第三章:星の揺り籠と宇宙の記憶
二人が辿り着いた第二の聖域は、かつて「星の揺り籠」と呼ばれた広大な鏡面湖だった。しかし、今やその water は干上がり、ひび割れた大地からは「忘却の灰」が絶え間なく噴き出し、まるで大地が言葉を失い、自らの骸を細かな粒子に変えて吐き出しているかのような、虚無的な光景だった。
「……ここが、第二の聖域か」
オルドが周囲を警戒しながら呟く。彼の鎧の隙間からは、昨夜リベルタスに見せられた記憶의断片が、未だに棘のように刺さっていた。
湖の中心部には、灰に半分埋もれた巨大な石碑が立っている。
エマはその石碑の前に膝をつき、積もった灰を素手で払い除けた。そこに刻まれていたのは、古代の、しかし魂に直接響くような言葉だった。
『自分というのは、この宇宙の子供なのだ』
その言葉をエマがなぞった瞬間、足元の大地が激しく震えた。噴き出していた灰が巨大な竜巻となって二人を飲み込み、視界は瞬時に暗転する。
「エマ!」
オルドが手を伸ばすが、指先が触れる直前に、二人の意識は別々の「深淵」へと引きずり込まれた。
エマの試練:虚無の肯定
エマが気づくと、彼女は果てしない暗闇の中に浮かんでいた。
周囲には、彼女がかつて「だめなもの」として切り捨ててきた自分の欠片が、無数の鏡となって浮遊している。
「茶色に塗り潰された鳥」
「機械のようだと評された自分」
「誰にも必要とされない孤独」
鏡の中の自分たちが、一斉に彼女を否定する。
『お前は無価値な空白だ。誰にも愛されない欠陥品だ。その欠けた心を満たすものなど、この宇宙のどこにもない』
「……そうね。私は完璧じゃなかった」
エマは、襲いかかる言葉を拒絶しなかった。彼女はその暗闇の冷たさを, 自分を責める声を、まるで冷えた水を受け入れるように静かに受け止めた。
「でも、欠けているからこそ、私はこうして自分に問いかけている。私は、この暗闇(宇宙)の一部として産み落とされた。それだけで、十分だったんだわ」
エマが自分の「虚無」を抱きしめた瞬間、暗闇は一転して、眩いばかりの星雲へと姿を変えた。彼女の内側にあった「欠落」が、広大な宇宙の「空白」と繋がり、無限の可能性として輝き始めたのだ。
オルドの試練:鎧の崩壊
一方、オルドは荒れ狂う嵐の中で、父の幻影と対峙していた。
「オルドよ、感情を捨てろ。境界を引け。正しくないものはすべて排除しろ」 父の振るう巨大な剣が、オルドの白銀の甲冑を砕いていく。
「違う……私は……」
オルドは反撃しようとしたが、その手は震えていた。彼は気づいたのだ。自分が引いてきた「境界」は世界を守るためではなく、傷ついた自分を守るための、脆い拒絶の壁に過ぎなかったことを。
「私は……正しくなどなくていい。ただ、あの犬を助けたかった。あの時、泣きたかった……!」
彼が一生をかけて否定してきた「弱さ」を認めた瞬間、重厚な甲冑は、彼を長年縛り付けていた強固な殻とともに光の粒子となって霧散し、剥き出しの心が宇宙の風にさらされた。
剥き出しになった彼の魂に、エマの放つ宇宙の光が流れ込む。
オルドは初めて、境界のない「自由という秩序」の温かさに触れた。宇宙との出会い 二人が意識を取り戻したとき、干上がっていた鏡面湖のひび割れを癒やすように、清廉な光を湛えた透明な水が、地底の鼓動に合わせて静かに湧き出していた。
水面は鏡となり、真昼の空に、本来ならば見えるはずのない「広大無辺な宇宙」を映し出している。
「オルド……大丈夫?」
エマが駆け寄る。オルドは膝をつき、自分の手のひらを見つめていた。甲冑を失った彼の腕は細く、頼りないが、その瞳にはかつてないほどの強い光が宿っていた。
「ああ……。私は今まで、宇宙を拒絶することで、自分自身を拒絶していたのだな」
オルドの声からは、他者を排撃するための鋭利な響きが消え、春の訪れを告げる風のような、穏やかな温もりが宿っていた。
『生こそ最高の存在なのだ、二人とも』
リベルタスが二人の間に立ち、満天の星空を指し示した。
『自分に問いかけ、自分をわかろうとするとき、あなたたちはいつでも、この宇宙そのものに出会える。その存在こそが、自由という名の秩序なのよ』
ひび割れた大地からは、新しい命の息吹が芽吹き始めていた。
エマとオルドは、自分たちが「宇宙の子供」であることを確信し、最後の聖域へと歩み出す準備を整えた。




