46話 喧嘩するほど仲がいい?
「楓くん、起きてください。緊急事態なのです」
エルシオに肩を揺らされ、俺は目を覚ました。いつの間にか眠っていたみたいだ。
「なんだ? 玄関からターゲットが出てきたか?」
「いえ、そうではないのですが……」
エルシオはどこか不安そうな表情をしながら、ターゲットの家の近くにある茂みを指差した。俺はまだ開ききっていない瞼を擦りながら、その指が差す方向へ目を向けた。
ちなみに、もちろんルルフィアはまだ寝ている。起きる気配も無ければ、起こそうとする天使も人間もいない。
「なんだ…? マネージャーの人か?」
「多分違うのです。それに、格好がかなり不審なのです」
茂みの影に隠れている人影。頭だけ茂みから飛び出ており、ターゲットの家の方をチラチラと確認している。
たしかに不審だ。夜の森の中で、サングラス。黒い帽子。マスクを着用し、その場所から動く様子はない。
ーーーーーーサングラス、帽子、マスク……
「いや、どう見ても不審者じゃねえか!」
寝ぼけていた頭が覚醒し、状況を把握した。あんなにも不審者代表のような格好をしている人と、初めて遭遇したかもしれない。
怪しいとかじゃない。「今から犯罪行為をします」と、宣言しているようなものだ。
「あれか? 昨日のマネージャーが言ってた、ストーカーか?」
「おそらく……ですが、私たちにはあいつを止めることができないのです」
どこからここに「井上 きらら」がいる情報を仕入れたのかは知らないが、あいつはここにいるアイドルのストーカーで間違いないだろう。違ったとしても、何かしらの犯罪を犯そうとしているのは確かだ。顔は見えないが、顔にそう書いてある。
問題はエルシオの言うとおり、俺たちはこの世界の物や生き物に触れることができないため、あのストーカーを捕らえることができないということだ。
「あーー!!! 絶対あの人悪い人だ!!」
俺たちの話し声で起きたであろうルルフィアが、急にストーカーを指差してそう叫んだ。
驚きも相まって、思わずルルフィアの口を塞いでしまった。俺たちにしか聞こえていないことを失念していた。
まだまだ死んでいることに慣れるには時間がかかりそうだ。
声が聞こえてくれればあいつもここから逃げ出すに違いないが。
「……あっ」
俺が思いついたことを、エルシオも理解したみたいだ。俺とエルシオは顔を合わせ、無言で頷く。
口を塞がれたルルフィアは黙ったままだ。大声を出してしまったことを反省しているのか、どこかしょんぼりしている。
大丈夫だぞ。俺が間違えたんだ。声はあいつには聞こえないぞ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
茂みからストーカーが出てきた。バールのようなものを持っている。窓に近づいていくところを見るに、あれで窓を割って中に侵入するつもりだろう。
服も全身黒色だ。もはや逆に目立つ。
「好都合なのです。窓を割ってくれれば、私たちも粉をかけられるのです」
「よしっ、さっきの作戦で行くぞ。失敗は許されないからな」
「もちろんなのです」
「作戦って何? ルル聞いてないんだけど」
「大丈夫だ。ルルフィアは粉の用意を頼む」
作戦は作戦だ。さっき3人で打ち合わせたのだが、念の為ルルの出番を用意していなくてよかった。しっかり聞いていなかったようだ。
俺たちはストーカーの背後に立ち、窓が割れるのを待つ。
『パリン』
ガラスの割れる音がした。ストーカーが窓ガラスを割った音だ。家の中から物音はしない。おそらく「井上 きらら」は窓が割れたことに気づいていない。
ストーカーもそれを確認したのか、少しして割れた箇所から窓の内側に手を通し、鍵を開けた。
「私たちもあれができたら仕事が早く終わるのにね〜」
ルルフィアの能天気な発言を無視して、俺とエルシオはその時を待つ。
そもそも、ルルフィアはこの仕事がすでに天界では行われていないという、天界の真実について知っているのだろうか。
フィロから記憶を貰ったと言っていたが、名前しか覚えられなかったとも言っていた。
いや、今はとりあえず、目の前の犯罪者だ。
窓から不法侵入したストーカーを追うように、俺は家の中へ入る。
「じゃあ、私は外にいるのです」
「了解。頼んだぞ」
作戦どおり、エルシオは家の中には入らない。
ルルフィアは困っていたため、俺が手招きをして家の中に入るよう促した。
ターゲットがいる部屋は、アイボーンで位置を見れば把握できる。だがそれよりも、目の前を忍足で歩くストーカーを追った方が確実だ。歩む方向に迷いがない。
おそらく「井上 きらら」の位置を把握している。計画的犯行なのだろう。
『ウゥーン! ウゥーン!』
鳴り響く轟音。これはパトカーのサイレンの音だ。
窓の外には赤色の光が見える。
「なっ……! なんでサツにバレてる!?」
もちろん、警察にばれてはいない。この音は、エルシオが魔法で出している音と光だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
20分ほど前、俺たちは作戦会議をした。
作戦の内容はいたってシンプル。エルシオの魔法を駆使した「偽警察突入作戦」だ。
まず、部屋に侵入するであろうストーカーを追い、俺は家の中に入り。エルシオは外で待機する。
エルシオの音を出す魔法は、いろいろな音色を再現することができる。パトカーの音ではエルシオに伝わらなかったため、俺が声真似でエルシオに伝えた。
さっきのサイレンがその魔法の音なのだが、割と本物っぽくなったその音を聞いて、我ながら自分の音感の良さに鼻が高くなる。
杖が光る魔法も同様に、色を変えられる。今回は赤色に光らせ、パトカーの赤色灯を再現した。
家に中にいた俺からは、本当に警察が来たと思えるほどの再現度だった。
ここまでの作戦は順調に進んでいる。
流石に、警察が近づいてこればストーカーは逃げ出すと考えていた。
その後、中にいる俺がゆっくり粉をかければいいというのが今回の作戦だったのだが。そう簡単にはいかないようだ。
「誰!?」
「うるせえ! お前は人質だ!」
サイレンの音を聞いて部屋から飛び出してきた「井上 きらら」は、ストーカーと廊下で鉢合わせた。
ストーカーはバールのようなもので「井上 きらら」を脅し、人質と言ってポケットから取り出した紐で拘束した。用意周到だ。紐まで持っているとは。
まさか立てこもるとは想定外だった。ただのストーカーがそこまでするとは思わなかったからだ。
このままではまずい。立てこもったところで警察は突入することもないし、そもそも誰も通報していない。
頭を急速で回転させるが、全く打開策が思いつかない。
「バインド!!」
ルルフィアが急に訳のわからないことを言い出した。ついに壊れてしまったのかもしれない。そう思った矢先だ。
「は!? なんだこれ!?」
ストーカーの手足が何かで縛られ、身動きができない状態になっている。よく見れば、ストーカーの持っていた紐だ。
「ルルフィア、これは……?」
「魔法だよ! 中級魔法! 紐状のものが近くにあれば、相手を拘束できるの!」
俺が呆気にとられていると、ルルフィアはそう言って、ターゲットに粉を振りかけた。
魔法であれば、この世界の物や人間にも効果があることは知っていたが、これはありなのか。
まあ、できているのだからありなのだろう。
「お仕事完了!」
この子は、エルシオの言うとおりアンポンだと思っていたが、実はそうではないのかもしれない。いや、アンポンなのに間違いはないが、それでも、粉持ちは粉持ちだ。魔法をある程度は使えるのだろう。少し見直した。
「ありがとう。助かった」
特に得意げにもならず、平然と仕事をこなしたルルフィアを見て、音感ごときで鼻を高くしていた自分を殴ってやりたい気持ちになる。
ストーカーが施した拘束が甘かったのか、「井上 きらら」は自力で拘束を解き、消えてしまったサイレンの音とパトカーの光のこと、そして、急に拘束されたストーカーに不信感を抱くような表情を見せながら、警察へと連絡している。
少しして、本物のサイレンの音が聞こえた、その後、俺とルルフィアは窓から家を後にして、エルシオと合流した。
俺がルルフィアの活躍をエルシオに話すと、少し驚いた表情を見せたものの「さすが粉持ちなのです!」と、ルルフィアを褒めている。
照れるルルフィアを見て、2人の仲の良さに安堵する。喧嘩するほど仲がいいというのは、案外事実なのかもしれない。
落ち着いたところで、俺はルルフィアに聞きたかったことを聞くことにした。
「ルルフィアは、今の天界が幸せの粉をどう使っているのか知ってるか?」
「知ってるよ。よく牢屋で聞こえてきたから。もう人間には粉をかけてないって」
フィロの記憶からではなかったが、ルルフィアは天界の真実を知っていた。
やはりこの話には「粉持ち」としてはあまり触れたくなかったのか、少し声のトーンが暗い気もする。
「でも大丈夫でしょ? 寝ながら聞いてた! ルルたちで、この天界を変えるって!」
ルルフィアは俺とエルシオを交互に見て、明るい口調でそう言った。
「寝ながら聞く」というのがどういう状況なのかよくわからないが、ルルフィアの言うとおりだ。俺たちは天界を変える。そう決めた。
「てかそれより! エルシオの初級魔法の使い方も凄かったよ!」
「このくらいは朝飯前なのです!」
「初級であの応用力なら、中級や上級だともっと凄いんだろうなあ」
「ギクッ」と、聞こえた気がした。口から漏れ出たのだろう。そんな声が実際に出ているところを初めて見た。
エルシオの顔からは焦りが見える。それもそうだ。前に俺が聞いた時は初級魔法しか使えないと言っていたし、エルシオの魔法はあの2つしか見たことがない。
「中級魔法だと、どんなのが使える?」
「えー、んー、まあ、特に」
「特にって……あー、あんまり使える魔法を公開するのは良くないもんね。でもでも! 中級魔法くらいなら誰でも使えるんだからさ、教えてくれてもいいじゃん!」
「いや、その、特になので」
棒読みでそう答えたエルシオを見て、流石のルルフィアも何かを悟ったのか、ルルフィアはエルシオの肩に手を乗せ、エルシオの耳元で呟く。
「……まあ、得意不得意はあるからさ。ルルが……教えてあげるよ」
半笑いだ。完全にバカにしている。もしその気が無いとしても、無意識に煽りすぎだ。
その後の流れはいつもと同じ。
結果だけ言うとすれば、エルシオとルルフィアの頬が腫れた。それだけだ。




