17話 天地逆転
「何故、こいつがここに居るのですか?」
エルシオは後ろに立つ俺に、振り返りもせず問う。
「んなこと言われてもな、俺もよく分かんねえよ」
シルエトからの、「剣を仕舞え」と言う要望を未だエルシオは受け入れていない。お互い1歩も動くことなく、時間だけが過ぎていく。
俺の答えを聞き、次にエルシオはシルエトに問う。
「シルエトは何故ここに居るのですか?」
「もちろん、エルシオさんを探してたんですよ、ずっとね。どうですか、天界騎士団に戻ってきては?」
「お断りなのです。私は、そっち側に戻る気は一切無いのです」
「ははっ、まあ、そうですよね。分かりました。僕はエルシオさんがちゃんと生きていればそれで良いんです。あんな事があってからすぐに居なくなったわけですから、心配してたんですよ?」
「心配は無用なのです。申し訳ないですが、この人間のことを知ってしまったあなたを、こちらも見過ごすことはできないのです」
そう言ったエルシオは、剣を握る手に力を込めた。
「いやいや、こちらもって、僕は見過ごす気満々ですよ! さっきも言いましたけど、エルシオさんが元気なら良いんです。かえちゃんに関してもね、なんだか面白いし」
「見過ごして、シルエトにメリットが無いのです。見過ごした事がバレたら、あなたもタダじゃ済まない。天界騎士団なら尚更なのです」
「良いんですよ。じゃあ、僕はもう帰るので」
そう言って、シルエトは植物園の出口の方へ歩いて行った。
結局、最後までシルエトは悪い奴には見えなかった。少なくとも、剣を向けるほどでは無い。それでも、エルシオは剣を向けて相対していた。それほど、俺の存在はバレてはいけない事なのだろう。少し楽観視していた部分もあり、気が引き締まった気がする。
「ふぅ……じゃあ、私達も帰るのです」
「あいつは、良い奴なのか? なんか、エルシオのことを探してるっぽかったぞ」
「まあ、悪い奴では無いのです。ですが、もうあっちのために剣を振うことはないので、関係ないことなのです」
「あっちって?」
「そんなことは良いのです。とにかく無事で良かったのです。エフィルロも……エフィルロが心配してたのです」
「そうか、悪いな」
エルシオの隠しきれていない優しさを感じながら、俺はローダンセに目を向ける。
「この花だろ? アレシアが一緒に見たいって言ってたのって」
一瞬、エルシオは花に目を向けた。だがすぐに目を逸らす。
「アレシアと見れなければ、意味が無いのです」
「そうか、まあ、そうだよな」
花自体には意味が無い。大事なのは、誰と見るかだ。そう、俺も思っていた。
颯爽とゲートを開き、先に飛び込んだエルシオは、ほとんど目を向けなかったローダンセ。その花をエルシオと見たがっていたアレシアの気持ちを、俺は理解しているつもりだ。
とりあえず、シルエトから聞いた星刻機のこと。それをエルシオに伝えなければいけない。エルシオが自分に正直に生きられるきっかけになるはずだ。根拠はないが、そんな気がする。
俺は、目標達成に1歩ずつ近づいていると信じながら、エルシオに続きゲートに飛び込んだ。
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「おかえり〜!! 楓、大丈夫だった!?」
ローズベルクに帰ってきた俺は、帰って早々フィロに肩を掴まれ前後に激しく揺らされている。
「大丈夫、だと思う。詳しくはエルシオから聞いてくれ、俺もよく分かってない」
俺がそう言うと、俺を激しく揺らしたままフィロはエルシオに顔を向ける。
「シルエトと言う昔の知り合いに、そこで奇妙な動きをしている人間のことがバレたのです」
「自発的にこんな動きをしてるんじゃない。こいつが揺らしてるんだ、無駄に力が強いせいで振り解けないだけだ」
「シルエトって……あー、まあいいわ。なんとかする」
何かを思い立ったように、フィロは俺の肩から手を離しエルシオにそう言った。
反動で俺は後ろに吹き飛ぶ。これは不幸だ。粉をかけてくれ。
そんな中、エルシオのカメラが目に入った俺は、例の星刻機についての話を思い出した。
「あ、そうだ。エルシオ、星域に行かないか? 離したい事があるんだ」
露骨に怪訝そうな顔をするエルシオは、俺に何か疑いの目を向けている気がする。
「行ってきたら? とりあえず今日は仕事も無いし」
「仕方がないですね、少しだけですよ」
珍しくフィロが後押ししてくれたおかげで、エルシオは怪訝そうな顔をしたままではあるが、ゲートを開いてくれた。
星域で話したい理由はただ1つ。星刻機のことを伝えるためだ。星刻機は、星域で効果を発揮するとシルエトは言っていた。それに、エルシオは俺に話があると、星域で本音を話してくれた。悩みを打ち明けてくれたのだ。こう言う話をするのであれば、あそこが1番良いだろう。死神が出没しても、エルシオがいれば何とかなるはずだ。
手を振るフィロを横目に、俺とエルシオは再びゲートに飛び込んだ。
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「で、盗み聞きが趣味のあなたが、シルエトってことで良いのかしら?」
運よく2人が退席したところで、私は見えない誰かに呼びかけた。
2人が居ない方が、何かあったときに対応できる。
「流石ですね〜、僕の透明化の魔法、バレた事ないんですけどね」
私の声を聞いて、部屋の隅から姿を現した青髪の天使。きっと、さっきエルシオが言っていたシルエトだろう。
おそらく、透明化の魔法を使って、バレずにエルシオと楓の後に続いてゲートに入ってきたのだろう。だけど、私の目までは誤魔化せなかった。入ってきた瞬間に、別の天使の気配はしていた。
姿を消せる魔法。私は使えないどころか、聞いたことも無い。とにかく、高度な魔法を扱っている以上、このシルエトとやらは天使の中でも格上に違いない。
「エフィルロさんですよね、僕はシルエト。天界騎士団です」
「私のことを知ってるなんて、相当趣味が良いみたいね、さっきの趣味とは大違い」
「僕の趣味は盗み聞きでもあなたでもないですよ。死神を殲滅することです」
「そうなの? なら帰ってもらえるかしら? 私は死神じゃないの」
「まあまあ、あなた程の天使とお話しできる事なんてそうないんですよ。ちょっとお話ししましょうよ。ここの事とか、かえちゃんの事とか。もちろん、こっちの話もしますよ」
見たかぎり、悪意は無さそうだ。私も、今の天界の内部事情は知っていて損は無い。信じて良いものだろうか。
ーーーーーーまあ、最悪の場合は
「まあ最悪、あなたなら僕の記憶を消すなんて容易い事でしょう? 小耳に挟んだことがあるんです。真実かどうかは疑わしいところですが」
心の内側を読まれている様で癪に障るが、シルエトの言う通りだ、最悪の場合はそうすれば良い。ただ、その必要はない様にも思える。おそらく、シルエトはこっち側の天使だ。
「先に言っておくけど、エルシオは引き抜かせないわよ。仮に天地がひっくり返ってもね」
「まあそうですよね! それはエルシオさんにも断られちゃいました。僕も先に言っておきます。ご存知かもしれませんが、今の天界はすでに天地がひっくり返ってますよ」
「えぇ、もちろん知ってるわよ。だから、私はここに居るの」
「やっぱり、噂は本当だったみたいですね。粉持ちの中でも群を抜いていたあなたが、何故こんな事を?」
「分かるでしょ? 自分で言ってたじゃない。天地がひっくり返ってるからよ。今の天界はまるで」
「地獄。そう言う事ですよね?」
シルエトはまた、見透かしたようにそう言った。
これもまたその通りだ。今の天界はまるで地獄。
「分かりますよ、あなたの気持ち。僕もそう思います。でも、分からない事がある」
「何でも見透かしたようなあなたが、分からない事なんてあるのかしら?」
「ありますよ〜。かえちゃんの事です。何故こんな真似を? メリットがある様には思えませんが」
「人間を幸せにしようとするのに、メリットデメリットなんて考える必要がある? まあ、今の天界ならそう思うのが普通かもしれないけど」
「そうじゃないですよ。もっと根本的な事です。何故かえちゃんは0ポイントなのかって事ですよ」
何故0ポイントなのか、その答えは、私の中では明白だ。
「教えてあげても良いけど、帰りは自分が誰なのかすら覚えていないと思った方が良いわよ」
「怖いなあ」と、シルエトは乾いた笑顔を私に向けた。
「分かりました。じゃあ質問を変えます。ここはどこなんですか?」
「ここはローズベルク。私が作ったの。普通に天界に居たら、仕事にならないから。私からも質問。あの頃からコハクリアの状況は変わった?」
「変わってないですよ。エフィルロさんが仕事してた時よりも、ずっと酷くなっていると言っても良いですね。死神は増える一方です」
「そう、それは大変ね」
「だからエルシオさんに戻ってきて欲しいんですけど……まあ、大体分かりました。1つ忠告しておくと、上層はあなたの存在には気づいている。秩序を守るためにも、あなたを探しています。僕は何もしませんが、見つかるのも時間の問題かと」
「分かってるわよそんなこと。それより、エルシオの事はともかく、楓のこと、本当に見過ごす気? それこそ、メリットがあるようには思えないけど」
シルエトは顎に手を置き、首を捻りながら答える。
「メリットならありますよ? 人間が幸せになる事の、どこにメリットが無いんですか? それに……かえちゃんはエルシオさんを救ってくれる気がするんですよね」
「そこだけは気が合う見たいね」
「そこが合っていれば十分ですよ」そう言って微笑みながら、シルエトはゲートを開いた。
「良いんですか? 記憶はこのままで」
「えぇ、私は信用するのが趣味なの」
「良い趣味をお持ちで」
シルエトは爽やかな笑顔を私に向けた。今にもゲートに飛び込もうとしていたシルエトは、「あと最後に」と言いこちらを振り向いた。
「エルシオさんとかえちゃんは、ここにいて幸せになれますか?」
それを聞いて、私は力強く頷いた。それを見たシルエトは、満足げに足を踏み込みゲートに吸い込まれていく。
部屋に1人残された私は、記憶を消さなかったことに少し不安を抱きながら、シルエトの最後の質問の意図を、心の奥で噛み締める。
「私が、幸せにするもの」




