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第七話 静謐

「おーい、起きろー」

張は聞き覚えのある声で目を覚ます。

眠い目を擦り、目を開けるとそこには友希がいた。

窓から差し込む光は夜と同じように変わり映えはしなかった。

なんだか時間感覚がおかしくなりそうな場所だ。

「時間は?」

 張は友希にそう聞く。

友希は部屋の壁に飾ってある時計を見た。

「9時」

友希は張にぶっきらぼうにそう言う。

「じゃあ時間なったら起こしてくれ」

張がそう言ってまた眠りにつこうとする。

「寝るなー」

友希は布団を被ったままの張を揺らす。

「まだ時間あるだろ。ねみいんだよ」

「はあ…」

 友希はため息をしたあと、張が眠っている部屋を後にした。



友希はタバコを持って外に出た。

外はどことなく冷たく、澄んだ空気が漂っているような気がした。

そんなことはないはずなのに。

そして、外でタバコをつけて吸い始めた。

「あいつの前だと吸えないからな…」

「ふう…」

 タバコの煙が寒さでさらに白く濁っている。

そんな中、何か話し声が聞こえてくる。

友希は耳を澄ます。

「聞いたか?闘千に現れた、『最強の玄人』の話」

若い男性の声が聞こえてきた。

友希は直感で、張の話だと理解した。

「もちろんだ。今や街全体はあいつの話題で持ちきりだ」

「なんでも、額に傷がある男を圧倒したらしいからな」

友希はその見た目の者を知っている。

いや、ここに幽閉したと言った方が正しいだろうか。

『薬の骸』

そう呼ばれていたはずだ。

「それだけじゃない。あの東風で、全員を飛ばしたらしいぜ」

 張ならあり得る話だ。

天鬼杯の切符を得る以上、あいつくらい倒せないと話にならないだろう。

「張、大丈夫そうじゃん…」

友希はそうボソッと呟く。

友希の中にあった微かな不安は、その話だけで無くなった。

まだ話は続いているようだ。

「あの調子だと、もしかしたら天鬼杯に出るんじゃねえか?」

「おそらくな…」

一夜にして街を飲み込むほどの話題性を持つ。

やっぱり、連れてくるべき人材だった。

「でも、イカサマ疑惑の話はどうなんだろうな。腕は本物らしいが…」

「真実はどうだっていいだろ。強くて狡いやつが勝つ。それがこの街だろ?」

その言葉に、友希は小さく微笑む。

「そうさ。強いやつが勝つ。揺るぎない真実だ」

「張は絶対に勝ってくれるはずだ。たとえ、“あいつ“が相手だとしても…」

友希はタバコを地面に落とし、靴で踏み潰す。

そして、再度家の中に入る。


「起きな。『最強の玄人』さんよ」

友希は小馬鹿にするように張に呼びかける。

だが、返ってくるのは寝息だけだった。

「ほんと、どこ吹く風って感じだよな…」

友希は張が眠っている部屋を後にする。


「ったく、起きてるわ」

張は結局、周りの声で起きてしまった。

扉の向こうにいる友希が足を止めたのが分かった。

案の定、彼女が振り返る音が聞こえ、少しだけ開いた扉越しにこちらを覗き込んでくる。

「周りが騒がしいから、どうせ寝てられねえっての」

張は軽く頭をかきながら言った。

眠気がまだ抜けきらず、視界がぼんやりしている。

友希が部屋の中に入ってきて、窓際に腰掛ける。

「お前、そんな顔してよく“最強の玄人”なんて呼ばれてるよな」

どこか呆れた調子だが、張は気にしない。

「そんなの俺がどうこうしたわけじゃねえだろ。ただ打ってただけだし」

張は肩をすくめ、壁に寄りかかるように座る。

すると友希が少し目を細めながら言った。

「でも、あんたの噂、もう街中に広がってるよ。“薬の骸”をぶっ飛ばしたってな」


「やっぱ有名なやつなのか…」

張は淡々と応じた。

「知らずに打ってたのかよ…」

友希は呆れて目線を下に落とす。

ぶっちゃけ、噂がどうだろうと興味はない。

目の前の対局だけが重要だ。

「まああいつを倒したのなら、準備運動は十分そうだな」

友希はそう言って、窓際から立ち上がる。

「あいつのこと、知ってるのか?」

張は驚愕した表情で友希の方を見る。

「知ってるも何も、あいつをここに呼んだのは私だしな」

張はその衝撃に言葉を失った。

「あいつ以外にもいるんだよな。おそらく…」

「もちろん」

 友希はそう言った。

何も悪く思っていないであろう顔。

「ま、とりあえず支度しろよ」

 友希はそう言って、部屋から出ていった。

友希が何を考えているのかわからなくなってきている。

そう考えつつ、準備を済ませた。


一階へと向かうと、友希が玄関前で待っていた。

「準備できたか。まだ早い気もするけど、行くか」

 友希はそう言って、家を出た。

張もそれに続いて家を後にした。


影淡荘につくと、外にはすでに天乖が壁に腰掛けていた。

どうやら目を閉じて何か考え事をしている様子だった。

「よ、来たぞ」

友希は天乖にそう話しかける。

「早いな。まあ良いが…」

天乖は腰を上げる。

「とりあえず説明は店内でだな」

三人は影淡荘の中へと入って行った。

その奥のさらに角部屋へと入って行った。

「天鬼杯に出れるようになる資格の話なんだがな、張さんはすでに一項目をクリアしている」

「どう言う意味だ?」

張は困惑の顔を天乖に向ける。

「昨日同卓した奴。実は俺が張さんに向けた刺客なんだ」

そんな雰囲気を感じてはいた。

ならば、おそらく家の前にいた男も刺客と見て間違いないだろう。

「なるほどな」

特に驚いたような表情を見せることなく淡々と言葉を交わす。

「その返答、やっぱりある程度はわかっていたようだね。さすがだ」

実際、あんな辺鄙な雀荘にあそこまでの玄人が現れるわけがない。

「だが、まだ資格を取るための挑戦は終わってない」

「むしろこれからだ」

天乖はそう言うと、部屋の出口がある方を見た。

数秒見ていると、扉がゆっくりと開いた。


そこには、貫禄がある者たちが二人入ってきた。

どちらも見覚えがない。

「今から、ここで戦ってもらう。友希も入ってもらおうか」

「昨日と“同じように“、バレなきゃ何してもいい」

「開戦は十分後、この部屋で行う。それまでに、準備を求む」


二人は一旦外に出ることにした。

「聞いてないんだけど…」

友希は困惑の表情をしていた。

「何がだ?」

「さっきの私が出るって話。聞いてない」

友希の声には苛立ちが立ち込めている。

「別に勝ったとて天鬼杯に出るわけじゃないだろ?じゃあ気楽に打つだけで良いんじゃないのか?」

友希は「はあ」とため息をしながら、呆れたように張に話し始める。

「同卓する二人のことを知らないからそんなこと言えるんだよ…」

友希はそう言いながらポケットに入れていたタバコとマッチを取り出す。

そしてタバコに火をつけて吸い始める。

「あの二人、そんな強いのか?」

友希はタバコの煙を吐きながら答える。

「強いなんてもんじゃない。この街で5本の指に入るほど」


「一人は『沈黙の支配者(サイレンサー)』。名前くらいは聞いたことない?」

友希は張にそう聞く。

だが、張はそんな名前を聞いたことない。

「知らないな。どんな奴なんだ?」

「『沈黙の支配者(サイレンサー)』は、その名の通り、一言も喋らない。無駄な動きも表情も一切ない。ただ牌を切って、静かに場を支配していくタイプだよ」

「言わば、薬の骸の黙牌がない者だと考えればわかりやすいかな」

友希はタバコの煙をゆっくり吐きながら、張を横目で見た。

「それだけで強いのか?」

張は少し疑問げな顔をして尋ねた。

「それだけじゃない。奴は場の空気や相手のリズムを完全に読んで、崩すのが得意なんだ。どんな強者でも、自分のペースを奪われたら歯が立たない」

「しかも、どんな打ち筋でも対応できる柔軟さを持ってるから厄介なんだよ」

「なるほどな…」

張は少し顎に手を当てて考え込んだ。

額の男の黙牌がない個体。

そんなに強くは思えないが、おそらくそれを凌駕するほどの力を持っているのだろう。


「で、もう一人は?」

張が問いかけると、友希は一瞬眉をひそめた。

友希は苦笑いを浮かべた。

「もう一人は『高点狙い(ハイポイント)』って呼ばれてるやつだな」

友希の口調が少し重くなる。

「高点狙い?それ、どういう能力だ?」

張は首をかしげる。

「その名の通り、あいつは高い手を狙うことに特化しているんだ。普通なら避けるような手でも、あいつにかかると、一気に満貫や跳満、さらには役満まで狙えるっていう能力なんだよ」

友希はタバコを吸いながら説明を続ける。

「その能力、正確には『高点形成』って言うんだけど、要するに、あいつの手牌は常に最強を目指して組み替えられるんだ。例えば、役満を目指すように、最初は和了に必要な牌がバラバラでも、最終的にはあいつが勝つために整った手ができあがる」

友希は一息ついて、張を見た。

「それって、ただの運じゃないのか?」

張は少し驚いたように問いかけた。

「違うよ。あいつの能力は、ただの運じゃない。イカサマと組み合わさって最強に仕上がっている。もちろん、それは一瞬でやることができる。」

友希は言葉を選ぶように説明する。

「だから、あいつの手には必ず一貫性がある。どんな状況でも、最初から高い点を取るために組み合わせられる手を作り出す。例えば、東風戦のような短期戦でも、あいつはわずかな時間で大きな点数を稼ぐから、立ち回りが非常に重要な相手だろう」

友希はその能力を説明する際、真剣な顔つきで続けた。

「それに、あいつの能力には限界がない。ある意味では無限の可能性があるから、戦い方次第では最強になることもできる」

友希はタバコの煙をもう一度深く吸い込みながら、言った。

「イカサマを使う能力で言ったら、張と同等かそれ以上か…」


「でも、欠点もある。あいつが高い点を狙いすぎると、リスクが大きくなるんだ。あまりに大きな手を目指しすぎて、和了のチャンスを逃してしまうことがある」

「その隙をつければ、勝機はある」

友希はゆっくりタバコを吸いながら、張の反応を待った。

「なるほど。高い点を目指すからこそのリスクがあるわけだな」

張は少し考え込むと、軽く頷いた。

「そう、でもあいつのやり方を見抜ければ、逆にそのリスクを利用して勝つことができる。重要なのは、どんな状況でも自分の手を作り上げる能力を持っていることを理解して、それにどう対処するかだ」

友希は静かに言った。


「なるほどな…」

張は目を見開き、興味津々で聞いた。

「確かに、普通の対局ではないな」

「でしょ?あの二人が揃って出るなんて、ただの対局じゃありえないよ。どう考えても天乖の仕掛けだね」

友希はタバコを地面に落として靴で踏み消した。

「でも、あんたは気楽に見えるね。あの二人と同卓するんだよ?」

友希は張の顔をじっと見た。

「まあ、強いのはわかったけどさ。俺にできるのは目の前の局を全力で打つことだけだろ?」

張は肩をすくめながら答えた。

「簡単に言うよね。でも、それがあんたの強さなんだろうね」

友希は小さくため息をつきながらも、どこか安心したように見えた。

「お前はどうするんだ?あの二人と打つ自信はあるのか?」

張が問いかけると、友希は少し考え込んだ後、微笑んだ。

「自信なんて関係ないよ。やるしかないから、やる。それだけ」

張はその言葉にわずかに目を細め、満足そうに頷いた。

「それでいいんだよ。それが、お前の麻雀だろ?」

二人はしばらく黙って風に吹かれていた。冷たい空気が二人の間を流れる。


「そろそろ戻るか」

友希が先に口を開いた。

「ああ、準備は万端だ」

「ここからは、敵同士だ」

張はそう言い、友希の方に手を差し出す。

「健闘を祈る」

二人は影淡荘の中へと戻ることにした。


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