目覚めた眠り姫
広い部屋で儀式が行われていた。数人の男女が横一列に並び、大勢の人々がそれに向かい合って立っている。そのようすは戦場に兵士を送り出す儀式のように厳かな空気に包まれていた。並んでいる列の中央に立っている女性が代表として挨拶の言葉を述べる。
「みなさんすみません、私たちだけ……」
「なにをいってるんだ、辛いのはむしろ君たちの方じゃないか。人類の繁栄を再び取り戻すために厳しく苦しい時を過ごさなくてはならないだろうが、なんとか耐えきって頑張ってくれ」
人類とそしてその文明は重大な危機に直面していた。氷河期がやってくるのだ。予想されるその期間は200年という、地球の歴史、いや人類の歴史からしてもほんの僅かな短いものであったが人間たちとその文化を葬り去るには十分すぎるものであった。そこで人々は、なんとか人類の絶滅だけは避けようとコールドスリープ、冷凍睡眠により死に覆われた冬の期間をやり過ごしその先に待つ春の時代にまで何人かのアダムとイブとを送り届けようと計画を立てたのだった。人選は抽選や選考で慎重に行われ、その人数は再び種として存続出来るだけの最少の数を計算により導き出された。
ここは筑波の学園都市にある政府の研究施設で、計画のために急遽コールドスリープの施設として改造された全国に数あるうちのひとつだ。春へと旅立つ一団の代表を務める時任 紬は今生の別れの儀式を終えると一行を従えて長き眠りにつく寝床へと向かった。その部屋には人ひとりが横たわるにちょうどいい大きさの、上面が透明なカバーに覆われた機械が並んでいた。その光景は紬の目には並べられた棺のように見えたが務めて表情には出さぬようにした。そうして、紬とその仲間たちは各々の寝床へと身を横たえ長き眠りについた。目覚めたときに彼女らを迎えるであろう死が支配する世界への恐怖と託された使命とを胸に抱きながら。
「ん……んんっ……」
ゆっくりと覚醒する意識。閉じた瞼越しに刺激してくる光。紬はぼんやりとした思考を懸命に掻き集めながら重い瞼をそうっと開いた。眩しい光に次第に目が慣れてくると天井が見え、そのうちにそこが予想に反して施設の病室であることに気がついた。自分が横になっているのも冷凍睡眠の”棺”ではなくベッドの上のようだ。いったい何が? 紬が混乱していると横の方で声がした。
「おお、目が覚めたようだね」
見るとそこにはこの施設の責任者である所長、計画の責任者であるチーフ、その他何人かの顔なじみが立っていてこちらを覗き込むように見ていた。
「所長……みんな……いったいどうして? コールドスリープは失敗してしまったんですか? 計画実行前に目覚めてしまったんですか?」
「いや、そうではないよ。計画は成功だ。君たちは見事に死の冬を越えたんだよ、おめでとう」
「でも、それならどうして所長たちがここに……」
紬はますます混乱した。みんなで自分をからかっているのだろうか? これはドッキリなのだろうか? だが人類の危機が迫っていたのは紛れもない事実であったし、計画には莫大な予算とエネルギーが投じられたのも知っている。悪ふざけを行っている場合ではない。ならば、私はまだ夢の中にいるのだろうか?
ところが所長から告げられた言葉は耳を疑うものであった。
「実はね、私たちは旅行に行ってたんだ」
「旅行⁉ え、どこへ?」
「それがね、話せば長くなるんだけど、君たちが眠りについて、えーとちょうど一年経った頃だったか、宇宙船団がやって来てねえ」
「宇宙船⁉ え?」
紬は話に付いて行くので精一杯。
「そりゃもうみんな大騒ぎでさ。ただでさえ氷河期がやって来て大変だというのに宇宙船まで来ちゃうんだもん、それも、どでかいのが数えきれないほど。地球上はてんやわんやの大騒ぎ」
「……はい、そうでしょうね……」
「ところが、だ。その宇宙船団というのが良い人たちで。地球人が見たことも聞いたこともない遠くの銀河から来たそうなんだけど、我々が大変な目に遭うのを見かねて助けに来てくれたんだと」
「…………」
「なんでも『宇宙互助会』という組織らしいよ。それで、『もしよかったら氷河期が終わるまでこの船に乗って我々の星まで遊びに来ませんか』とお誘いを受けた、というわけだ」
「……行ったんですか?」
「うん、行ってきた。地球人みんなで。楽しかったよ、ね」
「楽しかったですねえ。あんな美しい景色は初めて見たし、食べ物もこの世のものとは思えないほど美味しかったですね」
うっとりとした表情でチーフが応える。
「でも……でもですよ。200年経っているのに所長たちは昔のまんまの姿じゃないですか」
「アインシュタインの特殊相対性理論、ウラシマ効果ってやつだね。彼らの船は光よりも速いから、地球と君たちには200年の時間が経っていても、船で旅行している私たちには片道3日しか時間が進んでいないんだよ。実際には限りなく光速に近い速度で移動して、それにワームホールを併用しているらしいけど」
「だったら、起こしてくれたらよかったのに」
「人類が経験したことない宇宙旅行だよ。なにがあるか分からないだろ。リスクも考慮して睡眠組はそのまま眠っていてもらおうという結論に達したんだよ。けっして意地悪で起こさなかったわけじゃない」
たしかに所長のいうことにも一理ある。正論だ。紬はぐうの音も出なくなってしまった。
「それじゃ、我々も昨日帰ってきたばかりで忙しいんだ。滅亡の危機は脱したとはいえ、やらなくちゃいけないことは山ほどある。君も体調が回復し次第バリバリと働いてくれよ」
「そうそう、お土産に買ってきた銀河まんじゅうがありますから後で食べて下さいね。美味しいですよ」
一行は旅の思い出話に花を咲かせながら病室を出ていった。それをベッドの上で見送りながら、紬は過去に感じた覚えのあるこの感情にもやもやとしていたが、すぐにそれに思い当たって大きくため息をついた。
「ああ、中学生のときに熱を出して修学旅行に行けなかった、あのときの感じだ」




