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第五話 冥刻

『東二局 0本場 親:額に傷がある男』

短髪の男の親を流し、次の親番になる。

こいつは今まで何も発言をしていない。

卓上での争いにも参加しなかった。

さっきの一局で、眼鏡と短髪の男の打ち筋は大体分かった。

だが、こいつはなんの情報も落とさなかった。

今、一番注意するべきはこいつだろう。


張は静かに手牌を整えながら、親の動きを観察する。

だが、あまりにも静かすぎる。

山積みや賽振りでも最小限の音しか出さない。


これまでの局でも、この男はほとんど何も発言せず、無駄な動きも一切しなかった。

短髪の男や眼鏡の男が牌の動きや発言で通しの可能性があるのに対し、この男はまるで「無」を貫いているかのようだった。


張は卓上の空気を読みながら手元の牌を眺める。

配牌はそこそこの形。

七対子狙いが見えるが、まだ確定的ではない。

ツモ番が来るまで、相手の動きをじっと観察する。


額に傷がある男の最初のツモと捨て牌は、特に特徴のないものだった。

「こつっ」

牌が置かれる音が静寂を破る。

「・・・」

やはり何も発言はない。

 ある程度麻雀を打っていると、自然と自分の流派に従って打つことになる。

だが、この男からは何も見えてこない。

張は注意深く、次のツモを待つ。


数巡後、卓上に動きが見え始める。

「立直」

 静寂だった卓上に一気に緊張が走る。

眼鏡の男が立直をかけた。

まだ数巡しか経っていない。

「早いな…」

 短髪の男がそう漏らす。

確かにかなり早い。

まるでイカサマを使ったような速さだ。


額に傷がある男は相変わらず何も言わないまま、淡々と眼鏡の男の河を見続けている。

張は眼鏡の男のリーチに内心で驚きながらも冷静さを保ち、自分のツモ番を待った。

この局は額に傷がある男の親だ。

親がどう反応するかで流れが決まる。


短髪の男は慎重に安全牌を切り、場の空気が少しずつ張り詰めていく。

一方で、額に傷がある男は静かなままだった。

何も言わず、何も表情を動かさず、淡々とツモをして牌を切るだけ。

その一連の動きは異様なほど滑らかで、無駄が一切なかった。

まるで機械のようだ。


河が二列目の中盤に差し掛かった頃。

張は『七対子、一向聴』の状態に到達していた。

このままリーチをかけても悪くはない。

だが、親の動きが読めない以上、ここで無理に動くべきではない。

眼鏡の男のリーチ後も特に和了の気配がなく、場の緊張感が次第に高まる。

そして、額に傷がある男がツモ番を迎えた瞬間、彼が初めて声を発した。


「リーチ」


低く落ち着いた声での宣言だったが、その瞬間、卓上の空気が一変した。

まるでその声に含まれる圧が卓全体を包み込んだかのようだった。


短髪の男が眉をひそめる。

「チッ…このタイミングでかよ」

張もそのリーチにただならぬものを感じた。

完璧な間合いだ。

これまで何も情報を出さなかった理由がようやくわかったような気がした。


額に傷がある男のリーチ後、初のツモ番がやってきた。

眼鏡の男の表情には焦りが浮かび始めていた。

そのとき、静寂を破るように額に傷がある男が淡々と口を開いた。

「ツモ」


静かな声と共に彼が手元に置いた牌は、洗礼されており無駄がない完璧な手だった。

『立直 一発 ツモ 断么九 三色同順』

 そうして裏ドラを捲る。

一枚乗っていた。

「跳満。6000通し」

卓上の誰もが黙り込む中、彼は冷静に得点を計算し、点棒を受け取った。

「…」

 点数を受け取ってもなお、喋ることはない。

淡々と次局の準備を始める男に、短髪の男も眼鏡の男も一瞬戸惑いの表情を見せる。

張は彼のプレイスタイルに得体の知れないものを感じつつ、次局に備える。

張は、長年の感でこれが偶然ではないことが分かっていた。

こいつはただの玄人ではない。

何か底知れぬ力がある。


『東二局 一本場 親:額に傷がある男』

額に傷がある男の親は連荘を続け、卓上の空気は徐々に重苦しいものになっていた。

張も短髪の男も眼鏡の男も、彼の無駄のない打ち筋に圧倒され、何かを仕掛けるタイミングを完全に見失っていた。

配牌が配られる。

張の手元には一索から九索までのバランスの取れた配牌。一気通貫や平和を狙えそうな形だったが、それもこれも問題は親の動きだ。

短髪の男は舌打ちしながら牌を見つめ、眼鏡の男はやや眉をひそめている。


最初のツモ番から数巡が過ぎる。

卓上は異様な静けさに包まれていた。

額に傷がある男はまたしても無言で牌を切り続け、その捨て牌には目立った特徴がない。

しかし、ただの安牌切りではないことは明らかだ。


張は慎重に手を進めながら、親の手を読むことに集中する。

『あまりにも情報を落とさなさすぎる』

河にも彼の意図がほとんど現れない。

これでは防御も攻撃も的を絞ることができない。

卓上には牌を打牌する音しか聞こえなくなっていた。


また何も起こらずに数巡が過ぎる。

張の手は二向聴まで進んでいた。

このまま進めば、満貫が見える形だ。

張は淡々と不要牌を切る。

その途端、場が徐々に静寂を失い、動き始めてくる。

張が三索を切った瞬間、眼鏡の男が声を上げた。

「チー」

眼鏡の男が仕掛けて流れを変えようとする。

彼は傷の男の蓮荘を止めたいのだろう。

河からもそれは見て取れる。

だが、額に傷がある男は相変わらず何も言わず、何も示さないまま淡々と牌を切り続けている。

その冷静さに、張は一種の恐怖を覚えた。


河が中盤に差し掛かる。

『一気通貫 一向聴』

 張の手は和了が見えるすぐそこまで迫っていた。

卓上の緊張はさらに高まる。

短髪の男が捨てた二索に張は一瞬反応しかけたが、親が目線を少しだけ動かしたのを見逃さなかった。

ここで鳴いたら、おそらくあいつの思う壺だろう。

張は冷静にその牌を見送り、安全牌を切る。

一方、眼鏡の男はさらに攻めを強めていた。

河には中張牌が並び、聴牌をしていてもおかしくない。

短髪の男は渋々と安全策に回り始めた。


そして、親のツモ番がやってきた。

ここで、卓上に大きな動きが見え始める。

「リーチ」

七索が親の河に置かれる。

額に傷がある男の低く落ち着いた声が響き渡る。

その声と共に卓全体の空気がさらに重くなる。

こいつの立直はただの立直じゃない。

それはさっきの一局で確信していた。

だからこそ、ここで動きを見せる必要がある。

「……!」

張も短髪の男も眼鏡の男も動きを止め、一瞬息を飲む。

親の宣言が卓上を支配していく。

だが、張はそれに屈しなかった。

「チー」

張は親の宣言牌を鳴いた。

これで一発が消え、ツモもずれたはずだ。


だが、親が不審な動きを見せる。

額に傷がある男がじっと張を見つめた。

「ふっ…」

一瞬だったが、張は見逃さなかった。

無表情のままだが、その視線の中には微かな笑顔が隠れていた。

『まさか…?』

これ以上何もできないと悟った張は、この一局の行く末を静かに見守ることにした。

 他の二人は慎重に安全牌を切る。


そうして、親のツモ番がやってきた。

額に傷がある男が静かに牌を取る。

その手の動きには微塵の迷いもなかった。

「ツモ」

静かな声と共に彼が置いた牌が場を震わせた。

『立直 ツモ 混一色 赤ドラ』

裏ドラを捲ったが、今回は乗らなかった。

だが、いずれにしても高い親満。

卓上は沈黙に包まれる。

誰も額に傷がある男の親番を止めることができないまま、局が終了した。

張はその冷静さと強さに圧倒されつつも、次の局こそ流れを断ち切ると心に誓った。


『東二局 二本場 親:額に傷がある男』

卓上を支配するのは、額に傷がある男の無駄のない打ち筋と冷静な態度だった。

連荘を続ける彼の姿に、他の三人は完全に動きを封じられている。

張もその一人だったが、心中で次の一局こそ突破口を見出す決意を固めていた。

だが、そんな決意とは裏腹に全くと言っていいほど突破の糸口が見つからない。

正直、今まで戦ってきた中で一番強いとも思える。


親が賽を振り、配牌が配られる。

配られた牌を見て、張は眉をひそめた。

悪くない。

だが、簡単に和了らせてはもらえなえなさそうだ。

手元には萬子と筒子、索子が混じり字牌がないバランスのいい配牌。

三色と平和を狙えそうだ。

だが、親である額に傷がある男の存在がその思考を一気に重くする。


張は今までの親の打ち筋を思い出す。

『東二局 0本場 一発』

『東二局 1本場 鳴きが入りながらもほぼ一発』

やはり、何かがおかしい。

まるで、牌が透けて見えてるとしか思えない。

イカサマを使ったような形跡もない。

視線を親に移すと、何やら他の場所に視線を移していた。

その場所は『山牌』だった。

おそらく、こいつには“見えている“はずだ。

ここで張の疑いが確信に変わった。


どのような方法で見えているのかはわからない。

瞬間記憶なのか、牌の模様で記憶しているのか、本当に透けて見えているのか。

とにかく、やっとネタが割れたわけだ。

『ここから攻めに転じる…!』

張は打ち筋を変え、超攻撃型に変えることにした。


配牌から数巡が過ぎる。

時間が進む中、卓上は異様な静けさに包まれていた。

額に傷がある男は淡々と牌を切り続けている。

その河には特徴がなく、意図が全く読めない。

そりゃあわからないはずだ。

おそらく、同卓者の二人も気づいていないだろう。


そう思い、同卓者に視線を移す。

短髪の男は早々に中張牌を捨て始めていた。

投げやりなのか、これがあいつの作戦なのかはわからない。

どっちにしろ、ネタは分かっていないだろう。


短髪の男は慎重に手を進めているようだった。

特徴は見当たらない河だ。

だが、そんな消極的な打ち方では到底勝てないだろう。

こいつも、ネタは分かっていない動きだ。


この局は張と親の一対一と言っても過言ではないだろう。

おそらく、親もそう感じているだろう。

親は張の手牌を凝視している。

気迫が段違いだ。

この気迫だ。

おそらく、牌を記憶している観点からも、イカサマを使うのは難しいだろう。

だが、使っていかないとこの規格外の力には到底勝てないだろう。

そう感じながら、山からツモってきた牌を河に置く。


河が一列目の終わりを迎えようとしてる。

『二向聴』

三色が狙える形だが、まだ完成には程遠い。

未だ親の視線は張から離れることはない。

だが、一瞬だけ視線が離れる瞬間があることを感じていた。

それは、親のツモ番時。

1秒もない時間だが、張にとっては十分すぎる時間だ。


そして、親のツモ番がやってきた。

『くるっ…!』

 親が山に手を伸ばす。

「こつっ」

牌同士がぶつかる音が鼓膜を刺激する。

『今だっ!』

 張は事前に不要牌を左に寄せており、山を前方に移動させるフリをして、左手に仕込んだ牌と自分が積んだ山の右の牌を交換する。

その所作は大胆だが、それでいて静けさもあった。

音もなく交換することに成功した。

『行けたか…?』

張は親の方に視線を移動させる。

「ふっ…」

張の耳にだけ、乾いた笑いが聞こえてくる。

おそらく、バレている。

だが、張はそれを込みで考えていた。

山が見えているやつに対して牌を交換したら、そりゃあわかるに決まっている。

だが、ここで張に対してのイカサマを指摘したら、自分の黙牌も同卓者に知らせることと同意義になる。

とりあえず、これで三色の一向聴になった。

また親のツモ番でイカサマを使うことができれば、聴牌できる。


数十秒が経過し、また親のツモ番がやってくる。

『ここで決まれば…!』

 親がまた視線を外す。

そのまま張はまた入れ替えを使う。

これで聴牌ができた。

『断么九 三色同順 ドラドラ カン七索待ち』

 河にはすでに筋である四索が出ている。

立直をかけるかは悩みどころである。

そうこうしているうちに、張のツモ番がやってくる。

持ってきた牌は八索。

『どうするか…』

張は他家の河を見る。

問題はなさそうではある。

『行くか…』

「立直」

張は立直をかけた。

卓上には張の声だけが聞こえる。


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