第二章:分断の壁と内なる宇宙
オルドが剣を突き立てた瞬間、エマが展開していた星の領域が、星空を映した硝子が砕けるような、耳障りな不協和音を立てて軋んだ。
彼の周囲には「否定」という名の絶対的な結界が張られており、宇宙の光は彼の白銀の甲冑に触れることすらできずに弾け飛ぶ。
「魔女。貴様が放つその光は、人々の安寧を脅かす毒だ」
オルドの声は、感情を排した氷の刃だった。
「我らが築き上げた聖王国の秩序は、断罪という名の剪定によって保たれている。貴様のように、灰を消し、理を歪める存在は生かしておけぬ」
エマは言葉を失った。目の前の青年から放たれるのは、圧倒的な「拒絶」だ. 彼は悪意で動いているのではない。むしろ、彼が信じる「正しさ」のために、世界を狭く、不自由な檻に変えようとしていた。
『エマ、見て。彼の心もまた, 深い灰に覆われているわ』
リベルタスの声が、風に溶けるように響く。「……あなたは、怖くないの?」 エマは震える声で問いかけた。
「境界の向こうに何があるか、わからないことが。だから、すべてを『だめ』だと決めて、閉じ込めてしまっているの?」 オルドの眉が微かに動いた。それは彼にとって、踏み込まれてはならない聖域への侵入だった。
「黙れ。私は、この脆弱な世界を統治するために境界を引いている。それが秩序だ」
オルドは剣を抜き、エマの首筋に突きつけた。だが、その剣先はわずかに震えているようにも見えた。
彼は、エマの瞳の中に広がる無限の宇宙に、無意識の恐怖と、それ以上の「憧憬」を感じていたのだ。
結局、聖王庁からの伝令により、エマは処刑ではなく「監視下での旅」を命じられることになった。世界各地に広がる「忘却の灰」の源泉、三つの聖域を浄化できるかどうかを、彼女に証明させるという名目だ。
こうして、相反する二人の奇妙な旅が始まった。 最初の目的地は、かつて詩人や哲学者が集ったとされる「沈黙の森」だった。
今やその場所は、人々の「口にできない後悔」――吐き出されたため息が黒ずんだ棘となり、互いに絡み合って日光を遮る、死の森と化していた。「ここが、最初の試練か」
オルドは馬を降り、森の入り口に立つ。
からは、おぞましい呻き声のような風が吹いていた。茨は生き物のようにうごめき、侵入者を拒んでいる。
「あれもだめ、近寄ってはだめ、入るなどできぬ……森がそう言っている」
オルドは剣を構え、茨を切り裂こうとした。しかし、切れば切るほど茨は増殖し、彼の鎧に絡みついていく。
「どけ、魔女! 私が道を切り開く!」
「待って、オルド。力で拒んではだめ」
エマはオルドの前に出た。彼女は茨の鋭い刺を見つめた。そこからは、誰にも届かなかったかすかな叫びが震えとなって漏れ出している。それは恐怖の象徴だったが、同時に、傷つくことを恐れて自分を固く閉ざした誰かの「心」そのものに見えた。
彼女はゆっくりと手を伸ばし、その茨に触れた。
指先に鋭い痛みが走り、鮮血が滴る。
「エマ! 何をしている!」
オルドの制止も届かない。
エマは痛みを拒まず、その茨が持つ「悲しみ」をまるごと受け入れた。
(あなたは、守りたかったのね。これ以上、誰も傷つかないように)
彼女の心に、広大な宇宙の静寂が広がっていく。
その瞬間、茨が青白い光を放ち、一斉に美しい白い花を咲かせた。淀んでいた空気は清涼な風へと変わり、雨上がりの土のような、生命力に満ちた匂いが漂い始める。呻き声は静かな調べへと変わり、森の奥へと続く光の道が現れる。
「そんな……。痛みを、受け入れたというのか?」
オルドは呆然と立ち尽くしていた。彼の「否定の剣」では決して届かなかった答えを、エマはただ「触れること」で引き出したのだ。
『自由が、あなたを学ばせているわね』
リベルタスがエマの髪を撫でるように光った。
エマは振り向き、オルドに微笑んだ。
「ねえ、オルド。この森も、この痛みも、宇宙の一部なの。それを知ることで、私は少しだけ、私自身をわかった気がするわ」
オルドは何も答えなかったが、その手から剣を降ろした。
彼らの旅は、まだ始まったばかりだった。




