敵情視察
レイモンド様が、王室直伝の至高のクレープを持ってきてくれた。
案内されたテーブルの上に、置かれる前からわかる美味しそうな匂い。僕は、まだ実物を見ていないのに、口から涎が溢れそうだった。
テーブルに置かれたクレープは2皿ある。僕はきょとんとして、レイモンド様を見る。
「あぁ、これは君の分だ。エディ。甘いものが好きと聞いてね。きっと食べたいだろうと思ったから、これは私の奢りだ。」
本来はエルサム様の分しか、頼んでいなかったのだが、レイモンド様が気を利かせて、僕の分も恵んでくださった。
そのため。テーブルには2つのクレープがあるのだ。
(レイモンド様、お優しい、、、。)
レイモンド様の優しさを、心に染み込ませた僕は、いつものエルサム様の毒見を始める。
知らない人が出した料理ではなくって、レイモンド様が監修しているので、いつもよりかは怖くない。エルサム様の分のクレープを口に運んだ。
一口入れた瞬間感動した。パリパリのよく焼かれたクレープ生地に、蜂蜜とスパイスで甘く煮たあったかいりんごと、冷たいバタークリームの滑らかで濃厚なミルクの味。
口の中で、暖かいりんごとバタークリームが溶け合い、味のハーモニーを生み出している。加えて、香草が、絶妙なバランスで成り立っている。僕は目を輝かせた。
「レイモンド様!とても美味しいです!!!」
「エルサム様のパティシエ直伝のレシピを、喜んでもらえてよかった。さぁ、君の分を存分に食べてくれ」
(やった〜レイモンド様最高〜!)
僕は自分の分を貪るように食べた。
食べながら周りを見ると、席に座った周りの客が同じように、目を輝かせながら食べている。その様子を微笑ましく観察していると、エルサム様がレイモンド様の方を向いた。
「首尾は上々か?」
「はい。エルサム様のご指示通り、このレシピをクラス全体に共有したところ、私が殿下からいただいた解除薬を使って、魅了を解除できたものは、賛成してくれました。」
さすが、レイモンド様。魅了解除の仕事が早い。けど、その表情は暗いままだ。
「しかし、ルシィと魅了の効果が強いものたちは、ルシィの意見ではないと反対されたので、折衷案として、私の班とルシィ班に分かれて、午前と午後に出店することで収まりました。」
エルサム様は、淡々と状況を確認する。
「解除されたクラスメイトの様子は?」
「はい。魅了を解除しただけなので、記憶は残っており、なぜルシィに肩入れしていたのか、疑問に思っていた様子でした。」
レイモンド様は、彼の班で働いているクラスメイトの方を見る。その表情は、民を見守る領主そのものだ。
「“文化祭”の準備のおかげで、気にする余裕もないようなので、かえって幸運でした。」
レイモンド様の言葉に、エルサム様も同じ方を視線だけ送っているようだった。
「今、ルシィに気取られた様子は?」
「いいえ。彼女も忙しくしていたのか、ギリギリまで準備をしているようです。珍しく色々考えているようでした。」
「そうか。」
エルサム様は一通り、レイモンド様からの報告を聞くと、立ち上がった。僕もついていけるように、残りのクレープを口に押し込み準備する。
エルサム様が、レイモンド様をみていた。
「レイモンド、今は楽しいか?」
(珍しい。エルサム様の口から、気遣う音葉が出るなんて。)
失礼に思うかもしれないが、本当にアリシア様以外にそういった暖かい言葉が出ない人なので、驚いた。
レイモンド様は、少し俯いて考えるそぶりを見せ、そして前を向いた。その表情は明るい。
「はい。エルサム様のおかげで、クラスの半数がまともに戻ったので、初めて会話ができました。今は、とても楽しいです。」
「そうか。それでは引き続き、監視と報告を頼む。」
そういうと、エルサム様はレイモンド様の元を去っていった。
僕はエルサム様についていきつつ、後ろを見ると、レイモンド様がクラスメイトと話しながら、一緒に店を切り盛りしていた。
レイモンド様は、国境沿いの過酷な地域から、長い時間と労力をかけて、帝都にきただけでも大変だったことは想像に容易い。
なのに、ルシィの特技のせいで、クラスでまともな友人ができず、その強靭な魔力ゆえ孤立し、どれだけ孤独だっただろう。
レイモンド様の今のその表情は、初めてクラスで見たものから一変していた。まるで、水面が朝の太陽光に反射している湖のように、輝いていた。
…
ー文化祭 午後ー
ー王室専用のプライベートルームー
「さて、行くか。」
エルサム様は、手のひらの上で写していた遠視魔法で、文化祭の様子を見ていたのをパタリと辞め、つぶやいた。
遠視魔法は、魔力量が中級程度の魔法使いが、専用の魔法道具の設置をして、初めて行えるものだ。
しかし、エルサム様は違った方法で遠視する。まず、使役の魔法を小動物に使い、任意の場所にむかわせる。
そして、その小動物の視覚情報を人間レベルの情報量に転換したものを、手のひらサイズの薄い長方形の画面で見ている。
通常、このエルサム様流で行おうとすると、可能なのは上級魔法使いに限るし、できても船酔いのような感覚に陥り、遠視どころではなくなる。つまり、実践向きではない。
こんな回りくどいことをするのには、エルサム様なりの理由がある。
魔道具を設置すると、ルシィに勘付かれるリスクが少しあるかもしれない。たったそれだけの理由で、息切れせずやってのけるのだ、この帝王様は。
「かしこまりました」
僕は長い脚で進むエルサム様に、置いていかれないように、足早でついていくのだった。




