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第六話 穿破

張の立直により、場に緊張が走る。

だが、それでも動じていない者が一人。

額に傷がある男だ。

よく考えれば当たり前のことだろう。

『待ち牌がわかる』

それだけで大きなアドバンテージとなる。


張の待ちは七索のみ。

この牌が場に出るか、自分のツモにかかっている。

だが、親はその全てを読んでいるかのように、筋を避けた安全な打牌を続けている。

立直をしている以上、張が焦る必要はない。

ただ、淡々と当たり牌をツモるか場に出るかの勝負だ。

張が内心で策を巡らせている間にも、短髪の男が牌を切る。

「ちっ…」

短髪の男が吐き捨てるように呟きながら、字牌を河に捨てた。

それは張の現物だった。

その動きには消極的な意志が滲んでいる。

おそらく、対子落としか暗刻落としだろう。


眼鏡の男もまた、親と張の二重の圧に完全に押されていた。

「仕方ない…」

低く呟きながら、安全牌を選んで打つ。

二人とも完全に守りに回り、場は張と親の一騎打ちの様相を呈していた。

この時点で、張は自分で持ってくるしかなくなっていた。


張が立直をしているにもかかわらず、親の圧倒的な気迫を感じる。

側から見れば、現在場を支配しているのは張だ。

だが、それは『そう見える』だけのことだ。

実際は親に完全に圧倒されている。


そう考え、卓上に視線を戻す。

親が次の牌をツモる。

額に傷がある男の表情は無感情そのものだ。

だが、張はその無表情の奥に隠された気迫を感じ取っていた。

それは、圧倒的な存在感。

立直をしていないにもかかわらず、ものすごい気迫を感じる。


そうして、張の立直後初のツモ番がやってきた。

張は静かに山へと手を伸ばす。

「こつっ」

手の中にあった牌は九萬だった。

張はそのまま河に牌を置く。


張の立直から数巡が過ぎた。

特に変化があったわけではない。

だが、ここで変化が起きる。


親のツモ番になる。

親はそっと山へと手を伸ばす。

次の瞬間、恐れていたことが起きる。

「立直」

親が立直宣言をした。

しかも、ツモ切り立直だ。

張の疑惑はここで確信に変わった。

確実に見えている。

しかも、立直が入ったということは次のツモ番で確実に一発でツモるだろう。

それだけはなんとしても阻止しなければいけない。

張は考えを巡らせ始めた。


張は胸が高鳴っていた。

ここで負けたら、金を貸してくれた奴に返せなくなる。

しかも、ここで負けたら友希や天乖に合わせる顔がない。

絶対に勝たなければいけない緊張感。

ならびにこのヒリつき。

これが張の気持ちを高揚させる。


親の立直後、最初の張のツモ番がやってくる。

「ごくり…」

固唾を飲む音が少しだけ響く。

『よし…!』

張は覚悟を決め、ツモ山に手を伸ばす。

その瞬間、予想だにしなかった声が聞こえてくる。

「わりい。ポンだ」

 短髪の男が悩んだ末、親の立直宣言牌である東を鳴く。

張の和了チャンスが減ったのが心残りだが、なんにせよ親の一発が無くなった。

だが、これすらも見越した上での立直だったら。

そんな思考が脳裏をよぎる。

張が親の顔を伺う。

視線を移すと、驚嘆の顔をしていた。

おそらく、短髪の男が鳴くのは想定外だったのだろう。

『なら、チャンスはある…!』

短髪の男が慎重に河に牌を置く。

その後、眼鏡の男も山からツモり、慎重に牌を河に置く。

いずれも当たり牌ではなかった。


そうして、立直後初の親のツモ番がやってくる。

親が山に手を伸ばす。

親が手の中にある牌を見る。

そして、その牌を河に捨てる。

捨てられた牌は『北』

ここでツモられなかったのは、短髪の男の鳴きが効いている証拠だ。

こうなった以上、張に分がある。

気づかれないようにイカサマを使える分、張の勝率がかなり高くなった。


張のツモ番がやってくる。

『行くか…?』

イカサマを使うかどうか。

まだ卓上には同卓者の監視の目がついている。

簡単にはイカサマを使わせて貰えないだろう。

だが、ここでイカサマを使うことができれば、和了の可能性が一気に上がる。

『一か八か、か…』

張は山に手を伸ばす。

そして、2枚ツモをしようとする。

何も難しいことはない。

現役時代と同じように、自然な動作で山から2枚ツモる。

「こつっ」

牌同士が当たる。

その音に皆が気を取られ、手の中にある2枚の牌に気づいていない。

『よし…!』

そして、手の中にある一枚をすぐに右手に仕舞い込み、一枚だけを卓上に置く。

卓上にある牌は西。

そのまま牌を切る。

問題は右手にある牌だ。

牌を切ると、皆の視線が張から移動する。

その隙に右手にある2枚目の牌を見る。

右手の中にあった牌は八索。

惜しくも当たり牌ではなかった。

だが、また2枚ツモをすればいいだけのこと。


親がまたツモるが、和了はしなかった。

張の二度目のツモ番がやってくる。

先ほどと同じような所作で、自然な形で2枚ツモをする。

一枚を卓上に、もう一枚を右手の中に。

卓上にある牌は四萬。

そのまま河に捨てる。

張から視線が外れた瞬間、右手の中にある牌を見る。

そこには当たり牌が握られていた。

『七索』

それが手の中にあった。

あと一巡回ってくれば、勝ちが確定する。


そして、親のツモ番がやってくる。

張は親の手を凝視する。

親の手の中から出てきた牌は六筒。

その瞬間、勝ちが確定した。

『勝った…!』

張は心の中で安堵した。

張は安心して山から一枚ツモる。

そして、右手に持っていた牌を交換する。

「ツモ」

 張が七索を晒し、和了宣言をする。

「立直 ツモ 断么九 三色同順 ドラドラ」

裏ドラを捲る。

一枚乗った。

「倍満。 4000 8000」

点棒をもらう。

これで点差がほぼなくなり、トップとの差が縮まった。

このまま安点で和了をすることができれば、勝ちが決まる。

だが、実際はまだ東二局が終わっただけだ。

親の連荘を阻止することができた、それだけ。

まだまだ気が抜けない展開だ。


『東三局 0本場 親:張』

この対局の終わりが近づいている。

ここの雀荘のルールは基本東風戦と聞いている。

あと数局凌ぐことができれば、張の勝ちが決まる。

連荘できなくてもいい。

和了できなくてもいい。

そう考えるのが一般的だろう。

だが、張はその“普通“を捨てる。

どの局でも全力で和了しに行く。

この親で、全員飛ばす。

それくらいできなきゃ、明日の天鬼杯に出る資格など到底ないだろう。

そう考え、対局が始まる合図である賽を振る。


配牌が配られる。

悪くない配牌だ。

一面子、二雀頭。

二向聴だ。

滑り出しとしてはかなりいいだろう。

張は卓に最初の牌を置く。


さっきの一局、眼鏡の男と短髪の男はおそらく気がついていないだろう。

だが、額に傷がある男だけが気づいている。

先の一局を張が和了した時点で、他者の勝ち筋がほぼゼロに近い状態になっていることに。

それほど、先の一局は重要だった。

点数はどうであれ、あの一局で和了できた方が勝者だったことは明白だ。

それを示すように、額に傷がある男の打牌に覇気が無くなった。

『勝ったな』

張はその打牌で、そう確信した。


そこからは張の独壇場だった。

満貫、跳満と和了していき、最終的には全員を飛ばすという無双ぶりを見せた。

張が放つ存在感に、誰一人として太刀打ちすることができなかった。

そして、闘千での戦いは大勝ちで幕を閉じた。


終了後、張は卓にじっと座る額に傷がある男に話しかけようとした。

「あんた、名前は?」

 張はそう問いかける。

「…」

やはり応答には応じない。


傷の男が応答しないまま数秒が過ぎた。

張はため息をつきながら、椅子を引いて再び座る。

「まあいいさ。けど、あんたがさっきの俺の打ち方に気づいてたことだけは分かってる」

 張は声色を変える。

「お前は何もんだ?」

その言葉に、ようやく男が反応を示す。

僅かに眉が動き、顔が張の方に向けられる。

「負けた奴はここでは終わりだ」

男の低い声がようやく響いた。

「教える義理はない」

「そうか」

張はその反応に軽く笑みを浮かべる。

男は目を細め、張をじっと見つめた。

そして、静かに口を開く。

「その目、懐かしいな」

「?」

その短い答えに、張はしばらく沈黙した。

「昔な、俺もお前みたいなガキだったよ。無茶苦茶な打ち方して、勝つために何でもやった」

「その代償にな」

 そう言って、男は腕を捲り見せてくる。

そこには義手が取り付けられていた。

「それって…」

男の視線が遠くを見つめる。

額の傷は、彼が過去にどんな激しい戦いを経験したのかを物語っていた。

「まあ想像通りだ」

「お前も気をつけろよ。勝つために何でもやる覚悟があるなら、同時に何でも失う覚悟も持っておけ」

その言葉に、張は少しだけ表情を曇らせたが、すぐに口角を上げる。

「そんなもん、最初から分かってるさ。全部失ったとしても、俺には戦うしか道がないんだよ」


そう言って、張は友希がいる家に戻った。

そして、天鬼杯に出るための資格を勝ち取るために寝ることにした。


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