終焉
自分は怒っていた、何であの人は分かってくれないのだと。
あの人は自分や仲間を置いて行ってしまった。
自分には分かる、あの人が死のうとしている事を、だから、自分はそれを止める為に走った。
真っ白な回廊にゴーレムの形をした魔物が行く手を阻んでくるが、一年ほど前の自分ならこれらを傷つける事すら出来なかっただろうが、今の自分ならこれを倒す事なんてわけがなかった。
腕を振り下ろすゴーレムに自分は高く跳躍する。
そして、火の魔術を発動させる。
「巻き上がれ、業火の炎っ!」
自分の声と共に炎がゴーレムを襲う。この神殿の結界の所為か魔力が大幅に使われたわりに技の威力が落ちていたが幸いにも一撃で倒す事が出来た。
そして、自分は振り返る事無く、そのまま前を見て走る。
何で、あの人には重い使命があるのだと、何であの人が利用されないといけないのかと、悲しくなる。
本当なら、自分でもよかったはずだ。
世界を壊したいと願ったあの男は「破壊の神子」として生まれてしまったあの人の「力」を欲し、そして、その「力」の一部を奪う事に成功して、ただの精霊だった自分にそれを移し、そして、人の器を作った。
そんな紛い物の命を使えばいいのに、あの人はそれを突っぱねた。
あの人はこの神殿に入る前、その資格を持つ自分の腹に容赦ない一撃を与え、気絶させたのだ。
あの人は馬鹿だ。
あの人が生きていなければ意味がないのに。
仲間の一人はそれが使命だと諦めた。
仲間の一人は嘆き悲しんだ。
仲間の一人は自分の無力さを嘆いた。
仲間の一人はあいつらしい、と苦笑いを浮かべていた。
仲間の一人はもっと話し合えばよかったと後悔していた。
仲間の一人は祈っていた。
全員があの人を思っていた、異性として、友として、なのに、あの人はそれに気づかず、一人その命を削ろうとしている。
目の前に開け放たれた扉を見つけた。
あの人がいる、自分がそう確信した瞬間、今までに感じた事のないくらいの痛みを感じた。
「――っ!」
顔を顰めて、体を見ると、自分の体から光の粒子があふれ出ていた。
嘘だと、自分は呟いた。
嘘だ
嘘だ
嘘だっ!
この体はあの人の「力」のお蔭で成り立っている、つまりは、この体が壊れようとしている事はつまり……。
「疾風よ、駆けろ。」
風の魔術を使い先ほどよりも速く走る、まだ、間に合うかもしれない。
自分には幸いにも人の形に収まっているおかげか、治癒の力がある、全てを使い切ってもあの人を助けたかった。
そして、自分は祭壇のある部屋に飛び込み、地面が崩れたかと思った。
実際、地面は崩れていない、だけど、それほど、自分はその光景に驚きを隠せなかった。
あの人が祭壇の中央に突き刺さる剣の近くで倒れていた。
早く駆けつけたいのに、体がいうことをきいてくれない。
ゆっくりと自分が近寄り、彼に触れた。
まだ、温かいと思った。
でも、呼吸をしていない、心臓が、鼓動が止まっていた。
もうすでに自分の力ではどうする事も出来なかった…。
その瞬間、頭が真っ白になった。
この人だけは生きていてほしかった。
自分はただの「バケモノ」なのに、なのに、なのにっ!
「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
救えなかった。
この人を。
何の為に生まれてきたのだ。
自分はのろのろと顔を上げ、そして、剣を見て固まる。
剣はこの人の命を吸い上げたのに、ちゃんと機能していなかった。
このままでは命を懸けたこの人の行為が無駄になる。
怒りが沸々と込み上げてきたが、ある考えが浮かんだ拍子にそれは歓喜へと変化した瞬間、自分は笑った。
最期にあの方の為に出来るという歓喜が自分の胸の中に宿っていた。
剣に触れ、ありったけの力を注ぎ込む、そして、全てを注ぎ切った瞬間、世界が新たに脈打った事を悟った。
これで、この人の行為が報われた。
自分はこのまま塵となって消えてしまう、人の記憶からも消えてしまう、それは寂しい事じゃなかったけど、唯一、後悔があった。
それは、この人を死なせてしまった事。
自分は器を得てから人で言う五年という月日を生き抜いた。
もしも、もう一度やり直せるのならば、あの人を生かしたい。
この命をあの人のために使い切りたかったと。
願いを抱きながら、最後の粒子が光へと飲まれていった。