これにて閉廷
アサノニア帝国歴1026年冬の月24日目。天気曇り。
(ど、、、どえらいもんをみてしもたぁああ!!!!)
僕は目の前で行われた一幕が、終わったことを肌で感じ、止まっていた息を思いっきり小さく吐いた。
ガイナス様は、ことの重大さがわかっているのか、エルサム様にいつもの人がいい顔で、この後遊ばないかと勧誘している。
彼は思慮深いのか、考えなしなのかわからないが、そこが彼の魅力の一つなのだろう。
エルサム様は、ガイナス様に「話は後でな」といい宥めると、証言台に隠れてもう見えないルシィの方を見る。
「さて、ルシィ。私は君を許すことができない。もちろん法にのっとても、君の死刑は確実だが、それ以前に最愛の人を侮辱され、友人をひっ叩かれたらそれだけでは気が済まない。」
ルシィはもう立ち上がることもしない。
(ん??ひっ叩かれた友人、、、?え!?友人!??エルサム様!??)
長年、顎でこき使われてきた、僕の徒労がこの一言で癒やされた。なんだかんだ、有能な主人に憧れている僕の気持ちが、報われた気がした。
エルサム様の爆弾発言に感動し、涙を拭いている僕をよそに、目の前のエルサム様は、話を優雅に続ける。
「でも、君の異世界の知識には、目を見張るものはある。そこで、その知識だけを、もらうことにした。」
エルサム様は、素晴らしい笑顔で言い放つ。
隣にいるガイナス様だけは「エルサム〜!かっこいい〜!」と拍手しているが、その声と音は静まり返るホールに寂しく響いていた。
僕もどういうことだろう?と思い、エルサム様の言葉を待つ。
「“君”は5歳からルシィとして、生きていることは調べがついている。もしかしたら、“君”はルシィの精神を頭の隅に追いやり、身体の主導権を奪っているのではないか?38歳の精神力だ。そのぐらいできそうだなと思っていてな。」
今度は、ルシィのわずかに見える頭がピクリと動く。心当たりがあるようだ。
「君の知識、、、精神を全て外に出したら、その後に残るものこそ、“本物のルシィ”ではないのか?」
その言葉に、傍聴席で見守っていたアーベル婦人が、勢いよく立ち上がる。
「本当ですか?!殿下!!今この目の前にいる女は“ルシィ”ではないと、、、?」
エルサム様は、アーベル婦人に顔を向ける。
「そうだ。今、彼女の中にいるのは、推定50歳越えの女の精神だ。それを王家の秘術で取り除く。一時期自我を失うやもしれぬが、その後“ルシィ”として目覚め健常になるかは、“ルシィ”次第だ。」
その言葉にアーベル婦人は、ハンカチを目に当て涙を浮かべている。アーベル男爵も立ち上がり、婦人の肩に手を乗せ、優しく抱き寄せている。
「あぁ、、、神よ。感謝します、、、。」
その一連のやり取りを見ていた、ルシィは何を思っていたのだろうか。しゃがみ込んでいるので、ここからは見えなかった。
アーベル婦人の言葉が刑確定の合図となり、裁判長がハンマーを机に叩き、ホールに鳴らす。
「看守は被告人を指定の場へ護送すること!また、本件の内容は“秘匿”とする。外部に漏らすことないように!では、これにて閉廷!」
カンッ!と言う音と共に、この1年にわたる騒動は幕を閉じたのだった。
ルシィ、、、カトウ チエミはこれから、王族の“影”の手によって、異世界の知識を前回とちがい、容赦なく吸い取られるのだろう。
その後、普通は廃人になるのだが、“本物のルシィ”の精神が生きていたら、彼女次第だが目を覚ますことができるのだ。僕は、その少ない希望が本物になることを祈るしかなかった。
閉廷後、関係者が次々と席を立つざわめきの中
「彼女の異世界知識はいかほどか、楽しみだ」
エルサム様が、ざわめきの喧騒に溶けて消えるぐらいの声で、つぶやいたのを僕ははっきりと聞き、背筋を震わせた。
彼女の異世界知識は“影”の特技によって、本にされる。その内容は、とんでもないものだった。




