03話 日本語は最強の古代魔法でした
『異世界転生』、なんていう言葉がある。
最近、漫画やアニメ……そして、ライトノベルでよく見かけるジャンルだ。
異世界に転生した、あるいは転移した主人公が特殊な能力をもらい、英雄のような活躍をする。
僕は、そういうものが好きだから、たくさんの物語に触れてきた。
漫画、アニメ、ライトノベル……色々なジャンルに手を出した。
そして、思う。
僕も異世界転生をしてみたいな……って。
「でも、まさか、本当に異世界転生をしちゃうなんて……いや、待て待て。まだ、本当にここが異世界と決まったわけじゃないんだから、決めつけるのは早計だよね」
って、そんなことはどうでもいいんだよ!
それよりも、女の子は!?
無事なのか!?
慌てて周囲を見ると、さきほどの女の子が見えた。
転んだからか、服が汚れているものの、怪我らしい怪我はない。
「よかった……助けることができたんだ」
安堵していると、女の子がこちらに駆け寄ってきた。
「わっ、わわわ!?」
ぎゅうっと、女の子が僕の手を握る。
そのまま、よくわからない言葉を口にして、何度も何度も頭を下げた。
えっと……意味はわからないけど、たぶん、『ありがとう』って言っているんだよね?
「ど、どういたしまして?」
「?」
「えっと……きみの名前は?」
「?」
「ここは、どこかわかる? さっきの化け物は?」
「???」
色々と問いかけてみるものの、女の子は不思議そうに小首を傾げるだけだ。
うーん、ぜんぜん言葉が伝わっていないみたいだ。
この子、何語を話しているんだろう?
パッと聞いた感じ、英語じゃないよね……聞き覚えのある単語、一つも出てこないし。
仏語とか独語っていう可能性もあるけど、そっちはまったく知らないから、その場合はお手あげだ。
「というよりは……異世界語、っていう方が正しいのかな?」
ここが異世界なら、独自の言語があるはずだ。
女の子がそれを口にしているなら、もうどうしようもない。
理解なんてできない。意思の疎通が測れない。
色々と聞きたいことがあるんだけど……でも、それが叶わない状況だ。
どうしよう?
ジェスチャーでなんとかならないかな……?
「……あっ、そうだ!」
空き家で見つけたノートの存在を思い出して、パラパラとページをめくる。
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魔法名:暁の意思
効果 :対象と心を接続することで、意思の疎通を確立する
範囲 :1~10メートル
ランク:E
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「意思の疎通を確立する……この魔法なら、もしかしたら」
ものは試しだ。
僕は意識を集中して、ノートに書かれている呪文を唱える。
「暁の意思!」
ぽわっと、僕の体から光の粒があふれた。
ホタルのようにふわふわと飛んで……ほどなくして、女の子の体に吸い込まれる。
「え? い、今のはいったい……あの、なにをしたんですか?」
「あっ!」
女の子が不思議そうに話しかけてきて……
わかる! 女の子の言葉が、ちゃんとわかるよ!
これは、きっと翻訳の魔法なんだ。
こんな便利がものがあるなんて、本当によかった。
この魔法がなかったら、途方に暮れていたと思う。
「えっと……僕の言葉、言っていること、わかるよね?」
「あっ!? は、はい。今は、普通にわかります」
「うまくいったみたいで、よかった」
「なにやら、不思議な言葉を使っていましたが……もしかして、公用語を知らなかったのですか? でも、それなら、どうして急に使えるように……?」
「あー、うん。公用語? は知らなかったんだけど、魔法を使ってなんとかしたんだ」
驚いたように、女の子は目を丸くした。
「魔法で言語を翻訳したのですか? すごいですね……」
「え? そんなに驚くようなことなの?」
「そのような魔法、私は初めて知りましたから……って、いけない!」
女の子は慌てたように言って……それから、腰を九十度曲げて、深く頭を下げた。
「さきほどは助けて頂き、誠にありがとうございました。それと、お礼を口にするのが遅くなってしまい、申し訳ありません」
「えっと……う、うん。どういたしまして」
今更だけど……
女の子をちゃんと助けることができたんだな、っていう実感が湧いてきた。
自分で自分の命を捨てた僕が、誰かの命を救う……
なんともおかしな話だけど……悪い気分じゃない。
どこか、誇らしくもあった。
「ぜひ、お礼をしたいのですが……お時間をいただけないでしょうか?」
「うん、大丈夫」
この世界について、色々と聞くチャンスだ。
僕は、女の子の誘いを受けることにした。
「では、まずは私の家に」
「どこにあるの?」
「私は学院生なので、今は寮住まいなんです。大したおもてなしはできないかもしれませんが……」
知らない単語が出てきた。
学院生……寮住まい……
ということは、学生かな?
でも、なんでただの学生が、ゴブリンが出るようなところに?
色々と謎が出てくるものの、今は圧倒的に情報が足りない。
わからないことだらけだ。
少しずつ、情報を仕入れていくしかないな。
「さあ、行きましょう」
女の子が歩き始めたから、その後に続く。
空き家とは反対方向だ。
「この先に寮があるの?」
「はい。寮は街の中にあるので……寮の場所を知らないのですか?」
「知らないよ」
「そうですか。あのようなすごい魔法を使われるのですから、てっきり、私と同じ学院生なのかと思いましたが……」
ちょっとの間、考えるような仕草を見せて……
それから、女の子は子供のように目を輝かせる。
「それにしても、すごい魔法でしたね。あのような魔法を見たの、私、初めてです」
「そうなんだ……珍しい魔法なのかな?」
ボロボロのノートに書かれていた魔法を唱えただけだから、どういうものかまったくわからない。
そもそも、この世界における『魔法』の立ち位置を把握していないから、コメントのしようがない。
女の子には悪いけど、適当に相槌を打つ。
「まあ、私はまだまだ駆け出しなので、私の知らない魔法なのかもしれませんが……それでも、とてつもなく難易度の高い魔法ということはわかりますよ」
「なるほど」
「普通の魔法とは比べ物にならない威力……そして、詠唱をまったく必要としない……まるで、伝説の古代魔法みたいですね」
「古代魔法?」
「はい。ご存知ありませんか? 伝説に出てくる、『古代魔法』……今は失われた、至高と謳われた最強の魔法ですよ」
「『古代魔法』……」
あれが、伝説の魔法……?
「……ちょっと待てよ?」
ふと気になり、空き家で手に入れたノートを取り出した。
最初のページを開く。
すると、そこには……
『古代魔法の研究書』
そんなタイトルが記されていた。
「あの魔法、古代魔法っていうヤツだったんだ……」
「え? そうなのですか? 本当に、古代魔法を使えるのですか……?」
「えっと……うん。どうも、そうみたい」
この世界では、日本語は最強の古代魔法らしいです。
基本的に、毎日更新していきます。
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