09話 入学試験・2
「まずは、軽く試させてもらうぞ! ほれっ」
キティ先生が歌うように、次々と言葉を並べる。
ただ単語を並べているだけではなくて、テンポよく、メロディに載せている。
まるで歌のようだ。
というか、歌そのものだ。
なんで歌?
疑問に思っていると、キティ先生は旋律を紡ぎながら、こちらに突撃してきた。
「え? え?」
「どうしたのじゃ! もう試験は始まっておるのじゃぞ!?」
キティ先生は、器用に歌を紡ぎながら、格闘戦をしかけてきた。
右足で力強く踏み込み、腰を捻り……そして、右ストレート。
魔法で戦うはずなのに、格闘戦?
訳がわからなくて……
あと、ケンカなんてまともにしたことのない僕が反応できるはずもなくて、簡単に吹き飛ばされてしまう。
「いてっ」
「……は?」
キティ先生が目を丸くした。
目の前の光景が信じられない、というような感じだ。
いきなり殴られて、信じられないのは僕の方なんだけどな。
キティ先生は歌を止めて、代わりに、観客席のリリィを睨む。
「おいっ、マクスウェル! これはどういうことじゃ! こやつ、防御することも避けることもせず、ただ、ぼーっと立ったまま。まともに妾の一撃を食らいおったぞ。反応もできておらぬようじゃったし、どう見ても素人。いや、素人ではなくて、赤子のようなものではないか!」
「それは、仕方ないかと思いますが。なにしろ、ユウキさまは記憶喪失で、魔法戦闘などはご存知ないでしょうし……」
「き、記憶喪失じゃと!? どういうことじゃっ、こやつは、とんでもない力の持ち主と言っておったではないか。自分の言ったことを忘れたのか?」
「いいえ、忘れてなどおりません。ユウキさまは、素晴らしい力を使うことができる、とても強いお方です」
よくわからないけど……どうも、リリィが僕の実力を誇張して、キティ先生に伝えていたみたいだ。
で、実戦で本当の僕の実力を知り、キティ先生が落胆……というか、怒っている、っていう方が正しいのかな?
「とんでもない力を持つ魔法使いがいるから、とマクスウェルが言うのじゃから、すぐに試験を行うことにしたのじゃぞ? 本来なら、面接や調査が必要じゃというのに……それなのに、やってきたのは赤子に等しい小童! これはどういうことじゃ!? 返答次第によっては、タダではおかぬぞっ」
「私が申し上げたことは、嘘偽りのない真実です。先生は、すぐにそのことを理解されるでしょう」
観客席にいるリリィが、こちらを見た。
じっと、見つめられる。
その瞳は、僕に対する絶対の信頼が込められていた。
言葉はないけれど、がんばって、と応援されているような気分だ。
いや。
実際、応援されているんだろうな。
「うーん、まいったな」
魔法使いらしく戦うのって、どうすればいいのかわからないけど……
ここで、リリィの信頼に応えないと、男じゃない。
それに、キティ先生にあれこれ言われて、黙っていられるほど僕もおとなしくない。
できるだけやってみようかな!
「いきますよ!」
「むっ?」
キティ先生に手の平を向けて、魔法を唱える。
「撃ち貫く炎の刃!」
ゴォッ!!!
炎の剣が虚空から生み出されて、キティ先生に襲いかかる。
「はぁっ!?!?!?」
なぜか、キティ先生はものすごく驚いていた。
ただ、すぐに我に返り、後ろに跳んだ。
間一髪、炎の剣から逃れる。
うーん、惜しい!
「もう一回!」
「な、なんじゃと!?」
「撃ち貫く炎の刃!」
重ねて、魔法を唱える。
後ろに跳んだキティ先生を追いかけるように、炎の剣が振るわれた。
避けた直後で、キティ先生の体勢は崩れている。
今度は避けられない、直撃だ。
赤い炎がキティ先生を飲み込む。
やった! と、思った瞬間……
キィンッ!!!
甲高い音がして、魔法で生み出された炎の剣が消えた。
「え? あれ?」
今、確かに直撃したと思ったんだけど……どういうことだろう?
不思議そうにしていると、キティ先生が立ち上がる。
ただ、すぐに仕掛けてこないで、じーっとこちらを見つめた。
少しして、解説するように話をしてくれる。
「今のは、結界の影響じゃ」
「結界? えっと……観客席のリリィを守るだけじゃなくて?」
「これは、実戦ではなくて試験……ただの訓練のようなものじゃからの。怪我をしないように、結界が張っておいたのじゃ。この結界は、全ての魔法の効果をキャンセルする」
「なるほど。確かに、試験なのに怪我をするのもどうかと思いますが……でも、それならどうやって決着を? 延々と戦い続けることになるような……」
「結界が張られている間は、ポイント制になっておる。魔法が直撃した瞬間、お主に一定のポイントが加算されておる。最終的にポイントの高い方が勝利、という仕組みじゃ。わかったか?」
「なるほど。わかりやすくていいですね」
要するに、スポーツみたいなものか。
それなら納得だ。
怪我をしないというのなら、こちらも遠慮することなく、おもいきりいける。
納得して、安心していたら、なぜかキティ先生に睨まれた。
「で……お主は、いったい、どんな手品を使ったのじゃ?」
「はい? 手品?」
「とぼけるでない! 詠唱をまったくしないで魔法を使っていたではないか! 起動術しか使っておらぬではないか! そのようなことができる者など、聞いたことがない。あの賢者でさえ、魔法を使う時には詠唱を必要とするのじゃぞ!?」
「あ、キティ先生が歌っていたようなものが詠唱なんですね。そういうことか」
「むーっ、とぼけるつもりか?」
「い、いえいえ。そういうつもりじゃなくて……僕、魔法のことはなにも知らないというか……魔法を使いはじめて、まだ一日ですし」
「はぁっ!? 一日ぃ!?!?!?」
あんぐりと口を開けて……
次いで、キティ先生はリリィにジト目を向けた。
「おい、こやつは正気か?」
「ユウキさまは、嘘なんてついていません」
「まあ、そういう小賢しい奴ではなさそうじゃが……しかし、色々と信じられぬことばかりなのじゃが……理解できん」
「キティ先生ならば、ご存知だと思いますが」
「むっ? なにをじゃ?」
「『詠唱を必要としない魔法』のこと、ですわ」
「そんなもの、あるわけが……いや、まさか……」
今度こそ、心の底から絶句した様子で、キティ先生はこちらを見た。
ぽつりと、つぶやく。
「……古代魔法?」
言葉がないくらい驚いているみたいだ。
古代魔法って、そんなにすごいのかな?
僕からしたら、普通の日本語なんだけど……
「まさか、信じられぬ。古代魔法を使える者など、この世にいるわけが……いや、しかし、それならば起動術のみで魔法を使えることに説明が……」
「えっと……キティ先生?」
「……お主、本当に古代魔法を使えるのか?」
「あ、はい。どうも、そうみたいです」
詳しい理由は知らない。
というか、僕の方が聞きたいくらいだ。
「……くくくっ、なるほどのう」
しばし、茫然としていたキティ先生だけど……
少しして、笑った。
子供のように、ひどく楽しそうに笑った。
「とんでもない力を持つ魔法使い、か……確かに、マクスウェルの言う通りじゃ。召喚魔法や固有魔法などの使い手ではないかと、勝手に推測していたのじゃが……まさか、古代魔法の使い手とはな。予想以上じゃ……かかかっ、面白いぞ」
これは、やばい展開?
キティ先生のやる気に、おもいきり火が点いてしまったような……
「ユウキといったな?」
「は、はい」
「先ほどのお主を侮辱するような言葉、撤回しよう。謝罪しよう」
「いえ。僕が魔法のことをなにもを知らないのは、事実ですし……」
「じゃが、古代魔法は使えるのじゃろう?」
「一応。なんで、と言われても、自分でもわからないから答えようがないですけど」
「使えるなら、それで十分じゃ。伝説と謳われた古代魔法の力を確かめることができる日がくるとはな……妾は実に運が良い。いいぞ、楽しみ楽しみで仕方がない!」
「あのー……これ、ただの入学試験ですよね? そこまで張り切らなくても……」
「いくぞっ、妾の全力を持って、お主の古代魔法を打ち破ってみせるのじゃ!」
テンションがおかしな方向にMAXになってしまったらしい。
僕の言葉は全然届いていない。
キティ先生は、やる気……いや、殺る気たっぷりだ。
なんでこんなことに。
……なんてことは思うけれど。
「よしっ、がんばってみようかな!」
やれるだけやる、って決めたんだ。
ここで逃げるなんてこと、できない。
それに、こういう熱い展開は、ちょっと楽しくもあり……
今の僕の全力をぶつけよう!
基本的に、毎日更新していきます。
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