どうか私と茨の道でワルツを その1
2026年冬の月。ルシィの判決が出て少しした頃。
アリシアは、ルシィの処遇に胸を痛めていた。
(もう少し、別の道はなかったのでしょうか・・・?)
アリシアは自分でも、甘い考えだとわかっている。この帝国において、魅了を無闇に使った精神支配は重罪だ。
実際にルシィは、魅了の特技を悪用し、クラスを掌握していた。犯罪に利用しなかったとはいえ、階級制度を無視した振る舞いは軽視できるものではない。
(魅了の特技というのは、それだけ恐ろしいものであると、もっと早くに教えられれば・・・)
アリシアは、きっと今も公務で忙しくしている婚約者のことを思う。
(誰よりも帝国のことを思っている、エルサムはどう思っているのかしら・・・?人を活かすことを最優先としている彼だから、惜しい特技を失ったとか思っているんでしょうけど)
彼女は気分を落ち着けるため、紅茶を淹れる。ティーカップに揺れる水面を見て、エルサムであった日のことを思い出していた。
ーこれは、エルサムとアリシア、出会いの物語である。
…
ー数年前 アリシア11歳ー
アリシアの元に、王家から招待状が届いた。内容は、帝国の第一王子エルサムとのお茶会だった。
「婚約者選びが始まったのでしょうかね〜!」
そのお茶会に向かうため、身支度をしていた。メイドの一人がウキウキで話しかけてくる。私はにこりと相槌を打つ。
(お父様の話だと、身分問わず令嬢がひとりづつ王子とお茶会をしている。1日に何度も・・・本当に婚約者選びがしたいのであれば、有力貴族のみの社交パーティや茶会を開くはず・・・)
アリシアはこのお茶会には何か裏があると感じた。
「あの、髪型を下ろすのではなく、大人っぽく上げていただける?」
「かしこまりました」
ヘヤセットをしていたメイドにアリシアは、変更の指示を出す。メイドは嫌な顔ひとつぜず、セットをやり直した。その様子にアリシアは礼を言う。
「今日着る予定だったピンクとフリルがついている可愛らしいものより、青をベースとした落ち着いたドレスはないかしら?」
「探してまいります」
「ありがとう・・・よろしくね」
メイドのひとりがそういうと、ドレッサールームへ向かっていった。彼女がきっとアリシアが望んだドレスを数着持ってくるだろう。
ドレスと簡単なメイク、ヘアセットが整った頃、アリシアの父と叔父が部屋にやってきた。アリシアの父は公爵家当主、叔父は宰相をしている。
「お父様、叔父様いかがなさいましたか?」
「アリシア・・・今回のお茶会、気が乗らないなら断ってもいいんだよ?」
基本的にアリシアに甘い父は、優しい声で言う。
「兄さんの言うとおりだ。この話ロクなことにならないだろう」
叔父もまた、アリシアを心配している様子だった。
「ご心配ありがとうございます。お父様、叔父様。しかし、公爵家当主の長女として行かないわけにはまいりません」
「「あ・・・アリシアぁあ・・・!」」
父と叔父の心配と成長を喜ぶ感動の声に対して、アリシアは祖母直伝の毅然とした態度をとる。
「それでは、そろそろ時間なので行って参ります」
そういうと、今度は母直伝のカーテシーを披露し、馬車に乗った。
この帝国の王子に振り回される運命の船に乗ったとは知らずに。
…
ー王宮ー
王宮につくと、アリシア付きのメイド長がすぐさま降りて、王宮の衛兵に到着したことを告げる。
しばらくすると、門が開き王宮の玄関まで馬車を進めた。馬車の中から外を見ていたアリシアは違和感を覚える。
「馬車・・・?」
そう、応急に玄関口から少し離れたところに、馬車が停まっていたのである。
「あの家紋は、伯爵家のものかしら?」
アリシアは自身の記憶の中から、馬車に記されていた家紋とそれを意味する貴族を当てはめていった。
(おかしいわ、このお茶会は王子と2人きりで行うものと聞いているのに、先客がいるとは・・・)
アリシアは不思議に思いながらも、王宮の使用人に案内されるまま、進んでいく。
中庭に続く開けた場所に出て、ふと右側をみる。彼女が歩いている廊下から右側、遠目で見てやっと認識できる距離にある対岸の廊下に、人影が見える。
アリシアと同じか、少し歳上か女性が歩いていた。遠目でわからないが、肩を落とし項垂れている、ひどく落ち込んでいる様子だった。
(・・・気を引き締めなければならないわね)
その光景に覚悟を決めたアリシアは、周りに気取られないように、小さくゆっくりと深呼吸した。
使用人に案内されて中庭へ到着した。そこは帝国一の庭師が選定した、季節の花を贅沢に咲かせた美しいものだった。
その中央の見晴らしがいいところに、小さなテラスがあった。白い屋根はついており、周りの壁がガラスのようなものだった。しかし、外から中の様子は見えない。
(おそらくはヨルヴァスからの輸入品ね・・・)
アリシアがテラスを観察していると、使用人が声をかけてきた。
「王子はそこでお待ちなので、ここからはお一人でお願いします」
そういうと、去ってしまった。アリシアはノックをし中に入る。
「入れ」
中から、美しいヴァイオリンのような声が聞こえる。アリシアはドアを開ける。
そこには、小太りで油切り、毛髪もない男が座っていた。男はいう。
「私が王子だ。話をするならば座り、しないなら帰っていただいて良い」
男はニチャァと笑って見せたのだった。




