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晴れた日は、小鳥もさえずる  作者: ぼたん鍋
第4章:きみのことが知りたくて
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5月10日の独り言


 今日もすごく楽しかった。


 あの日から、西村くんと過ごす時間は

 ほんの少し、居心地が変わったような気がする。

 前よりも会話は少なくなった。

 それでも、少ない言葉の中で、お互いのことがわかるようになった気がする。


 身体を洗い終え、全身の泡をシャワーで流した後

 いつものように、右足からそっと湯船に入る。

 少しピリッとするようなお湯の熱を感じながら

 ゆっくりと、大量のお湯に身体の重さを預けていく。


 昔から、この瞬間がなによりも好きだった。

 日中、どんなことがあったとしても

 この瞬間だけはすべてのことを忘れることができた。


「あー、気持ちいいなー」


 腕にお湯をかけながら、最近ずっと考えていることに意識を向ける。


 近頃、いつも考えていることがある。

 それはこの瞬間、すべてのことを忘れることができるこのときでも

 私の頭の中から離れることはない。


 西村肇。

 彼が言ってくれた、あの日の言葉。

 

 彼は私のことがわかると言ってくれた。

 私にこうして欲しいとか、どんな私であって欲しいとか。

 きみはこういう人なんだとか決めつけるわけではなくて

 私に対する望みでもなくて

 ただ、まっすぐに私を見つめて

 私の目を見て

 私のことをわかると、そう言ってくれた。


 それがどれだけ嬉しいことだったか。

 私が一番知りたいと思っていた、私自身のこと

 それを、彼はわかると言ってくれたのだ。

 だから私は、彼と一緒にいたいと思った。

 

 今だって、私は私のことがよくわからない。

 きっと、クラスに戻れば、いつも通りの

 みんなに望まれた私を演じることになるかもしれない。


 それでも、彼の前では違う。

 彼の目に映っている私こそ

 私がずっと探し続けていた私なのだ。

 

 それはもしかしたら、ただの意識の問題なのかもしれない。

 いや、きっとそうなのだろう。

 ”私が”私に望めば、きっと私は私になれるのだ。

 でも、今はそれをするには、彼の存在がなくてはならない。

 彼がいないと、私は私が望む私になれない。

 私が意識する私がわからない。


 人生にドラマなんてものは存在しない。

 山場なんてものはない。

 敢えて言えば、その人とっては

 毎日が山場なのだ。

 日々変化しているのだ。


 だから、私の物語も、今まさに山場を迎えている。

 私が私になれるのは、今かもしれない。

 明日かもしれない。

 もしかしたら、昨日にはなれていたかもしれない。

 それでも、その時を迎えた際には

 隣に彼がいたらいいなと、そう思わずにはいられなかった。


 彼の目に映る私を見ていたい。

 彼と一緒にいたい。


 彼は私のことを好きだと言ってくれた。

 どの私を好きだと言ってくれたのか、それが知りたい。

 たぶん、それが私の探している私だと思うから。


 両手を合わせて器を作り

 湯船からお湯をすくって顔にあてる。

 入ったときより時間は経って、お湯の温度は下がっているはずなのに

 顔にあたったお湯の温かさは、どこか身体の奥までじんわりと広がる温かさだった。


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