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灰の檻を抜けて星の子供たちは旅に出る  作者: 御園しれどし


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第一章:忘却の灰と光の囁き

視界を埋め尽くしていたのは、鈍色の空だった。  


エマが目覚めたとき、最初に感じたのは肺の奥まで浸食してくるような、ざらついた重苦しい空気。そして、肌に触れるたびに思考を白く塗りつぶし過去を奪い去っていく微細な灰の感触だった。


「……ここは?」 


その問いに答える者はいなかった。 


エマは立ち上がり、辺りを見回した。そこは「アエテルナ」と呼ばれる世界の境界、かつては草原だったであろう枯れた大地だ。


空からは絶え間なく「忘却の灰」が雪のように降り積もり、遠くには天を突くほどに高い岩壁が、世界を分断するようにそびえ立っている。 


彼女には記憶がなかった。自分がどこから来たのか、なぜここにいるのか。  ただ一つ、胸の奥に灯火のように残っているのは、狂おしいほどの渇望だ。飢えにも似たその衝動が、音もなく彼女の胸を焦がしていた。


(私は、私を知らなければならない。この空白を埋めるのは、外の世界ではなく、私自身なのだから)


「おや。ようやく目を開けたのね、宇宙の子供」 


不意に、耳元で鈴が転がるような声がした。 


驚いて振り返ると、そこには淡い光の揺らぎが浮かんでいた。形は定まらず、星屑を集めたヴェールのようにも、幼い少女の輪郭のようにも見える。


「あなたは……?」


「私はリベルタス。あなたの隣にあるもの。あなたの内にあるもの」 


光の揺らぎ――リベルタスは、エマの周りを踊るように跳ねた。


「ここは不自由な世界。人々は『だめ』という言葉で自分たちを縛り、灰の中に閉じこもっている。でもエマ、あなたは違う。あなたは問いかけを始めた。宇宙という生命の流れの中で、自分を探そうとしている」


「自由……? でも、私は何も持っていないわ。記憶も、行く当ても」


「いいえ。全てを受け入れる処に、自由はあるのよ。さあ、立って。あなたの『宇宙』が、あなたに呼ばれるのを待っているわ」 


その時、静寂が支配する灰の世界を切り裂くように、無機質な鉄靴の軍靴の響きと、鎧の触れ合う冷徹な金属音が近づいてきた。 


灰の霧の向こうから、白銀の鎧に身を包んだ騎士たちが現れる。彼らは一様に厳しい表情を浮かべ、手にした槍をエマに向けた。


「動くな、異端者! 境界の灰を乱す者は、秩序の敵と見なす!」 


騎士たちの放つ鋭い拒絶の殺気に、エマは身をすくめた。怖い。逃げたい。あんな尖った刃なんて見たくない――。 


彼女が反射的に目を逸らそうとしたとき、リベルタスの声が頭の中に直接響いた。


『エマ、拒絶してはだめ。その恐怖を、その刃の輝きを、まるごとあなたの宇宙に迎え入れなさい』


「そんなこと、できるわけないわ!」


『できるわ。あれもだめ、これもだめ。そうやって目を背けるのは、決して自由ではないのだから』 


エマは震える手で、迫りくる騎士たちの槍を見つめた。  


彼女は逃げるのをやめ、深く息を吸い込んだ。恐怖を否定し追い払うのでなく、喉をしめつけるような鼓動も、指先の止まらない震えも、そのすべてを『私が今ここで生きている叫び』として、全身で抱きしめた。 


その瞬間。 エマの瞳が深い藍色に染まり、その奥で銀河が爆発したかのような輝きが走った。


「――っ!?」 


騎士たちが息を呑む。 エマを中心に、突如として不可視の波紋が広がった。それは物理的な衝撃ではなく、圧倒的な「肯定」の波動だった。


彼女の周りだけ忘却の灰が結晶化して消え去り、そこには満天の星空を映し出したかのような、美しい宇宙の光景が地上に現れた。 


槍を構えていた騎士たちは、戦意を喪失してその場に崩れ落ちた。彼らの目には、恐怖ではなく、言いようのない安らぎの涙が浮かんでいた。 


だが、その光の渦を切り裂くようにして、一人の男が歩み寄ってきた。 


白銀の甲冑を纏い、氷のような瞳をした青年。秩序の番人、オルドである。 彼はエマの放つ星の光を拒絶するように、重厚な剣を地面に突き立てた。「秩序を乱す、忌々しい光だ。受容という名の無責任な放任が、どれほどの混乱を招くか。


この世界の理と安寧を守るため、貴様の独善をここで断ち切らせてもらう。 オルドの冷徹な声が、エマの耳に突き刺さる。 これが、エマとリベルタス、そしてオルドが交錯する、長い旅の始まりだった。

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