とっても気になるあの子
アサノニア帝国歴1026年秋の月4日目。天気雨。
雨の雫が風に煽られて、窓にシトシトとあたる音がする。僕は風情あるこの音が好きなんだけど、学園は新しい行事の話題で持ちきりだ。
「聞いたか?学年の組ごとに行う経営学の演習の話!」
「ええ聞きましてよ!“文化祭”って言うらしいわね!」
「なんでも広場を貸切り、好きな店を出店しても良いのよね?」
「なんでもじゃないよ。食品を扱う際は衛生管理講習を別途受けてテストを合格しないとダメだって、詳細資料に書いてあったぜ」
あちこちで、“文化祭”の話に花を咲かせている。
呑気に楽しそうに、僕はきっと恨めしそうに、眺めているんだろうなと、自分を客観視しながら、目的の人物が動くのを待っていた。
なんでこんなことをしているか?と言うと、エルサム様からの命令だからだ。
『良いか?4日に学園の教員から“文化祭”の通達をする。エディ、君はあの汚女のクラスまで行き、彼女の様子を探れ。大丈夫。君は存在感がないから、気づかれないだろう。』
「ハァ、、、。」
エルサム様の言葉を思い出し、ため息をついた。
僕は目立たないように学生服に身を包み、ルシィのクラスの様子を見た。
この通り、休み時間になっても人が全然出てきていない。そう、このクラスはすでに、ルシィの特技魅了によって、男女問わず掌握済みになっている。
僕はドアの隙間から、ルシィのクラスの中を見る。
「いい!?このクラスはクレープを作るわ!」
ルシィが教壇を乗っ取り、声高々に宣言する。クラスは皆同じタイミングで拍手する。
「ルシィちゃんすごい!」
「ルシィさんさすが!」
と言った、ルシィを称賛する声がする。それを聞いて、明らかに気持ちよくなっているルシィ。顔がわかりやすく高悦としている。
まぁ、カトウ時代は仕事ができなくて、意見聞いてもらえなかったって言ってたもんね。
でもそんな暖かな空気を切り裂くように、クラスの1人が発言する。
「で、クレープとは、どうやって作るものなんだ?」
その発言にクラスの空気が凍り、そしてルシィを全員が見る。ルシィは遠目から見てもわかるぐらい、冷や汗がダラダラ書いている。
「ほ、、、ほら、、!生クリームとフルーツを薄いパンケーキでつるむのよ?誰かわかる人いるでしょ?」
ルシィが目を泳がせながら、クラスメイトを見る。
まぁ、全員貴族だから厨房に立って、料理を作るってこと自体が経験したことないだろうし、誰も知らないと言った空気だ。
そんな中、クレープをどうやって作るのか?と先ほど質問した生徒が更に質問する。
「そもそもパンケーキって何だ?」
その発言にルシィが顔を真っ赤にする。そして、両手で教壇をドンッと叩いて叫ぶ。
「なんっで!この世界はホットケーキミックスのひとつもないの!???」
ここまで見ていて、これは僕の想像だが、異世界にいた“ルシィ”と言う女の子は、お菓子作りが好きで、日頃から厨房に立ってたんじゃないのかな?と思うようになった。
アーベル領は冬が寒いから、乳牛の牛乳の味が濃くて美味しいし、小麦も育ちやすい土壌だった。森に養蜂家もいたし、蜂蜜も手に入りやすい。お菓子を作るにはもってこいの環境だ。
常日頃、お菓子作りを好きでやって、研究していたと推測できる。
じゃなきゃ、この世界には無い“生クリーム”を開発し、薄い生地にそれとフルーツを合わせたら、美味しいって発想にならないと思う。
そんな風に異世界の“ルシィ”に対して、心象に浸っていながら眺めていると、他のクラスメイトが「ルシィちゃん!落ち着いて!」と宥めている。
そんな中、先ほどルシィを質問攻めした生徒は、下らないと言いたげなため息をついていた。そして、メガネの位置を直し、本に目を通す男子令息がいた。あの子は、、確か、、。
…
「なに?オルウェルズ辺境伯子息のレイモンドは、正気の可能性がある?、、、あり得るな。」
僕の報告を聞いたエルサム様が、考えるそぶりをした。そして、しばらくすると、何か思いついたかのように、指を鳴らす。
「では、レイモンドを私の元へ呼んでこい。」
エルサム様は、さっき働いて戻ってきた僕に、笑顔でお使いを言い渡す。この時の彼は、すごく良い笑顔であった。
オルウェルズ辺境伯、国境の警備を一手に任され、武功もあり、誰もが認める名家である。そんな家の子息が、エルサム様とあんな会話をするなんて、思いもよらなかった。




