番外編2 神は人の業を裁くが人の罪を裁くのは王である その1
アサノニア帝国歴1021年春の月13日。天気晴れ。
花々が咲き、暖かな陽気が新しい出来事を期待させる、そんな季節だ。
エルサム様から、拉致、、、直々に雇用され、晴れてエルサム様付きの執事となり1年が経った。色々と慣れないことがあり、大変だったけど、板についてきたと思う。
今日は、エルサム様の視察の日であることを確認し、彼の執務室へ向かう。扉を開けて中に入ると、にこーっとしたエルサム様が紙を見ていた。
(子供っぽくて、可愛らしい、、、こんな表情をすることもあるんだな)
僕は、主人の新しい一面を観察していると、エルサム様が僕に気付いたのか、いつもの冷静な顔に戻り、見ていた紙を置いた。
「この手紙に思うことがあってな、エディ、、、現世の罪を裁くのは誰だと思う?」
「誰って、、、神なのでは?」
アサノニア帝国では、古くから神による裁きがあると信じられている。罪を犯せば、死後、神によって裁かれる。その前に、現世にて罪を軽くするため、前もって司教らによる裁きを受けるのだ。
エルサム様は、爪先に視線を移し、伸びているのが気になったのか、爪やすりを自分でかけていた。
「どうせ、死んだらまとめて精算するなら、現世での罪の裁きは不要だろ?なぜ行うと思う?」
「え?」
僕が唖然としていると、エルサム様が爪を揃えてバランスを確認している。
「答えは簡単。神の権威性を高めるためだ。神の権威が高まると、教会も芋蔓式に権力を高める。」
「あの、、、それが今、その紙となんの関係があるのですか?」
エルサム様はさらに爪を爪やすりで研ぐ、余った粉を払うように息を吹きかけた。ため息混じりに。
「、、、こんなにいっても、君には伝わらないのだな。」
「、、、すいません、、、」
(どーせ、僕はバカですよ〜だ!)
僕が膨れていると、研いだ爪で膨れた片頬を刺された。
(痛い!!!!)
僕は、刺された頬をさすりながら、エルサム様の方を見る。
「教会が強すぎる権力を持つと、政治が上手くいかないのだ。民のための事業をしようにも、教会の管理代だ。神への相談料だと、難癖をつけて法外な額を請求してくる。」
エルサム様は、席に戻り、また研いだ爪のバランスを見ている。その動きで紙がぱらっと舞い降り、僕の足元へ落ちてきた。
紙を見た僕の目に止まったのは、“病院新設について教会の見解書”という文字だ。僕はその紙を拾い、エルサム様を見る。
「だから、分けたいのだ。政治と宗教をな。」
「え、?どういうことですか?」
エルサム様は、椅子に座りながら窓を見ていた。まるで、帝国の未来を見ているようだった。
「私は、民のために政治を行いたい。帝国が豊かになるように、、、。その道を神が邪魔するというのであれば、それは神ではない。切り捨てるまでだ」
(つまりつまり!!エルサム様は今の政治から宗教を、教会を追いだしたいってこと!?)
頭の悪い僕でもわかる。これは、歴史が変わる大事件になることを、そして、たった今僕は巻き込まれたことを。
最後に、どこに空間転移したって、僕には、逃げ場などないことを。
…
「ほう?政教分離とな?」
帝王の執務室は、僕が見てきた今までのどんな部屋より豪華だった。絵画が好きなのか、世界中の名画が美しく並べられていた。
その名画に混ざって1人、エルサム様が先ほどの質問の声の主であえう帝王様を、彼の父親をまっすぐ見つめる。
「はい。最近の教会の言い分は、いささか度が過ぎています。このままでは、王権に関わる事態になるのも時間の問題です」
「ふむ、、、」
帝王様は、髭をさすりながら、考える素振りを見せた。
「教会や教会派の文官長たちには、どう説明する?」
「何も宗教をなくしたいわけではありません。政治に宗教解釈を持ち込むのを、やめさせたいのです。教皇が変わるたびに、解釈が変わり、その度に法を修正するのが、非効率極まりないですから」
帝王様は鋭い目つきで、エルサム様を見る。
(ひえぇえええ、逃げたい、、、)
僕はあまりの迫力に涙が出てきた。エルサム様を見上げると、そよ風を浴びているような冷静さだ。
帝王様の凄みは止まらず、エルサム様の目の前までズカズカとやってきた。
「勝算はあるのか?」
彼の低い声が降ってくる。低い音のする雷のようだ。遠くに聞こえるが、すぐ逃げないといけないと思うそんな音。
エルサム様は、眉ひとつ動かさない。
「あります」
はっきりと答えた。その目はまっすぐと、帝王様を見つめている。帝王様はしばらくの沈黙のうち、両手を上げた。
(殴られる??!エルサム様!)
僕は、エルサム様を守るため前に出ようとした。
ガヴァ!!
「いいよぉ〜!えるたむ〜♡どぉせ、わしが2-3年のうちにやろうと思って、準備してたの知ってたんだろう〜!」
(は、、、い、、、?)
僕が唖然としていると、帝王に抱きしめられたまま、左右に振られているエルサム様。その表情はにっこりとしていた。
(今ならわかる。これ、お世辞用の貼り付けた笑顔なんだ)
「はい。父上の手伝いがしたくて、居ても立っても居られなかったんです」
「あぁ〜!なんて親孝行モンなんじゃ〜!下準備に使っていた“影”と、わしの部下みぃんな、えるたむが使っていいからね〜♡」
感動で打ちひしがれている帝王、その帝王に抱きしめられ、左右にブンブン振られているエルサム様。状況を飲み込めていない僕。のなんとも言えない時間が進んだ。
(とにかく、わかったのは、帝王様の後ろ盾をもらえたっぽいってこと)
…
アサノニア帝国歴1021年春の月20日。天気雨。
暖かい陽気の中に、冷たい雨が混じっている。春に咲いた花々も、雨の重さでぽとぽとと花びらを落としていく。
「エルサム様」
窓を見ながら、エルサム様の後をついていっていた僕は、主人が呼び止められたので、一緒に足を止める。
「なんだ?サセン文官長」
エルサム様が、僕の頭から声を発する。
(なんだか、振り向いてはいけないぐらい怖い顔をしている気がする)
なぜなら、目の前でエルサム様と対峙しているはずの、サセン文官長の足が震えているから。
「ええウェエルサム様、、!、政治と宗教を分けるおつもりと、風の噂で聞きました」
(え?どうして?その話は、帝王様とエルサム様しか知らないはず)
僕が困惑していると、また頭上で声がする。文官長には聞こえないが、僕には聞こえるぐらいの音量だ。
「あの、タヌキ親父が」
(え?どういうこと?)
僕が振り向こうとすると、エルサム様の腕が降りてきて、僕の頭が彼の肘置きになってしまった。
(頭が腕全体で、グリグリされてる〜)
首に力を入れて、エルサム様の肘置きに徹していると、サセン文官長が咳払いをした。
「この件を枢機卿に知られる前に、“私の勘違い”であるか確認しにきました。真意をお伺いしても、よろしいでしょうか?」
「なんだ、分離されると困ることでもあるのか?第一、君は文官長だろう?仕事が減っていいじゃないか?」
動かない首で、頑張ってエルサム様を見る。整った口を余裕そうに口角を上げ、顎を上げて宝石は霞むような瞳で、相手を見下すような視線で挑発しているようだ。
サセン文官長は顔を赤らめた。
(まぁ、わかりますよ。そうなるの)
「す、、、枢機卿へお伝えします。後で勘違いだった。と言われても遅いですからね!」
去り際にそういって、彼は元来たであろう廊下を戻っていった。僕は不安になり、エルサム様を見上げた。
「問題ない」
そういうと、去っていった文官長を見ていた。その向こうにいる枢機卿を見据えているように。
…
アサノニア帝国歴1021年春の月21日。天気曇り。
朝エルサム様の自室へ、コーヒーを届けるという数少ない執事っぽい僕の仕事だ。
部屋をノックする。しかし、朝はいつも返事がないので、勝手に入って良いことになっている。
僕は、心の準備をするために深呼吸する。周りに使用人がいないことを確認し、ゆっくりドアを開ける。
ピカーーーーーーーッ!!
(う、、、眩しい、、、!)
朝のエルサム様は、頭がボーッとするのか、上半身を起こしたまま動かないでいた。見えている部分は裸で、鍛え抜かれた身体ががっしりと出ている。
いつも整った髪は、寝癖で少し乱れており、幼さが残る。そこから覗く快晴の青を閉じ込めた瞳。その情景は、山積みになった金銀財宝がくすんで見えるほどの輝きだ。
(僕が朝寝坊してしまって、良かれと思って代わりに行ったメイドが、エルサム様の”コレ”を見て、鼻から身体の血液を全部出して、倒れたぐらいだもんな)
そのメイドは一命を取り留めたが、僕が寝坊したせいで死人が出てしまっては一大事なので、それ以降、何がなんでも寝坊しないようになった。
エルサム様の執事になって、日が浅かった頃を懐かしんでいると、エルサム様の青い目が僕を見た。
「エディ、、、君か、、、。悪いがコーヒーをもらえないか?」
「はい。こちらに」
僕は、言われた通りコーヒーを差し出す。ベットの上で、それを飲むエルサム様は少し行儀が悪いが、主人の砕けた姿に内心、親近感を覚えた。
(エルサム様も人の子なんだな〜)
コーヒーを飲み終わると、スッとベットから降りて、着替え始める。僕の手伝う隙もなく、手際良く着替えと身支度が完了した。
最後に首元のネクタイを締めながら、僕を見る。
「エディ、俺宛の書類や便りはないか?」
「はい。アリシア様からの手紙と、もう一つ差出人がわからないのが届いています」
僕がそう言って渡すと、エルサム様は短く礼を言って受け取った。アリシア様からの手紙の封を丁寧に開けると、少し目元が緩んだ気がした。
「すぐに返事を出す。便箋の用意をしてくれないか?」
「かしこまりました。もう1通はどうしますか?」
エルサム様は僕に促されて、もう1通の手紙を見た。表と裏を簡単に確認し、ビリッと雑に開ける。中身を見ると、エルサム様が不適に微笑んだ。
「ほう、ガーディナー枢機卿からの手紙だ。“政教分離の考えは、神を否定すると捉えられてもおかしくない。己が権利を独占する私欲に駆られた思想である”、、、か。」
(ひえぇえ!もう抗議文が来てるジャン!!)
僕が怯えていると、エルサム様は手紙を雑に机に置いた。
「謝罪するのであれば、神に便宜を図ってやるから、俺の資産の30%と地方商会の教会管理の許可を出せ。、、、フッ。欲まみれなのはどちらだ?」
(エルサム様の資産の30%って、一体どれくらいなんだろう、、、?)
朝から息が詰まるほどの切迫した空気に、関係ないことを考えることで、この緊張を逃がそうと考えた。本能的な防御本能というやつだ。
エルサム様は、窓の外を見つめている。朝日がさんさんと輝き、それが彼の髪に反射して、キラキラと輝いている。
「面白い、、、神はどちらが正しいと思っているのか、試してみようか?枢機卿、、、」
その後の、眠かったのか、彼の本音がポロッと漏れたのを僕は聞き逃したかった。
「ちょうど、暇だったしな」




