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暗闇の中と、桜と撫子の温かな雰囲気

作者: RYUITI

 いきなり怖い思いをした。気が付いた時、すでにナニかに追いかけられていた私は。

めのまえにチラリとだけ見えていたレンガの壁の一部に向かって、

近くにあるかもしれない扉を探しながら走っていた。

ピリピリと胸の辺りが痛むのこらえながら、扉のような形が見えた段階でソレに向かって飛び込んだ。

運が良かったのか、静かに佇んでいた扉は、私を迎え入れるように鍵が閉まっていなかった。

けれど、私が入った瞬間に、扉自体が、

重苦しい扉が金属に擦れるような高々とした音を鳴らして、扉が閉まり沈み返る。


扉が閉まった事で逃げていた恐怖から安堵して、荒れていた息を整えた。

ある程度落ち着いたところで、自分の居る場所が何処なのかと考える。

気がつくと、まっくらやみの中に私ひとりだけがぽつりと残され、月の明かりに照らされていて。

私が今いるこの場所がどんな建物なのかも見えることはなくて。


それでも、私が立っている場所以外がまっくらやみに染まっていながらも、

今私の居る空間がとても広々としている事が不思議と感じられたことに再度安堵した。


独りでいる事が怖かったのか、寂しかったのかはわからない。けれど、雰囲気に後押しされるように何かを感じてまっくらやみに手を伸ばす。

手を伸ばすこと自体はなぜだか怖さを感じなかった。

まっくらやみの中は、冷たくも熱くもなかったけれど、

どこかなまぬるい感触が手に絡んでくるような気がして、驚きと心地悪さを抱いたまま事で、

意志とは裏腹に身体が震え、座り込み、這うように後ずさりしようと震えている。


まっくらやみから引き抜くかたちをとってしまった自分の手と腕には、しっかりとなまぬるい感触が残っている。

なにかおかしい部分があるのかもしれないと思って、まっくらやみの中に入れていた手と腕の部分を恐るおそる眼で追い見ると、

手と腕は、赤い液体に染まっていた。ぎょっとした。この場所はいったいなんなのかと、あのまっくらやみの中には何があったのかと。

息が、荒くなる。身体が熱を持つ、変に冷めていく。この場所は――この感覚は。いつのだったのか。


そんなことを考えていく度に、今まで私だけを照らしていたはずの明かりが広がり始めて。

ああ――いやだ。私に、いまのわたしに全体をみせないで。

それをみてしまったら、わたしはきっと――――。

眼をつぶる。

広がりをみせる景色に蓋をするように眼をつぶる。


だいじょうぶ、閉じてしまえばきっとこわくない。

閉じてしまえば、もう開かなくていい。


そう思って素早く閉じたはずのまぶたが、視界が。

閉じ切る前に、ゆっくりとゆっくりと、過剰に。

スローモーションのように遅くなった気がした。


視界が閉じる前に、私の中に入って来たモノは、

ひび割れたステンドグラスと血で染まりきった床だった。


眼を閉じた。けれど怖さが退くことはなくて。


身体が後ずさりしていくのが擦れる音と下がって行くのを感じた。


こわい、こわい。まるでその恐怖心しか身体に残っていないのかもしれない。

そう、思う程にひとつの感情が身体の中を埋め尽くしていて。

ガツンという音の後に、身体が後ろに進まなくなった。

その事実に気がついたのは、後ろに下がる事が出来ずにいる状態のまま、

四度目のぶつかる音が耳に届いてからだった。


自分はここで終わりかもしれない。

そんな考えが恐怖心と共に身体の中を駆け廻っている。

心臓の鼓動が、恐ろしく速くなっている。

きもちがわるい。

サッと引いていく熱を感じながら、行き止まりの方を向いて、

あんなに開かなくていいと決意したはずのまぶたを、開いた。


――焦げ茶色の扉があった。

よろよろとふらつく身体を扉に押し付けながら、青く錆びついた取っ手を握り、回した。


扉を開けた瞬間、すべてを飲み込むような白い光が視界に、身体いっぱいに、広がって。


当たり前のように後から気付く事だけれど、

今までみていた事が全て夢だった。と気が付いたのは、

睡眠をとっている部屋の扉が数回のノックの後にゆっくりと開いた時だった。


――「リン??大丈夫、すごい汗よ??」

耳に聴こえる声と何かが肌に触れているのにハッとして、

眼を開けると同時に勢いよく身体を起こしてしまったわたしの眼の前には、

室内の壁の他に、タオルを持って心配そうにわたしをみる【ねこさん】の姿があった。

「あ、ねこさぁん……わたし、わたし。」

眼が覚めてからもくっついて離れない恐怖心が、不意に口から出てしまって。

「怖い夢をみたのね??大丈夫、だいじょうぶだから。」

そう言って、ぎゅっと私を抱きしめてくれている。


頭を撫でられながらゆっくりと落ち着かせる言葉を紡ぐねこさんは、

そういえば、といつの間にかベッド横の簡易テーブルに乗せてあったポットの中身を、

二つのコップに注いでいく。

注ぎ終えるとゆっくりと私の手に自分の手を添えながら、飲み物が入ったコップを握らせて貰った。

コップに添えられた手が離れることはなくて、ねこさんはふわっと柔らかい表情のまま「それね、ラベンダーのお茶なのよ、ゆっくり飲むとじわじわ~って落ち着くから安心して飲みなさいね。」と言って、わたしがコップを口元に持っていくのを見た後で、自分用に注いだラベンダーのお茶をゆっくり飲んでいて。こくんっと音を鳴らした後、「おいしい……」と小さく言葉をもらしていた。


さっきの怖いのはなんだったんだろう。

そんな考えが頭を廻った後に、なんとなく恐怖心が退いていた事に気が付いた。


部屋の中はにはラベンダーのお茶の香りがゆっくりと満ちていたので、

なんだが、とても安心してしまう。


淡い蒸気が、感じさせてくれたのは、

確かな優しさと嬉しさで。


今日もどうか、良い日でありますように。


そう願って、ゆっくりとお茶を口に入れていく。


口元に傾けたコップの中身が空なのに気付いて、

恥ずかしくなったのはちょっとだけ秘密だ。






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