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05話 異世界『アスト・レスト』

「紅茶でよろしいですか?」

「うん」


 客間に通されて、ソファーに座る。


 中は、けっこう広い。

 1LDK、っていうところかな?


 部屋は綺麗で、整理整頓が行き届いている。

 リリィの性格が現れているみたいだ。


「お待たせしました」

「ありがとう」


 紅茶をもらい、さっそく一口。


 うん、おいしい。

 異世界の紅茶は、どんなものなのかと緊張していたけれど……

 とても普通だ。地球のものと大差ない。


「紅茶、おいしいね。淹れるの上手なんだ」

「はい。その辺りの作法は、一通り身につけていますから」


 礼儀正しいし、色々できるし、綺麗だし……

 ひょっとして、どこかのお嬢さまなのかな?


 疑問に思うけど、いきなりそんなことは聞けないから、黙っておく。


「ユウキさま。改めて、危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました」

「うん。どういたしまして」

「ぜひ、お礼をしたいのですが……ユウキさまは、なにか困っていることはありませんか? お金でも、物でも……その他、なんでも……なにかあるのならば、恩返しをしたいのですが」


 ぶっちゃけてしまうと、なにもかも困っています。


 異世界転移した身だから、お金はないし物もないし家もない。

 なによりも、知識がない。


 この世界の常識は?

 この世界で生きていく方法は?

 この世界で禁止されていることは?


 色々と根本的なものが欠落していて、どうしたらいいのかわからない状況だ。


「えっと……じゃあ、色々と話を聞かせてくれないかな?」


 まずは、情報を求めることにした。


 いきなり、お金を欲しい、なんて言うのはどうかと思うし……

 それに、お金を手に入れたとしても、使い道がわからない。

 貨幣価値を知らないと、話にならない。


 だから、まずは情報だ。

 この世界について、できる限りのことを知らないと。


「はい、どのような話を?」

「えっと……変なことを言うかもしれないけど……その、この世界のこととか、常識とか、文化とか、価値観とか……そういうものをできる限り知りたいんだ。ダメかな?」

「いえ、問題はありませんが……どうして、そのようなことを?」


 リリィは、不思議そうに小首を傾げた。


 当たり前だ。

 日本人が日本ってどういうところ? なんて質問をするようなものだ。


「えっと、その……そう! 実は僕、記憶喪失なんだ」


 なにか、うまい言い訳はないか?

 考えた末に、僕はそんなことを口にした。


「気がついたら、街の外にいて……それ以前の記憶がないんだ。この世界の常識とか価値観とかも、全部忘れちゃったみたいで……」

「まあ、それは大変なことに……あら? ですが、さきほど、私と同じように落とし物をしたことがあるという話を……?」

「あ、あれは、ほらっ、目が覚めた後のことなんだ。目が覚める前のことは、なにも覚えていないんだ。本当に」

「そうなのですか……記憶喪失になってしまうなんて、とても不安でしょう。どこまで力になれるかわかりませんが、私でよければ、ぜひ、協力させてください!」


 ふぅ、なんとかごまかせたみたいだ。

 これからは、不用意に昔のことを話すのはやめておこう。


「それでは、この世界のことについて、基本的なことをお話いたしますね」

「うん、お願い」

「では……」


 講義をする先生のように、リリィはこの世界について語りはじめた。


 その話をまとめると、以下のようになる。


 この世界の名前は、『アスト・レスト』。

 天使に祝福されていると言われていて、とても豊かな世界だ。


 文化レベルは、中世ヨーロッパと同じくらい。

 ただ、科学の代わりに魔法が発達している。

 人々の生活基盤に魔法が深く関わっていて、魔法はとても重要な役割を果たしている。


 お金は、貨幣が流通している。

 銅貨、銀貨、金貨の三種類。

 銅貨は、日本円で考えて、百円くらい。

 銀貨は銅貨百枚分。つまり、一万円相当。

 金貨は銀貨百枚分で、百万円くらいの価値がある。


 言語は、『公用語』と呼ばれている異世界独自の言葉が使われている。

 英語でも仏語でも中国語でもない、まったく聞いたことのない言語だ。

 ちなみに、なぜか日本語は、失われた古代文明の言葉とされている。


 その他、文化、価値観、常識は地球と変わらない。


「なるほど、なるほど……」


 リリィの話を聞いて、頭の中で情報を整理した。


 覚えないといけないことは色々とありそうだけど……根本的な常識や価値観が地球と一緒なら、なんとかなりそうだ。

 常識や価値観のすれ違いによるトラブル、という心配はしなくてもよさそうだ。


「他に聞きたいことはありますか?」

「えっと……あるにはあるけど、一気に聞かされても、これ以上は覚えられそうにないから、今はいいよ」


 この国のこととか。

 魔法のこととか。

 日本語のこととか。


 聞きたいことはたくさんあるけれど、これ以上は、僕の頭がキャパシティオーバーだ。

 知恵熱が出ちゃいそう。

 ちょっと休憩しないと。


「紅茶のおかわりはいかがですか?」

「ありがとう。もらうよ」

「はい、どうぞ」


 リリィは、本当に気が利くよね。

 それに優しいし、礼儀正しいし、かわいいし……きっと、すごくモテるんだろうな。


 僕だったら、放っておかない……

 って、そんなことを考えるなんておこがましいかな。


 というか、今は、そういうことを考えている場合じゃない。


「……これからどうしよう……」


 リリィに聞こえないように、小さな声でつぶやいた。


 この異世界でどう生きていくか、ということじゃない。

 二度目の人生をどうするか、ということだ。


 僕は一度、自分で自分の命を絶った。

 自殺をした。


 そんな僕が、異世界で新しい人生をやり直す?


 そんなこと……いいのかな?

 自殺しておいて……

 異世界に転移したから、やっぱり、やり直そう……なんて、そんなこと。

 許されるのかな?


「どうかしましたか? なにやら、難しい顔をしていますが……」


 リリィに心配をかけてしまったみたいだ。


 申し訳ないと思いながらも、今の僕は、他に頼れる人がいなくて……

 どんな意見でもいいから、他の人の『視点』が知りたくなる。


「一つ、聞いてみたいことがあるんだけど」

「はい、なんでしょう」

「……人生って、やり直すことができると思う?」

「やり直す……ですか?」

「うん。例えば……絶対に許されないような罪を犯したとして……そんな状態から、やり直すことはできると思う? ううん、違うな。やり直してもいいと思う? やり直すことは許されると思う?」


 僕の言葉を受けて、リリィが考え込む。


 ややあって、リリィは微笑んだ。


「やり直せると思います」

「……それは、どうして?」

「間違えない人なんていませんから」

「……」

「誰でも間違いを犯して、反省して、やり直しているんです。知っていますか? この世界の神さまも、魔物を創造してしまうという間違いを犯しているのですよ?」

「そう、なんだ……」

「大事なことは、失敗した後、どうするか、ということだと思います。やり直すことがいけない、許されないなどということは、ないと……私は、そう信じています」


 リリィの言葉が胸に染み渡る。


 大事なのは、これからどうするか……ということ。


 僕は、これからどうする?


 考えて。

 考えて。

 考えて。


 ……答えを出す。


 一度は失敗して、自殺なんていう、とんでもない罪を犯してしまったけれど……

 でも、やり直すことができるのなら、やり直したい。


 理由はわからないけど、異世界に転移した。

 二度目の人生を得ることができた。

 これも運命なのかもしれない。

 神さまが、生きろ、と言ってくれているのかもしれない。


 なら、がんばって生きてみよう。


 今度は、絶対に間違わない。

基本的に、毎日更新していきます。

気に入っていただけましたら、ブクマや評価などをどうぞよろしくお願いします!

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