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第三話 暗流

同日夜、友希と張は関西にあるとある街を訪れた。

町は人でごった返しており、昔来た時とは違う雰囲気を感じた。

店の看板にはネオンの光が照らしており、店から流れる軽快な音楽が町中に漏れ出していた。

この場所は、数十年前は雀荘が立ち並ぶ人が寄りつかない場所だった。

名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。

天満町てんまんちょう

かつては日本最大の歓楽街で雀荘や風俗などが立ち並んでいた。

しかし、今は見る影もなく代わりに高級飲食店や宝石店などがたち並んでいる。


「まずは飯でも行くか!」

友希がこの街に着いた瞬間、そう言った。

確かに朝からなにも食べていないし、麻雀をして頭を使って疲弊している。

「いい店あるか?」

「もちろん!」


そう言ってストリートを二人で歩くことにした。

「今日、来たのって偶然じゃないんだろ?」

張は見透かしたような雰囲気で友希に聞く。

「バレてた?」

「そりゃあな…」


二人は他愛もない話をしつつ、雑踏の中を突き進んでいく。

数分歩き、着いた場所は路地裏に佇む小さな定食屋だった。

外観は今にも潰れそうなくらい寂れていて、立て付けも悪そうだ。

香雅亭こうがてい

店前にある看板にはそう書いてあった。

「ガラガラ」

 友希が店の扉を開く。

「いらっしゃい…」

 厨房にいる店主が友希を見ずに掠れそうな声でそう言う。

店内を見渡したが、これと言って客がいるわけでもない。


友希はカウンター席に座る。

張も友希の隣の席に腰を下ろす。

木目の机にはザラザラとした感触が伝わる。

カウンター席の壁にはメニュー表が紙であった。

友希はそれを手に取る。


「なんか食べたいものある?奢るよ」

 友希は張にメニュー表を見せながらそう言う。

張はこれと言って食べたいものがなかった。

「なんでもいいよ。お任せで」

「おっけい」

 友希はそう言ってメニュー表を吟味し始めた。


カウンター席の奥を見ると、厨房が広がっていた。

中はあまりよく見えないが、あまり綺麗ではなかった。

 だが、これはこれで味が出ている。

小汚い店だが、こう言う雰囲気は好きだ。


「注文お願いします!」

 友希がメニュー表を閉じ、厨房にいる店主に呼びかける。

「はいよ」

 店主がそう言うと、厨房からコチラを覗き込んできた。

「餃子セット二人前と、ビール二人分」

「はいよ」

 そう言って店主は厨房の奥へと姿を消した。


「…なんでビールも?」

 張が友希にそう聞く。

そもそも友希はお酒をそこまで好んでいなかったはず。

確かに張はお酒が好きだ。

だが、そんな理由でお酒を飲むようなやつではない。

「最期かもしれないからな。お前と呑むことが」

「ふざけろ。絶対に負けねえよ」

 張は友希のその言葉に笑い混じりで言う。

「…だといいな」

なんだか含みのある言い方だ。


そのまま会話をすることなく餃子と白飯が運ばれてくる。

目の前に料理が置かれる瞬間、店主が思いもよらぬことを言う。

「お前ら、天鬼杯に出る気だろ」

「!?」

 張と友希の顔が驚嘆の表情をしたままフリーズする。

「なんで分かったって顔してんな。まあ無理もないさ」

店主が微笑しながらそう言った。

 店主の寡黙に見えた雰囲気が少し緩んだ気がした。

「飯食いながらでいいから。ちょっくら話聞いてけよ」

 店主がそう言いながら、厨房からカウンター席まで出てきて座った。


「なんであんたは知ってるんだい?天鬼杯についてを」

 友希がそう聞きながら餃子を頬張る。

そしてビールを勢い良く飲む。

 張もそれに合わせて餃子を頬張る。

特段美味しいわけではないが、質素な中にニラの風味が口に広がる。

そのままビールを流し込む。

 久しぶりの酒だ。

五臓六腑に染み渡る。

「ここらじゃ有名な話さ。最強の玄人を決める戦いだってな」

「表向きはそう言われてる」

「だが、負けた者がどうなるのかは公表されていない」

 二人は飯を食いながら静かに聞く。

「下手したら、もうこの世に居られなくなるんじゃねえかって話だ」

 この際、張にとってはそんなこと些細な話だ。

失うものなど何もない。

 だからこそ、勝って、勝って、勝つしかない。

「まあ、お前さんらは今更な話かもしれんがな」

 そう言うと、店長は席から立ち上がった。

「さ、店じまいだ。食い終わったらさっさと出な」

二人はいつの間にか餃子もビールも無くなっていた。


二人は店を出るために立ち上がった。

そして友希は一万円札を机にポンと置いた。

「お代置いとくよ」

「また来る」

 そう言って二人は店を出て行った。


外はすでに暗くなっていた。

だが、人の通りは衰えていない。

むしろ多くなっているような気もする。

「友希、どうするんだこっから」

 張はさっきの店の前で立ち止まる友希にそう聞く。

「もちろん、影淡荘に向かおう」

そう言って二人は歩き始めた。


数分歩くと、どんどんと建物の雰囲気が変わっていった。

当時の面影を感じる。

この場所だけ昭和初期から変わっていないようにも見える。

「これが本来の天満町だよ」

友希がそう言う。

 先ほどまでのネオンの明かりは無く、代わりに街灯には虫が集っていた。

歩いている人種も打って変わって、華美でない服の者ばかりだ。

「さっきまでの街並みが裏とでも言いたげだな」

張が友希にそう聞く。

「麻雀打ちからしたら、この風景こそが本来の姿なんだよ」

寂れた建物から溢れる微細な光、歩きにくい道。

これこそ“玄人のための町(てんまんちょう)“だ。

「張もそう思うだろ?」

「まあな」

友希は黙って進み続ける。

 その後を追うように張もついていく。


数十分歩くと、さらに街並みが廃れていった。

人の流れもどんどん少なくなっていく。

「ここだ」

 二人がついた先は、トンネルの側面に不自然についている扉。

友希はそっと扉を開ける。

「キィィ…」

 今にも壊れそうな木目の音を立てながら扉が開く。

扉の奥には地下に続く階段があった。

だが、奥は暗闇だ。

「本当にここなのか…?」

張は疑いの目を友希に向ける。

「まあ見てな」

そう言って友希はズカズカと進んでいく。

それに続いて張も歩いていく。


数十段降りると、少し明かりがついている廊下に出た。

そのすぐ横には、鉄製の扉があった。

上にあった扉と比べて、頑丈にできている。

そうして見ていると、友希が扉の前向かった。

そして、服のポケットから何かを取り出した。

その物体を鉄製の扉の鍵穴に挿す。

「ガチャン」

 鍵があっていたようで、扉が静かに開く。


中は壁が鉄で機械質な部屋になっていた。

友希は躊躇わずにそのまま


その中はまるで小さな街のようになっていた。

地下街とは思えないくらい天井も高く、さまざまな店がある。

さっきまでの人通りの少なさが嘘のようで、表の天満町ほどではないが活気が溢れていた。

 昔の時代を思い出すようだ。

「ここが『伏籠街ふくろがい』だ」

 友希は自慢げにそう言うが、張はピンときていなかった。

「そういえば知らないのか。まあ無理はないか」

そう言うと、友希は説明を始めた。

「ここは、ここ数年でできた博打打ちのための博打の街」

「表向きは知られてはいけない場所だからな」

「今や日本の博打の中心地はここだ」


二人は中に入り進んでいく。

中は麻雀が全盛期の時のような玄人ばいにんが跋扈している。

その中に、ある建物を見つける。

他の建物とは大きさが一線を画しており、明らかに目立っている。

『影淡荘』

 看板にはそう書かれていた。

「あそこか…」

 張はそう言葉を溢す。

「そうだ。覚悟はいいか?」

張は呼吸を整え、前を向く。

「ああ」

 二人は影淡荘に向かって行った。


二人は影淡荘の前まで来た。

扉が大きく見える。

「行くぞ…」

 友希のその呼びかけに小さく頷く。

「ガチャン…」

 友希が扉を開く。

中は小さな光が灯っている以外には空いている麻雀卓が並んでいた。

「友希さん。やっと来たか」

 人は見えないがどこからか友希を呼びかける声が聞こえてくる。

周りを見ていると、右にある扉から誰かが出てきた。

 髪は金に染まっており、所謂マッシュルームカットと言われるものだ。

あまり見ない髪型だから、見慣れない。

天乖てんかい、久しぶりだな」

友希がその男にそう呼びかける。

どうやら二人は知り合いなようだ。

「ほう…」

 その男は張の方を見た。

「この方が、『札幌の鬼才』またの名を『最強の玄人』か…」

その声には挑発とも取れる感嘆が込められていた。

「自己紹介がまだだったな」

「影淡荘の創設者であり、天鬼杯の主催者」

天乖てんかい  緋織ひおりだ」

そう言うと、天乖は手を差し出してきた。

だが、張はその手を無視する。

「連れないねえ…」

 

「ま、とりあえずいいや」

 天乖は手を下げる。

「張さんは、天鬼杯に出場するために来たんだよね?」

 声色の中には歓迎の意思もあったとは思うが、それ以上に挑戦的な意味も込められているような気がした。

「ああ」

 張はそう答える。

「覚悟は見て取れる。だが、簡単に出場権を渡すわけにもいかないのでな」

 どうやら条件があるらしい。

「明日の午後イチ、またここに来てほしい」

「泊まれるような場所も用意してある。ついてきてくれ」

 そう言って天乖についていくことにした。


「で、友希さんはなんで張さんを“あれ“に出そうと思ったんだ?」

 伏籠街を歩きながら天乖がそう聞く。

「簡単な話さ、『札幌の鬼才』がここで通用するのか、見て見たいんだ」

 友希が張の方を見る。

その目の中には信頼が籠っていた気がするが、それと同時に試すような挑戦的で冷酷な目も入っていた。

「ここまで来てしまった以上、勝つことしか考えてない」

「負けるわけない」

 張はそう言い放った。

友希に負けた事実とは裏腹に、自信に満ち溢れている。

その言葉を放った瞬間、天乖がニヤつく。

「威勢がいいのは大いに結構。だが、そんな甘くないと思うぞ」

 先ほどまでの天乖の声色が冷酷に変わった。

伏籠街と天鬼杯を甘く見ているのが気に障るのか、目つきが悪くなり張の方を睨みつける。

「俺が甘いかどうかは、卓上で決まることだ」

 張は天乖にそう言い張る。

「その自信、楽しみにしておくよ」


「さ、ついたぞ」

 話しているうちに着いたようだ。

目の前にある建物は木造の民宿のような印象を受ける。

「ここは俺が保有している空き家だ」

 そう言って天乖が友希に家の鍵を渡す。

「ある程度のインフラは整っている。今日はここで過ごしてくれ」

「明日の午後、影淡荘に来てもらう」

「それまでに“準備“をしておいてくれ」

 そう言うと、天乖はその場を離れた。

『準備、か…』

 張は天乖のその言葉に妙に違和感を感じた。

あの言葉には様々な意味が込められている。

そんな気がする。


二人は家の中に入っていった。

中は普通の民家で、突出したところは特にないように感じた。

「私はもう寝るけど、張はどうするんだ?」

 張は少し考える。

「街を見て回るよ」

「そう。じゃあ鍵渡しとくから」

 張はそう言って友希から家の鍵を貰い、家を後にした。


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― 新着の感想 ―
読ませていただきました! 麻雀にそこまで詳しくない自分ですが、場の臨場感、卓を囲んでいる緊張感、情景がまるでその場で見ているかのように流れ込んできます。 準備という言葉に何が意味や意図があるのか気にな…
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