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灰の檻を抜けて星の子供たちは旅に出る  作者: 御園しれどし


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断章:二つの檻

 沈黙の森の端、刺すような夜の冷気が焚き火の熱を削り取ろうとする中、爆ぜる音だけが規則正しく静寂を刻んでいた。 


オルドは、眠りについたエマの横顔を, 揺れる炎越しにみつめていた。彼女の腕には、最初の試練で刻まれた「灰の茨」の痕が、かすかな銀色の筋となって残っている。


「……理解できん」 


オルドは独りごちた。彼の秩序において、傷とは排除すべき失敗 と証であり、痛みとは遠ざけるべき不浄であった。しかし、エマはその傷を隠そうともせず、むしろ大切に撫でていることがある。


『彼女の傷は、彼女が自分を学んだ証なのよ。秩序の番人』 


リベルタスが、エマの影から音もなく立ち上がった。その姿は、夜の闇を織り込んだような深い藍色のドレスを纏う貴婦人のようだった。


「リベルタス。貴様ら受容の徒は、弱さを肯定し、世界を混沌へと誘う。私は、境界を引くことでこの脆弱な生命たちを守ってきたのだ」


『いいえ。あなたは世界を守っているのではない、世界からあなた自身を隠しているだけよ。かつて彼女が「茶色」という檻に色彩を閉じ込めたように、あなたも自分を鋼の壁に閉じ込めていないかしら?』 


オルドの指が、白銀の甲冑の籠手の上でピクリと跳ねた。


「……何を知っている」


『エマの過去は、あなたの過去でもある。さあ、見なさい。あなたが「正しさ」のために切り捨ててきた、あなた自身の子供時代の欠片を』 


リベルタスが指を差した先、焚き火の煙が不気味に形を変え、オルドの脳裏に封印していた記憶を呼び起こした。


それは、彼がまだ少年だった頃の記憶だ. 聖騎士の息子として生まれたオルドは、父の期待に応えるべく、寸分の狂いもない剣筋を磨き続けていた。


だがある日、彼は怪我をした野良犬を助けるために、重要な式典の稽古を無断で休んだ。それを見つけた父の瞳には失望の灰が宿っていた。父は助けられた犬を塵でも払うかのように追い払い、オルドの手から木剣を奪うと、膝で無慈悲に真っ二つにへし折った。


「情けは秩序を乱す毒だ。正しい目的のためには、余計な感情はすべて『だめなもの』として捨て去れ」 


その日から、オルドは泣くことをやめ、自分の心に「境界」引いた。弱さ、慈しみ、迷い――それらをすべて不純物として排除し、鋼のような秩序を身に纏ったのだ。


「……あれは、必要な儀式だったのだ」 


オルドは吐き捨てるように言ったが、その声は微かに震えていた。 


エマが両親によって「青い鳥」を奪われたように、オルドもまた、父によって「優しさ」を奪われていた。エマはそれを「欠落」として受け入れたが、オルドはそれを「強さ」という名の檻で隠し続けてきたに過ぎない。 


ふいに、エマが寝返りを打ち、うわ言のように呟いた。


「……お母さん……青くても……いいよね……」 


その無防備な呟きは、重厚な甲冑の隙間をすり抜け、オルドの心臓を直接掴んだかのような衝撃を与えた。彼は息を止め、自らの喉の奥に熱いものがせり上がるのを感じた。 


彼はエマの手のひらに残る、あの茶色の絵の具で塗り潰された鳥の傷跡を想像した。そして、自分が今日まで切り捨ててきた、数えきれないほどの「青い鳥」たちの末路を。


「私が守ってきたものは……ただの、空虚な拒絶だったのか」 


オルドは傍らに置いた大剣を凝視した。鏡のように磨かれたその刃に映る自分の顔は、かつての父と同じ、冷たい拒絶の相を呈していた。 


リベルタスは何も答えず、ただ星空のように深い瞳で彼を見つめ続けた。 


翌朝、目覚めたエマが最初に目にしたのは、夜通し焚き火の番をしていたのであろうオルドの、どこか憑き物が落ちたような、ひどく寂しげな横顔だった。


「おはよう、オルド」


「……ああ. 出発の準備をしろ、エマ」 


オルドの声は相変わらず厳格だったが、彼がエマを呼ぶ響きには、昨日まではなかった微かな「迷い」という名の自由が、芽生え始めていた。

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