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晴れた日は、小鳥もさえずる  作者: ぼたん鍋
第4章:きみのことが知りたくて
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その日の出来事


「みなさま、本日は短い時間ですが

 どうぞよろしくお願いいたします。

 新入生一同、心より、みなさまを歓迎させていただきます」


 講堂いっぱいに、手を叩く音が響く。

 隣には、ここまでこの歓迎会を一緒に考えてきた女の子がいる。

 ステージからは一番遠く離れた、一番後ろの席だけど

 おれたちにとって、ここはどこよりも望んだ舞台だった。


 新入生代表のあいさつが終わり

 いよいよ委員会ごとに分かれた立食形式での食事の時間となった。

 この日の為に用意したのは、簡単なスナック菓子と飲み物がほとんどだったが

 1つだけ、違うものを各テーブルに仕掛けておいた。


「お、なにこれ?」

「なになに?」

「なにこれかわいー」


 周りのテーブルから、そんな声が次々に聞こえてくる。

 おれと中原さんは思わず顔を合わせ、やったね、と笑い合う。


 おれたちが用意したのは

 街の洋菓子店が作っていた、一口サイズのプチシュークリームだった。

 プチシュークリームと言っても、すごいパティシエが作ったとか

 どこかの雑誌で取り上げられたとか、そんなに大したものではない。

 大したものではないなんて言ったら、せっかく作ってくれた人には申し訳ないが。


 ただ、ほんのちょっとだけ、細工をさせてもらった。


「なんか書いてあるね」

「ほんとだ。えっと……青春の味?」

「こっちは恋の味って書いてあるよ」

「ほんと? こっちのは涙の味って書いてあるけど」


 すべてのテーブルの、プチシュークリームが乗ったお皿の側には

 昨日までにおれたちが作った、なんとも言い難い味を形容する紙を張り付けておいたのだ。

 一応、中の味はパティシエの人に頼んで、いろいろなクリームを使ってもらったが

 別に、それぞれの味に対して、なにか注文をつけたわけではない。

 ただ、この紙に書いてある味に対して

 食べた人が、なにかを感じてくれたらいいなと、そう思ったのだ。


「青春の味って、なんか甘酸っぱいんだけど」

「辛い! 涙の味が辛いよ。これ違う意味で涙の味なんじゃないの?」


 幸いなことに、見えるすべてのテーブルで

 プチシュークリームを食べている人は笑っていた。

 みんながその話題で盛り上がっていた。


「よかったね。みんな楽しんでくれて」

「だな」


 おれたちは少し離れたところで諸々もろもろの準備をしながら

 講堂中に広がる楽しそうな声に耳を傾けていた。


 このアイデアは、2人で考えたものだった。

 最初は、味の違うプチシュークリームを置いたら

 食べ比べができていいんじゃないかとか、それくらいの話だった。

 でも、クリームが苦手な人がいたらどうしようとか。

 ただ食べるだけだと、すぐに話題がなくなってしまうんじゃないかとか。

 いろいろ考えているうちに

 なんとなくお互いの好きな食べ物の話にって

 そのうちに、中原さんがいきなり「涙ってしょっぱいよね」なんてことを言い出して

 涙の味なんて考えたこともなかったおれは、かなりびっくりした。


 でも、それがきっかけで、なんで涙はしょっぱいのかとか

 しょっぱくない涙はあるのかとか

 それじゃあ空気はどんな味がするのかとか

 変な方向に話がずれていって、だったら、今話していることをそのまま書いて

 みんながどんなことを考えているのか聞いてみようよ、なんて

 他力本願なところに落ち着いてしまった。


「青春の味は甘酸っぱいらしいね」

「涙は辛いらしいよ」


 それぞれのテーブルで広がる話に耳を傾けるだけで

 その人がどんな人なのか、どんなことを考えているのか

 そんな、普段だったらほとんどわからないようなことが見えてくる。


「言葉っていうのは魔法だね」

「魔法?」

「だって、聞いているだけでこんなに面白いんだよ?」

「ははは、そうかもしれないね」


 なるほど確かに、言葉は魔法かもしれない。

 中原さんがそんなことを言うなんて少し驚いたけど

 言われるとそう思えてくるのがなんだかおかしい。


「私ね、ずっと考えてたの。あの日、西村くんが言ってくれた言葉」


 それは、たぶんあの日に告げた、きみへの想いのことだろうか。

 スッと背筋を伸ばして、それでもちょっと恥ずかしさがあるからか

 視線だけ向けて、身体の向きは違う方向に向ける。


「目を、見るとね、そこには私が映ってるよね」

「目? そうだね。まあ、確かに向き合っていれば

 自分の姿は相手の目に映るかもしれないね」

「ううん。たぶんそうじゃなくて……。

 映っているのは、目の前の私じゃなくて

 西村くんが見ている私なの。

 たぶんそれって、同じのようで同じじゃないと思う」


 同じのようで同じじゃない。それはつまりどういうことなんだろうか。

 自然と身体を中原さんに向け、彼女の目を覗き込む。

 そこには、確かにおれの姿が映っている。


「見るってことと、見えるってことは違うんだよね。

 きっと、その違いは意識の差なんだと思うんだけどね。

 ほんのちょっと、見方を変えるだけで、世界は全然違って見えるってことなんだよね」

「う、うん? えっと、つまり……どういうこと?」

「こういうこと」


 そういって、彼女はおれに向かって、そっと顔を近づけた。


 時間にすれば、きっと数秒のことだった思う。

 一瞬のことだったと思う。

 触れ合っていた部分は、ほんのわずかの面積しかなくて

 離れた後になって、おれはようやくその初めての感触に気付いた。


 全身が熱くなる感覚。

 目の前にいる彼女のことを見ていられない。

 彼女もまた、今までにないくらい顔を真っ赤にして

 全身を小さく丸めながら、床に映る自らの姿に視線を送っている。


「あ……、えっと、その……」


 なにを言えばいいのか、頭がまったく回らない。

 ただ、その感触がいつまでも残っていて。

 この感覚をいつまでも忘れたくなくて。

 でも、どうすればいいのかわからなくて。

 目の前の彼女を見つめることしかできない。


「大丈夫。何も言わないで。

 私も、私がしたことなのに

 今、どうすればいいのかわからないから」


 講堂中は、今もそれぞれのテーブルで楽しい話し声が響いてるはずだ。

 それなのに、さっきまで聞こえていたはずなのに、なぜかおれの耳にはその声が入ってこない。

 今にもはじけてしまいそうな、自分の心臓の鼓動だけが、やけにはっきりと聞こえてくる。


 彼女と一緒にいたい。

 もっと彼女のことを知りたい。

 今の自分の気持ちを知りたい。

 本当の自分のことを知りたい。

 知ってほしい。

 きみだから、おれのことを知ってほしい。


 そっと、彼女の手を握る。

 一瞬、ビクッと驚いたように震えた後

 やさしく、とても大切なものを扱うように

 彼女はおれの手を握り返してくれた。


 今ならわかる。

 きっと、彼女にも伝わっている。

 お互いの気持ち。

 自分の気持ち。

 本当の自分は、こうやって知ることができるんだ。

 

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