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晴れた日は、小鳥もさえずる  作者: ぼたん鍋
第1章:春はあけぼのとは言うけれども
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4月5日の憂鬱(5)


「ここだよ」


 専門教室棟の階段を登り

 3階一番奥の教室前に立つ。

 どうやら、この学校一の僻地にあるこの教室が

 新入生歓迎会の実行委員会が行われる教室らしい。


 東山先生が軽く数回ノックをした後

 ガラガラと大きなと音をしつつ、教室の扉を開ける。


「失礼しまーす」


 後に続いてそっと教室に入る。

 室内には、1年2組の教室とは違い

 わずかな机が真ん中に置かれている。

 ひんやりとした空気から、普段はあまり使われていないと思われた。

 

「それじゃあ、とりあえず掃除から始めようか」

「掃除、ですか」

「うん。しばらく使ってないから、このままだと少し埃っぽいからね」

「はあ……。わかりました」


 掃除用具が置かれたロッカーを開けると

 むわっと埃が顔にかかる。


「うおっ。これ、本当にしばらく使ってなかったんですね」

「うん。だから、使いやすいようにしっかり掃除しないとね」


 正直、それほど通うわけではないだろうし

 できることなら手短に終わらせたい。

 自分の部屋の掃除すらそれほどしないおれにとって

 学校の掃除はそれなりに労力が必要なのだ。


 いろいろと思うところはありつつ

 先にほうきをもって床掃除を始めた東山先生に続き

 せっせと机をふいていく。

 さすがに、教師が掃除をしている横で

 自分だけ何もしないなんてことはできない。


「東山先生。そういえば、1組の実行委員は

 今日は来られないんでしょうか」

「うーん。たぶん、もうすぐ来ると思うんだけど……。

 担任の吉成よしなり先生には言っておいたから

 たぶん大丈夫だよ」


 大丈夫だよって……。

 なんとなくのほほんとした返答で

 これ以上聞いてもなにも返ってこないだろうなと思い

 諦め、大人しく机掃除に戻る。


 まだ見ぬ1組の実行委員だが

 できることなら、バリバリ積極的に動く

 ビジネスマンみたいな人だったらありがたい。

 高校生にもなると、子どもと大人の中間であり

 思春期の真っただ中のため

 どこか一歩引いたような、非積極的な人が多くなる。

 熱くならないことが大人である、もしくは

 冷静なことがかっこいいと思っているのかもしれないが

 おれのような面倒くさがりな種類の人間にとって

 熱くなれる人は正直ありがたいのだ。


 イベントごとの実行委員ともなれば

 その関係はさらに重要になってくる。

 しばしば、「意識高い」という形容詞が悪いことのように言われているが

 よくないのは、意識は高いのに、行動はまったくしない

 そんな「意識高い系」である。

 口では誰だっていいことを言うことができる。

 しかし、それを実行するのは思っているよりも難しい。

 

 人の行動プロセスで最も難しいのは

 目標に対して、そこに到達するまでの具体的な道を描くことであり

 その道を歩きながら、都度調整、修正することである。

 これは対人コミュニケーションでも同じことが言える。

 誰だって、初めて話す人といきなり馬が合うなんてことはそうそう起こり得ない。

 少しずつ、互いのことを話しながら

 ゆっくりと性格や癖を掴み

 次第にパーソナルな部分を共有していく。

 この過程が、対人コミュニケーションで大切なことであり

 また一番面倒くさいことでもある。


「思ったよりも使われていないみたいですから

 できれば早く来てもらって、掃除に加わってほしいですね」

「そうね。でも、西村くんと2人で掃除するのも悪くないわよ」

「えっと……、そうですね。おれも悪くないです」

「ふふふ」


 いや、そんな何段階も手順を飛ばしたような冗談を言われても

 ちょっと反応に困ってしまいますよ。

 コミュニケーションはゆっくりと、それが大事って言ったばかりですよ。

 おれの心を声を聞いてなかったんですか。

 聞いてるわけないですよね。そうですよね。


「先生まだまだ若いんだから

 西村くんみたいな生徒を見ると

 つい構いたくなるの。ごめんね」

「はあ、そうですか」


 かわいい。大人の女性はすごい。


「さあ、それじゃあ構いたくなるついでに

 ちりとりもってきてくるかな」

「あっ、はい」


 床埃を集め終わった東山先生は

 掃除ロッカーを指さしながら、ニコニコを笑う。

 今日会ったばかりだが

 おれは、東山先生には一生敵わないだろうなと思ってしまった。

 こういう、ナチュラルに人との距離を詰めてくる人は

 もうある種の才能とも思える。

 コミュ力が高いという人のほとんどは

 元から距離の測り方がうまいのだ。


 膝を床につき、ちりとりを抑えながら

 東山先生が掃く床埃を受け止める。


「うん。ありがとう」

「いえいえ。どういたしました」

「おっ、お礼のお礼が言えるのは、すごくいいことだね」

「そうですかね」

「そうだよー。お礼は基本だからね。

 言った方も、言われた方も気持ちがよくなるし

 言って損になることはないよ」


 この人は、本当にいい人らしい。

 教師とは思えないくらい、生徒に対して距離が近い。

 近すぎるのはどうかと思うが、きっと東山先生はそこらへんもうまいのだろう。


「そうですね。お礼はいいことですもんね」

「そうだよそうだよ。

 ……ほんとにそう思ってる?」

「もちろん、思ってますよ」

「ほんとかなー」


 じっと、目を覗いてくる東山先生の視線に

 どこか後ろめたい気持ちがあり

 ほんとうですよと言いながら、ちりとりをもって立ち上がる。


 目というよりも、なにかその奥にある

 人間性のようなものまで見られているような気がして

 少し気まずさを覚える。


「まあ、今は別にそれでいいんだよ。

 これからゆっくりと、いろいろ経験していけば大丈夫だから」

「はあ……。そうですね」


 いろいろな経験。

 高校生活とは果たして、おれにとって輝くものになるのだろうか。

 すべてにおいて相手に合わせてきたおれにとって

 自分とはなにかを見つけることができる

 そんな、今までにない日々になるのだろうか。


 東山先生と一緒にいたら……

 あるいはこの実行委員がきっかけに……


 そんな、まだ見ぬ高校生活を考えると

 やはり、どこか面倒くささを感じてしまう。

 どこまでいっても、結局のところおれは

 そうしたきらびやかな人生からは縁遠い人間なのだ。


 結局、教室の掃除がほとんど終わる頃合いになっても

 1組の実行委員がやってくる気配はなかった。


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