魔法使いは、杖を選ばない
「いい魔法使いは、杖を選ばないんだよ」
師匠はそう言って、笑った。
「でも、もしお前が杖を選ぶことがあるとすれば、それは……」
◆◆
ーー魔法特別研究所、通称「塔」。そこで告白したら、叶うかもしれないなんて、曖昧すぎる言い伝えがある大きな木の下。
呼び出しに応えて休憩時間にわざわざ来てくれた人の前で、私は息を吸い込んだ。
「大好きです、付き合ってください!!」
通算、99回目の告白。……それも、同じ人に。
それでも、1回目も99回目も同じだけ緊張してる。
みっともなく声が震えて、うまく息ができない。だって、本当に好きなのだ。
ーーそれこそ、99回告白するくらいには。
ぎゅっと目を閉じて、返答を待つ。
「…………」
はぁ、と小さく息を吐く音が聞こえた。
「目を開けて、エリシア・クラーク」
それからひどくぶっきらぼうな声で、名前を呼ばれる。
「はい!」
ぱっと目を開けて、ノートを開く。
フルネームで彼がーーレイ先輩が私の名前を呼ぶ。それは、私に教えてくれる合図だった。
「呼吸を整えるのは、魔法使いの基本。魔法大全の10ページの3項目を100回音読しな。それから、昨日、塔長に提出した書類だけど、内容は悪くない。でも、肝心な日付を間違えてた。提出前に、日付を確認する癖をつけること。君は夢中になると初歩的なことが抜けやすい。その自覚を持つんだ。それからーー……」
レイ先輩の言葉を一言一句もらさぬように、ペンを走らせる。
「それから……?」
いつもなら濁流のように流れるレイ先輩の高説が、突然止まった。
首を傾げてレイ先輩を見ると、先輩の視線の先に気づいた。
「……あっ!」
レイ先輩が見ているのは、私の腰。……正確には、腰のベルトにさした杖だ。
使い込まれた木製のその杖を、隠すように手で押さえる。
「……いい魔法使いは、杖を選ばない」
それはずっと聞いていた。
代筆屋がどんなペンでも、綺麗に字を描けるように。優れた職人がどんな材料でも、素晴らしい作品を仕上げるように。
ーーいい魔法使いは、杖を選ばなくても、すごい魔法が使えるのだと。
「……はい」
俯きながら、ノートに記す。
いい魔法使いは、杖を選ばない。
その言葉を大きく丸で囲んで、重要、と付け足した。
私の杖は、持ち手の部分が大きくすり減っている。それだけ、私がこの杖を選び続けたという証だった。
「お説教はこれで終わり」
その言葉で、メモを閉じる。
「さっき言ってた告白の返事は、わかりきってるからいいとして……」
あっさり告白の返事を流された!
これまでの98回と同じ流れだけど、ショックだ。
「……エリシア」
レイ先輩に名前を呼ばれ、口から出ていた魂を吸い込む。
「はい」
「僕も大戦に出ることになったから。……塔を頼むね」
…………え?
「……一雨きそうだな」
木の隙間から見える空を見上げて、いつものように天気の話を始めたレイ先輩。
そこには、怯えも、恐怖もなかった。
「……どうして」
隣国と戦争を初めて一年。
私たちの国が優勢で、そろそろ決着がつく……そう新聞にも書いてあった。
それに先輩の研究ーー深刻な怪我を癒す魔法は、戦争がなくても多くの人にとって、有用なはず。……それなのに。
「わりと状況が深刻らしくてね」
「で、でもっ、優勢だって……」
「まあ、よくある方便だよね。8割負けそうでも、正直に言うわけにもいかないでしょ」
でも、それじゃあ、レイ先輩は……。
「塔からも魔法使いを出せってことなら、それなら、わたしがーー」
「国は大魔法使いをご所望だ」
大魔法使いーーそれは、魔法使いの最高峰。世界にも数人しかいないその存在は、この国では、レイ先輩だけを指す言葉だった。
「……っ」
何も言えないで俯いていると、レイ先輩は私の肩をたたいた。
「まあ、1ヶ月くらいで帰ってくるよ。……君も知っての通り、僕は大魔法使いだからね」
レイ先輩の言葉に顔を上げる。
綺麗な青色の瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。
「僕が不在の間、塔を任せたよ。……エリシア」
ーーけれど、一月経っても、二月経っても。
レイ先輩は、戦争から戻ってこなかった。
郵便受けを覗く。
今日も私の家に入っていたのは、新聞だけだった。
「……長引く戦争いまだ優勢、か」
見出しに大きく書かれている戦況はいつも同じ。本当に優勢ならとっくの昔に終わっているはず。つまりは、劣勢なのだろう。
それでも私たちの国が完膚なきまでに負けていないのは、きっとレイ先輩のおかげだった。
「……先輩」
1ヶ月くらいで帰るって言ったのに。
思わず口をついて出そうになった不安を、飲み込む。
「……早く支度をして、水やりをしなくっちゃ!」
塔に植えられている様々な魔法植物たち。
先輩の研究対象の一つである植物たちのお世話は、私に任された仕事だ。
すぐに部屋の中に戻って、コーヒーでトーストを流し込む。
そして、支度を大急ぎで終わらせて、塔まで走ろうーーとして、ベルトにつけている黒猫のストラップが勢いよく揺れていることに気づいた。
「……ふぅ」
立ち止まって、息を整える。
魔法大全10ページの3項目。
呼吸を整えるのは、魔法使いの基礎中の基礎。
「よし」
何度か深呼吸をすると、気持ちが落ち着いてきた。
ストラップを撫でる。
黒い毛並みに青い瞳の黒猫は、レイ先輩にそっくりだ。通りがかった雑貨屋で私が思わず買った時に、レイ先輩は「僕は、猫って柄じゃないけど」って、不服そうだったけど。
「ありがとうございます、レイ先輩」
慌てず、走らず。
今度こそ、塔に向かって歩き出した。
「おはよう、キュロル。今日もいい天気だね。……おはよう、マリッサ。今日も元気そうだね。おはよう、メカロン。今日も良い香りだね」
レイ先輩の植物たちに声をかけながら、水を撒く。
植物たちは今日も変わらず元気そうで、異常も特に見つからない。
……よかった。
ほっと胸を撫で下ろす。
レイ先輩が不在の間に、枯らすなんてことがあったら……想像しただけでも、めちゃくちゃ怖い。
「おはようございます、クラーク様」
声をかけられ振り向く。
ジェイデン・マロン……私の二つ年上の魔法使いだ。
「おはようございます、マロンさん。あの、様付けは……」
「いくら権力とはほど遠い塔とはいえ、婚約者でない僕があなたを気楽に呼ぶなんて怒られてしまいますよ」
マロンさんは苦笑し、肩をすくめた。
「ところで、大魔法使い様の植物たちは順調ですか?」
「はい。みんな元気そうです」
「それはよかった」
聞いたわりには棒読みすぎる返事に、首を傾げる。
「……あの?」
「大魔法使い様が戦争に出て、半年です」
……エリシア・クラーク。
ぶっきらぼうに私を呼ぶ声を、もう半年も聞けていない。
「そろそろ、よろしいのでは?」
「……なにがでしょうか」
「あなたは若く、美しく、そして何より魔法の才能もある。なにせ、大魔法使い様が気にかけるくらいだ」
そこで言葉を止めて、マロンさんは私を見つめた。
「そろそろ身を固められて、後継の育成に励まれては? どのみち、あなたと大魔法使い様では、格が違いすぎる」
かっと、頭に血が上りそうになって、慌ててストラップを撫でる。
……うん、大丈夫、大丈夫。
「ご忠告、ありがとうございます。でも、私がいつ結婚するかもどうしたいかも、自分で決めますので」
99回告白して、返事をもらえなかったのだ。私の想いが一方通行なことも、不釣り合いなことも私が一番わかってる。
それでも私は他の人との結婚なんてしない。
「失礼します」
呼吸が乱れないように気をつけながら、マロンさんの横を通り過ぎた。
ーー塔での仕事を終えた帰り道。
戦争中でも、街は賑わっている。
レイ先輩と立ち寄った雑貨店も、給料日に一緒に食べたちょっと良いレストランも、似合うんじゃないって言って靴を買ってくれた服飾店も。
何一つ変わらない。
隣にレイ先輩が一緒じゃないことを除いて。
また落ち込んだ空気を、大きく吸って気持ちを切り替える。
……今日もかわいい便箋と封筒を買って帰ろう。
文房具店の中に入る。
すっかり行きつけとなってしまった店内は、たくさんの可愛い便箋で溢れていた。
花、虹、鳥、月……せっかくならといつも可愛らしい絵が入った便箋を選んで買ってるけど。
「今日は、何にしようかな……」
ふと、茶色い犬の絵が入った便箋が目に入った。
ーー僕が猫なら、エリシアは犬だよね。
なんて、先輩は言ってたっけ。
思い出して、笑みが浮かぶ。
……うん、今日はこれにしよう。
家に帰り先輩のことを考えながら、便箋に向かい合う。
レイ先輩が戦争に向かってから、毎日書いている手紙。その返事が来たことは、一度もない。
でも、送り返されたことも一度もない。
だから、ちゃんと先輩に届いている……それだけが、今の私の救いだった。
今日はなんて書こう。
そう考えながら、ノートを開く。
たくさんの先輩からの教えがつまった継ぎ足しのノートは、ずっしりとした重さがあった。
「…………」
その1ページ1ページの内容を読み込んでいく。
先輩との日々を思い出しながら、巡り続けたノートの最後。
重要、とかかれている部分。
「いい魔法使いは、杖を選ばない……」
私の腰にささっている杖は、相変わらず古びた木製の杖だ。
何度言われても私が手放せなかったこの杖のことを、先輩はきっと覚えていないだろう。
幼い私が初めて魔法を見た日。
すでに頭角を表していた魔法使いのレイ先輩は、嫌そうな顔をしながら、イベントの講師をしていた。
先輩が杖を振ったら、火が出たり、水が出たり、光ったり。
不思議なことを次々起こしてみせた。
そして最後に、イベントで先輩が使っていた杖の抽選会があったのだ。
運良く、その杖があたった私はレイ先輩を見上げた。
「わたしも、お兄さんみたいな魔法使いになれますか?」
「まあ、なろうと思えばなれるんじゃない」
……なんて、実にレイ先輩らしい言葉を言われた。レイ先輩は、子供に優しくしなさいって、はたかれていたけれど。
その日からずっと、この杖を私は選び続けた。
何の変哲もない簡素な……だけど、とびきり大事なこの杖を。
両親の反対を押し切って、魔法学校の試験を受けるときも、学校に入学するときも、そして塔に入るときも。
ずっとずっと一緒だった。
「いい魔法使いは、杖を選ばない……」
もう一度、先輩の教えを繰り返す。
私にとってのいい魔法使い。それはレイ先輩だ。レイ先輩は、たしかに杖を選ばなかった。
「…………」
ノートを閉じて、ゆっくりとペンを取る。
もう、手紙に書くことは決まっていた。
◆◆
激しい閃光と共に、一斉に光の矢が降り注いだ。
「……くそったれ」
思わず汚い言葉をこぼしながら、防御魔法を展開する。
魔法に関する才も努力も人並みじゃないという自負があった。それは大魔法使いという肩書きも裏付けている。
……でも。
「おーおー、北国育ちの大魔法使いはこんなもんか? いくら美男子でも、こんな貧弱なのが大魔法使いとはね」
金髪の刈り上げに派手な赤のスーツの魔法使い。彼は、隣国の大魔法使いだ。
「南国育ちは、隙だらけだね」
「あ?」
後ろから高速に回転する光の輪が彼を切り裂きーーちっ、外したか。
「俺の一丁羅が!! どーすんだよ、給料3ヶ月分だぞ」
「少し傷があるほうが男前になっていいんじゃない」
軽口を叩きながら、回転する頭は止めない。
ここに赤スーツがきているってことは、少なくとも東翼は大丈夫。
ということは、今のうちにーー。
「俺の前で考え事する余裕あるんだ。舐められてるねえ」
「考えるさ。被害を最小限にしたいからね」
「君の頑張りのせいで、泥沼化してるとは思わない?」
「……っ!」
防御魔法が一層破られた。
張り直す隙を与えず、追撃は止まない。
「ほんとならさ、俺たちの勝利で終わってたわけ。でも、君が中途半端に夢を見せちゃったせいでーー、もう3年半もくだらない争いは続いている」
「……最初に戦争をふっかけたのは、お前たちだろ」
「まあねえ。でも、これだけ長引いたのは、君のせいだよ。早く死んだら?」
ーー死ぬわけにはいかなかった。
たとえこの戦争で死ぬと知っていても、死ぬわけにはいかなかった。
この戦争で勝たなければ大魔法使いの僕に、生きる資格はない。
だから、この戦争で勝つしか方法はない。
領土を拡大し続けている隣国相手に、粘り続けて3年半、僕が参戦してからは3年か。
「やだ」
ーーいやだ。
死ぬのは、怖くない。
でも、とびきり怖い。
……大好きです、付き合ってください!
何度も聞いたその告白を。
……レイ先輩。
柔らかく僕を呼ぶその声を。
ーーもう、ずっと聞いていない。
特別で大切な後輩のいる国を明け渡すわけにはいかない。
死ぬのは、別に怖くない。
僕がこの戦争で死ぬのはわかってた。
僕は、今日以降の未来を見ることができないから。
そのことに気づいたのは、奇しくも、初めて彼女に告白されたときのこと。
「大好きです、付き合ってください!」
緊張で震える声で告げられたその言葉。
それが、僕が人生で言われた中で、一番嬉しい言葉だった。
僕も、と頷こうとして、その前に未来予知した。
大魔法使いである僕は、未来予知ができる。
彼女と結婚する未来を見たくて、目を閉じた先に最後に見えたのはーー暗闇と煙だった。
「レイ先輩?」
……そっか。
僕は死ぬのか。おそらく、最近始まった戦争だろう。
「ううん。……エリシア・クラーク」
「!」
「君、昨日の魔法なんで失敗したか、わかってる? 光魔法は簡単に見えて、実は一番繊細なんだ。まず、一番大事なのはーー」
エリシアが分厚いノートを開き、僕が言ったことをメモをしていく。
実直に、僕が言ったことを書き記すその様子を見ているとだんだんと落ち着いてきた。
「……こんなところかな」
「ご指導、ありがとうございます!」
満面の笑みでノートを閉じた……と思ったら、今度は不安と期待が入り混じった目でエメラルドの瞳が僕を見つめていた。
「どうしたの?」
「いえ、あの……その……」
「返事は、わかりきってるからしないよ」
……そんなあ、とわかりやすく、肩を落とした彼女。
本当は、今すぐ抱きしめたかった。
僕も好きだと伝えたかった。
……でも、そんなことできるはずもない。
だって、僕は死ぬ。
ひとはいずれ死ぬけれど。
3年半後に死ぬとわかっている男をわざわざ選ぶ必要はないのだ。
「……あーあ」
彼女が後ろを追いかけてこないことを確認して、ため息をつく。
エリシアが僕を追いかけてこないのは、初めてだった。いつだって彼女は、僕を追いかけてきてくれたから。……魔法使いのイベントを輝く瞳で見ていた彼女を選んで、気まぐれに杖を渡してから、ずっと。
未来予知は外れない。
逆に、外れない未来しか見えない。
だから……僕は死ぬ。
エリシアはクラーク公爵家の次女。身分も高く、可愛くて、愛嬌もある。
一方、僕は魔法が人よりも使えて大魔法使いなんて肩書きを貰えたのはいいものの、出身は平民だ。
だから、彼女がこんな僕に縛られる必要なんかないんだ。
せめてもの抵抗に、彼女が誰と結婚するのかも見ようとしたけれど。それすら、見えなかった。
きっと、僕が死んだ後のことは見えないんだろう。
「……悔しいなぁ」
僕を見るときらきらと輝かせるエメラルドグリーンの瞳。駆け寄ってくるたびに広がる柔らかそうな金の髪。食べ物をよく頬張る、丸い頬。いつも機嫌よさそうに上がっている唇。
少し抜けているところも、真面目なところも、素直なところも、小さいことにも感謝を忘れないところも。
気まぐれで僕が渡した杖を手放せないところも。
彼女を構成するすべて、その全部が大好きだ。
……でも、仕方ない。
エリシアの未来は奪えない。
死は、二人を分つのだ。
……なんて、思っていたのに。
エリシアは変わらなかった。
「レイ先輩!」
次の日もまるで、なんてことのないような顔をして、笑う。
「おはようございます!」
屈託のない笑みで挨拶をされて、面食らう。
「う、うん? おはよう」
「はい」
にこにこと笑うその瞳の温度は、昨日から変わっていない。
そして、その数日後、エリシアから再び告白された。
もちろん、僕は応えられない。
そして、ずるいことに、きっぱりと断ることもできなかった。
二度目ともなれば、わかっていた。
エリシアは、きっと僕が完全に拒絶すれば、もう告白なんてしてこない。
踏み込んではいけない線引きを、ちゃんとできる子だった。
エリシアを想うならば、きっぱりはっきり断るべきだ。だって、僕は死ぬんだから。
わかってる。……わかってるのに。
こんなのエリシアが好きになってくれたレイ先輩じゃない。だから、僕は。
何度も葛藤して、のたうち回って。
それでも僕は、最後の一回まで、断ることができなかった。
そして最悪なことにーー最後の最後で彼女に呪いをかけてしまった。
だから、僕は今日死ぬけど、死ぬわけにはいかないのだ。
「僕は、まだ死ねない」
もしかしたら、もうエリシアは自力で呪いを解いたかもしれない。
だって、この2年半ずっと手紙が届いていない。それもそのはず、エリシアからの最後の手紙には、「もうこれで先輩に手紙を書くのをやめます」と冒頭に書かれていた。
その手紙は、それ以降読み進められていない。
エリシアからの最後の手紙は、最期のときに読もうと思ってとっておいたのだ。
返事が返ってこないのに手紙を、半年間も毎日届いた手紙。
透過魔法を使って、厳重に防御魔法を重ねて、肌身離さず持っている。
「おー、いいね、その目。そういうのゾクゾクする」
戦闘ジャンキーな赤スーツは、うっとりと僕を見つめた。
そして、殺気が倍近く膨れあがる。
大魔法使い同士の戦いに、他の魔法使いは入れない。入っても無駄死にするだけだ。
だから、一騎打ちのようになる。
僕の理性が、冷静に告げる。
魔法の実力は、五分五分。だけど、実践経験が差をつける。正直、勝つのはかなり厳しい。良くて相打ち、まあほとんどの確率で無駄死にだ。
ここでただ負ければ、僕たちの国は負ける。相手は領土を広げ続ける大国だ。負ければ、いい扱いを受けない。けど、戦争は終わる。
でも、僕が相打ちすれば、どうだろう。
両国、大魔法使いという柱を失うことになる。
そしたら、まだ、僕たちの国にも、蹂躙されずにすむ可能性が出てくる。
そして、可能性はかなり低いが、もし僕が勝てたら。相手国の最大の脅威がなくなる。
僕たちの国が勝てるかもしれない。
だったら一世一代の全部をこの魔法にかけよう。
僕の師匠は言っていた。
いい魔法使いは、杖を選ばないって。
そして、こうも言っていた。
もし、僕が杖を選ぶなら、それはーー魔法よりも大切なものができたときだと。
僕には、何もなかった。
魔法だけが取り柄で、全てだった。
だから、魔法が手放せなかった。
……でも。
エリシアの顔を思い浮かべる。
全部、無くしたっていい。
僕は、君に謝らなくちゃいけないことが、たくさんあるんだ。
だから、生きないといけないんだ。
たとえ、今までの僕が死んでしまうとしても。
「僕はーー「杖」を……」
呪文を唱える間際。
突然、魔法煙くさい世界が、真っ暗になった。
この光景は、見たことがある。
僕の未来予知だ。
まさか、呪文を唱え終わる前に、死んだのか?
ーーヒュー
いや、違う。
ーードォオオン
轟音と共に光が弾けた。
赤、黄、緑。様々な光の花が、キラキラと弾ける。
「え」
僕と赤スーツは、顔を見合わせた。
だって、それは……。
「停戦、停戦です! 至急、戦闘行為をやめてください。ーー繰り返します」
大きな声で、そう叫ぶ伝令ーーいや、あの制服は、議会の議員だな。
なんで、こんなところにわざわざ政治家がーー。
「伝令、伝令! ただちに、武装を解除してください。ーーこの戦争は、終わりです!!」
そう言いながら、空を飛び回る政治家。
「なんで……?」
思わず、ぽかん、と口を開ける。
だって、その姿は。
「レイ先輩ー!!!!!!」
政治家は、彼女はーーぶんぶんと大きく手を振りながら、駆け寄ってくる。
「無事ですか!? 無事ですね!?!? 間に合いましたか!?!」
「…………夢?」
なんで、こんなところにエリシアが……。
そもそも、僕は、今日死ぬはずじゃーーでも、魔法使いとしての僕も、人としての僕も、まだ死んでいない。
「……先輩!!!」
エリシアが僕に抱きついた。
随分と短くなった、その髪に触れる。
柔らかそう、と思っていた髪は、想像以上に柔らかかった。
「夢だったら、困ります! わたしっ、先輩の教え通り、ちゃんと、杖を選ばなかったのに」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、エリシアはしゃくりをあげた。
エリシアの腰をみる。
杖はいまだに、僕が渡した木の杖だった。
「エリシア……」
「使えるものは実家のコネでもぜんぶ使って、のしあがって、議会の重鎮になったのに……」
「エリシア!?」
僕が教えたかったのは、そういうことじゃ……いや、そういうことかも。
「レイ先輩、一回も手紙を書いてくれないし、1ヶ月で戻ってくるって言ったのに、その間任せるなんて呪いみたいな言葉だけ吐いて、戻ってきてくれないし……それに」
いざ言われてみると、僕、本当にひどいな。
「エリ……」
「一回もちゃんと告白の返事をくれなかったし」
「!! それ、は……」
「えっ、ひっど〜い」
野太い非難の声に思わず振り向くと、赤スーツの隣国の大魔法使いが、手で口を押さえて非難の目を向けていた。
そういえば、こいつの存在をすっかり忘れていた。
「……ああ、もう」
エリシアを抱き抱えて、飛び上がる。
高度を上げて、上げて、上げてーーここまでこられるのは、僕の他には彼くらいだろう。
「エリシア」
「レイ先輩のばか、あほ、すっとこどっこい」
大人びた顔からは想像がつかないほどの幼い罵倒を浴びせながら、エリシアは泣いていた。
「ごめん、エリシア」
「それが……返事ですか?」
「ううん。違うよ」
エリシアの涙を片手で拭う。
「僕は、君の知っての通り、ずるくて卑怯ではっきりしない男で散々君を傷つけたわけだけどーー」
「レイ先輩の悪口いわないでください」
間髪入れずにエリシアが顔を顰めた。
「ごめん、卑怯だったね。……僕が本当に言いたいのはそういうことじゃない」
エリシアのエメラルドグリーンの瞳を見つめる。
魔法の基本は、呼吸を整えること。
それなのに、乱れまくりな息を深呼吸をして整える。
「愛してる。エリシア・クラークさま、僕と結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」
それでも、みっともなく震える声で愛を乞う。
そんな僕に返ってきたのは、とびきりの笑顔だった。
「えっ、レイ先輩、未来予知なんてできたんですか?」
これまでのこと、これからのこと。
二人きりで、たくさん話した夜のこと。
「今は……もうできないけどね」
僕が未来予知の魔法を失ったのは、おそらく、一番卑怯な魔法である杖を選ぶ魔法を使いかけたから。
禁術の一つ。杖を選ぶ魔法……それは、相手を杖に見立てて使う魔法だ。
これを使った魔法使いは、今後一切、魔法を使えなくなる。相手の魔力も乗せるわけだから、威力はすごく高くなるけど。
「なあんだ。明日の朝ごはん、当ててもらおうと思ったのに……」
残念そうに頬を膨らませるところは、3年前から変わっていない。
「それはわかるよ。ベーコントースト」
「!?」
図星だったようで、口をぱくぱくさせたエリシアに笑う。
「な、なんで……」
「エリシアを愛してるから」
エリシアの頬はリンゴよりも赤くなった。
「ねえ、エリシアーー」
僕が杖を振ると、どさっと、たくさんの手紙が机の上に舞い降りた。
「え、手紙……? この文字は、レイ先輩? それに宛先は……私?」
「うん。出せなかったけど、書いてたんだ。3年間、ずっと。よかったら、受け取ってくれる?」
手紙の山を抱きしめて、エリシアは微笑んだ。
「誰にも……レイ先輩にもあげません!」
その得意げな顔が、愛おしくて、胸が詰まって、エリシアを抱きしめる。
「先輩?」
不完全とはいえ、杖を選ぶ魔法を使った僕は、もう、未来予知の魔法が使えない。
これから先、僕は、見えない未来を生きていく。
「愛してる」
「ふふ、私も愛してますよ。ところでーーレイ先輩」
君が、笑う。
「朝食のベーコンの枚数をかけて、じゃんけん勝負をしませんか。ちなみに、私はぐーをだします」
さあ、先輩はどうします?
未来、見えちゃいましたね。
なんて、ふざけた顔で。
「ずるいな」
「えー、だって先輩が言ったんですよ」
ーーいい魔法使いは、杖を選ばないって。
そう笑ったエリシアが、本当にグーを出すのか。
僕たちは、無事に結婚できるのか。
何一つ、未来は、見えないけれど。
それでも……。
僕の人生でたった一人の、かけがえのない支えである君。
「勝った!! ええー、レイ先輩に勝ってほしかったのに」
「僕は、いい魔法使いじゃないからね。方法は選ぶさ」
君がより幸せな方を、なんて、思うんだ。
ーーでも。
「……先輩、私、ただ、幸せになりたいわけじゃないんです」
そんな僕を飛び越えて、君は、笑う。
「先輩と一緒に幸せになりたいです。そして、その方法は選んだり、選ばなかったり……一緒に考えたいの」
なので、なんて、とびきり可愛く君は笑う。
「このベーコンは、半分こにしましょう! ーーひとまず、今日は方法を選ばない方向で」
こんな風に、選んだり、選ばなかったりを繰り返して、僕たちは歩んでいく。
ーーとびきり輝かしく曇った日々は、まだ始まったばかりだ。
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます!
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