この壁と水堀は今回のレイドボスに、全くと言っていいほど効果がなかったそうだが。
「ようこそ、ここが初心者が必ず来る最初のフィールド、『はじまりの草原』だ!!」
橋を渡ると、そこには牧歌的な風景が広がっていた。
まるでパソコンのデスクトップ画面のような一面の緑の丘が、地平線が見えるまで視界いっぱいに広がっている。
吹く風は穏やかで、風に撫でられた緑の草原が、光を反射して輝いている。
今まで街の中では建物が乱立して平地がなかったのに、一歩出るだけで自分よりも背の高い建造物は何もない。
低木樹はちらほらと見かけるが、背の高い木すらここに一本もない。
誰かが開拓したのだろうか?
そしてこの一面緑の絨毯の中心を通る、一本の茶色い土の道。
「ここがスライム討伐クエストで言っていた街道か」
道幅は街内の路地と同じだ。
ちょうど馬車が二車線でとおれるくらい。
それぐらいでも十分なのだろう。
「ああ、この道は王宮の前の大通りからずっとまっすぐに、森の中のエルフの街へと繋がってる。
初心者は到底たどりつけない難易度だがな。
俺でもソロじゃ厳しい」
最古参プレイヤーのソウでも厳しいとか、どんだけたどり着くのが難しいんだ……。
緑の草原には擬態していてわかりにくいが、太陽の光を反射させてこちらに位置を伝える存在がいる。
ブルブルっと震え、ときたま跳ねる。
あれがRPGお決まりの初めての関門。
―――スライムだ。
このゲームのスライムは思ったより大きいな。
ひざ下もないくらいだと思っていたが、あれだと1メートルくらいはあるんじゃないか?
周りに比較対象になるものがないから、詳しくはわからないが。
ぼーっと眺めていると、そのスライムに群がっていく人がちらほら。
街道から飛び出して、一直線でそこに駆けつけている。
ものの数秒で5人ほどが一か所に集まり、手に持った剣でスライムをタコ殴りにし始める。
全員が麻の服を着こんでおり、自分と同じ初心者だとひと目で分かる。
「うわあ、かわいそう……」
「はじめての感想が魔物にかわいそうって、変わってんなマーティーは」
ふふっとソウに鼻で笑われたが、そんなことに気付かないほど、僕はスライムに対して興味津々になっていた。
スライムはヌルヌルの体で、うまく勇者の攻撃を受け流しているように見える。
当たっているが、効いていない。
そのあいだにもどんどんとプレイヤーは集まってくる。
3分ほど経つと、10人がかりで隙間を縫ってスライムをリンチする壮絶な光景が出来上がった。
さすがに10人からの一斉攻撃は物理耐性のありそうなスライムでも耐えきれなくなり、スライムは光の粒子になって霧散していく。
また違う方でスライムらしきものが見えると、砂糖に群がるアリのように一斉に移動して、一匹のスライムをフルボッコにする。
「うへえ、この世界の戦闘ってこんなリアルで恐ろしい物なのか」
この世界の闇を垣間見た気がする。
生まれてきた瞬間から初心者に駆逐されるだけの存在とは。
いくら街の人を脅かす敵だからといって、これだと同情する気にもなる。
「弱肉強食だしな。
俺も最初はビビったぜ。
大丈夫、だんだん魔物を倒すのにも慣れてくるから。
剣道よりも思いっきりできるから、案外楽しいぞ?」
そうだな、所詮ゲームの敵とは経験値、僕たちの糧だ。
遠慮は必要ないと割り切らなくては。
弱肉強食、弱い物は淘汰されていくんだ。
いやでも、ネイティブのこともあるし、もしかしたら……。
「マーティー、【鑑定の加護】ってもってるか?」
思考に嵌まるところを、ソウの言葉によってすくいあげられた。
思わずぼーっとしてしまったが、これが戦闘中だったら命取りになるんだろうな。
戦闘中にこんなことは考えないだろうけど。
「……ん、ああ、もってるよ。
鑑定は基本中の基本だもんな」
「よく知ってるな!!
ちなみに一度でも自分が鑑定系のスキルを使ったり、王宮内の図書館で見たことがあって知識があるのものなら、スキルが無くても見破ることができるようになる。
始めたばっかのころや初見の敵には必須だが、加護枠を潰しちまうし、戦闘には持ってこない方がいい」
ほう、知識として知っておけば鑑定は必要なくなるのか。
そりゃ5個しかない加護枠を非戦闘系の加護に割かれるのも、もったいない。
ソウの話にゆっくりとうなずいたあと、草原に向けて意識を集中させた。
「[識別]!」
スキル名を叫ぶと、視界内の草むらから無数の赤色のアイコンが現れる。
その数およそ5。
一体一体は離れていて、百メートルおきくらいに配置されている。
◇――◇――◇――◇
【スライム】
Lv.:―[識別]で判定不可―
ランク:魔獣
名前:―[識別]で判定不可―
所属:赤
種族:―[識別]で判定不可―
種族スキル:―[識別]で判定不可―
所持スキル:―[識別]で判定不可―
◇――◇――◇――◇
「やっぱりあれがスライムかあ……」
初期スキルということもあり、重要な情報は名前くらいしか得られなかった。
「できたか?
それじゃ、早速狩りを始めようぜ!
まずは俺が見本を見せるから、それに続いて倒してみてくれ。
[存在証明]!!」
ソウがつぶやくと、一番近くにいた赤いアイコン―――すなわちスライムがこちらに近づいてくる。
それに合わせて、立ち向かうようにソウも走り出した。
ソウの立ち回りは、剣道もへったくれもないような走り方であった。
だが、持ち方は確かにあの頃のソウと同じであり、振り上げ方は、目を刺すように迫ってきた”面打ち”の面影が残っている。
助走をつけた全速力のスライムの突進を、中学生の時から得意であった、ソウの十八番である面抜き胴で、右にかわしながら上下真っ二つに切り裂いた。
……一撃、であった。




