15話 ふたりの目的
エルシオの夕日撮影会も終わり、帰ろうとしていたその時、アイボーンをいじっていた俺はあることに気がつく。
「これ……」
画面の地図を見た俺は目を見開く。微かな記憶ではあったが、この地名には見覚えがある。確証はない。断言も出来ない。だが、ほんの少しの可能性にかけ、フィロに問う。
「フィロ、この辺に昔仕事で来たことないか?」
「んー確か1回だけ来たことあるような……気がするけど」
そんな曖昧な答えの中、「さんきゅ」と答えた俺は、目的達成に近づく手掛かりがそこにある気がしていた。
「俺、ちょっと別行動していいか?」
「あんまりふざけてると私みたいに吹き飛ばされるのです」
「まあまあ、いいじゃないの。用が済んだらアイボーンで連絡するのよ。私達は先に帰ってるから。悪さはしないようにね」
帰りは迎えに来てくれるらしい。そうでなければ、ゲートの使えない俺は天界に帰れない。許可してくれたフィロに感謝しながら、走って地図で見つけた目的地へ向かって走る。前にエルシオに見せてもらった写真、その中で見た、ほんの少しの記憶を頼りに。
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私は、楓1人を人間界に置いてきたことに少し不安を抱えながら、ローズベルクへ帰還した。妙に辛辣な顔を向けるエルシオを横目に見ながら、どんな質問が飛んでくるのかを予想してみる。
「あの人間に、ローズベルクのことは話さないのですか?」
そんな質問が来るだろうとは思っていた。最近はほとんどの時間楓と一緒に居たため、直接2人で話す機会はあまりなかった。多くの疑問が、エルシオの中に溜まっていてもおかしくない。
「楓は知らなくてもいいわ。楓のことだから、変に気を使う」
「気を使うって……じゃあエフィルロは、何故人間をローズベルクに連れてきたのですか? そこまでして、どうしてあの人間に固執しているのですか? 0ポイントって、なんなんですか? そんなことありえるんですか? 粉だってもう……そもそも、面接をしている天使だって……!」
エルシオは、心に溜まっていたものを一斉に吐き出すように質問を連ねた。当たり前だ。私の行動は、今の天界の全てを否定している。だからこそ、私はローズベルクを作った。
全てを受け入れて、私に着いて来てくれたエルシオにすら、こんなに疑問を抱え込ませていた。これは私の落ち度でしかない。
「ごめんね、エルシオ。私はただ、困っていて、助けを求めた人間を放って置けないだけ。人間を幸せにする、それが天使の仕事。私はそれを全うする」
「エフィルロは優しすぎるのです。もし……もしもこんな事がバレたら、全部がコハクリアに筒抜けになったら……」
「大丈夫。そうなる前に、全部終わらせるから」
そう言った私を見て、エルシオは大きく息を吸い、ため息を吐いた。
「……分かったのです。でも1つだけ。エフィルロも、私にとってはアレシアと同じ、家族みたいな天使なのです。あの人間以外にも、気を使う天使が居るってことを忘れないでください」
エルシオの発言に、思わず笑みがこぼれた。エルシオは自分の発言に照れているのか、笑顔で頷く私と目を合わせようとしない。
「あ、あともう1つ」
エルシオは、何かを思い出したように、頑なに私に合わせようとしなかった目をこちらに向ける。
「記憶を……いや、やっぱりなんでもないのです」
そう言って、エルシオはアレシアの所へゲートを開き向かった。エルシオが最後に言いかけた事。それはきっと、楓の記憶のことだろう。
「あの子も、なんだかんだ楓を気にかけてるのよね〜」
最後の壺を見つめながら、私は2人の帰りを待つ。
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「ぼちぼち人も増えてきたなぁ」
アパートで眠っていたこともあり、あたりは既に暗くなり始めていた。人通りも増えて来ており、道ゆく人々に吹き飛ばされないよう、慎重に道を歩く。住宅街を超え、ここに来た時遠目に見えた、自然が溢れてきたところにそれはあった。
「ここか」
『実咲植物園』
そう書かれた看板を見つけ、まずは辿り着けたことに安堵し胸をなで下ろす。エルシオから見せてもらった写真。その中にあった花の写真に、この園名が写っていた。
ーーーーーーこういう所での俺の記憶力は爆発的だな。
昔から、暗記物だけは得意だった。得意と言っても数学よりは出来るというだけだ。そんな俺の記憶に、うっすら残っていたこの植物園は、アレシアがエルシオと行きたがっていた場所と見て間違いなかった。
何故ここに来たのか。それは、俺自身もよく分かっていない。ただ、可能性を感じた。何かがある。そんな気がしたのだ。
平日ということもあり人も少なく、ぶつかる心配はない。券を買う必要も無い、勝手に入ってもバレるはずが無い。そんな、嬉しいようで切ない気持ちに身を包み、入口から中へ入って行く。
綺麗な花が、大量に植えられていた。花には全くと言って良い程興味が無かった為、名前の知らない花ばかりだ。 辛うじて知っている、チューリップやひまわり、パンジーなどの通りを抜けて、俺は記憶を頼りにその場所へ向かった。
そこは、メイン通路からはかなり離れた、いわば、園の端っこだった。
「写真で見た時も思ったけど……地味だよな」
俺の目の前には、ピンクが一面に広がっている、写真で見たその花で間違いない。
アレシアが、エルシオと見たがっていた花、花の名前や、生息地、花言葉などがプレートに書いてある。
「Rhodanthe……ローダンセか」
「美しい花ですよねー」
「はい。きれいで……は?」
確実に誰かに話しかけられた。しかも、男の声。フィロでもエルシオでも無いその声の主は、突っ立ったままの俺の横にしゃがみ込んでいた。俺より、少し年上だろうか。青髪で顔が整ったそいつは、ローダンセを見ながら俺に話しかけてきた。
その姿はまるで、白馬の王子様。前にもこのような事があった。初めてエルシオに会った時だ。その時とは違い、年上という緊張感。
俺と話している時点で、俺の中では幽霊か天使かの2択。
ーーーーーーこいつは誰だ? 逃げるか? 逃げられるのか?
『他の天使に見つかりそうになったら逃げるのよ? こんな事、ほかの天使が知ったら何されるか分かったもんじゃないわ』
出会った頃、フィロから言われた言葉が脳裏を過ぎる。エルシオの時と同様、フィロの仲間とも考えられるが、咄嗟に見たアイボーンにメールは来ていなかった。いくらフィロとは言え、2度も連絡を忘れるとは思えない。いや、可能性はある。
急速で回転する頭のせいで、妙な間を創り、濁った表情を見せる俺を見て、「別に何もしないよ」と、笑顔で前置きした白馬の王子様は、自己紹介を始めた。




