06話 リリィ・マクスウェルという女の子
「ところで、お聞きしたいことがあるのですが……」
話が一段落したところで、今度は、リリィが質問をしてきた。
「なに?」
「ユウキさまは、これからどうされるのですか? 記憶喪失ということは、行くところがないのでは……?」
「それは……」
答えられない。
異世界転移の僕に、行くところなんてない。
ついでにお金もないから、宿に泊まることもできない。
この歳で、ホームレスはちょっと勘弁してほしい。
最悪、今日は野宿は仕方ないとして……
明日以降は、どうにかして仕事を見つけて、宿に泊まりたい。
さらにその先のことについては……うーん、ちょっとそこまでは考えられないかな。
今は、今日明日のことでいっぱいいっぱいだ。
「この辺りで、なにか仕事をもらうことはできないかな? 給料は日払いで……それ以外は、なんでもいいんだけど」
「そうですね、探せばあると思いますが……あの、行くところがないというのならば、私と同じ学院に入学してみる、というのはいかがでしょう?」
「学院? 入学?」
それは、リリィが通う学校に……っていうことかな?
詳しく聞いてなかったんだけど、どういうところなんだろう?
僕の疑問に答えるように、リリィが補足してくれる。
「『王立グランノーヴァ魔法学院』。かつて、魔王の一体を倒した、『賢者』の称号を持つ王国最強の魔法使い……ソニア・グランノーヴァさまが、後進の育成のために作り上げた、魔法を学ぶ学校ですよ」
「へえ、そんなところがあるんだ」
「はい。フレアメルクは魔法技術の開発だけではなくて、人材育成にも力を入れていますから。こうして、生徒全員に寮が用意されているので、生活に困ることはないと思いますよ」
「でも、学校に通うためのお金がないんだけど……」
「問題ありません。学費は無料ですから」
「えっ、タダなの?」
「より多くの人に魔法を。そして、知識を。それが、学院の理念でして……金銭的な問題が魔法を学ぶ障害にならないように、学費は免除されるんですよ。他にも、食堂の支給されるごはんは無料ですし、この寮もタダで使うことができます」
「それはすごいね。なにもしなくても生きていけるじゃないか」
「さすがに、なにもしないというわけにはいきませんが……魔法を学ぶための『場』なので、授業に真剣に向き合っていない方や、一定の成果を出せない方は退学になってしまいますが……」
なるほど。
最高の環境が用意されている反面、それを使うためには、厳しい試練を潜り抜けなければいけないというわけか。
良い話すぎて詐欺じゃないかと疑ったけれど、そういうことなら納得だ。
「でも、そういうことは、入学するのも大変じゃあ……?」
「そうですね。実技、筆記含めて、試験は山ほどありますし、面接も三段階に分かれていて……国で一番、入学するのが難しい学校と言われています」
「いせか……記憶喪失の僕が、そんな試験を突破できるとは思えないんだけど」
「大丈夫ですよ。実はもう一つ、純粋な力のみを計る実技試験がありまして。その試験は、必要な力を満たしていれば、誰でも合格できるというものなのです。古代魔法を扱うことができるユウキさまならば、必ず合格できますわ」
リリィはそう言うものの……うーん、ちょっと不安だ。
古代魔法がどれほどすごいものか、よくわからないけど、その全部をマスターしているわけじゃない。
ノートに書かれていた魔法が日本語という理由で、たまたま使うことができたんだ。
僕自身は、そんなに大した人間じゃない。
大した人間じゃないけど……
でも、ここで諦めたくないな。
ここで諦めたら、路頭に迷うっていう心配もある。
でも、それだけじゃない。
がんばって生きる、今度は間違わない……そう決めたじゃないか。
なら、なにもしなうちから諦めたりしないで、がんばってみたいと思う。
難しいかもしれないけど、挑戦してみようと思う。
「うん。どうなるかわからないけど、その試験、受けてみるよ」
「ユウキさまなら、きっと合格できますよ。がんばってください」
リリィは笑顔で応援してくれた。
それだけで、本当に合格できるような気がしてくるから、僕は、けっこうちょろいのかもしれない。
「ふふっ」
「どうしたの?」
「いえ。ユウキさまが合格して、一緒に学院に通えることになったら……と、その時を想像しまして。そうしたら、とても楽しい時間を過ごせるような気がして、つい」
「気が早いなあ。まだ、試験に応募すらしていないんだよ?」
「そうでしたね、申し訳ありません」
ペコリと頭を下げながらも、リリィの笑顔はそのままだ。
そんなに、僕と一緒の学校生活が楽しみなのかな?
まあ、僕も、リリィが一緒なら楽しく過ごすことができると思うけどね。
「では、さっそく学院へ行き、手続きをしましょう」
「その手続きは、どうすればいいのかな? えっと……記憶喪失のせいか、字とか、よく覚えてなくて」
たぶん、申込書とかに色々書くんだろうけど……
この世界の字、わからないんだよね。
言葉は魔法で翻訳できたけど、字はできないみたいだから、どうすることもできない。
「なるほど。そういうことでしたら、私が代わりに手続きをしてきますね。ユウキさまは、こちらで待っていてください」
「え、いいの?」
「はい。手続きだけならば、代理人でも問題はありませんから」
「いや、そういうことじゃなくて……なんか、全部、リリィに任せて……そこまで甘えていいのかな?」
「どうか、気になさらず。ユウキさまの力になることができて、逆にうれしいくらいですから」
にっこりと、リリィは笑顔で言う。
一転の曇もない笑顔だ。
心の底から、うれしい、って思っているんだろうな。
「……どうして、そこまでできるの?」
「え?」
「僕たちは知り合ったばかりで、まだ、よく知らないのに……どうして、そんなに優しくしてくれるの?」
「よく知らないなんてこと、ありませんよ」
そっと、リリィが僕の手を握る。
温かい……
リリィの心の温度が伝わってくるみたいだ。
「たくさんお話をして、ユウキさまのことを知ることができました。とても優しい方です」
「そんなことないよ。優しいっていうのは、リリィみたいな子のことをいうんだよ」
「いいえ、ユウキさまは優しいです。そして、とても心が強い方です」
じっと、見つめられる。
目と目が合う。
リリィの目はとても澄んでいて……綺麗だ、なんて思う。
そんな瞳を向けられると、妙に恥ずかしくなってしまう。
「ユウキさまは、私を助けてくれました」
「あれは、偶然だから……」
「身を挺して私をかばい、必死になって逃がそうとしてくれたことも、偶然だと?」
「それは……」
「あのようなことができる人は、そうそういません。命を賭けて人を守ろうとした……そんなことができる方は、私は、ユウキさま以外に出会ったことがありません」
「……」
「ですから、もっと誇らしげにしてください。ユウキさまは、とても立派な方なのですから。そう、私に信じさせてください」
「……うん。リリィの期待に応えられるように、がんばるよ」
この子は、とても優しい子だ。
他人の痛みがわかる人っていうのは、たぶん、リリィみたいな女の子を差すんだろう。
「それでは、少し席を外しますね。ユウキさまは、このままくつろいでください。とはいえ、なにもない家ですが」
「ありがとう。でも、色々してもらっているのに、僕だけのんびりするなんて気が引けるなあ……」
なにかできることはないかな?
掃除はどうだろう?
……女の子の部屋を勝手に掃除するなんて、デリカシーに欠けるか。
料理はどうだろう?
……そもそも、キッチンの使い方がわからない。食材も知らないものばかりだ。
「……そこの棚にある本を見ていてもいいかな?」
「はい、かまいませんよ」
結局、リリィの好意に甘えることにした。
ただ、無駄にぼーっとして過ごすわけにはいかない。
がんばって生きると決めた以上、時間は有意義に使わないと。
なので、本を見て、この世界の文字や情報を少しでも多く習得しよう。
「ユウキさまは、勉強熱心なのですね」
「知らないことばかりだから、必死になっているだけだよ。本当の僕は、怠け者だよ?」
「くすくす。ユウキさまが怠け者だとしたら、この世界の人々全員が怠け者になってしまいますよ」
「大げさだなあ」
「ユウキさまは、また、御自身を過小評価されるのですね。もう」
初めて、リリィの拗ねたような顔を見た。
「過ぎた謙遜は嫌味になってしまうのですよ?」
「いや、これは謙遜とかじゃなくて、本当に……」
「そういうところがいけないのですよ。直していただかないと、私、怒ってしまいますよ?」
「えぇ」
「私、怒ると怖いと評判なのですよ」
「はは……それ、誇るところかな?」
「くすくすっ。やっと、笑ってくださいましたね」
「あ……」
「やはり、ユウキさまの笑顔はとても素敵ですわ」
なんていうか……色々な意味で、この子にはかなわないな。
リリィ・マクスウェル。
この優しい女の子との出会いに感謝しよう。
基本的に、毎日更新していきます。
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