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京都・恋のダイヤグラム  作者: 北大路京介


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第三章:京津線、二つの線路の奇跡

1. 嵐山の夕暮れとロマンの真実

京太郎は、六角レイナが送ってきた動画を何度も再生した。


嵐電の「恋の暗号」。最も長い駅間と最も短い駅間のローマ字表記をつなぎ合わせた言葉は、「TAMEIKI」(ためいき)だった。


「ためいき…。なぜ、嘆息が恋の暗号になる?非論理的だ」


京太郎は頭を抱えた。しかし、この「ためいき」という言葉は、けい子が話した「ロマンチックな嘘」と奇妙に重なって響いた。


(けい子):「嵐電に乗っているうちに、あなたとは真逆の路線に行きたいと思っただけよ」


京太郎は嵐山駅へ向かうホームのベンチに座り込んだ。彼が帷子ノ辻駅で立ち尽くしている間に、けい子はとっくに嵐山へ向かったはずだ。


「赤堀さんは、私に『嘘』という名の、最も効率の悪い情報を提示した。なぜ?私を遠ざけるためか、それとも…」


京太郎は、恋人からの贈り物だという京阪の時刻表を思い出した。彼はポケットから自分の地下鉄の時刻表を取り出し、丁寧に重ね合わせた。地下鉄の正確な数字と、京阪の情緒的な路線図。二つは決して一つにはならない。


そのとき、京太郎の携帯に着信があった。発信元はけい子ではない。


六角レイナだった。


「青海京太郎さんですね?先ほどの暗号、解読できましたか?」


京太郎は戸惑いながら答えた。「はい。答えは『TAMEIKI』…嘆息です。しかし、これがなぜ恋愛の…」


「ふふっ。それが京都ですよ」レイナは笑った。「嘆息は、恋が始まったとき、あるいは終わったときに漏れるもの。そして、あの暗号には、もう一つの意味があるんです」


レイナは続けた。「その『ためいき』という言葉を、地下鉄の論理で、京阪の情緒で、それぞれ解釈してください。その答えが、あなたたち二人を次に進める線路ですよ」


通話が切れた後、京太郎はもう一度、時刻表を広げた。


2. 三条京阪駅、二人の最終定理

「嘆息…」


地下鉄の論理的解釈:嘆息とは、酸素消費量の増大を伴う、呼吸の非効率的なパターン。つまり、嘆息が出るほどの無駄を許容すること。


京阪の情緒的解釈:嘆息とは、感情の昂ぶりによって、言葉にならないロマンが溢れ出す瞬間。


京太郎は、この二つの解釈を統合する方法を考えた。非効率な無駄を許容するロマン。


「無駄…無駄な遠回り。情緒的な道筋…」


京太郎の頭に、ある一つの路線が浮かび上がった。京阪と地下鉄、二つの路線の名前を併せ持つ、奇跡の路線。


京津線けいしんせんだ。


京津線は、京阪の御陵駅みささぎえきから、京都市営地下鉄東西線に乗り入れ、地下を走り、さらに山を越えて大津方面へ向かう。途中の東野駅までは地下鉄の線路を走り、地上に出た後は路面電車として公道を走る。


「これだ。地下鉄の『効率』の線路を走りながら、最終的には京阪の『ロマン』として地上に出て、街中をゆっくりと走る。効率とロマンが一つになる、唯一の路線…!」


京太郎は嵐山から地下鉄東西線の太秦天神川駅まで戻り、三条京阪駅を目指した。


三条京阪駅。京阪線の主要駅であり、地下鉄東西線との乗り換え駅だ。京太郎がホームに駆け上がると、先にそこに立っている人物がいた。


けい子だった。


「遅いよ、地下鉄くん」けい子は微笑んだ。「また、効率の悪い遠回りをしてきたの?」


3. 京津線、告白の景色

京太郎:「赤堀さん。なぜここにいるんですか。嵐山へ向かったのでは?」


けい子:「嵐山はロマンのゴールじゃないって言ったでしょう?私は、ロマンの始まりの駅を探してたの。そして京阪の時刻表を見て、気づいたのよ」


けい子は京阪の時刻表を指差した。「京阪線は鴨川の上を走るけど、最後は地下に潜る。地下鉄は地下を走るけど、最後は地上に出て路面電車になる路線がある。…私と、あなたみたいにね」


京太郎は静かに、六角レイナからの暗号の解釈を口にした。


京太郎:「嘆息。…私は、あなたのロマンという無駄を許容できるかどうか、それを証明するために来ました。私にとって、それは非効率的な、愛おしいデータです」


けい子:「私はね、嘆息は、本当に言いたい言葉を、言葉にできない瞬間の音だと思う。私は、あなたの冷静な論理に、いつもため息が出るほど、惹かれていたの」


けい子は、京太郎が持っていた地下鉄の時刻表と、自分の京阪の時刻表を一つに束ねた。


けい子:「私たちが出会うべき場所はここじゃない。私たち二人の線路が、地下鉄のトンネルを走り、そして地上に出て、街の景色を一緒に見る場所よ」


二人は、京津線の電車に乗り込んだ。


電車が三条京阪駅を出発し、地下のトンネルを進んでいく。車内は静寂に包まれていた。


京太郎とけい子は、何も話さなかった。


そして、御陵駅から電車が地上へ向かって加速し、山科を抜けて、再び地上に出た瞬間—


車窓には、京都市街の遠くの景色が、まるで広大なパノラマのように広がっていた。


4. 終点の証明

電車は公道を走り始め、まるでバスのように信号待ちをする。京太郎は、生まれて初めて見る「路面電車になった地下鉄」の姿に、言葉を失った。


京太郎:「これが…効率とロマンが一つになった景色」


けい子:「私の恋人、京阪の運転士の嘘だけど。…彼はいなかった。ずっと一人だった。私はロマンを求めて遠回りしていただけ。でも、あなたと出会って、初めて効率的な『ゴール』が見えた気がする」


京太郎:「私もです。地下鉄の正確さだけを信じていたが、この路線のように、時に遠回りを許容し、地下から地上に出ることが、最も美しい効率だと知りました」


京太郎は、けい子の顔を見た。


「赤堀けい子さん。私はあなたの、非効率的なロマンに、一生をかけて付き合いたい。あなたのロマンが、私の論理を証明してくれる。だから、私と、この京津線のように、一つになってくれませんか」


けい子は、涙を拭い、微笑んだ。


けい子:「…効率の悪い告白ね。でも、最高にロマンチックよ。地下鉄くん」


電車は、ゆっくりと終点の大津へ向かって走っていく。二人の恋の路線図は、今、京津線の上で、美しく重なり合ったのだった。

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