02話 ゴブリンと魔法と
慌てて外に飛び出した。
あまりにも慌てていたから、ノートを掴んだままだ。
でも、今更、そんなこと気にしていられない。
「今の悲鳴は……あそこか!」
少し離れたところに女の子が見えた。
歳は僕と同じくらい。
光を束ねたような、サラサラの金髪。
瞳はエメラルドグリーン。
ちょっと小柄で、でも、胸はあって……ものすごい美少女だ。
……なんて、喜んでいられない。
なぜなら……
「グアッ、ガウウウッ!」
化け物がいた。
例えるなら、小さい鬼。
威嚇するように牙と角を生やして、手に棍棒を持っている。
まるで、ゲームに出てくるゴブリンだ。
「あっ……うぅ……」
女の子はゴブリンに怯えて、一歩も動けないみたいだ。
その間に、ゴブリンは棍棒を振り上げる。
「っ……!?」
駆け出そうとして……一瞬、体が止まる。いじめられた時の記憶が蘇る。
いじめに抗うことができなかった僕に、なにができる?
できることなんてなにもない。逃げ出すのが賢い選択だ。
でも……そんなことはできない。
ただのいじめなら、我慢すればいい。痛くて苦しい思いをするけど、それだけだ。
でも、女の子は命の危機に晒されている。命を落としたら、取り返しがつかない。
僕だからこそ、わかる。
なんとかしないといけないんだ。見捨てたりしたらいけないんだ。
使命感のようなものが湧き上がり、恐怖心を上回る。
「危ないっ!」
駆け寄り、女の子を横から突き飛ばした。
女の子は棍棒の射程外にうまく逃れた。
だけど、僕は……
「うあっ!?」
邪魔をされたことで、怒りを覚えたらしいゴブリンは、棍棒で僕を殴りつけた。
ズンッ、と体の奥に響くような衝撃が走る。
痛い。
痛い。
痛い。
生まれてこの方、まともにケンカをしたことがない。
そんな僕が、棍棒で殴られて我慢できるわけがない。
恥も外聞もなく涙を流して、うめき声をこぼして、地面を転がった。
「グアッ、ギャウッ!」
僕が倒れたことで、興味を失ったらしい。
ゴブリンは棍棒を構えて、女の子に向き直る。
女の子は狼狽しながらも、僕になにか叫んでいた。
英語なのかな? 知らない言葉で、意味がわからない。
たぶんだけど、僕を心配してくれているんだろう」
「僕のことは、い、いいから……早く、逃げてっ……!」
身振り手振りで、女の子に逃げるように伝える。
でも、女の子は僕を何度も見て、その場から動こうとしない。
きっと、優しい子なんだろう。
倒れるボクを見捨てることができないらしい。
「ま、まずい……!」
迷っている間に、ゴブリンが女の子に追いついた。
再び危機に晒されて、女の子の顔が恐怖に歪む。
そんな反応を楽しむように、ゴブリンは醜悪な笑い声をあげながら、これ見よがしに棍棒をゆっくりと振り上げた。
「に、逃げて……!」
必死になって叫ぶ。
でも、もう遅い。
女の子が逃げることはできない。
このまま、ゴブリンの餌食になるだけだ。
「……」
女の子がこちらを見た。
こんな時なのに、僕に笑いかける。
女の子は、殉教者のような顔をしていた。
ここでゴブリンに殺される。
そのことを運命として、受け入れている。
「そんな……ことは……!」
僕は最低の人間だ。
親より先に死んでしまうという、最大の親不孝をした、どうしようもないヤツだ。
しかも、自殺。
こんなダメな人間、そうそういないだろう。
そんな僕だけど……
こんな僕だけど……
このまま、女の子を見殺しにしたらいけないってことくらい、わかる!
「うぐっ……うっ、うううううぅ……!」
動け!
こんなところで倒れている場合じゃないんだ!
あの女の子を助けないといけないんだ!
だから、動け!
でも、現実は残酷なもので……
体を起こすことが精一杯で、立ち上がることができない。
見ると、膝が震えていた。
「ちくしょう……」
僕は、こんなに情けない人間だったのか……?
女の子を助けることができない、どうしようもないヤツだったのか……?
いじめられて、自殺をして……
そんな人間にはなにもできないって、神さまが、そう言っているんだろうか……?
「そんなこと……認められるかっ!」
僕は、確かに情けない人間だ。
苦しいことから逃げて、自殺した人間だ。
でも、だからといって。
女の子を見捨てるようなクズにはなりたくない!
絶対に助けてみせる!
自分で命を捨てた僕だけど……
今度は、捨てない。見捨てない。
助ける!!!
「あっ……これは」
空き屋で見つけたノートが手に触れた。
吹き飛ばされた時に、地面に落としてしまったんだろう。
「もしかして……」
ゴブリンのような化け物がいるのなら……
魔法が存在しても、いいんじゃないか?
僕は、最後の力と勇気を振り絞り、立ち上がる。
両足で、しっかりと大地を踏みしめて。
そして、手の平をゴブリンに向けた。
意識を集中して。
目標を定めて。
息を吸い、静かに吐く。
そして……
「撃ち貫く炎の刃!!!」
瞬間、手の平から光が弾けた。
次いで、なにもない空間から炎が生まれる。
赤く、全てを飲み込む、煉獄の炎。
それは結集して、剣となる。
そして、巨人が剣を振るうように……
炎の刃が空間を走る!
ゴォオオオッ!!!
炎の刃がゴブリンを切り裂いた。
「グギャアアアッ!!!?」
一撃で、ゴブリンの体は上下に断たれた。
さらに、余波で体が燃やし尽くされる。
炎の刃はゴブリンを両断して……ふっと、静かに消える。
残されたのは、黒焦げになったゴブリンの死体。
ただ、それだけだ。
「……」
目の前で起きたことが信じられず、僕は何度も瞬きをした。
それから、自分の頬をつねる。
痛い。
どうやら、これは現実みたいだ。
夢を見ているわけじゃない。
いったい、何が起きているんだろう……?
一つだけ、心当たりがあった。
「……もしかして、異世界?」
基本的に、毎日更新していきます。
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