第四章:TAMEIKIのその先へ(エピローグ)
1. 大津のベンチと新しい時刻表
京津線は終点である浜大津駅に到着し、二人は電車を降りた。琵琶湖からの風が、冬の終わりを告げるように冷たい。
二人は駅前のベンチに並んで座った。京太郎は、けい子からもらった京阪の時刻表と、自分の地下鉄の時刻表を広げたまま、大事そうに膝の上に置いている。
「ねぇ、京太郎くん」けい子が言った。「結局、『TAMEIKI』のもう一つの意味って、何だったんだろうね。六角レイナさん、あれしか教えてくれなかったでしょう?」
京太郎は静かに、二つの時刻表の端を丁寧に揃えた。
「論理的に推測するに、レイナさんは私たちに、『その先のTAMEIKI』を解読してほしかったのでしょう」
「その先?」
「TAMEIKIは、アルファベットの並びです。そして、嵐電の暗号は『最も長い区間』と『最も短い区間』という対極のデータを組み合わせた。ならば、次に来るべき単語は、『嘆息』の対極にあるもの、つまり『安堵』や『喜び』に関わる単語であるはずだ」
けい子は京太郎の腕に頭を預けた。
「ふふ。そういうの、いちいち考えてくれるところ、本当に地下鉄くんらしい」
「もう、地下鉄くんはやめてください」京太郎は照れたように言った。「私はもう、京津線です。あなたのロマンと私の効率、両方を抱えて走ることにしましたから」
「じゃあ、京津太郎ね」けい子が笑う。
京太郎は、鞄から新しい手帳を取り出した。それは、彼のこれまでの無機質なロジックノートとは違い、淡いクリーム色の表紙だった。
「これからは、この手帳に、あなたとの『無駄な遠回り』を記録していきます。最初の記録はこれです」
彼は手帳を開き、最初のページに定規を使って丁寧に、しかし少しだけ不揃いな線で、二つの言葉を書き記した。
・地下鉄の論理(効率):$E=R/(1+L)$効率(E)は、
・ロマン(R)を、遠回り(L)で割り、わずかに許容されることを証明する式。
・京阪のロマン(情緒): 「京太郎くんと私が出会ったのは、人生の『定刻』だった」
2. 六角レイナの微笑み
その頃、六角レイナは、大津の琵琶湖が一望できるカフェで、一人コーヒーを飲んでいた。彼女のテーブルには、嵐電と京津線の路線図が広げられている。
彼女のスマホに、京太郎からのメッセージが届いた。
【青海京太郎からのメッセージ】 「六角様。『TAMEIKI』の次の単語は、『安堵』を意味する単語であり、おそらく二人の結びつきを証明する言葉。私たちの結論は、『KOI』(恋)です。非論理的ですが、これが私たちの導き出した最適解です。」
レイナはメッセージを読み、静かに微笑んだ。
「違うわよ、京津太郎くん」
彼女はそっと、路線図の京津線が東西線に乗り入れる場所に指を置いた。
「TAMEIKIのその先。それは、ITOSHII(愛しい)よ。嘆息が出るほど非効率で、それでも許容してしまう、愛おしいという感情。それは、どんな路線図にも載らない、彼らだけの線路だわ」
レイナはコーヒーを飲み干すと、路線図を畳み、手帳に記した。
「次の旅のテーマは…鴨川の飛び石と、哲学の道。少し遠回りをして、もう一度、ロマンを問い直してみましょうか」
3. ロマンと効率の終着点
大津のベンチに戻る。
けい子は、京太郎が書いた「京太郎くんと私が出会ったのは、人生の『定刻』だった」という言葉を指でなぞった。
「ねぇ、京津太郎。私たち、この路線に乗って、また京都に戻ろうよ」
「もちろんです」京太郎は時刻表を丁寧に畳み、ポケットにしまった。「ただし、帰りは最も景色の良い時間を選びます。効率は維持しつつ、ロマンを最大限に引き出す時刻を、今から計算します」
「うふふ、最高」
けい子は、京太郎の肩にもたれかかり、遠くの琵琶湖を眺めた。
京阪と地下鉄。ロマンと効率。二つの線路は、もう対立することなく、京津線という一つの未来を走っている。
彼らが選んだのは、単なる「恋」というゴールではなく、「愛おしい」という、非効率で美しい、終わりのない旅だった。
【終】




