07話 一つ屋根の下で
本を読み、複雑な異世界の文字に頭を悩ませることしばらく。
「ただいま戻りました」
リリィが帰ってきた。
本を棚に戻して、迎える。
「おかえり。どうだった?」
「はい。ユウキさまの試験申し込みは、問題なく完了いたしました。安心してください」
「そっか、よかった」
まずは、第一関門突破、というところかな?
あとは、本番の試験を潜り抜けて……
って、そういえば、試験について詳しいことを聞いていない。
これでどうにかなるかもしれないって、焦りすぎていたかもしれない。
もうちょっと落ち着かないと。
「試験について聞きたいんだけど……」
「あ、申しわけありません。大切なことを伝え忘れていました」
「いいよ、気にしないで」
「試験ですが、至ってシンプルです。魔法を使い、学院の教官を倒すこと……以上ですわ」
「教官を? ……よく知らないんだけど、教官を務めるくらいだから、魔法のプロなんだよね?」
「そうですね。いくつもの魔法を習得されていて、戦闘に長けている方がほとんどですわ」
そんな相手と戦う……?
……選択、間違えたかも。
「安心してください。ユウキさまなら問題ありませんわ。なにしろ、古代魔法を使えるのですから」
古代魔法って、そんなにすごいのかな?
いまいち、実感が湧かないんだけど……
でも、リリィがここまで言って、信じてくれているんだ。
男なら、見事、それに応えてみせないと!
「それで、試験はいつなのかな? 一週間後? それとも、一ヶ月後?」
「明日ですわ」
「明日っ!?」
想像以上に早い!
「確かに、翌日というのは極めて珍しいのですが……どうも、他の日は都合が悪いらしくて。明日を逃すと、半年後に……なので、明日に決めてしまいましたが……やはり、急すぎたでしょうか?」
「……ううん。大丈夫。ちょっと驚いたけど、なんとかやってみるよ」
ここまできたら、もう、なんでも来い……だ。
試験が明日だろうが、教官が相手だろうが、絶対に受かってみせる!
「場所は、学院で行われます。学院までは、私が案内いたしますね」
「うん、よろしく」
話し込んでいると、窓の外が暗くなりはじめていることに気がついた。
「色々とありがとう。それじゃあ、僕はそろそろ行くね」
「え? どちらへ?」
「まっくらになる前に、寝る場所を探しておかないと。贅沢は言わないけど、せめて、屋根のあるところが見つかればいいんだけど……」
「……もしかして、宿のアテがあるわけではなくて、野宿をされるつもりなのですか?」
「うん。今の僕、無一文だから」
「いけません!」
「うわっ」
いきなり怒られた。
というか、リリィが怒るところなんて初めて見た。
プンプンと頬を膨らませていて……
ちょっとかわいらしい。
「野宿なんていけません! フレアメルクは治安の良い街ですが、それでも、なにが起きるかわかりませんし……なによりも、野宿をして体調を崩したりしたら、どうされるのですか? 明日は大事な試験なのですよ?」
「そうだけど……でも、お金がないし、行くところもないし」
「そのような寂しいことを言わないでください。私を頼りにしてください」
「えっ、それって……」
「私の家でよければ、今夜は泊まっていってください」
――――――――――
一人暮らしの女の子の家に泊まるなんて。
最初は辞退しようとしたものの、リリィに強く引き止められて……
それに、リリィの言う通り、明日が試験なのに野宿をするなんて不安で……
リリィの好意に甘えて、一泊することにした。
「ごちそうさま」
「はい、おそまつさまでした」
リリィが作ってくれたごはんを食べ終えて、一息ついた。
異世界の料理って、どんなものだろう?
って、最初はちょっと身構えたものの……
魚の煮つけとか野菜のサラダとか、地球とほとんど変わりない。安心。
……まあ、原材料が見たことない種類のもので、ちょっと困惑したけどね。
「お風呂を沸かしておいたので、お先にどうぞ」
「えっ、いやいや、家主を差し置いて、先になんて入れないよ。リリィこそ、先にどうぞ」
「ユウキさまはお客さまで、なおかつ、命の恩人です。ですから、どうぞお気になさらずに」
「気にしちゃうから。ホント、僕のことはいいから、先にどうぞ」
「……わかりました。そこまで仰るのならば、先にいただきますね。では」
ペコリと一礼して、リリィは脱衣所に消えた。
ホント、律儀な子だなあ。
「……」
脱衣所とリビングを隔てる扉は一枚。
しかも、わりと薄い。
スルスルと、服を脱ぐ音が……
「い、いけないいけないっ!」
せっかく、好意で泊めてくれているのに、邪なことを考えてしまうなんて!
煩悩退散!
ゴンゴンとテーブルに頭をぶつけた。
「ユウキさま? なにやらすごい音がしましたが、いったい……?」
「き、気にしないで。ちょっとした精神の鍛錬のようなものだから」
「はぁ」
「それよりも、ゆっくり温まってきて」
「はい。お先にいただきますね」
ガチャ、と浴室の扉が開く音。
少しして、パシャパシャと水音が聞こえてきた。
……今、あの扉の向こうに、一糸まとわぬリリィがお風呂に入っている。
「って、だから、そういうことがダメなんだよ!」
ゴンゴンガンガンッ!
……やっぱり、リリィの家に泊まったことは失敗だったかもしれない。
――――――――――
夜……僕は、リビングのソファーで寝ていた。
もちろん、リリィは一緒じゃない。
リリィは自分の部屋で寝ている。
僕のことが心配だから……と、一緒に寝ようと誘ってきた時は驚いたものの、さすがにそれは固辞した。
……ちょっともったいなかったかもしれない。
って、そうじゃなくて!
「明日……試験か」
学院に入学するための試験。
学院の教官と魔法で戦うらしい。
リリィは、古代魔法が使える僕ならば、必ず勝てるって言っていたけど……
「古代魔法って、そんなにすごいのかな?」
他の魔法を知らないから、どれくらいすごいか、比べようがないんだよね。
だから、いまいち、自信を持つことができない。
それに、魔法を使った戦い方、っていうのもわからないんだよね。
アニメや漫画みたいに、魔法の撃ち合いになるのかな?
それとも、策略を張り巡らせて、智謀と智謀の激突になるのかな?
「……あれこれ考えても仕方ないか」
わからないことを考えても仕方ない。
情報が足りないから、ただ不安になるだけだ。
余計なことは考えないようにして、リラックスしよう。
心に余裕を持つことは大事だ。
……以前の僕は、心に余裕を持つことができなくて、あんなバカな選択をしちゃったからな。
「うーん……あれこれ考え事をしたせいか、ちょっと目が覚めちゃったな」
少し考えて、空き家で見つけたノートを手に取る。
「明日のために、残り二つの魔法を暗記しておこう。あと、覚えてる二つの魔法も、なにか応用ができないか考えておいて……頭の中で、シミュレーションもしておこうかな」
リリィに、たくさん甘えてしまっているし……
ここまできたら、絶対に合格しないと!
僕は気合いを入れて、明日に備えた。
基本的に、毎日更新していきます。
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