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花のように  作者: 藤井 芹香
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急転

個人サイトからの加筆転載です。

 ヴェンダは、大きくため息をつくと、ゆっくりとした動作で後片づけを始めた。夕方ぐらいには、儀式を開いてバドに頼まれた薬を作り始めなければならない。夜半にはできると言ったから、早ければ明日の朝には取りにくるかもしれない。

 また、先日のような醜態を見せたくはなかった。今度は、余裕のある態度で出迎えたい。

 リスティの勉強の時間にナルタ様がこられなかったことが気にかかるが、実際に王族の方々は忙しいものなのだ。ある程度は司政官を任命することで政治の仕事を軽減できるが、世界情勢はいつ変貌するかしれたものではない。

 今のヴェンダには直接関係ないことだろう。宮廷魔女の立場は案外自由だ。それよりも、バドが来るまでの間に薬を作り終えていることの方が重要だった。

 ヴェンダは、そこそこで片づけを終えると、今度は書籍の保管してある部屋へ入ってゆき、母親から受け継いだ幾千もの書物の検索を始めた。

 過去の書き付けを確認すれば、オキナ=カルアチーノは、前から神経性の腰痛を持っていた。ここしばらく薬の注文がなかったから治まったのかと思っていたが、どうやら再発したらしい。

 前回に処方した内容のメモ書きをしまった戸棚から、オキナの処方箋を取り出す。

 そこに書いてある呪文名から、おおよその薬の種類を見当付け、幾千の本棚の中から迷うことなく三冊の書物を選んできた。

 それぞれ、古ぼけた本である。しかし、魔力に満ちていて、今にも力が吹き出しそうな勢いを感じる。

 三冊とも、魔字によってかかれた魔術書。

 ヴェンダが聞いたこともないほど遠い祖先から受け継がれていた魔術書。

 中には、神々によって記されたと言われるものもいくつか混じっている。

 ヴェンダが、その中から持ち出した三冊の本は、神経系の薬を調合するための教本と、精神系の魔法薬の本、それに、痛み止め系の魔法薬を調合する本である。

 いくら魔法薬といえども、すべてに万能ではない。一つの薬は一つの症状にしか効かないのだ。さらに、いくつもの薬を重ねることによって生ずる副作用のことも考慮しなければならない。

 しかし、いくつかの系列に分類されているこれらの薬の組み合わせは、ほとんど無限大に近い数の組み合わせがあり、一つの症状を治すために調合される薬は、魔女や、魔術師によって様々である。それが、それぞれ同じ働きをするように調整されているのだ。

 いくら優秀な魔法使いでも、この組み合わせのすべてを覚えることはできない。だから、頻繁に注文の来る薬以外はこうして組み合わせを調べてから調合する。

 たぶん、オキナの腰痛は老齢からくる神経性のものだろうから、神経の働きを軽く押さえるものと、局部的な痛みを押さえるもの、そして、神経の働きを押さえることからくる脱力感を緩和するもの。この三つの薬を併せて一つの薬として出してやればいい。

 ヴェンダは書物の中から比較的相性の良さそうな組み合わせを数種類、選んでメモに書き留めた。

 そして、書物を元通りに書庫へしまい込むと今度は材料庫に使っている小部屋の扉を開けた。

 中から、いくつかの材料を見繕って作業台へ運んでくる。

 それから、ナイフを取り出して材料を加工し始めた。

 まるで料理を始めるかのような手つきで、ヴェンダは材料を刻んでゆく。

 やがて、ナイフをおくと今度はすり鉢のようなものを取り出した。

 そして、未加工の材料をいくつか放り込むと擂り込み始めた。

 しばらく擂り込んだ後に、頃合いを見てスパイスを加えるように粉末状の材料を加えた。

 再び、今田は練り合わせるように擂り始める。

 どのぐらい擂り込んでいただろう。ヴェンダの額にうっすらと汗が浮かび始めた頃にそれは完了した。

 あとは、四大元素の精霊力を内へ封じるだけで完成だ。

 ヴェンダは、刻んだ材料と、擂りあげた材料を古ぼけた土鍋に移した。

 そして、作業台の傍らにしつらえられた小さな竈へあげる。

 薪をくべ、火の呪文で炎の精霊力を呼び出す。

 すぐに、土鍋は火にあぶられて熱くなる。

 材料が焦げる寸前に、水を加えた。

 後は、精霊力がきちんと働けるように言霊を与え続ければ、大丈夫だ。

 ヴェンダはマドラー代わりのカシマラの木の枝を取り出してかき混ぜ始めた。

 かき混ぜながら、歌うような発音を繰り返す。言霊だ。普通の人には意味はとれないが、精霊族らにはれっきとした意味をなす。

 それからしばらくの間、楽しげなヴェンダの歌うような言霊が延々と奏でられた。


 翌朝、ヴェンダはいつもより早い時間に目が覚めた。

 珍しい朝だった。昨日のような特別な事情もなく、一般の人と同じような時間に目が覚めるなんて。

 いつも、夜半過ぎの魔術時間まで起きている彼女には、一年に数回あれば珍しいぐらいの朝だ。

 優しい日差しが、鎧戸の隙間から床まで一直線に差し込んでいる。

 ヴェンダは、徐々にはっきりしつつあるからだの感覚を確かめるように寝返りを打つ。そろそろ硬いベッドが寝苦しくなってきた。

 バドはいつやって来るのだろうか。

 ヴェンダはまだぼんやりしている頭でそんなことを考えていた。目は覚めているつもりだけど、いつもの時間ならまだ眠っている頃である。体が目覚めていない。

 確か、「明日の朝にでも・・・」といっていたような。昨日に聞いた言葉だから、昨日の明日といえば・・・。「今日・・・!?」

 ヴェンダはガバと、跳ね起きた。くすぶっていた眠気はもうどこかに飛んでいた。じゃあ、そろそろ、彼がやってくるかもしれない。

 スリッパは突っ掛けるのも、もどかしげにクロゼットの方へ歩み寄る。

 中から、服を一式取り出す。昨日は見つけられなかった夏場用のロングスカートも見つかった。ちょっと、お古だけど。

 ヴェンダは、手早く着替えると、鎧戸を開け、櫛を髪に入れ始めた。

 だいたい、櫛で髪をすき終えた頃、使い魔の騒ぎ出す声が聞こえ、やがて、ノッカーをたたく音がした。

 彼がきたわ。

 ヴェンダは、櫛をおく間もあればこそドアの前まで飛んで行った。

 そして、深呼吸して気分を落ち着けると、ドアにかけられた鍵をゆっくりとはずしていった。

 やがて、訪問者はゆっくりとドアを引きあけた。

 すると、そこに立っていたのは、ヴェンダの待ち人ではなかった。

「?」

 平時向けの儀礼用軽甲冑を着込んだ騎士が二人。左肩から下げられた帯のような肩章が、彼らの身分を物語っていた。

「王室親衛隊ですか?」

 ヴェンダは、猜疑心の固まりになったような気持ちで聞いた。いや、実際は、訪問者がバドでなかったことに面食らっていただけかもしれない。

 二人の騎士の内、手前にいた方が肯定した。この男、確かどこかで見たことがあった。多分、隊長か何かだったと思う。王室行事か何かの時に、親衛隊を先頭切って率いていた。

 見直せば、この隊長らしい男の軽甲冑には、指揮官の印しである赤いスカーフが結んである。

 名前はなんと言ったかしら。

 ヴェンダは、記憶の底から彼の名前を引き出そうとしたが、それよりも前に、隊長が口を開いた。

「ヴェンダ様ですね」

 肯定を求める質問。彼は、私を知っている。

 ヴェンダは、小さくうなずいた。

「私は、王室親衛隊長の『ウリアン=バジェスタ』です」

 ウリアンと名乗った隊長は、儀礼的な会釈をすると言葉を継いだ。

「朝早くから申し訳ないが、実は逢って頂きたい方がいらっしゃるのだが、時間を割いてもらえないだろうか」

 ウリアンの言葉は伺いだが、そのニュアンスには否定させないと言う意志が感じ取れた。

 ヴェンダは、二人を見比べてから視線を落とすと、無言のまま招き入れるように一歩後退した。

 ウリアンは、ヴェンダのその仕草を了解と取り、部下を呼びに行かせた。そして、彼は、ヴェンダの部屋へと入り込む。

 はじめ、ウリアンは遠慮するでもなしにヴェンダの部屋を見回した。

 やがて、この部屋に続くドアというドアを覗き込んで、隣室に誰もいないことを確認し始める。

 ヴェンダは、このウリアンの行動に恐怖を感じて部屋の隅に突っ立ったまま声すらかけられずにいた。

 やがて、気が済んだのか、ウリアンはヴェンダが立ちすくんでいる部屋に戻ってきた。

 そのころになってヴェンダはようやく、口に出す言葉が見つかった。

「な、なんのつもりですか!?」

 しかし、ヴェンダのこのなけなしの勇気を振り絞った叱責は、ウリアンの一瞥で萎んでしまった。

 ウリアンは、わざとヴェンダから距離を置いて立つと言った。

「非礼があったことは詫びよう。しかし、これからいらっしゃる方には、今、細心の注意が必要なことを承知してほしい」

「いったい、誰が来るんですか・・・・・・?」

 ウリアンからの返答はない。ヴェンダは、この物々しい警備の仕方から、どんな人物がやってくるのか想像しようとしてみた。

 王室親衛隊が動いていることを考えれば、王族の誰かと言うことになるが、こんな物々しい警備は、ユノ王は好まない。それ以前に、ライニング公国自体で、これほど切迫した事態は、ヴェンダが生まれてからこの方経験がない。

 それとも、急に国際情勢が大きく変動したのだろうか。

 昨日、リスティ妃が来られたときには、このような警備はついていなかった。

 ヴェンダがいろいろと思考を進める内に、ドアのノッカーをたたく音が聞こえた。

 ウリアンが応対にでた。ドア向こうと何度か小声でやりとりをする。

 やがて、相手の確認がすんだらしく、ドアが引きあけられた。

 ドア向こうには、ウリアンの部下が二人と、白いローブを目深にかぶった人物が立っている。どうやら、この人物が問題の訪問者らしい。

 ウリアンは、白ローブの人物を招き入れると、部下たちに廊下で歩哨に立つように命じた。

 白ローブの人物は、ゆっくりとした足取りで部屋の奥へやってきた。入って来て気がついたが、この人物は、ローブの下に布製の鎧を着込んでいる。さらに、ローブは儀礼用のものらしいが、サーコートの役割をも果たすように丈夫に作られているようだ。

 白ローブの人物は、ヴェンダの近くまでやって来ると頭巾をはずした。

 そして、その下から現れた顔は・・・。

「ユノ陛下」

 ヴェンダは、半ば驚きの中にやはりといった感じで言った。

 ユノ王は、小さく顎を引くとまず、部下と自分の非礼を詫びた。

「致し方なかった部分が多いのだ。私が倒れれば、周囲の大国がこの国に攻め込んでこよう。実際、『イノファリアス』の加護だけでは国は支えられないのでな」

 ライニング公国が、女神『イノファリアス』の守護により、周囲の列強国の侵略から守られていることは周知の事実である。

 ヴェンダは、自分に対してこのような重大な国事を話し始めたユノ王に驚きながらも、まず、国王に対して椅子を勧めた。

 ユノ王は、一瞬ためらいながらも、ソファへもたれかかるように腰を下ろした。どうやら、布鎧のせいできちんと座れないらしい。

 ウリアンが移動してきて、国王の傍らに立った。

 ヴェンダは、国王に向かい合うように腰を下ろすと、言った。

「陛下、なぜ、私のようなものにそのような重大なことをお話になるのですか」

 ユノ王は、しばらく考え込むと、こう切りだした。

「重大なことが起こりつつある。しかし、今ひとつ状況が掴めぬのだ」

「どのようなことですか」

「隣国で、一部隊が消失した。それに伴って商人たちの間に奇妙な噂が流れ始めた」

 ライニング公国王は、淡々とした口調で語った。

 半月ほど前に、「ストルデニア皇国」の主力兵団である「エンパイア・ナイツ」の一師団が公式発表もなしに姿を消した。一師団は十名ほどなので、大した戦力ではないが、斥候として他国へ派遣されたという噂もある。さらに、この噂に隣国の「コーデリシア王国」が過敏に反応して厳戒令を布く用意を調えているという話もでており、「ライニング公国」としても簡単に無視できないらしい。

 しかし、大げさに事を荒立てるわけにも行かない。間近に迫った「歌姫の降臨祭」と、同時に開催される「剣王戦」という二大イベントがあるからだ。

 すでに、その準備のために各国から幾多の人々が集まり始めている。

 もし、その中に紛れ込まれれば、「エンパイア・ナイツ」の国内進入は容易なものだろう。

「そこでだ。ヴェンダ、貴女の力を拝借したいのだ」

「魔法・・・・・ですか」

 ユノ王はゆっくりとうなずいた。

「今は、あまり事を荒立てたくはないのだ。できるならば戦などやらないに越したことはない」

 ユノ王の言葉にヴェンダは否定的な返答をしようとした。戦を止めるような大がかりな魔法を彼女は知らない。しかし、それを遮るように国王は続けた。

「それに、この祭りは数年に一度の大事なのだ。民草たちが一番楽しみにして、行く年も前から一つづつ準備を重ねてきたものなのだ。・・・・・・私は些細なことで、この祭りを取りやめにしたくはない」

 ユノ王のこの言葉は、ヴェンダの心を少なからず揺らしていた。

「・・・・・・陛下、少しの間時間をいただけませんか」

いつの間にか、うつむいていたヴェンダはゆっくりと面を上げた。

「こんな時にどのような魔法が役立つのか、私はよくわかりません。しかし、私なりに考えて最善の呪法を用意します」

 ユノ王は良かったという風に笑みを浮かべると、ウリアンに目をやった。

 ウリアンは、軽く会釈をしてそれに答える。

「では、よろしく頼む」

 ユノ王は、慎重な動作で立ち上がると部屋を出ていった。その後を追うようにウリアンがついて行った。

 ウリアンは、扉のくぐり際に振り返るとヴェンダに聞いた。

「あまり時間がないのでな。呪法の準備はいつ整うのか?」

 今までのウリアンの態度に気を悪くしていたヴェンダは、わざと考える振りをしてから言った。

「今日の夕方くらいかしら。・・・準備が出来次第、お屋敷へお伺いします」

 ヴェンダのこの返答に、ウリアンは不服そうに鼻を鳴らすとでていった。

 後には、耳の痛い静寂が残っていた。

お話自体は完結してます。転載にあたり加筆など行ってますので修正しだい次を掲載します。

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