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花のように  作者: 藤井 芹香
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エピローグ

個人サイトからの加筆転載です。

 王都の西側の用水路沿いに設けられた街道には、ツァクルという樹木が植えられて並木道を作っていた。

 ツァクルは樹木としてはそれほど美しい木ではない。くねった枝に、ごつごつした表皮。虫や病気にも侵されやすく手入れも難しい。結実するものの、その実は食用にはならない。

 しかし、それらの欠点を打ち消してしまう長所があった。

 花。

 ツァクルの木は暖かくなってきたころに薄紅色の花を樹一面に咲かせる。

 それは見事なものだ。

 花の期間は10日程だが、この時期はツァクルは世界で一番美しい樹木になる。

 たった一つの、誰にも負けない長所。

 これが、この樹木の特徴だ。

 ヴェンダとバドは、陽気の暖かくなった中、見ごろを迎えたツァクルの並木道を歩いていた。

 時折吹く春風に薄紅色の花びらが競うように舞い落ちてくる。

 あれから数ヶ月が過ぎて、二人ともすっかり回復していた。

 ヴェンダは一週間ほど寝込んだ程度で回復できた。

 魔法で膨らんでいたお腹も元のように戻っている。

 宮廷魔女の地位も国王へ直接申し入れて回復してもらった。

 一方のバドは魔法毒の影響がかなり大きく、解毒が成功した後も冬場の期間をかけてゆっくりと静養した。しかし、平行してリハビリも行っていたらしく、春になるころにはすっかり元通りの状態になっていた。

 これは、ニムの献身的な看病と言う隠れた処方箋も利いていたらしい。

 ツァクル並木の下で、二人は会話を交わすでもなくゆっくりとした歩調で、並木道を歩いていた。

 この居心地の良い沈黙を破ったのはヴェンダだ。

「この花ね、お母さんが好きだった花なの」

 バドは視線をヴェンダに向けた。

 ヴェンダは白を基調にしたやわらかい色使いのワンピースを身にまとっている。とても、女性らしい服装に思えた。

「ようやく、この花の良さがわかった気がするわ」

 バドは、今度はツァクルの木を見上げた。薄紅色の花びらを湛えた幹。きれいな花だ。

 時折吹く風に、ひらひらと花びらが舞い落ちてくる。

 しかし、ヴェンダの言っている良さは花の美しさだけではないような気がした。

「ツァクルの木は一年をずっと辛抱してるのよ。この花を咲かせるためにね」

 ヴェンダは言った。ツァクルの木はこの花を咲かせる10日ばかりの間を輝くために普段は痘痕をさらしても我慢をしているのだ。

 この、一瞬の輝きを最高にするために。

 ヴェンダの母のイゼルダも魔女として大成するまでに沢山の下積みをしていた。その辺りが共感を呼んだことはわかる。

 ヴェンダも今なら、この花を好きになれる気がした。

 それから二人は、ツァクルの花びらが競うように降りしきる中をただ、黙って歩き続けた。

 目的地は、町はずれにある外門である。王都の最外縁にあたる場所だ。

 そこには先客がいた。二人を呼ぶ声がした。

 バドは大きく手を振ってそれに答えた。

「行こう」

 ヴェンダの手を取り走り出す。

 すっかり息が上がったころに外門へ到着した。

 外門にはニムとオキナが待っていた。

 オキナは腰痛が悪化しており、長距離を歩くことができなかったため、ニムと共に馬車でやってきていた。

 バドは馬車の荷台から背嚢やら何やらを取り出し身に着け始めた。

 旅装である。

 魔法毒のためバドは剣王戦への参加はできなかったが暗殺者を撃退したことからオキナに実力を認めてもらえたのだ。

 条件付で冒険の許可は出た。

 後見人の同行。

 幸いにもボルテックスが後見人をかって出てくれた。

 傭兵も飽きたし蓄えもそこそこできたので暫く放浪でもしようかという所だったのだ。

 丁度、ストルデニアとの契約期間が切れる時期でもあった。

 ティード皇子をストルデニア皇国の信頼できる人物へ預けてきた後に、ボルテックスは戻ってきてくれた。

 ボルテックスは、バドをオキナに預けた後で気になっていたところだったので丁度良い機会だったのだ。一緒に旅をすることで、バドの成長度合いを知ることができる。

 たぶん、旅の期間は数年に及ぶだろう。それによってバドは見識を広げることができるしボルテックスは自分の跡取りとして技術を教えることができる。

 そして、オキナもボルテックスが同行するならばと了承してくれた。

 バドは、真新しい旅装を身にまとっていた。瀬には背嚢を背負い、腰には多目的に使える小剣を下げている。

「似合うわよ」

 ニムが茶化すように言う。バドは照れたように頭を掻いた。

「どうやら、来たようじゃな」

 オキナが街のほうを指し示した。

 街のほうからボルテックスとクルナティオが馬に跨ってやってくるのが見えた。

 外門の屋根につけられた見張り台から鐘の音が響き始めた。正午を知らせる鐘だ。

 ボルテックスとクルナティオも鐘がなり終わるころには外門へ到着できた。

 全員が、ひとしきり挨拶を交わし終えたころにクルナティオはバドを呼び止めて言った。

「これは、公王陛下から渡すように言われた馬だ。表立って英雄扱いはできないが、暗殺者を退けた勇気に対しての褒美だそうだ」

 クルナティオはバドに手綱を手渡す。黒毛の立派な馬だ。

「名は、グルードルフだ」

 バドは礼を言って手綱を受け取った。本来なら、式典を模様して褒美の授与を公王の御前で行うべきところだが、さまざまな事情により、非公式な褒美の授与という形になった。

 主だった要因は捕らえられた者たちが自分たちの背後関係を最後まで明かさなかったこととティード皇子が自国の非を認め非公式ながら公王へ謝罪を申し入れたことだ。

 ティード皇子が覇権争いに勝利しストルデニア皇国の皇帝に就く可能性は少なくはない。

 その際に、外交上の貸しを作っておけば今後の国家間の関係も有利な立場で取引出来るだろうと言うのだ。

 皇子本人も今回のような民草を巻き込んだ騒動にひどく心を痛めている。

 ストルデニア皇国もティード皇子が皇帝になれば武力を中心とした外交ではなく、話し合いを中心とした無血外交を目指してくれるだろう。

 これは、ライニング公国としてもぜひ、目指してほしい方針だ。

 だから、ユノ王は皇子の謝罪を受け入れ、当事者のみを罰することで事態の収拾に努めたのだ。

 その結果、国内で暗殺者阻止の働きをした者達には、働きに応じた褒美を出すことが出来なくなってしまったのだ。

 だから、個々にあわせた褒美を非公式に配布して回っているのだった。

「そろそろ、いくぞ」

 ボルテックスはバドに向かっていった。

 バドはうなずくと、馬の背に登った。

 皆が、異口同音に別れの挨拶を言った。

 馬の腹をけり、ボルテックスとバドが外門をくぐっていく。

 ニムが声をかけながら大きく手を振った。バドは、馬上で振り返り、片手を挙げてそれに答える。

 ヴェンダはそんな二人を姿をみながら、今までのことを思い起こしていた。

 小さな、小さな、大切な思い出。

 時には、泣いたこともあった。

 今は、二人の関係には何の感慨も浮かばない。バドという知り合いが旅に出ることに少し寂しさを感じるがそれだけだ。

 ヴェンダは自分自身が恋をする事に恋していた事に気がついた。バドとニムはお似合いの二人だ。多分、バドが旅から戻れば二人は結ばれることだろう。そのときには、心から祝福してあげられる。

 風が、ツァクルの花びらを運んできた。淡い色がヴェンダの視界をよぎる。

 決して強くは主張しないツァクルの花の良い香りがあたりに漂う。

 私も、一瞬を輝くために、潔く顔を上げていこう。

 この花のように。

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