どんな料理も下ごしらえが大事
ー学園のルシィがいるクラスー
ーレイモンド視点ー
エルサム様から指示を賜った俺はクラスに戻る。クラスメイトたちはルシィを囲んで、中身のない褒め言葉を出している。
「可愛い〜」
「指細〜い」
「足細〜い」
クラスメイトたちは、毎日毎日休み時間になると、同じ内容をルシィに伝えて褒め称える。
彼らは洗脳されているから仕方ないとして、同じ内容を毎日言われていて、本人は気が狂わないのか?と少し、ルシィを心配した。
そんな心配を他所にクラスに戻ると、ルシィが俺の存在に気づいた。
彼女は、マナーを知っている令嬢なら絶対にしない、ツカツカとよく磨かれた床をわざと音が出るように、ローファーで鳴らしながら近づいて来た。
「レイモンド!どこいってたのよ〜♡」
ルシィが上目遣いで俺に近づいてきた。俺とルシィでは頭2個分の身長差があるので、上目遣いというか、睨み上げているようにしか見えない。
俺が無視を決め込んでいると、ルシィは頬をぷくっと膨らませた。
「あんたが私の気を引きたいのはわかるけど、クラスの人気者の私に、そういう手はあんま意味ないと思うけどぉ〜?」
(申し訳ございません。エルサム様。コイツ殴ってもいいですか?)
心の中で主人のエルサム様が駄目というので、拳にグッと力をこめるだけにし、俺は心の中で深呼吸した。
「なんのようだ?」
否定しても、照れちゃって〜などといった不快な言葉と身体的接触が返ってくるので、最低限の返事をする。ルシィは蛇のように、身体をくねらせてきた。
「いやだ〜もう〜♡“文化祭”のクラスリーダーとサブリーダーを決めたかったのに、いないから私がみんなを待たせていたのよぉ〜」
「ね〜みんな〜!」と、周りに同意を求めている。それにみんなが「ね〜」と返してきた。
これで推定年齢38歳〜56歳か、キツイものがあるな、、、。エルサム様から、このルシィという女が転生者であることを聞いた。
最初は信じられなかったが、転生者であるということを踏まえて、彼女の行動を振り返ってみる。
すると、今までの不快な態度や身分の低い男子生徒への差別発言、『攻略キャラのクセに生意気よね。やっぱエルサムだわ。』といった、意味がわからない発言にも合点がいく。
「そうか。皆の時間を、これ以上取るわけにはいかない。話を進めてくれないか?」
俺がそういうと、ルシィは少し眉を顰めた表情を浮かべた。
「そう?じゃあ、さっさと進めさせてもらうけど、“文化祭”のリーダーは私がやるわ。先生からサブリーダーもつけろって指示だったから、レイモンドにしてあ、げ、る♡嬉しいでしょ♡」
そういうとウィンクをしてきた。実年齢が自分の母親と変わらないやつの好意ほど、気持ちの悪いものはないな。
俺は鉄仮面に徹することにした。いつものことなので、ルシィは気にしていないようだ。
「だ、か、ら!衛生管理講習試験受けといてね〜。」
彼女は、明らかに調子に乗っている。
そうでなければ、男爵家が辺境伯家に、使いっ走りのような命令をするわけがない。もし、これが素でやっているのであれば、自殺志願者だ。
このような異常な発言も、魅了の毒牙にかかったクラスメイトたちは、咎める素振りはなかった。
「レイモンドは学年1位の成績だしぃ〜余裕だと思うの♡私は準備で忙しいしぃ〜♡後でデートしてあげるから♡レイモンドお願いねぇ〜♡」
今までは孤独に、ルシィの物言いに耐えていたが、今回は違う。俺は心強い主君を得た、その名誉を心の燃料にし、燃やす。
その主君ーエルサム様のいうとおり、ルシィは勉強を避ける。前世でも勉強が苦手で、逃げてきたほどだ。俺はエルサム様の指示通りに動く。
「ほう?では、“文化祭”リーダーは“降格”でいいんだな?実行委員会の資料では“文化祭”のリーダーは、衛生管理講習並びに、試験に合格したものが対象だ。」
俺がそういうと、ルシィは苦虫を噛んだみたいな顔をした。
エルサム様はここまで読んでいらっしゃった。「あの汚女はプライドだけは一丁前、リーダーの座から“降格”するという言い方で焚き付けろ」との指示通りにしたのだが、ここまで効くとは、、、。
ルシィはプルプル震えながら、拳を作っている。
(どうでる、、、?)
クラスメイトたちも、オロオロとルシィの様子を伺っている。すると、いきなり顔を上げたと思ったら、その笑顔はニコリと笑っていた。
頬が引き攣っているので、怒りを我慢しているのだと思われる。
「やだわ〜!知ってたわよ!そんなこと〜、レイモンドをちょっと揶揄ったの♡冗談よ!冗談!」
と言いながら、俺の二の腕のあたりを2回軽く触れた。
後で、この上着は洗おう。俺はエルサム様から言われた種子はまけたので、素直に引き下がった。
「そうか、ではよろしく頼む。」
俺の主君からの任務を達成できたことから、出てしまった笑顔だったが、ルシィは見るからに顔を赤らめた。
「レイモンドルートもアリだわ」
小さくそう呟いたのが聞こえ、背筋が凍った。
…
ー学園にある予備教室内ー
ーエディ視点ー
アサノニア帝国歴1026年秋の月30日目。天気曇り。
(あーあ、なーんで僕ここにいるんだろう?)
僕は、予備教室の一番後ろの席に座っていた。いつもの給仕服ではなく、学園の制服を着ている。エルサム様の指示だ。
僕の今日の役割は、ルシィの補講の様子を観察すること。
初回の講習から監視し、3回目になる。しかし、開始時刻が近づいても、ルシィの姿は見えない。
その代わり、真ん中あたりの席にレイモンド様が座り、講習のテキストをめくりながら、軽い予習をしているのが見える。
(真面目なお方だ、、、。)
そう感心していると、講習開始のベルがなった。
ルシィの姿が見えない。僕はレイモンド様が決死の思いで、ルシィに接触しつけてくれた、相手の位置がわかる魔道具を使い、地図と照らし合わせる。
この魔道具は追跡に便利で、小指の爪ほどの小さな魔法でできた粘着性のある魔石を、服などにくっつけると、その大元である人差し指の爪サイズ魔石が、専用の地図上に位置を示すように動いてくれる。
僕は地図の場所を見て、知っている場所であると確認すると、その場所を思い描いて、身体の力を抜き空間転移をした。
後からレイモンド様に確認したが、この時僕が空間転移で消えたのに、講義の先生は気づかなかったと聴いて、少し傷ついた。
…
「よっと」
ルシィがいるはずの場所に降り立つ。彼女を見つけるために、キョロキョロしていると、大きな声で目立つので、すぐ見つかった。
彼女は自身の魅了で虜にした、クラスメイトの男子生徒5人に囲まれながら、大衆向けのカフェでお茶を楽しんでいた。
遠くからでも聞こえる音量で、ゲラゲラ笑い、店員に注意されると、「静かにしてますけど〜?ね〜?」と謝罪もせずに開き直っている。
(38歳の大人がやることではない、、、。)
僕は思わず目を覆いたくなった。心が折れてしまって立ち去った店員を肴に、話を盛り上げている。周りにどう思われていても、彼女は人に囲まれているのが好きらしい。
転生前の学生時代は、友人がいなかったと言っていたし、遅れた青春を取り戻したいんだろうな、、、。
僕はルシィを憐れみの目で見ていたが、エルサム様から言われたことを思い出し、この風景を魔道具のスイッチを押して、写す。
仕組みはレイモンド様の記録と似ているけど、これは魔道具なので、静止画だけしか記録できない。
後で専門のショップに行けば、現像することができるので、動かぬ証拠になる。しかし、この魔道具のデメリットは、解像度が荒いこと。
ぱっと見は本人ぽいけど、否定されると強く出れない代物だ。
(エルサム様の念には念を、ってことなんだけど。この写真。役に立つといいな)
その点、レイモンド様の特技は、魔道具がなくても、必要な時に、必要な情報を解像度の高い映像で残すことができるので、非常に強力だ。
僕の様子を見守るように佇む、王家の紋章入りの重厚な馬車が近くにあることを確認すると、僕は、空間転移でエルサム様の元へ戻るのだった。
…
ールシィがいる大衆向けカフェ周辺ー
ーアリシア視点ー
馬車の中から、エディの様子を見ていた私は、とうとう自分の番が来たと、手に汗を握った。
エディが空間転移で去っていった。ということは、エルサム様からの指示を完遂したのね。私は食い入るようにエディがいた場所をみていた、馬車の小窓から手を離し、座り直す。
「はぁ、気が進まないわ、、、」
私は、つい弱音を吐いてしまった。目の前にいた護衛のプリシラが、心配そうにしている。
「アリシア様、、、!難しいようでしたら、エルサム様へ難しいと、私がお伝えしますか?」
(プリシラに、気を使われてしまったわ。臣下を不安にしては、主人失格ね。気を引き締めなければ。)
私は目を閉じて深呼吸を一つすると、ゆっくりと目を開いた。そして、不安そうな顔のプリシラに向かいなおす。
「ありがとう。でも結構ですわ。エルサム様からの頼み事ですもの。しっかりと実行しますわ。」
そういうと、従者に合図を送り、私はいつも以上に優雅に見えるように気を遣いながら、プリシラに手を貸してもらい馬車を降りた。
「「「「わぁ!!!」」」」
ありがたいことに、私に気づいた民衆から歓迎の声が聞こえる。
私はその歓声に応えるように、にこやかに手を振った。
そして、ルシィさんがいる大衆カフェの方にちらりと視線をやり、いつもより大袈裟に盛大に見えるように従者にドアを開けてもらい、ブティックへと入店した。
狙い通り、彼女の怨念混じった視線を背中に感じた。
(私の存在に気づきましたわね。)
エルサム様からは「ブティックへ入り、君が気に入ったものを買うといい。もちろん、お金は僕のポケットから出すからね。」と指示をいただき、小切手もいただいた。
(流石に誕生日や記念日でもないのに、ほしいものを買うなんて気が進まない。)
けれども、私が何も買う気がないことを、今はルシィさんに勘づかれてはならないので、店主となるべく長く話をしていた。
すると、ブティックの扉がバンッ!!!と大きく音を立てて開いた。
(とても淑女が出していいドアの音では、ありませんね。)
店の中にいた全員が、その音の方に視線を向ける。視線の先には、ルシィさんがいた。エルサム様の予想より早く来店されたわ。
護衛の兵をドアに立たせていたのに、あっさりと侵入できたのは、彼女の強い魅了のおかげであると理解する。第一印象からマイナスでないと、その魅了は劇薬であることをわからされる。
「アリシア様!私の後ろに!」
すぐにプリシラが、私の一歩前へ出る。事の重大さに気付いたのか、店主が慌ててプリシラの前に出て、ルシィの目の前にたった。
「お客様、、、!恐れ入りますが、この店は公爵令嬢のアリシア様がお買い物されているため、貸切とさせていただいております。どうかお引き取りを!」
その言葉を聞くとルシィが、顔を真っ赤にし猫目を釣り上げて、いきなり叫び出す。
「ハァ!??!差別ですか!??私だって“お客様”なんですけど!?!?“お客様は神様”でしょ!??通しなさいよ!!!」
(お客は神と言うのであれば、店の迷惑になるような行為を控えた方が、神として崇められるのではないかしら、、?)
そんな私の哀れみの視線に気づかず、ルシィさんは店主と口論をしている。
(あれでは邪神だわ、、、。)
そう思いながら、彼女の動きに、細心の注意を払い様子を伺う。ルシィが店主を押し除けて前へ進む。
ドンッ
鈍い音と共に、店主が背中を打って倒れた。
(細い腕に、よくそんな腕力があるのね)
店主が心配だが、命に関わる様子ではないと判断し、同時に彼女へ侮蔑の視線を送った。
彼女が前に進もうとするが、目の前にプリシラが立ちはだかり、ガードしてくれている。ルシィはプリシラの腕に手をかけた。
「退きなさいよ!!このゴリラ!!!」
叫びながら押しているが、プリシラはびくともしないので、それ以上は進めず諦めて、身をプリシラの腕越しに乗り出す。
「ちょっと!!!あんた!!!何買おうとしてたのよ!?!」
私は、扇子を口元に持っていった。
「買おうとしていたのではなく、“後夜祭”用のドレス候補を下見に、、、」
私の言葉を遮るように、彼女が咆哮する。
「そんなこと聞いてないわよ!!!!なんか買おうとしてたじゃない!?!何買おうとしてたのかって聞いてんのよ!!!?」
ルシィは、令嬢にあるまじき形相で怒鳴ってくる。
(話が通じないわ)
頭が痛くなったが、負けてはならない。似たような人はいないかもしれないけど、威圧感で押し切ろうとするものは少なからずいるからだ。
将来の国母として、気圧されてはならないと決意を胸に、私はルシィさんに向き直る。
「こちらのドレスについて、店主にご相談していたところですわ」
持っていた扇子で指したドレスは、このブティックで1番高い代物であった。
全体的に白とピンクで構成されており、胸元にボリュームが出るように、レースがふんだんに使われている。
さらに、ドレス部分にも、宝石でできた贅沢なビジューが所狭しと付けられていた。
私は、、、そのドレスの胸元のサイズが小さすぎて、着ることは叶わなかった。
しかし、デザイン自体や作り自体は、結婚式のお色直しで、充分主役を華やかにしてくれる良い1着だと評価できる、一点物のドレスだった。
(ただし、後夜祭に着ていくには、いささか派手ですがね。)
ルシィは満足したのか、ふーんと一瞥すると、後ろで腰を打ってしまって、立ち上がれずに腰をさすっている店主に向き直る。
「あんた!!私があのドレスを買うわ!“取り置き”しておいてね!私が先に“取り置いた”からね!!!」
(トリオキ、、、?異世界の鳥の名前なのかしら?)
ルシィはトリオキの意味を伝えないまま、ドタバタと走っていなくなってしまった。
私はすぐに立ち上がれない店主に駆け寄り、特技で治す。店主が自力で立ち上がれたことに安堵すると、店主が私に深々とお辞儀をした。
「あぁ、、、アリシア様。ありがとうございます」
「いいえ、お気になさらず。ところで、あの金の髪飾りを1つ、いただけるかしら?」
これから、この店は、ルシィさんの対応に追われるのだろう。
せめて、この店で2番目に高いアクセサリーを賠償金代わりに自分のお金で買ったのは、エルサム様の指示ではなく、私の意思だった。




