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晴れた日は、小鳥もさえずる  作者: ぼたん鍋
第1章:春はあけぼのとは言うけれども
9/31

4月6日の桜吹雪(2)


 委員会室に着くと、昨日掃除したこともあり

 いくらか空気がよくなったように思えた。


 適当な机に荷物を置き、空気の入れ替えのために窓を開ける。

 晴れていることもあり、窓を開けた途端、清々しい春の匂いが教室に入り込んでくる。

 教室から覗く景色には

 中庭に咲き誇る桜がすぐそこに見える。

 風が強いこともあり、枝から離れた花びらが

 数枚教室に入り込んでいた。


「おー。やっぱりこの教室はいい景色だね」

「うわっ、びっくりした。

 ……って、先生。いるならいるって言ってくださいよ」


 外を見ていたせいか、後ろに来ていた東山先生の存在にまったく気付かなかった。

 おかげで変な声をあげてしまったことあり、恥ずかしさから少し下を向く。


「ごめんね。ちょっと遅れちゃった。

 でも、今日はいい報告があるよ」

「いい報告ですか。おれはお昼ご飯でももって差し入れてくれた方が

 なによりもいい報告なんですけどね」

「まあまあ。お昼ご飯よりもいいものもってきたからさ」


 お昼ご飯よりいいものって、なんだろうな。


「東山先生。人のことを者扱いしないでください……」


 教室の扉から声が聞こえ、その位置に視線を向ける。

 そこには、クラスでは見たことがない生徒の姿があった。


「ごめんね。中原さん」

「別にいいですけど……」


 中原さん、と呼ばれた生徒は

 扉を閉めて、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


 気のせいか、さっきまでの春の匂いとは別の

 柑橘系の甘い香りが教室に入り込む。


「あっ、西村くん。

 この子が1組の実行委員の中原綾なかはらあやさん」

「中原です。よろしくお願いします」


 東山先生に促され、ペコリと頭を下げる少女。


「え? 同級生ですか」

「そうだよ?」


 目の前の中原さんは、同級生にしては背丈が小さく

 おそらく150cmに満たないのではないかと思われた。

 肩にかかるあたりまで伸びた髪。

 春先の寒さをしのぐためと思われる茶色のカーディガン。

 なにより、同い年とは思えないようなあどけなさが残る顔は

 どこか中学生に思える。

 それでも、スカート丈だけはクラスメイトの女子たちのように

 膝が見える位置になっており、高校デビューを思わせるような印象だった。


「あの……」


 目の前まで来た中原さんは

 観察するように見ていたおれの視線に気まずさを覚えたのか

 少し身じろぎしながら、東山先生の横で歩を止める。


「あっ、ごめんね、中原さん。

 この子が西村くん。

 私のクラス、1年2組の実行委員を快く引き受けてくれた

 優秀な生徒よ」

「いや、くじ引きではずれくじを引いただけなんですけどね」

「くじ引き?」


 なにそれ、と言わんばかりに

 頭の上にはてなマークを浮かべる中原さんの仕草は

 小動物の面影があり、やはりどこか幼く映った。


――――


 ひとまず、お互いが何者なのかがわかったことで

 教室に漂っていた微妙な空気はなくなった。

 開けっ放しだった窓を少し閉め

 東山先生に促されるまま、おれと中原さんは適当な席についた。


「さて、それじゃあ今年の実行委員もそろったことだし

 いよいよ歓迎会に向けて動き出しましょう。

 2人とも、がんばっていこー」

「……」

「……」


 右手をぐっと高く掲げ、1人志高く意気込む東山先生を他所に

 おれと中原さんは、完全に置いてけぼり状態となっていた。

 実行委員になったときから感じていただが

 どうも東山先生は、この委員会に、というよりもこのイベントに

 それなりの思い入れがあるらしく

 随所に気合いが入った様子が見て取れた。

 そのたびに、おれはどこか熱が冷めていくような気分になり

 正直面倒くさいと思っていた。

 まあ、最初から熱がこもっていたわけではないのだが。


 おれたちの戸惑いも素知らぬ顔で

 東山先生は黒板にすらすらと板書していく。


「歓迎会に向けて、いろいろとやらなくちゃいけないんだけど

 今日は2人が初めて出会った日ということで

 お互いに仲良くなることから始めましょう」

「仲良くなる、ですか」


 それはまた突拍子もないことをおっしゃられる。

 別に、お互い仲が悪くなるようにしようとは全く思っていないはずだが

 仲良くしようと言われると、微妙にやりづらくなる。


 保育園とか幼稚園のときは

 仲良くしましょうねーとか言われてもすんなりといけた気がするが

 高校生にもなって、そのときのテンションを思い出すのは難しい。


 友達の定義とは、実はかなり曖昧なものなのだ。

 今時、「今日からおれたち友達な」なんてことを言うことはないし

 だからと言って、「お前とはよく話すし一緒に遊ぶけど、友達ではないよ」

 なんてことも言ったりすることもない。

 自然と、一言二言言葉を交わすだけで

 それこそ”なんとなく”友だちという雰囲気になるのだ。

 友達と顔見知りに明確な境界線なんてものは存在しない。

 しいて言うのなら、どちらか一方ではなく

 お互いに友達として認識し合ってこそ、友達足り得るのだ。


「さっき、西村くんはお腹が減ったって言ってたから

 今日は3人でお昼ご飯食べに行きましょう。

 それで3人仲良くなれる、ね」


 ね、じゃないですよ。先生。

 そもそも、仲良くの対象がいつの間にか3人になっているんですけど、気のせいですかね。

 さらっと先生も入り込んでませんか。大丈夫ですか。先生、もしかして友達いないんですか。


「まあ、私は別に大丈夫ですけど。

 西村さんは大丈夫ですか?」

「え? まあ、おれも問題ないです。

 お腹が減ったのは確かにその通りなので」


 うんうんと、どこか納得したようにうなずく東山先生。

 なにか、すでに一仕事終えたみたいなドヤ顔は気に入らないが

 東山先生に口答えしても、特有のふんわりガードで防がれてしまうため

 これ以上は特に言うこともなく、先生の思い通りになることにした。


 中原さんも同じことを考えているのか

 東山先生に何か言うこともなく、淡々と帰り支度を整える。


「それで、入学してまだ2日なので

 おれ、ここらへんのファミレスとか知らないんですけど

 先生、どこかいいところ知ってますか」

「うん。それは任せて。

 先生のおすすめのお店に連れて行ってあげる。

 おいしいアジフライのお店があるんだよ」

「アジフライですか。

 それはおいしそうですね」


 おっ、意外に中原さんも食いつきがいい。

 実は結構お腹が減っているんじゃないだろうか。

 なんにせよ、おれにはこれといって選択肢があるわけでもないので

 東山先生おすすめの、アジフライのお店に向かうことにした。


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