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晴れた日は、小鳥もさえずる  作者: ぼたん鍋
第1章:春はあけぼのとは言うけれども
8/31

4月6日の桜吹雪(1)


 翌日、高校生活2日目の朝。

 真新しい通学定期をケースに入れ

 昨日と同じように込み合った電車に乗りこむ。


 この地域の駅では、電子改札が設置されていないため

 定期は紙で発行されている。

 そのため、新しく購入するときはもちろん

 更新の際にも、有人駅の改札まで足を運ばなければならない。

 わざわざ「有人駅」と前置きをしているのは

 路線の大部分の駅が無人駅だからである。

 そもそも、電車を利用する主な層は

 通勤客か通学する学生である。

 これでこの先運営していけるのか、学生でありながら

 そこらへんのことは心配になる。


 電車に揺られ、20分ほどで最寄駅に着く。

 今日もここから、更に歩かなければならない。

 せめてバスが学校の前まで運行していればよかったのだが

 わざわざ学生のためだけに就航させるバス会社もいないだろう。


 同じ電車に乗ってきたはずの学生たちは

 すでに話しながら学校への道を歩き始めている。

 

「……歩くか」


 4月6日。

 春はまだ、始まったばかり。

 頭上に咲き誇る、鮮やかな桃色の桜とは対照に

 これから登る長い坂道へ思いを馳せながら

 重い一歩を前へと踏み出した。


――――


「それじゃあ、今日はここまでです。

 しばらくは変則的な日程になるけど

 新しい生活に慣れるまで、先生と一緒にがんばりましょう」


 今日は入学して2日目ということもあり

 本格的な授業ではなく、新入生が講堂に集まってのオリエンテーションが行われた。

 高校生としての心構えだとか、学校の時間割だとか

 学食の利用規則だとか、そういった諸々の説明をたっぷり3コマ分受講すると

 さすがに多くの生徒の顔には疲れが見えた。


 中学までは1コマ45分の授業だったのが

 高校からは1コマ60分となり、それだけでもなかなか疲れる変化だ。

 それ以外にも、お互いにまだ探り合っていることもあってか

 3コマのオリエンテーションは、100人近く集まっているにも関わらず

 奇妙なほど静かに進行した。


 我先にと講堂を出ていく生徒たちの間を縫って

 おれも学食へと足を運ぼうとした。

 時間はすでに昼過ぎ。それなりにお腹が減ったのだ。

 しかし、そんなおれに対して

 無情にも呼び止める声が背中に突き刺さった。


「西村くーん。ちょっとこっち来てくれる?」


 我らが1年2組の担任、東山沙苗先生だった。

 まだ多くの生徒が残っているにも関わらず、大きな声で呼んだため

 「西村って誰だ?」みたいな気まずい空気があたりに充満する。

 まずいな。早く行かないと、東山先生のことだから

 おれが着くまで呼び続けるかもしれない。


 「今行きまーす!」なんて大声を出すこともできず

 変わらず名前を呼び続ける東山先生の元へ急ぐ。

 やめてくれ。そんなに名前を呼ばないでくれ。


「先生。西村です。名前を連呼するのはやめてください」

「あっ、西村くん。もう、どこ行ってたの。

 見つからないからたくさん呼んじゃったよ」

「居ますから、恥ずかしいのでもう少し小さな声でお願いしますよ」

「小さな声じゃ聞こえないでしょ」


 それもそうか。いや、それでもできる限り呼ばないで欲しいんだけどな。


「それで、いったいなんの用でしょうか。

 お腹減ったので、何か食べに行きたいんですけど」


 このタイミングでは、おそらく学食は混み合っているだろう。

 今日はもう授業もないようだし、さっさと帰ってどこかファミレスにでも行きたい。


「あら、そうだったの。ごめんね。

 でも、今日はこの後実行委員会があるから、お昼はその後ね」


 あ、実行委員会、今日もやるんですね。


「連日やるんですね。そんなに急がなくてもいいような気もしますけど」


 実際、新入生歓迎会は5月のGW明けの予定であり

 それほど大きな催しでなければ、2週間もあれば事足りると思われる。

 だから、今は今しかできないこと、昼飯を食べに行きたいのだ。


「だめだめ。準備は念入りに。

 こういうことは、当日よりも準備の方が大変なんだからね」


 そんなもんだろうか。

 これ以上何か言っても、返って昼飯が遠のくだけだと思い

 とりあえず東山先生の言葉に従うことにした。


「それじゃあ、この後委員会室に集合ね。

 お茶くらいは持って行ってあげるから、寄り道せずに来てね」

「わかりましたよ。それじゃあ、委員会室で待ってますね」

「はーい」


 身体を反転させ、講堂の出口に向かう。

 ちらっと東山先生の方を振り返ると

 ブンブンと音がするかのように

 こちらに向かって手を振っていた。

 いや、先生……。

 それが恥ずかしいですけど。


 周りの目が集まらないうちに

 足早に講堂を出ていく。


 待てよ。それだけを言う為に呼び止めたんだとしたら

 わざわざここじゃなくて、教室でもよかったんじゃないだろうか。

 そんなことを思いながら、おれは教室へ向かった。 


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